[10]これは保証金ということで
兵士の名前はゲーゴという言うらしい。
そんなゲーゴから聞きだした情報によると、ここは神託の地の最南西端にあるロゼス王国という国で、今いるのはベギンハイトという城塞都市とのことだ。
――不浄の地での仮説はおおむね当たってたってことか。
至誠は今更ながら、自分の推察で全員を殺してしまわなかったことへの
――とはいえここで助けられなかったら意味がない。気を引き締めていかないと。
そう自分を律した。
ゲーゴは英傑級の情報も持っていた。
この都市の領主であるグラファン・ベギンハイトとその息子であるバラギア・ベギンハイト。そしてラザネラ教会所属の騎士ベージェス・ムラギリウス。この三人が英傑と呼ばれる強さを持っているらしい。
――三対二か……。
と
「ほんとです! 嘘じゃないです! 教導官が『領主様が不在の時に限って問題おこしやがって……』と僕に八つ当たりしてきたんで間違いないですって!」
とゲーゴは涙目になりながら弁解していた。
そんな姿に至誠は心を痛めながらも、今は尋問が終わるのを待つことにした。
昨晩の被害状況についても確認すると、どうやら数十人の死者と数百人の負傷者がでているらしい。
至誠は自分が想定していた以上の被害状況に、さらに心苦しく感じた。
――自分たちがここに逃げ込んだから……。
と罪の意識を感じるが、だからと言って今さら悔やんでも遅いだろう。あの時の状況ではここに逃げ込む以外になく、至誠はその決断に後悔はない。
できれば素直に自首して過失に対する責任を取った方が気が楽だ――と感じるのは、至誠が日本という法治国家で生まれ育ったからかもしれない。
だがここで自首をして無抵抗を示すことは、リッチェやテサロ、ヴァルルーツのことを見捨てるようなものだ。それは受け入れがたい。
至誠は命に優先順位を付けざるを得ないことひどく残念に思うが、それらを全て解決できるような妙案は思いつかなかった。
――不浄の地で僕が提案した結果がこれなら、受け入れて先に進むしかない。
改めて自分にそう言い聞かせる。
「『それと、君の所持金を見せて。全部』」
至誠があれこれ考えている間に質問は進み、気が付くとミグはカツアゲのようなことを言っていた。
つい先ほどまで借金取りに言い寄られていた彼からお金を巻き上げるのは非常に心が痛むが、ミグは彼の財布を精査して回収していた。
至誠は先ほど決めたハンドサインをミグに送ると体の自由が戻ってきた。
「あの、ミグさんミグさん。そこまでは必要ないんじゃないですか?」
『まぁ気持ちはわかるよ。こんな若い子からお金を巻き上げるなんて、ウチだって酷いことしてるって自覚はある。けど、至誠の顔を隠すものを早く調達しないといけないし、それに至誠はそろそろ何か食べないとマズい。ウチに寄生されている状態だと体力の消耗が多くなる。なのに昨晩吐いてから何も飲み食いしてないでしょ。――それなのにウチらの所持金はゼロ。となると、お金を調達するか、直接万引きや食い逃げするしかなくなるわけで。そうなるとこの場で巻き上げるよりリスクが高くなる』
そう言われると、急に喉が渇いているのを自覚した。
「確かに、そうですが……」
理には適っている。だが他に何か方法がないか思慮を巡らせる至誠を慮り、ミグは尋問を再開する。
「『じゃあゲーゴくん、質問の続き。さっき借金取りに催促されてたけど、なんでお金借りたの?』」
「えっ?」
「『いいから』」
これまでは都市のことや有力者のことを聞いておいて、突然身の上話を問われたゲーゴは思わず言葉を失うが、ミグに催促されて渋々口を開く。
「え、えっと、ですね。その……なんといいますか……。やむにやまれずというか……実家が貧乏で、その……生活費を――」
「『嘘だね』」
「――っ」
「『もう一回聞くよ。どうして、借金作ったの?』」
「いや、ええっと……あの……」
ゲーゴの視線は泳ぎ、素人が見ても分かるほどの狼狽を見せている。
「……ギャンブルで……その、少し……」
「つまり自業自得ってこと?」
「いや、あの……そう言われると、その……まぁ、そうとも、言うかもしれませんが……。……」
『至誠、さすがにウチもね、生まれた環境によって貧困で苦しんでる人からお金を巻き上げるのは良心の
「言わんとしていることは分かりますし、共感もできます。ただ、ギャンブルに依存するようになった原因とか、経緯にもよると思います」
『確かに、一理あるね』
至誠とミグの会話は、端から見ると至誠の独り言にしか見えないため、ゲーゴはの表情には「?」が浮かんでいた。
「『ゲーゴくんに質問。なんでギャンブルをはじめたの?』」
「えっ――えっと、それはですね、その……。付き合いと言いますか、半ば無理やり連れて行かれたといいますか」
「『確かにそれは嘘じゃないみたいだね』」
「そうです! 嘘は言ってません!」
「『でも肝心な部分を隠そうとしてるよね』」
「エッ」
その動揺のしかたは、感情の起伏が読めない至誠ですら嘘がばれたときのものだと分かった。
「い、いえ、その……ええっと、その、なんと言いますか……」
ゲーゴは目をひたすらに泳がせていたが、注視する至誠の視線に耐えかねて、ぼそりとつぶやいた。
「
「『お酒が飲みたくて、でもお金がないからギャンブルで増やそうとして、うまくいかずに借金まみれ、ってこと?』」
「……。はい……」
至誠は思わず目頭を押さえると、おもわず「ミグさん、横槍を入れてしまってすみません」と謝った。
『いや、至誠の気持ちも分かるし、一般論としてはそっちの方が正しいと思うよ。でもこれで三人の救出が失敗したら、後悔してもしきれないよ』
「そう、ですね」
「『ということで、君の所持金はもらうけど、君を五体満足で解放するための保証金代わりってことでどうかな?』」
ミグが至誠を経由して問いかけると、ゲーゴはこの上なく
「『もちろんウチらの立場としては、用済みになったら君を殺してしまった方が確実なんだけど、そっちのほうがいい?』」
などと脅迫されると、ゲーゴは全力で首を横に振る以外に選択肢はなかった。
「どうぞ……どうぞ持っていってください……」
至誠は同情心を抱きながらも、それ以上はミグを説得する言葉もゲーゴを擁護する台詞も出てこなかった。
*
ミグは他にもいくつか情報を聞き出した後「『じゃあ最後の質問』」とゲーゴに問いかける。
「『この近くで安くて美味しい飲食店、知ってる?』」
「えっ……店、ですか?」
と、突然の軽い質問に戸惑いを見せるゲーゴだったが、先ほどの脅しがまだ
「そ、そうですね……近くに飲食店が並ぶ一角がありますが、少し高めです。それだけあれば食べられないことは、ないと思いますが。一食だけなら……」
ゲーゴは巻き上げられた財布へ未練がましく視線を向ける。
「『他には?』」
「す、少し歩くと、ブリニーゼ通りというところに歓楽街があります。そ、そこなら安い食堂や居酒屋がたくさんあります」
「『少し歩くって、時間だとどのくらい?』」
「えっと、ここからなら、たぶん、普通に歩いて15分くらいです」
「『最初に言ってた方は?』」
「そっちは3分くらい、です」
『至誠は苦手な食べ物とかある?』
「激辛系は苦手ですが、そうでなければ特には。アレルギーも特にありません」
『面が割れてる可能性が高いから人の多い方は避けようか。それでいい?』
「はい」
「『じゃあゲーゴくん、近い方の店まで案内してもらえる?』」
「えっ、あの、ちなみに、その、解放はいつごろ……」
「『君が素直なら、すぐだと思うよ』」
そう告げ、一行は路地裏を出た。
*
路地裏を抜けるが、表通りにと呼ぶにはあまりにも
至誠は周囲を見渡していると、どこも同じような様式の建物が並んでいる。窓の数からどうやら六階建てのようだ。ぱっと見の印象としてはマンション――というよりも団地だろう。低所得者向けの集合住宅と言った雰囲気を感じる。
「『ゲーゴくん、店はどっち?』」
路地裏を出て右か左か問いかけると、ゲーゴは怯えた様子で「右です」と答えた。
「ミグさん」
じゃあ右へ――と歩き出そうとするミグを呼び止めたのは至誠だ。
『どうしたの?』
「ニコラ・テスラが最後に意味深な台詞を言っていたのは覚えてますか? 『左が吉』って」
『あー……そうなの?』
「はい。その言葉に深い意味があると思いますか? あるとすれば、すでに始まってると思いますか?」
『んんー……』
ミグは頭を抱えたように間を開ける。
『……ウチは単なる運勢や占いは信じてない方だけど、超越者と呼ばれるような存在の言葉だし……確かに気に留めておいた方がいいだろうね』
「ゲーゴさん、左から行くことは可能ですか?」
『えっと、そっちはブリニーゼ歓楽街の方ですが……い、一応、表通りに出た後に歓楽街と反対方向に行けば、その、さっき言った食事処に着きます、た、ただ、遠回り、です、よ?』
「どうしますか? 僕の直感としては、あそこで意味のないことを言うとは思えません。何らかの警告の可能性がある気がしますが……」
ミグに問いかけると、困ったように『うーん』と
『
「分かりました。――ではゲーゴさん、少し遠回りでも左の道から行きましょう」
そう告げて三人は左側へ足を向け、歩き始める。
*
しばらく歩いても周囲の道路どころか建物にも人気はほとんどない。すれ違う人も限定的だ。開いている商店も見当たらない。
「ぜんぜん人がいませんね。建物は立派なのに」
至誠が不思議そうに見上げると、ゲーゴの視線がチラチラと向いていることに気が付いた。
「ゲーゴさん、良かったら、この辺りがどういう場所か聞いてもいいですか?」
「エッ!?」
「とはいえ、これは興味本位の雑談みたいなものなので、無理に答える必要はありません」
「えっ、いや……その、えっと。こ、この辺りはほとんど軍の宿舎です。この辺りだと、どこの国の割り当てだったかな……」
「ここの王国――えっとロゼス王国でしたっけ? そこの軍施設というわけではないんですか?」
「え、えっと、その。ベギンハイトではいろんな国から派兵された兵士がいますので、住宅地区は国ごとに区分けされています。こ、この辺りはたぶん、ちょうど派兵期間が終わって帰国したんだと思います。ほ、ほら、もうすぐ
『ラザネラ教における生誕祭は2月22日だったかな。神ラザネラの誕生日で、ラザネラ教において一年で最もめでたい日だね』
「なるほど」
――今は確か2月10日だっけ?
と至誠は日時を思い出していると、ゲーゴの方から口を開く。
「あ、あの……自分も、その、質問とか――してもいいですか?」
「僕に答えられることでしたら」
至誠がにこやかに肯定すると、ゲーゴは恐る恐る聞いてくる。
「えっと、あなたはその……いわゆる二重人格、ってやつ――なのでしょうか?」
「まぁ……そんな感じです。一人称が『僕』か『ウチ』かで判別してください」
実際は違うが、そういうことにしておいた。
「『一人称が僕のときは優しいけど、ウチのときは厳しいから気をつけてね。ウチとしては、君が余計なこと知ったら解放できなくなるってことだけ伝えておくよ』」
などとミグさんが勝手に付け加えると、ゲーゴの顔に「ひいいい!」と恐怖が書いてあった。
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