[5]降って湧いた権利
まどろむ意識の中で、至誠は誰かの声が聞こえた気がした。
『███の█████だ? ……。████なら██』
うまく聞き取れない。だがその声の主を知っている。
――
だが声は遠く、それ以上は全く聞き取れなかった。
――何か忘れている気がする。何か……何かとても大事なことを……。
*
まぶたをゆっくりと持ち上げ、至誠は
――夢?
なにか夢を見ていた気がする。目を覚ます直前に姉の言葉がかすめた気がしたが、それ以外の内容はまるで思い出せなかった。
そんな
吹き抜けるそよ風は遠くの
「ここは――」
混乱する
「ッ――」
痛い。
その言葉すら出ないほど、引きつった痛みが走る。全身が
「ああ、ここに居たかね」
うめき声すら出ないほどの痛みに耐えていると、不意に人の気配がすることに気がついた。
先ほどまではいなかったはずだが、見知らぬ男が枕元に立っていた。
「本来であれば
男の声だ。
その男が指を
そして気がつくと、それまで至誠を襲っていた痛みが
「……?」
不意の出来事に頭が混乱する。だが目の前の男性が何かをしたことによって痛みが消えたことは
「――あ、ありがとうございます……?」
ひとまずお礼だけでも言っておくべきだろう――と至誠は体を起こしながら感謝を口にする。すると男は破顔しながら「なに、気にすることはない」と数歩下がり距離をとった。
男は190㎝以上はあろうかという長身だ。細身で純白の
肌は白人を思わせる色白さで、顔はやや
「目下、ある人物から
――干渉? 要件? 男の言葉の意味が分からない至誠は
「えっと、あなたは……どちら様ですか? 初対面、ですよね? それとも以前どこかで……?」
「今の
至誠は、男が嘘をついているようには見えなかった。同時に、本当のことも言っていないように思えた。
すなわち、この上なく
だが至誠は、それを考えなしに口にするほど冷静さは欠いていなかった。仮にも体の痛みを取ってくれた相手だ。
――いや、むしろ異様なまでに頭が冴えてきた気がする。
痛みで強制的に
とはいえ、何をしたのか愚直に聞いたところで本当のことを答えてくれるとは思えなかった。
至誠はひとまず
「
「2つの……権利、ですか?」
至誠には話の流れが理解できないが、今は言葉を
「まず、我が輩に一つの質問をする権利。そして、我が輩からの
そう語り、男は内ポケットから小さな
「これは我が輩が
説明をしてくれたようだが、至誠には理解が
――たしか
リネーシャとの会話を思い出しながら考える。
だが霊術とやらの本をいきなり差し出されたとしてどうするべきかは悩ましい。受け取った結果、魔法に類するものが発動しました――なんてことにならないと誰が
「……」
だが至誠はそれを受け取ることにした。
彼が敵だった場合、そんな回りくどいことをしなくとも魔法なり鬼道なりを使われれば至誠に防ぎようがない。だが味方だった場合や、彼の言うとおり中立だとしても、受け取らないことによって
「よろしい。もし不要であれば捨ててもらって構わんよ」
男は満足そうにはにかむが、すぐに「ああ、しまったな――」と表情を
「日本語で
「日本語を、知っているんですか?」
リネーシャとの話では全く日本についての情報は得られなかった。
だが彼はそれを知っているような素振りを見せる。
……いや、至誠の興味を引くためのような、わざとらしい言い回しですらある。
「我が輩の好きな言語の一つだとも。特に
この人は間違いなく日本語について知っている――至誠は
問題は、この胡散臭さの中に悪意があるかどうかが分からないことだ。
「我が輩の開発した
「あなたはいったい――」
――
至誠がそう問いかける
「ああ。少しすまない」
男は至誠に
――スマホだ。
少なくとも至誠にはそのように見えた。長方形の
「何か
男は背を向け、スマホらしき物体を耳に当てる。それは至誠が知る「スマホで通話」そのものだった。
「今まさに、その彼と会っている
男の口にした「彼」という単語が自分を指しているものだと想像に難くなかった。すなわち通話相手も自分のことを知っている可能性が高い――至誠は男の言動に
「無論、そういう
もう少し観察していたかったが、男はすぐに通話を切り上げ、スマホらしき
「失礼した。話を元に戻そう。『我が輩が何者か』との問いだったかね?」
聞きたいことは山ほどあるが、ひとまずはそれを肯定した。
「質問権はそれに使うかね?」
「……質問権、ですか?」
そういえば「質問する権利」がどうのと言ってたっけ――と記憶を呼び戻していると、男は言葉を続ける。
「そう。質問権とは、我が輩に質問する権利のことを指す。そして質問権にはいくつかの制約が存在する。
ひとつ、一度の質問権で行使できる質問はひとつのみである。
ひとつ、我が輩の知り得ないことには答えられない。
ひとつ、
ひとつ、禁則事項の内容や基準については答えられない。
ひとつ、答えられない場合でも質問権の行使は行ったものとする。
――以上が質問権に関する
男が何者か――それの問いを、一度限りの質問権に使用するかと男は確認する。
確かに、この事情を知っているであろう
だがそれ以上に、なぜ自分がここに居るのかについて教えて欲しいとも思えるし、日本に帰れる手段があるのかについても聞いてみたい。
「説明以前に君が発した『日本語を知っているのか』『我が輩が何者か』に関してはカウントしないでおこう。その質問がしたければもう一度同じことを口にするがよい」
その気になれば、それで質問権は終わりだと言うこともできただろうが、男は再度チャンスを与えてくれる。
至誠は一度だけ大きく深呼吸する。
――落ち着け。
そう自分に言い聞かせ
まず「ここが現実か」との問いは除外する。
昨晩からの体験で、ここが日本ではなく、かつ日本の常識が通じない世界であることは間違いない。もし夢を見ているだけならば、そのうち
次に「男が何者か」について。
これもさほど重要ではない。例えば、リネーシャであれば「吸血鬼」と回答することもできる内容だ。男が「一般男性」だとか、先ほどのように「物書きだ」と一言で終わらせることが容易だ。
――では自分がなぜここに
どちらの質問をするべきか考える。
しかし
男は禁則事項とやらに
至誠は考える。
直感的に、
最も理想的なのは「あなたが知っていて僕の知らない情報の中で、禁則事項に引っかからない情報を全て教えて欲しい」なんて質問が通ることだ。だがそんな質問は絶対に通らないのは目に見えている。「何かひとつ願いごとを
……。
――いや、待てよ。
そもそも質問権を得られる基準は何だろう?
急に現れて質問権と本を受け取る権利があると男は言った。
単に男の気まぐれだろうか?
いや、男が最初に口にしていた言葉は明らかにこちらを探していた。
――何かしらの条件を満たしたから、わざわざやってきたのだろうか?
すなわち、条件次第では二度目があり得るのではないか。ルールの中にも「一度の質問権で」とあった。つまり二度目以降を
「これは質問権を使う前の確認……あるいは
至誠は男の顔色をうかがいつつ、口を開く。
「もし、後で
「今
――よし。質問権を使わずに質問することができた。
そう喜ぶが、この手を使いすぎて相手の心象を悪くして切り上げられたら元も子もない。至誠はその手を最小限に
「そもそもなぜ僕にその権利が与えられるのかがよく分かってなくて、今、混乱しています」
念のため、独り言だと言い訳できるような言い回しでチラ見する。
「質問権と
――その別の目的とは?
そう問いかけたい気持ちもあるが、それは
「つまり、こうしてまた
「まさに」
「ですが『会う』という
「
「つまり、最低でも、
「その解釈で問題ないとも」
「なるほど……。……。では、質問権を使います」
至誠はゆっくりと立ち上がり、男の視線を
「『あなたに通じる電話番号』を教えて下さい」
わずかに、ほんのわずかに、男の眉が動いた。だがその表情からはどう思っているか推測することは難しい。至誠の問いかけた質問は、会話できる距離感が再会に該当するのであれば、電話越しの通話であってもその判定になるだろう――などという、
「ふむ……」
と、
至誠は余計なことはせず、男の返答をただ待った。
男の名前も
当然、ダメで元々だ。
だが何を質問しても一蹴される可能性があるならば、そこに賭けることにした。
もちろん、電話番号が分かったところで問題は山積している。至誠の持つスマホがこの世界にもあることはリネーシャが言っていた。異常性を持っていたが、逆に考えればいまだに電波が入るアイコンが表示され、もしかしたら使えるかもしれない状況にある。
そして男は目の前でスマホを使って見せた。ならば、理論上、通話できる可能性はゼロではない……気がする。
――そう
などという
10秒ほどして男は「よかろう」と質問を
男は身をかがめ、至誠が受け取っていた冊子の
068-9817-2015
その文字は至誠の知るアラビア数字と同じであり、まさに電話番号を示すような数列だ。
「今度は君にも分かるよう、アラビア数字で書いておいた」
当然その文字のことも知っている――と言わんばかりの
ここからさらに情報が引き出せないだろうか――と至誠は考えていたが、すでに男は背を向けるとシルクハットを手にし、別れの挨拶を告げていた。
「それでは
至誠が再度口を開く間もなく男の体がまるで空気と同化していくように薄くなると、その姿は霧散し、目の前から消えた。
「――ああ、ひとつ大事なことを忘れていた」
「っ!?」
と、次の瞬間、目の前で姿を消した男が背後から現れる。
「君の今日の運勢は、どうやら『左が吉』のようだ」
至誠はとっさに声のした方向へ振り返ったが、男の姿はどこにもなかった。
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