蒼の牢獄⑥-4
嵐が収まり直弥が周囲を確認すると、空には圧倒的な勝者のようにこちらを見下ろす
そして、どさりと隣にボロ雑巾のような何かが落下した音がする。
直弥が視線をやると、それはスーツとヘルメットがボロボロになったヴィクターだった。
表面が溶けたり焦げたりしているが、内部まで損傷はしていなさそうだが大丈夫なのか? と心配していたらムクリと立ち上がった。
「クソッタレめ」
「か、かなりタフだよね。ヴィクター君」
「あぁ。お前の防具を装着していなかったら、死んでいたかもしれん」
もはやそんなレベルの頑丈さではなくて、普通の探索者なら死んでいたと思うのだが、ここで言及しても意味は無いので対策をすぐに考える。
「多分、ヴィクター君の攻撃が当たれば倒せると思うけど」
「スピードが足りないな。空中移動の対処も限られる」
「だから、僕の風の魔法で君を補助してみるよ」
「出来るのか? さっきまでは出来なかっただろう」
ヘルメットごしにヴィクターが横目で見つめているのが分かる。
「やってみるさ。炎の竜巻もこれでなんとかするよ」
直弥は笑いながら答えたが、その声音に力強い決心を感じた。
再びヴィクターが魔力をためて、氷の斬撃を飛ばす。
大量に飛ばし、氷の檻を作るのは先ほどと変わらないが、ここでヴィクター自身も駆け出し跳躍していた。
焔天狗は持ち前の高速移動で相手の背後へ移動しようとするが、ヴィクターも空中で方向転換して対処する。
何よりも先ほどよりも早い。
それは鷹村の目では見えない速度で移動して攻撃している。
ヴィクターや焔天狗の体からは、空気を切り裂きながら暴風のような重低音が地面にまで響いている。
焔天狗は先ほどの炎の竜巻を出そうとするが、前よりも早いヴィクターの猛攻によりそれをする暇がない。
ヴィクターの背中や足からは、風がジェット噴射のように噴き出ていた。
驚異的なバランス感覚と身体能力で吹き出る風に乗っていてスピードを加速させている。
そして、地面では直弥がヴィクターに両手を向けていた。
ヘルメットの内側では、歯を食いしばりながら汗を流していた。
必死になってヴィクターの動きを目で追い、慣れない風の魔法を使ってサポートしている。
長くはもたない。
だが、ヴィクターは笑みを浮かべる。
それと同時に、金属と金属が激突する重く甲高い音がし、火花が飛び散る。
焔天狗とヴィクターの刀が鍔迫り合いの状況になった。
ようするに捉えたのだ。
焔天狗の体から出る暑さが、ヘルメットやスーツ越しでも伝わってきて、ヴィクターの額から汗が垂れる。
ここまでくれば、こっちの土壌だ。
元々力はヴィクターの方が圧倒的に勝っているのだ。
焔天狗に苦戦したのは、そのスピードと空中移動だ。
それを殺した今、どちらが勝つかは明白。
「はぁ!」
ヴィクターが腹から出した声と共に、魔力を上げ刀を叩き落とした。
そこから上下左右の連撃を繰り出す。
至近距離で瞬きを一回するよりも速く繰り出された10以上の斬撃には、流石の焔天狗も回避できずに全てを喰らってしまった。
そして、最後の打ち下ろしが直撃すると、焔天狗は地面にたたき落とされた。
落下の衝撃で地鳴りがし、土煙が舞い上がった。
煙が収まると、そこにはクレーターが出来ていて、焔天狗が横たわっていた。
全身がヴィクターの斬撃で深い傷を負っていて、所々凍っている。
攻撃が終わり着地したヴィクターは、ゆっくりとそこへ近づいていく。
身動き一つもしなかった焔天狗だが、しばらくすると瞬時に全身が炎に包まれる。
そして、炎が消えるとそこには無傷の焔天狗がいた。
ムクリと立ち上がりヴィクターの方へ手を向ける。
急速に焔天狗の魔力が高まる。
再び炎の竜巻を打つ予備動作だ。
それでもヴィクターは、ゆっくり歩くことを止めない。
今までの戦闘で疲労したからか? と焔天狗は思ったのかもしれない。
魔力を限界まで高めた焔天狗は、その手をふるって再び炎の竜巻を発生させ、それがヴィクターへと向かっていく。
しかし、その竜巻は先ほどよりも弱く、さらに徐々に小さくなっていき、消えてしまった。
「まぁ、逆回転させれば竜巻は消えそうだよね。それに傷は治せてもかなり疲弊しているようだしね」
焔天狗が声が聞こえた方を見ると、後方で直弥が片手をあげて風の魔法を操作していた。
「だからと言って、完璧に任せるのもどうかと思うよ? ぶっつけ本番に」
「出来たから問題ない。先ほどの風の補助を受けて分かっていた」
不満そうに言う直弥に不敵な笑みを浮かべて答えたヴィクター。
その会話が途切れた瞬間、ヴィクターは持ち前のスピードで一気に駆けて、焔天狗に全力の蹴りをくらわせた。
飛沫のような破裂音が鳴り響き、焔天狗は地面と平行に吹き飛んでいき、勢いがなくなると何度かバウンドして、回転しながら地面に落ちた。
落ちた先は直弥の目の前だ。
「
直弥がゆっくりした声で話しながら、無理やり倒れている焔天狗の口を開き、中に麻痺雷弾を直接入れて、顎を閉めさせた。
途端に焔天狗は内側から麻痺液と雷撃に蹂躙されて、ビクビクと痙攣を始めた。
「全く手こずらせやがって」
「ほんと、流石に今日は疲れたよ」
動けない焔天狗の傍に、ヴィクターと直弥が立っている。
手にはヴィクターが打刀、直弥がメイスを持っている。
二人はニヤリと笑った。
竹林の中で声なき悲鳴と、メイスの打撃音、刀が何かを切断する音が鳴り響いた。
暫くすると焔天狗の実態が無くなり、ドロップアイテムが出現した。
魔石と何か別の石だ。
「本当に倒してしまったな……」
ドロップ品を回収していると鷹村が近づいてきた。
その顔は驚愕で染まっている。
「まぁ、苦戦はしたがな……」
自分の力の足りなさを痛感しているヴィクターは、苦々しい口調で答えた。
そして、手に持っている魔石とは違うドロップアイテムの石を鷹村に見せる。
「これは何だ?」
「それは、ギルドで
鷹村から教えてもらい、金になると思ったが、売れないなと思った。
理由は隣に好奇心で目を爛々としている直弥がいるからだ。
恐らくヘルメットの内側では鼻息荒く涎を垂らしているのだろう。
「きょ、今日はもう帰るか?」
そう尋ねた鷹村の声は、どこか不安げで震えている。
「あぁ、流石に疲れたからな。これ以上の探索は危険だ。恐らくしばらく休むから、お前の監視も当分休みだな」
「い、いや、監視は今日で終わりだ。お前たちに不正や問題はない。ただ……」
「ただ?」
「ヴィクター、お前に言いたい、謝りたいことがある」
「はぁ?」
ヴィクターの疑問が口から洩れた瞬間に、鷹村はその場で大きく頭を下げた。
「す、すまない。俺はお前の両親、
「何だと!?」
ヘルメット越しにヴィクターの視線が強くなるのを感じる。
鷹村は、唇を震わせながら、そのままの姿勢で話を続けた。
ヴィクターの両親が最後に探索に行った当時、鷹村は駆け出しの探索者だった。
まだ初心者ながらも才能が見込まれていた鷹村は、ヴィクターの両親の荷物持ちとして探索に参加する事になった。
その探索は、地下30階を超える為の試みで、他のパーティーとも合同で、戦闘に参加しないのなら、初心者でも安全であると聞いていた。
さらに、当時最強の探索者であるヴィクターの両親の探索に同行できるとなり、鷹村は興奮していた。
問題なく地下30階にたどり着いたときにそれは起こった。
スタンピード、ダンジョンのモンスターが地下30階より奥から溢れて大量発生したのだ。
多くの他の探索者は、能力があるので退避できたが、自分や一部の探索者は退避できず、津波のようなモンスターの大群に押し殺されそうになっていた。
鷹村もその一人だ。
「ここは、私たちに任せて!」
セラフィナがそう叫んで、炎の魔法で周囲のモンスターを吹き飛ばした。
武雄が落ち漏らしを掃討していく。
だが、敵の数は多く、絶対に二人では対処できない。
二人も逃げるべきだが、能力の無い鷹村や他の探索者がそれでは逃げ遅れてしまう。
だから、二人は残る事にしたのだ。
他の探索者を逃がすために殿を務める事を決意した。
鷹村と他の探索者は、自分達が生き残る事に必死で、言われたままその場から逃走した。
あのモンスターの大群の中にヴィクターの両親を残して。
そして、二人は帰ってこなかった。
「これが、当時の結末だ。俺達に力があったら、俺達が参加してなければ……。本当に申し訳ない」
頭を下げ続ける鷹村に、ヴィクターは憎悪が燃え上がる。
無能なこいつらが居なければ、両親は脱出できたかもしれない。
やはり、弱者は強者の足を引っ張るのか?
無意識に握った拳が震え、スーツの手の部分がミシミシと音を立てている。
こいつをここで殺れたら……。
「ヴィクター君、ダメだ! リスクが大きすぎるよ」
直弥の叫び声で何とかヴィクターは理性を保った。
そして、そのまま無言でダンジョンから出て、解散となった。
ボス部屋の先に一階へ続く階段があるので帰りは早かった。
ヴィクターと直弥は一週間ほど休みを取る事にした。
理由は、ヴィクターの装備が今回の戦闘でかなり損傷したからだ。
だが、理由がそれだけではないのは、言わずとも二人は分かっていた。
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