[9]特異性スマートフォン

 ――スマホが一月半の間、ずっと? バッテリーも切れずに?


 そんな疑問が真っ先に過ったが、今は彼女たちの問いに答えることにした。


「えっと、まず、画面に映像が映ることそのものは『スマホ』として正常な機能です。図柄というのも、銀河――星々の写真であれば、僕が自分で壁紙に設定したものなので正常です。ただ――」

「ただ?」

「そちらで『充電』してくれていたなら問題ありませんが……電気関連の技術は持ち合わせていない――ですよね?」

「特に何もしていない。シセイの蘇生を優先していた関係で所持品の調査は後回しにしている。そもそもの話『ジュウデン』という単語が翻訳すらされていない」


 この世界のインフラは電気を用いない。室内の明かりは光を放つ石を用いているし、自動で動いているように見えた台車も、特にモーターらしき部分や操作パネルはない。


「それで、僕の治療ちりょうが終わるまで、一月半は経過けいかしているんですよね――?」

「そうだ。氷層ひょうそうで発見された当初とうしょを含めるともっと経過している」


 至誠は困惑こんわくし、思わず息を吸い込んだ。

 その様子に、リネーシャが「もし――」と具体的に問いかける。


「――もし、いまだにスマホが稼働かどうしているとすればそれは『本来ではあり得ない現象げんしょう』と考えて差し支えないか?」

「はい。何もせず放っておいても10日……長くとも半月でスマホの充電が切れます。充電はスマホを動かすための電気をちょぞうすることで、電気なしにスマホは動きません」

「ではもう一つ確認だ。スマホそのものに、人体へいちじるしい悪影響を与える危険性は含まれているか?」

「小さな画面を見過ぎて視力が落ちる、操作に指を使いすぎて腱鞘炎けんしようえんになる――とかであればあり得ますが……例えば、さっき見せてくれた日本刀のように精神的な汚染がどうこうみたいな話は聞いたことがありません」


 リネーシャは頷き、エルミリディナへ進捗を確認する。


「準備できたけど、今から投影した方がいいかしら?」

「ああ、今すぐだ。至誠が状況を確認できる解像度で出せるか?」

「問題ないわ」


 エルミリディナがそう宣言した直後、手のひらから立ち上る光は空中でしゅうやくし、先ほどと同じように立体ホログラムのような映像が映し出される。


「これは実物じゃなくて私の記憶を部分的に投影とうえいしているだけよ。危険性はないわ」


 エルミリディナは危険性はないと説明しつつ、その映像を至誠の目の前まで持ってくる。


「これは……間違いなく僕の使っていたスマホですね」


 空中でゆっくりと回転するその物体は、表示されている向きが上下が逆さまで斜めに傾いていることを除けば、普通のスマホだ。

 ディスプレイが点灯し、ロック画面が表示されている。壁紙の銀河やスマホカバーのデザインから、自分の持っていたスマホであることも理解できる。


「えっと……こっちが上で、光ってる面が手前なので、こう……向きを変えて見せてもらうことはできますか?」


 指先で回転方向をジェスチャーし伝えると、エルミリディナはすぐに対応してくれる。


「ありがとうございます」


 謝辞を伝えた直後、スマホ画面の違和感に気がつく。



「……おかしい……。……」


 そう呟くとリネーシャは『何がおかしいか』について聞きたそうな視線を向けるものの、至誠の方から口を開くのを待っているようだ。

 

「えっと、まず確認ですが……これはリアルタイムの光景と考えて差し支えありませんか?」

「正確には、およそ60秒前の光景よ」


 確かに待ち受け画面に表示されている日時は『2月9日23時52分』と表示されていて、先ほどリネーシャが語った日時と符合する。


「具体的に何がおかしいか、説明できるか?」

「えっと……まず、先ほども言ったようにスマホの稼働には電気が必要です。画面を表示させるのはもちろんのこと、待機状態で置いていても少しずつ電気を消耗します。ですが……画面内の表示は、バッテリー――電気の貯蓄は100%と表示されています」

「本来消費されるべきエネルギー源が全く減っていない、と?」

「はい。それどころか、充電マーク――現在進行形で電気が供給されていると表示されています。本来であれば、スマホの充電には下にあるソケットに電気を供給するための専用ケーブルを繋げなくてはなりません。しかし……」

「そのようなものは接続されていない、と?」

「はい。……ただ、一番の疑問は……」

 至誠は嫌な汗が額から流れるのを自覚する。

「えっと、違和感の説明のために必要になるスマホの知識を先に説明します。――スマホは通話や通信を行うことが可能ですが、その為には必ず間を中継する大規模な施設が必要で、そこから発せられる『電波』という――目には見えない信号がスマホまで届いている必要があります」

「すなわち『スマホ』は大規模な仕組みの末端に過ぎず、単体で使用することはできない――という理解で問題ないか?」

「はい、少なくとも通話などを行うためには必要です。ですが――」


 至誠がスマホの画面を見ると、モバイル回線の電波状況を示す四本のアイコンがしっかりと全て表示されている。


「ないはずの電波を拾っている状況です。えっと、謎の信号が届いていて、どこかと繋がっている状態、と言った方が伝わりますか?」


 ――いったいどこと繋がってるんだろう……?


 そんな疑問が脳裏を過ったが、それを調べてはいけない気がした。少なくともホラー映画の世界であれば絶対にやるべきではないだろう。


 だがリネーシャは至誠とは真逆の考え方のようで「どこと繋がっているのか実に気になるな」と呟いていた。


 エルミリディナが言ったように、好奇心でいずれ身を滅ぼしそうな人だな――と感じていると、そのエルミリディナが口を開く。


「じゃあひとまず、アーティファクトとして発現している前提で動いた方がいいわね」

「そうだな。厄災が発生する前に判別できたアドバンテージは大きいな。だが実験は後回しだ。今は他の所持品についても異常がないか確認しておこう」


 その後エルミリディナが改めて貨幣や硬貨の映像を見せてくれるが、これと言って違和感はなかった。


「シセイには悪いが、所持品の返却はしばらく先になるだろう」

「あ、はい。それは大丈夫です。正直、変な力に目覚めたスマホは怖くて持てないですし……」

「スマホ以外に関してもこちらで預かり、特異性の有無について改めて検証する。まだ活性化していないだけの可能性もあるからな。問題は?」

「大丈夫です」


 日本の品物を手放すのは、正直言ってしい。だがそれが危険性を持っているかもしれないといわれると、安全を優先したい気持ちのほうが大きい。


「では当面の間はこちらで管理しよう。高い危険性や脅威きょういを持つアーティファクトだと判明した際は破壊や破棄もあり得ることはあらかじめ伝えておく」

「わ、分かりました」

「まぁ、そうおびえる必要はない。今すぐ厄災やくさいに巻き込まれると決まったわけではない。まぁ、ここにいる時点ですでに巻き込まれた後の可能性が高いが」


 否定もできない気がするが、魔法も鬼道も使えない至誠は自分が足掻いたところで何かできるとも思えなかった。


 そう考えると、アーティファクトの研究に精通しているであろうリネーシャたちに任せるしかないだろう――と、至誠は自分を落ち着かせる。


「ちなみに、その――少し前にスワヴェルディさんに『アーティファクト』について少し聞いたのですが、未だによく分かっていなくて……どういったものになるんですか?」

「アーティファクトの定義は『未知の力をゆうする、またはや特異現象とくいげんしょうを引き起こす物体ぶったい生物せいぶつ事象じしょう』となる。有り体に言えば、現在の技術では解明できないモノや現象の総称だ」

「な、なるほど。魔法とは違うってことですか?」

「魔法や鬼道を知らない至誠にとってはそれらも超常の現象を引き起こすように見えるだろうが、それらは技術や学問に過ぎない。だがそれらや物理現象では説明できない異常な力を持つ存在がアーティファクトだ」

「危険なモノ――という認識で大丈夫ですか?」

「いや、少し違うな。中には有益で制御可能なアーティファクトも存在する。対価と引き換えに有用な効果を得られる場合もある。無論、使い道がないモノや、たださいやくくだけのモノもある。危険性があるかどうかは、アーティファクトによって千差万別だ」


 ――オーパーツとか、そういうイメージなのかな? と至誠が考えている間にエルミリディナが映像の投影を終わらせ、至誠に理解を示す。


「オドや怨人もなかったんですもの。日本ではアーティファクトによる災害もなかったんじゃないかしら? ともすればその危険性は実感しにくいわよねぇ」


「そう、ですね……今のところ漠然と、よく分からなくて怖いもの――といった認識です」


「まぁ基本的に一般人は気にする必要ないし、現代では統計的、確率的にはめったに巻き込まれることもないからそこまでおびえる必要はないわ。でも、下手したら世界が滅びかねない存在があるってことくらいは頭の片隅かたすみに覚えておくといいわね」


「……アーティファクトは、そんな規模の脅威なんですか?」


「んん~、例えばそうねぇ……レスティア皇国でもアーティファクトによって大きな被害が出たことがあってね。その時はとあるバカが何も考えずに発動させたせいで、レスティア皇国の人口の9割以上が消失しょうしつしたわ。死体も残らず忽然こつぜんと、ね」


「……えっ」


 漠然ばくぜんと世界が滅びるかも――と言われるより、国民の9割以上が死んだことがある、と具体的に言われた方が衝撃的だった。


「ま、私やリネーシャが即位そくいするだいぶ前の話よ。1200年くらい前かしらね」

「それはなんとも……恐ろしいですね……」


 至誠の時間の感覚では1200年前ははるか大昔の出来事だが、おそらく彼女たちにとってはそうではないのだと察しながら、さらに耳を傾ける。


「何かしらのアーティファクトが世界規模で発動してしまった痕跡こんせきもあるし、なんならオドや不浄の地そのものがアーティファクトによってもたらされた結果かもしれないという仮説もあるわぁ」


「いつどこで誰がアーティファクトの犠牲者ぎせいしゃになるか分からない。悪意ある者の攻撃であることもあれば、無知むちゆえの悲劇ひげきの場合もある。あるいは自然発生したアーティファクトに運悪く巻き込まれることもある」


 エルミリディナは面倒くさそうに語るが、リネーシャは好奇心の方が上回っている様子だ。


「アーティファクトというのは……自然発生するものなんですか?」


「物体、生物、現象――様々なアーティファクトがあるが、その出現条件はまったくかいめいされていない。惨事さんじが起こった後で我々が調査することなどよくある話だ」


「中にはね、アーティファクトを生み出す人型アーティファクトなんてのもいるともくされているわ。私たちはその存在を『超越者ちようえつしや』と呼んでいて、その尻尾をつかみたいんだけど、今のところはまるでダメね。何の成果も得られていないわ」


 もしここが異世界ならば、剣と魔法のイメージを抱いていた。実際、魔法が存在すると彼女たちは口にしていて、異世界転移ファンタジーといえばそれが王道だったからだ。


 だが話を聞く限り、むしろSFホラーのように思えてならなかった。


「ま、統計的にはアーティファクトの被害者はごく少数だし、しようがい巻き込まれない人の方が多数よ。ある程度であれば、自然発生を抑える方法も確立されてるしね。だからおびえていても仕方ないわぁ。ぶっちゃけ戦争や犯罪で死ぬ方が多いもの」

「それは……。戦争はどこの世界でも起こるんですね……」

「まぁその点も安心していいわ。なんせレスティア皇国は世界で一、二位を争う軍事大国ですもの。世界を敵にしたって戦える戦力があるわよ!」

「それはすごいですが、一般庶民としては戦争して欲しくないですね……」

「そうねぇ、実現できるなら平和が一番よ。……でもまぁ、運が悪いと理不尽な出来ことに巻き込まれるわ。その可能性があることは頭の片隅にでも覚えておくといいわ。そうしないと、いざ目の前に理不尽がやってきたときに慌てふためいて大変よ? 私みたいにね」

「それは、何かの被害に遭われた……ということですか?」

「そ。いまだに何のアーティファクトか分かっていないんだけれどね。何かしらが発動して、そして私はその影響を受けたの。人を逸脱いつだつし、死にたくても死ねない不老不死ののろいをね」


 不老不死? と首をかしげている間にエルミリディナは机の上にあったナイフを手に取ると、器用に指の上で転がし、そして髪の毛を乱雑に切り取った。


「あっ……えっ!?」


 至誠は思わずぎょっと声を漏らした。

 切り落とされた髪の毛が重力に逆らって浮遊ふゆうしたかと思えば、すぐに元に戻っていったからだ。


「毛先であろうと爪先であろうと、不老不死を得たその瞬間の状態に必ず戻されるわ。たとえ細切れのミンチになったとしても、業火ごうかで炭になったとしても、ドロドロに溶けたとしても、絶対に死ねなくて元に戻るの。困るわよね。痛みは感じるのに」


 死のこくふくというのは、ある種、人間の求める願望の一つだ。だが彼女の口振りからは、それがろくでもないことだとひしひしと伝わってくる。


「すみません。日本では不老不死の人は居なかったので……その、なんと言っていいのか――」

「あら。変に嫉妬しつとしたり、薄っぺらい同情を向けられたりするよりはとても好印象よ? お礼に筆下ろししてあげましょうか? 大丈夫よ! 万が一受精してもすぐに卵子に戻――」


 立ち上がり顔を近づけ迫るエルミリディナに、リネーシャが冷静に指で弾いて押し返す。


「口説くのは後にしろ」


 エルミリディナは「ちぇ」と口をとがらせるが、すぐに気を取り直して言葉を続ける。


「まぁ、だから厳密には私も人型アーティファクトに分類されるわ。超越者とは違うけどね」


「つまり、アーティファクトはただ恐ろしいだけの存在ではない、ということですか?」


「かつては特異性を有する武器や道具のみを指していたが、今の時代では『現代技術で解明できないモノ』の総称として使われている。人がアーティファクトの影響を受け後天的に人型アーティファクトに分類されるケースも往々にしてある。人にしろ生物にしろ道具にしろ、それらを有効活用できるかはどのような特異性を持っているかによる」


「なるほど。……そういえば先ほども言ってましたね。有益かどうかって」


「有益なアーティファクトの具体例を挙げるならば……。そうだな――例えば『中略生長六面体ちゅうりゃくせいちょうろくめんたい』というのがある。これは植物を短期間で生長させるアーティファクトで、一般的な樹木であれば若木から数日で大木に生長する。これによって材木を大量に確保し、穀物や野菜などの植物由来の食料を大量生産することができる」


「それはすごいですね。えることがなくなったということですか?」


 某クラフトゲームの骨粉こっぷんのようなものだろうか――と考えつつ問いかけると、リネーシャは「そうだな」と肯定する。


「他国の受けた林業と農業への経済的打撃を考えなければ、極めて有用なアーティファクトだ」

「あっ……」

「もっとも、それで作れる物の品質は『普通』止まりだ。庶民は我々が輸出する安価な材料を使い、金持ちや権力者は自国の高級品を消費する。今では良いけになっている」


 ブランド化できなかったところはのき倒産とうさんしたんだろうなぁ――と資本主義の闇を感じていると、再びエルミリディナが爆弾発言を投下する。


「ま、盗まれたとき大変だったけれどねぇ」

「えっ、盗まれ……?」

「これも結構昔のことだけどね。『中略生長』の効果範囲って『隣接する地上の土地』全てなのよね」

「えっと……それはつまり、影響が世界中に広がる……ってことですか?」

「ええ。だから放っておいたら、神託の地が樹海に沈むわ。でもこのアーティファクトの効果は海や湖は渡れないのよ。だから島に設置して、効果を制限しているの」

「なるほど。……あっ、でも盗まれたって……」

「ええ。世界中で植物が急成長して大変だったわ」


 たのしそうに笑いながら教えてくれるが、一般人視点で考えると絶対に笑い話にできないよね、これ――とわずかな苦笑で返す。


「他にも、解明できない特異性を持ちながらも、その効果が笑い話くらいにしか使えないアーティファクトも存在している」


 リネーシャが話題を先に進めるが、再度エルミリディナが口を開く。


「『オウム発、全域落石注意報』なんて好きよ、私」

「それもアーティファクトなんですか?」

「そ。木彫りのオウムなんだけどね、なぜか声を発するの。そして落石が起きる前に鳴くのよ。『落石に注意!』って」

「場所によっては便利そうですね」

「残念ながら使えないわ。なにせ無駄に世界中をカバーしているのよ。どこで落石が起きるかなんて分からないわぁ」

「えぇ……」

「だから、ただうるさい木彫りのオウムよ。原理がまったく解明できないからアーティファクトだけどね。私はそういうまるで意味の分からない系は、結構好きよ」


 そんなアーティファクトだんに、ミグが加わる。


「あれとかどうッスか? 『加速度応報おうほう駑馬どば』」

「あなたアレが好きなの? しゅわるいわねぇ」

「いやいや、好きとは言ってないッスよ!? あのアーティファクトは『量産品の一つが特異性を発現させた』系だから、スマホと条件が近いかなって思ったんすよ!」

「えっと、そのアーティファクトはどういったモノなんですか?」


 必死に弁明しているミグを尻目に、至誠はリネーシャに問いかける。


「もともと馬を模した子供用の遊具で、幼児が騎乗するとゆっくりと前進するだけのシンプルな代物だ。一時期人気を博した遊具で多くが製造されたが、その中の一体がアーティファクトとして発見された」


 アニマルライドのような遊具をイメージしつつ、耳をかたむける。


の特徴は、過去その個体に騎乗した子供が犯罪に巻き込まれる等、何かしらの被害者となった場合に活性化する。ひとりでに前進しはじめ、加害者の元までおもむき報復する。だが駑馬は足が遅いので加害者は容易に逃げられる。しかし駑馬は加速度的に追尾速度を速めていき、それに比例して報復内容もれつになっていく――といった特異性を持つアーティファクトだ」

「それって……いつまで追いかけられるんですか?」

「子供の被害状況にもよるな。一方的に殴った程度であれば、報復が苛烈になったとしても数ヶ所の粉砕骨折程度で不活性化する。被害者がどれだけ自衛できたかや、加害者の悪意の有無によっても報復内容が変わる。ただし、殺人とごうかんの場合には悪意の程度に関わらず加害者が死ぬまで追いかけ続ける」

「それは恐ろしいですね……。逃げないと報復されて殺されるけど、逃げたら加速度的に状況が悪化して殺される――ってことですよね?」

「そうだな。一応、完全に破壊すれば不活性化するが、英傑えいけつ級と呼ばれるほどの戦闘力を持った実力者でなければ難しい。また、不活性化する際と、再活性化する際に完全に修復される。加えて遊具の中身を完全に取り除いても特異性に変化はなかった」

「ガワだけで動いている……ってことですか?」

「そういうことだ。そしてそれはスマホにも言えるかもしれない。活性化してしまった後に中身を取り出す、壊す等しても、特異性が変化しない場合も充分にありえる」

「な、なるほど……ちなみに、その、発見したアーティファクトはどうしているんですか?」

「基本的には確保や保護、あるいは隔離だ。特異性に重大な危険性をはらむ場合は、破壊や、宇宙へ投棄とうきすることもある」

「下手に壊したり捨てたりするとかえって特異性が深刻化する場合もあったりして、ほんと面倒なのよねぇ……」


 辟易へきえきとした声をらしつつ、エルミリディナはさらにをこぼすように続ける。


「物体や道具系は比較的調査しやすいんだけど、生物系は面倒なのよね。特に知性のあるやつは気分で行動パターンが変わったりするし」

「エルミリディナとかいうアーティファクトはその最たる例だな」


 リネーシャのぼやきに、なぜかエルミリディナの表情は一転し、ぱぁっと明るくなったと思うと、高らかに宣言する。


「あら、リネーシャちゃん最愛ラヴ未来永劫みらいえいごう死んでも変わらないわよぉ!」

「どうでもいい話にれたな。話を戻そう」

「ひどいわ! 自分から話を振っておいて!」


 キーッ! っと声を上げている最中に、至誠のすぐ後ろでひかえていたスワヴェルディが口を開く。


「陛下、差し出口ではございますがよろしいでしょうか?」

「ああ。何か気が付いたか?」

「至誠様の描かれた地図ですが、似た図柄を持つアーティファクトがございます」

「ほう。どれだ?」

「398番の『ひとい壁画』でございます」


 スワヴェルディの進言に、エルミリディナは首をかしげる。


「ん~? あれに地形らしき絵なんてあったかしら?」

ひとい壁画のパターン模様のひとつひとつがこの地図の模様と類似していると見受けられます。先ほど至誠様がおっしゃったように、この地図は上下の端と中央で面積が違うのであれば、模様に多少のが現れてもおかしくありません」


 そこで至誠様に一点確認したいのですが――と、スワヴェルディは至誠の方へ向き直し言葉を続ける。


「北ないし南に、もう一つ大陸はございませんか?」

「あ! あります。南極大陸といって、氷でできた大陸です。人が住めないほど極寒の地なのでどこの国にも属してなくて、各国の調査隊が基地を作っている程度の大陸です」

「であれば、至誠様の描かれた地図とは異なる定義に基づいて描かれたものの、人喰い壁画に描かれた模様は不浄の地を含めた地形を元にしている――その可能性を提唱ていしょういたします」

「あの壁画は触れた生物をランダムな位置に転送するアーティファクトだったな。もし世界の全貌ぜんぼうを示した図柄を繰り返し描いた壁紙だとすれば、触れたところに転移させる特異性の可能性も考えられる、か。それに、少なくともあの壁紙をデザインした何者かは世界の全貌ぜんぼうを知っていることになる」


 口元をゆるませながら呟くリネーシャに、エルミリディナは笑顔で現実に引き戻す。


たのしそうね、リネーシャ私も嬉しいわ。でもそろそろしめめに入らないと、さっき決めた時間をオーバーするわよ? もう0時を回ったし、夢中になっているときの1時間なんてすぐですもの」

「……そうだな」


 リネーシャは肩をすくめ表情をさんさせる。至誠にはそれが、遊んでいる最中に昼休みの終わりを告げるチャイムを聞いた子供のようにも見えた。


「ああっ! リネーシャの夜伽よとぎ……あと1時間も待てないわ!」

「そんな予定はない」

「じゃあ私がいをしかけるわぁ!」

「スワヴェルディ、何か縛る物を。身動きひとつできない状態にして雪の中に捨ててこい」

「そういうしゅこうもいいわねぇ!」


 ダメだこいつは手遅れだ――そんな心境を表情にけんさせていたリネーシャだったが、直後、何かを察知した表情を浮かべ、雰囲気を一変させる。


「待て。各員警戒」


 リネーシャの言葉によって空気が一変し、緊張がでんする。


「南西方向、およそ距離12㎞に気配が4つ。高速でこちらに接近しつつある」


 それぞれ表情に余裕はあるように見えるが、リッチェだけは露骨ろこつに不安を浮き彫りにしていた。


「1人は……ローマ人のようだが、様子がおかしいな。これは……襲われている? いや、後をつけられているな」


 エルミリディナはめいそうするかのようにまぶたを閉じると、「確かに」とつぶやく。


「追っ手は3人かしら。気配の消し方が上手いわねぇ。もっと隠れている前提ぜんていで考えた方がよさそうね」


「追っ手は……ローマ人の動きではないな。それに練度れんど雑兵ぞうひょうとは一線いっせんかくす。にもかかわらず、こちらの索敵範囲に入っても尾行びこうを止めないか。まるで誘われているような動きだ」


 エルミリディナとリネーシャのやりとりに、「詳細な索敵を行いましょうか?」とテサロがしんするが、却下きゃっかされる。


逆探知ぎゃくたんちのリスクを考慮こうりょすれば尚早しょうそうだ」

「そもそもの話、どこの誰かしら? 情勢をかんがみればヴァルシウル王国が私たちにはんひるがえすとは考えづらいわ。かといって練度を鑑みるに、そこいらの夜盗でもないでしょうね。よその正規兵とすると――」

「この近辺だと、敵対しているのはレギリシスか」

「ええ。でもあそこはこれほど高度な技術は持っていないはずよ」

「ともすれば、裏で手を回しているマシリティ帝国あたりか」


 リネーシャのぼやきに、エルミリディナは「あ~」と何かに感づいた声音を漏らし、苦笑しながら告げる。


「冷静に考えてみたら、マシリティ帝国にとって目の敵であるレスティア皇国の、それも皇帝と皇女がたいした護衛も付けずに僻地へきちにいる訳よね」

やつらからしてみれば好機に見える、か」


 リネーシャは至極面倒くさそうに舌打ちする。

 至誠は彼女らの話についていけなかったが、腰を折らない方が良さそうな空気をひしひしと感じる。経緯を見守ることにてっしていると、リネーシャは至誠を一瞥いちべつし、すぐに指示を出し始めた。


「有事に備え、今のうちに優先順位を明確にしておく。第一に至誠の保護、第二に至誠の所持品の確保だ」

「スマホの回収にはスワヴェルディを向かわせるわ。万が一活性化したとしても、少しでも安全なようにね」

「ではそちらは任せる。――第三に、最大限こちらの手の内をさらさないことだ。こちらをさかうらみする狂信者きょうしんしゃどもに余計な情報を与えるべきではない。ただし優先順位は3番目だ。必要に応じて手札を切ることを許可する。何を使うかは今のうちにこうりよしておくように」


 テサロとスワヴェルディから「かしこまりました」と返事が返ってくる。


 ミグも「了ぉ解」と返事をし、ワンテンポ遅れてリッチェも「か、かしこまりました」と声を上げる。


「ミグは至誠の体内に戻れ。戦闘には極力参加せず、至誠の負傷に備え、いつでも治療できるように準備しておけ。必要ならば主導権しゅどうけん行使こうししてもいい」

「了解っす。ウチはおんみつ状態の方がいいっすか?」

「そうだな。念のため隠れておけ」


 ミグは命令を受諾すると、すぐに至誠にの後ろにやってくる。至誠の皮膚に触れると、血液で構成された体がばしゃりと音を立てて崩れ落ちた。


『大丈夫だよー』


 背後だったので直視しなくて済んだが、大量の血液が散乱しているであろうことを憂慮ゆうりょすると、ミグが教えてくれる。


『その辺に散らばった血も、すぐに陛下の体に戻るから気にしなくていいよ』


 な、なるほど――と隣にいるのが吸血鬼であることを再度思い出している間に、リネーシャは命令を伝達する。


「――スワヴェルディはスマホ回収の前に、接近してくるローマ人と接触。追跡者ついせきしゃを確認せよ」


「畏まりました。こちらから攻撃し、機先きせんせいしますか?」


「我々を誘い出すためのわなである可能性が高い。私なら隠密の別動隊べつどうたいを同行させるか、あるいは本隊を近くに用意しておく。ふくへいがいた場合は即座にローマ人を回収し、離脱りだつ。尾行をくことを優先せよ。伏兵がおらず、かつ明確に敵であれば、警告後、捕縛ほばくないしせんめつしても構わん。最終的な判断は現場に任せよう。スマホの確保に支障が出る場合は都度報告しろ」


かしこまりました」


「残りは全員至誠の護衛ごえいだ。魔法攻撃はテサロが対応し、鬼道、物理攻撃は私が対応する。エルミリディナは精神干渉せいしんかんしょう事象改変じしょうかいへん、その他アーティファクトの攻撃を防げ。リッチェは至誠に付き添い、万が一、攻撃が抜けた場合にそなえておけ」


 リネーシャは全員に指示を出し、「では――」と号令を発する。


「各員、状況を開始せよ」

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