[3]虚虚実実の駆け引き
「こ、これは――」
至誠の
ヴァルルーツは魔女の脅威、その
だが、その魔女をあっさりと返り討ちにしたレスティア皇国皇帝、リネーシャ・シベリシスの強さに、歓喜や興奮を通り越し恐怖すら覚えていた。
それがヴァルルーツの持つ認識だった。単身ですら強い魔女が徒党を組み、軍を構成し、国家を構築する。さらに宗教によって強い忠誠心と高い士気が後押しし、計り知れない軍事力を誇る。それが世界の三大列強国の一角まで上り詰めたマシリティ帝国だ。
だがその魔女を、魔女で構成される暗殺部隊を、その奇襲を、あっさりと退けた。
これが三大列強国の一角にして
戦慄では言い表せない程、ヴァルルーツは総毛立つ。そんなヴァルルーツに言い聞かせる様に、さて――とリネーシャは言葉を続ける。
直後、ヴァルルーツはそれまでの感情が霧散し、ただひたすら息をのんだ。次の彼女の言葉一つが王国の命運が左右する。その事を理解したためだ。
「レスティア皇国皇帝および皇女暗殺未遂とは、ずいぶんと気前のいい大義名分を
「――ッ! で、では――」
リネーシャの口調はすでに
「貴国は新たに発見した
「じゃ、私もそういう
「あッ、ありがとうございますッ!」
皇帝に続き皇女の
――これでヴァルシウル王国は救える。
そんな内心が隠しきれないほどの口調で感謝を口にする。ヴァルルーツが
――それでも、これで亡国となることは回避できるだろう。
「ヴァルルーツ王子ぃ」
「は、はい!」
気の抜けかけていたヴァルルーツをエルミリディナが呼びかける。
慌てて返事をしつつ、表情を引き締める。まだレスティア皇国の助力を受けられる言質を取っただけだ。今この瞬間にも民は
それに、今回の件はレスティア皇国に対する大きな貸しとなる。その清算も、王族たる自分の役目だ。そうヴァルルーツは自身に言い聞かせた。
「至誠の側に居なさい」
その言葉で、至誠と呼ばれた彼が地下で発見された少年であることに気付いた。
ヴァルルーツは王族だ。研究者ではない。
彼が人型のアーティファクトの可能性があるとは聞き及んでいた。だが事態の重要度でいえば軍事転用の可能性が囁かれている鉱石型アーティファクトの中でも最上級に位置する「
切迫した心理も相まって、今までその存在に気付いていなかった。
――
今なおむせ込み胃液を逆流させているこの少年がどのような価値を持っているか、ヴァルルーツには分からない。だが彼の周りを固める従者の厳重さを見れば、その重要さが
ヴァルルーツは即座に彼の元に駆け寄る。
――戦闘が始まってしまえば、今の自分にできることは……悔しいが、何もないだろう。
今できる事があるとすれば、
エルミリディナは崩落した壁の一点を見つめながら横へ数歩移動する。視線の先と至誠の間に自身を割り込ませ、妖艶な音色で語りかける。
「レスティア皇国第一皇女、エルミリディナ・レスティアよ。無節操なあなたたちはいったい誰かしらぁ?」
――誰も居ない。
少なくともヴァルルーツには、何者の気配も感じなかった。
だが直後、むくりと黒い塊が起き上がる。全身を黒いローブで覆い、深々と被ったフードの奥には、人間の頭蓋骨を模した仮面が
「これはこれはご丁寧に皇女サマ――」
全身で辞儀を見せる魔女の声は老婆のものだった。しかし、その言動にテサロのようなお
「であるならば、そちらは、かのリネーシャ・シベリシス皇帝ですかネェ?」
全部知っているが――とでも言いたげな優越的で意地の悪い口調を、一切隠そうとしていない。
「これほどの
強い語勢でリネーシャが警告すると、老婆は
「マシリティ帝国でございますかァ? 我々は単なる
これはあくまで一
リネーシャやエルミリディナにはそれが建前と
そのため目の前の老婆は、お前がレスティア皇国皇帝であり、自分がマシリティ帝国所属の魔女だと証明できるものならして見せろと言わんばかりの態度だ。
悠々と周囲を見下ろし観察する魔女は、ある人物で視線を止める。
「……おんやァ?」
喜悦の声を上げ、間髪入れず声高々に問いかける。
「これはこれは、まさかまさかッ!
老婆の投げかける先にはテサロがいた。だがテサロは言葉はおろか反応一つ表さない。ただひたすらに周囲を警戒している。
「いえいえいえ、間違えようがありません!! まさか、かのマシリティ帝国における伝説の売国
魔女はさらに
「アァ……まさかこれほどの幸運に恵まれるとは!
「それは素晴らしいわねぇ。でも4つ勘違いをしてるわ」
魔女の優越感に浸る様な
「まず――」
エルミリディナも魔女に負けず劣らずの余裕をにじませ口を開く
だが口を開くという隙を見せた瞬間、倒れていた死体が一気に動き出す。リネーシャの足首を、脚を、三人がかりで
それによってリネーシャの移動が制限されたとみて、四方に身を隠していた魔女がその姿をあらわにし、
巨大な魔法陣がリネーシャたちの足下に展開される。
ヴァルルーツはその影響で足腰に力が入らずバランスを崩す。とっさに手をついたが、その瞬間に腕に力が入らなくなる。
――まずいッ! なんの魔法だこれはッ!?
ヴァルルーツの脳裏にとっさの叫び声が過ぎるが、それも一瞬の事ですぐに体の自由は戻ってくる。
魔法や鬼道には独特の気配がある。熟練してくると、それを直感で感知できるようになってくる。ヴァルルーツも辛うじてその域に達しており、体の自由が戻ってから理解したのは、敵が拘束形の何かしらの魔法術式を発動させたことと、足下に鬼道術式が発動してそれを打ち消した、との程度だ。
状況証拠から、リネーシャ陛下あたりが何かをしたのだろうとだけ理解できる。だが、次元が違うほど高度な攻防に、その詳細を理解するには至らなかった。
ヴァルルーツは気付かなかったが、その遺骸の体内で発動していた術式によって、接触者の肉体の運動神経に干渉し、動きの自由を奪おうとしていた。
だがリネーシャには何の効果も現れていないようで、おもむろに足で振りほどく。間髪入れずに蹴飛ばすと、崩壊した壁端まで吹き飛び、遺骸は再び動かなくなった。
その状況下でもエルミリディナは一歩も動かなかった。ただひたすらに会話で気を引いた魔女を注視している。
「会話で気を引き奇襲とは、ずいぶんと古典的な戦法だな」
四方の魔女は魔法陣を放棄すると、会話で気を引いていた魔女の元へ参集する。
「まァ、そのくらいできなければ、かの皇帝の偽物は務まりませんネェ。
老婆の魔女は重ねて嘲り
「
リネーシャのそんな挑発に魔女は笑みを押し殺すように肩を揺らす。
「ええ、ええ。
その言葉に呼応するように、隣の魔女の一人が
テサロがその攻撃にあわせて手のひらを向けると、その魔法の攻撃は見えない防壁に阻まれ光を拡散しながら四散した。
だがその瞬間を狙い二人の魔女が左右へ回り込むと、杖を振りかぶる。二つの杖は互いに共鳴を起こすように火花を散らすと、振り抜いたタイミングで双方の杖から雷撃が飛来する。
常人であれば一瞬にして消し炭になってもおかしくない程の雷撃だ。その攻撃先はリネーシャでもエルミリディナでもない。
ヴァルルーツと、そして至誠だ。
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