蒼の牢獄⑦-5

 その後、直弥はヴィクターから両親の遺体を受け取り、伊藤が用意した病院で検死をした。


「これは……」


 ヴィクターの両親それぞれの背中にある金属の残骸を取り除こうとした時だった。


 残骸の中は何かルーン文字のような文様で埋め尽くされていた。そして、鞄のように背負っているのかと思ったら、金属の突起がいくつも背中の方に飛び出ていて、脊椎まで深く刺さっていた。


 魔法機械の残骸の解析は後にするとして、あまりにも非人道的な行いに怒りと悲しみを感じる。


「どうヴィクター君に伝えるべきか……」


 直弥は眉間にしわを寄せながらもヴィクター両親の遺体を解析し続けた。





 そして後日、その解析結果を受け取った国家戦略情報局こっかせんりゃくじょうほうきょく伊藤 健樹いとう けんきは、とある場所に来ていた。


 場所は、皇居の地下室で、御前会議を行うためだ。


 伊藤 健樹いとう けんきは、元々家系的に宮内庁に関係のある人物で、先祖代々国家の要職について国を守ってきた。


 そして、ここには同じような人物が伊藤のほかに6人集まってくる。


 伊藤が一番先に来ていたので、会議の進行を考えていると、扉がガチャリと開いた。


御文庫附属庫おぶんこふぞくこか。こんな所で会議をすることになるとはな……」


「まさか、修復されていたんですね……歴史の重みを感じますね」


 自衛隊の総合幕僚長の大河原 進おおがわら すすむと警視総監の神田 久美子かんだ くみこが入室してきた。


 彼らが驚いているのも無理はない。


 ここ御文庫附属庫おぶんこふぞくこは、中世期の太平洋戦争末期、御前会議の場として使用されていた地下深くの会議場だ。


 当時の戦争指導者たちが、日本の命運を決めた場所として知られている。


 戦後、長らく放置されていたが、最近になって国家戦略情報局によって修復され、最新の防諜対策が施された。


 残りのメンバーも集まり、最後に陛下が御入室されてから会議が始まった。


「お集まりいただき感謝します。我々の日本は、現在進行形でスパイによって侵食され、傀儡化の危機に瀕しています。本日の議題はその対処です」


 皆がそれを聞いて騒めいたが、そこで一人の男が手を上げた。自衛隊の総合幕僚長の大河原 進だ。


「この議題に入る前に皆に伝えたいことがある。この議題に深く関係するのでな」


「それは一体?」


 伊藤の鋭い視線を受けた大河原は、軽く咳払いをした後、一拍置いてから口を開いた。


「政府に固く口封じされていたが、諸外国は滅んでいない可能性が高い」


「なんですって!? それは本当ですか?」


 警視総監の神田 久美子があまりの衝撃で立ち上がり、大声を上げる。


 大河原はそれを手で制して落ち着くよう促し、ゆっくりと慎重に話し始めた。


「間違いない。確かに諸外国は、ダンジョンから漏れ出したスタンピードにより大打撃をこうむった。そのせいで人口も文明も衰退しているが、都市国家レベルで存続し、救難信号を出し続けている」


 これは自衛隊のトップの少数と内閣の一部の人間しか知らないと大河原は続けた。それを聞いた神田は眉を八の字にして不満をあらわにする。


「諸外国が困っているのに、なぜ見捨てるような惨い鎖国政策をしているのですか?」


「総理をはじめとしたトップが、日本に他国の救援をする力はなく、それを国民に知らせると混乱するので滅んだという事にしていたと言うのが表向きの理由だろう」


「では、裏は?」


「恐らく、諸外国を自然に滅ぼし、日本を弱体化させるのが目的だろう。資料を見て内閣を含めた政治家、経団連、財務省と幅広く間接侵略が及んでいるのを見て考えに至った」


 だからこの場で皆に共有したのだと大河原は言った。


 皆が愕然としている中、伊藤は他の参加メンバーの意見を聞くために話を振る。


「外務大臣の高村さんは何も知らないのですか?」


 恐らくこの問題に一番関係していそうな、外務大臣、高村 一樹たかむら かずきに話を振る。


「周知の事実だが、外務省は、ダンジョンが発生してしばらくしたら、大幅に縮小された。理由は外国が無くなったからだ。名目上小さな事務室があてがわれているだけで、我々は力も情報も持っていなかった。当然この件も認知していなかった」


 いまさら言わなくても分かるだろうと高村は伊藤を睨んだ。気持ちは分かるが、私を睨んでも意味はないと伊藤は思った。


 外務大臣からはこれ以上の意見は無いと思い、別の相手に話を振る。


「岩崎さんはどう思いますか?」


 話を振られた農林水産大臣の岩崎 剛いわさき つよしは、大柄な見た目の通り、大きな声を唸るように出して答えた。


「信憑性は高いと思うぞ。ダンジョンが出来てから、バイオマス精製施設が停止しているのを知っているだろう?」


「はい。外国からの資源が無いからだと聞いております」


 伊藤が記憶している過去の政府発表を答えた。


 重力装置は大きなエネルギーを生み出すが、予算や設備の大きさ、技術力が必要だ。


 だから、この発展したバイオマス技術で、ダンジョン発生前の世界は、日常で使うエネルギーや資源を確保していた。これが停止しているのは痛い。


「だが、冷静に考えてくれ。バイオマス精製施設は、日本が外国からの資源に依存しないための自立したエネルギー供給源として研究、開発された。だが、ダンジョンの影響で突然停止された。それが政府の意図的な操作によるものだという疑念が生じている」


「つまり」


「政府が時間をかけて日本を滅ぼすために、理由を付けて停止させているに違いないと俺は思う」


 そこまで昔から工作が浸透していたのかと参加メンバーは息をのむ。思えば、国家戦略情報局の創設も大きく反対と妨害をされた、と教えられたのを伊藤は思い出した。


「資料にも書いてあったが、内閣、財務省、財界とここまで浸透されたら平和的な方法では解決できんかもしれん。となると……」


 大河原が顎髭を撫でながら渋い顔を作って言葉を止めた。


 口に出すのをためらっているようだが、立ち止まることは許されないので、伊藤が先を促す。


「どうするのです?」


「暴力革命しかないかもしれん」


 その重い言葉が室内に響いた瞬間、沈黙が一瞬空間を支配した。


「無茶苦茶すぎます!」


 ガタンと椅子を押しのけながら、警視総監の神田が立ち上がる。


 必死の形相で束ねた髪を振り乱しながら反論してくる。


「暴力革命など起こしたら、警察官や自衛隊同士で戦わなければ行けなくなります! こんなの無駄でしかないわ。何より市民にも被害が出るし、成功した後の統治コストもバカにならないわよ!」


「いや、暴力革命は合理的ですよ」


 感情が高まっている神田を、落ち着かせるような声音を発しながら伊藤は反論する。


「この方法なら一気に敵対勢力を排除して、アストラルティス帝国に対応する国家体制を築けます」


「現行法でスパイや汚職を順次捕まえていけばいいのじゃ無いの?」


 その言葉を聞いて伊藤は額を抱えて溜息を吐く。


「それが出来たらよいのですが、それをやっていたら確実に相手が妨害工作に出て、あっという間にこちらは潰されてしまいます。単純に正攻法では時間が無いのです」


 それを聞いた神田は歯を食いしばりながら椅子に座る。しかし、納得はしていないようだ。


 彼女の脳裏には、自分の部下や守るべき市民がお互い殺し合い、自分たちの町が焼かれる姿が浮かび上がる。


 そのような事態は絶対に防がなければいけないのだ。


「厚生労働大臣の松下さんはどう思うのよ?」


 自分ではすぐに反論の意見が思いつかないのか、今まで黙っていた厚生労働大臣の松下 奈緒まつした なおに話題を振った。


「私も反対です。内戦など国民の生活にどれほどの影響があるかは分かりません。それに、外国の生存を聞いたので、後の外交を考えると内乱が成功しても、諸外国は正当な日本政府と認めるかは不明です」


 松下は、困り顔でか細い声でありながらも、はっきりとした口調で反対した。


 その奥には、戦乱による国民生活への損害と外国への配慮が見える。


 そして、それを聞いた神田は、それに乗っかる形で反対意見を続ける。


「そうよ! 国民同士で殺し合うなんてバカげているわ。それに、今まで救援要請を無視していた日本が、再び外交をする時に、足元を見られかねない!」


 神田は、机を叩きながら大声で反論する。彼女の強い愛国心と部下を守りたいという気持ちは尊重したい。


 しかし、伊藤は心を鬼にして反論する。同時に、努めて冷静に相手を諭すような声音で続ける。


「外交に関しては、そもそも他国は都市国家レベルまで衰退しているという事ですので、こちらに強く言えないです。あとは、過去の事例を参考にすれば、あくまで国内の政変で済ませられます」


「過去の事例?」


 疑問を浮かべる神田に、伊藤はニヤリと笑みを浮かべて返答する。


「中世期の明治維新を参考にします。政権を取って大政奉還をし、王政復古の大号令をしていただき、我々の政権を認めてもらうのです」


 これによって、あくまで同じトップの体勢の元での国内の政変という建前が出来ます。


 こういうシステムを使うため、という意味もあって我々は存在しているのですと付け加え、さらに神田の意見に反論を続ける。


「それに先ほど述べたように我々は時間が無いです。恐らくスパイや傀儡になった人物の排除を行うと、黒幕も動き始め直接的な影響力の行使の可能性が高いです」


「それは?」


 震える声で尋ねる神田に、伊藤は深呼吸をした後、ゆっくりと回答する。


「戦争でしょう。アストラルティス帝国が国か組織かは分かりませんが、確実に武力を行使して来ると思います。相手の魔法技術は圧倒的に高く、生産能力もある。かなりの武力を持っていると考えて間違いないです」


 そこで伊藤は、追加の資料を参加者全員のデバイスに送信する。


 そこには、大量に作られた魔炎精まえんせいや、ヴィクター両親に接続されていた機械の詳細が書かれていた。


 皆が一通り読み終えて青ざめてた頃合いを見て、伊藤は再び口を開く。


「分かっていただけますか? 恐らく軍事力で大きな差が開いている相手です。これはスパイを倒すだけでなく、早急に挙国一致体制を整え、相手に立ち向かうためなのです」


 鋭い視線が伊藤と反対派の神田、松下の間を飛び交う。時計の音が暫く鳴り響いた後、神田は溜息をついた。


「わっかったわ。心情的には反対だけれど、そうするしかないと理解したわ」


 その言葉に松下も頷いて同意を示した。ここで不意に統合幕僚長の大河原が、追求するような声で口を開いた。


 その威圧感は流石軍部のトップと言ったところで、重く迫力がある。


「そういえば、石黒さんは何も発言していませんな」


「は、はい……」


 話を振られて、震えて脂汗をかいている男は、総務大臣の石黒 拓海いしぐろ たくみだ。


 そして、このように挙動不審なのは、会議が始まってからずっとだ。


「石黒さんは、総務大臣ならバイオマス精製所や外国事情の不審な点や、ダンジョンの報道など政府からある程度情報をもらって知っていたのでは?」


「知ってはいました」


「それではなぜそれを報道しない? 政府にとって都合の良い事しか報道していなかったように思えますが?」


「そ、それは……」


 大河原に睨まれて、石黒は声が出ない。


 まるで大型の肉食獣の前に立たされた子豚のようだ。沈黙が支配する中、伊藤が笑顔を作り間に入る。


「まぁまぁ、その辺にしときましょう。政府の指示に従っていただけでしょう」


 伊藤は、大河原の気持ちも分かっていながら止めに入った。石黒は会議が始まる前から不審な点が多く、もしかしてという疑惑の目を向けているのだろう。


 ただ、自分は国家戦略情報局員で、彼を知っている。ここでその話に時間を使っても無駄だ。


「それに、自衛隊も外国情報の隠ぺいの片棒を担いでいたじゃないですか? お互い様ですよ」


「そ、それは……」


 大河原が口をつぐみ、糾弾を止めたので話を先に進める。


「それでは、暴力革命を起こすことに皆さん賛成でしょうか?」


「異議なし!」


「不本意ながら異議はないわ」


 全員の賛成を得て、陛下の了承も賜ったので暴力革命の路線は決定した。


「少し長くなったので、この辺で休憩しましょう」


 それから30分ほど休憩を入れる事にした。それぞれの疲労の回復と熱くなった頭を冷やすためだ。


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