蒼の牢獄⑥-3

火炎姫かえんひめに慣れたヴィクターと直弥は、地下九階の階段を降りていった。鷹村も当然それに追従している。


この地下九階には、新しいモンスターはおらず、火炎姫かえんひめと以前に出現した蜘蛛鎧武者くもよろいむしゃ屍神主ししんじゅ、お面の巫女だった。それぞれがランダムで徒党を組んで襲ってくる。


流石にこの組み合わせを単独で挑む気は二人にはなく、チームを組んで戦い対処していった。ただ、鷹村にはなるべく戦わせない事を徹底していた。


すでにどれも対処法が分かっていたので、苦戦する事はなく地下十階へ続く階段を見つけてその日は終了した。


次の日、ヴィクター達は、地下十階へ降りていった。


「もう調べてあると思うが、ここの階層ではボスが出てくる。気を付けろ。名前は、焔天狗ほむらてんぐだ」


鷹村がそう警告すると、ヴィクターは軽くうなずいた。


が、すぐに不敵な笑みを作り鷹村に言葉を返す。


「油断はしないが、必ず勝つ。それと、この中ではお前が一番弱い。戦闘の余波で死なないようにな」


「生意気言いやがって。確かにお前たちは強いが、相手の特殊能力や戦い方などによっては、いらぬ苦戦や被害をもたらすかもしれんぞ」


苦い顔を作りながらも忠告する鷹村に、ヴィクターは鼻をフンと鳴らし先に進み始めた。


「そうだとしても、お前はギルドの規則で詳細は話せないのだろう。だったら、対策の立てようも無い。ならやる事は一つだけ。力で叩き潰すだけだ」


「そ、それは……」


冷たく言い放つヴィクターに黙ってついていく直弥。鷹村は二人に返す言葉が無い。この二人の態度は、鷹村がギルドの制約に縛られているのもあるが、いつもどこかヴィクターに対して自信なさげで、不審な態度をとっているからだ。


口を開いて何かを伝えようとするが、すぐに止めてしまう。怪しすぎる行動を取っている鷹村は、自分が何らかの疑いの目で見られていることを自覚していた。しかし、それを払拭する方法も勇気も持てないので、黙って二人を追いかけるしかなかった。


ボス部屋を見つける為に探索を続けていた。途中で遭遇する敵は、雑魚敵は火炎姫等、これまで出てきたモンスターなので苦戦はしなかった。


「おっ! 進化が来たぞ! そして、新しい力にも目覚めた感じがするぞ」


何度目かの戦闘で直弥が進化し、新しい力に目覚めたようだ。


「どんな力が目覚めたのか分かるか?」


ヴィクターが周囲のモンスターのドロップ品を回収して直弥に駆け寄る。


直弥は、う~んと小首をかしげた後、ヴィクターに手のひらを向けた。すると、手のひらから風が出て、装備やヘルメットごしにヴィクターの体を少しだけ冷やした。それを見た直弥は満足そうに口を開いた。


「どうやら風を操れるらしいよ」


「それ以外は?」


「分からない!」


「使えんな! ただの空調だろそれ!」


無駄に胸を張って自信満々の直弥に、全力で突っ込みを入れたヴィクターは、ぜえはぁと呼吸を荒げた。その後溜息を吐いて気を取り直した後、探索を続けた。


探索中直弥は新しい力を練習していたが、今のところ大した成果は得られなかった。そして、大きな洞窟のような広間を見つけた。ボス部屋への入り口だ。前回見た地下五階と構造はほぼ同じだ。重い木製の扉が口を閉ざして待ち構えている。


「もう、今日攻略するのか?」


あまりにも早い攻略速度に驚きながら鷹村が尋ねた。


「あぁ、俺には止まる事は許されない。一刻も早く両親の復讐か、死の謎を解き明かさなければならない」


「そ、そうか」


両目の碧眼に決意に満ちた復讐の炎を燃やすヴィクターに鷹村は生唾をごくりと飲んだ。


「な、ならば俺も腹をくくらなければならないな……」


扉を開けてボス部屋に入るヴィクター達を見ながら発した鷹村のその呟きは、大広間に消えていった。


ボス部屋に入ると、中の空間はガラリと変わっていた。ダンジョン特有の変化だ。日差しを感じ、天井が高く感じる。当然だ。天井が無く野外だからだ。周囲の状況は、竹林の中に朽ちた鳥居が所々にあるような場所だ。竹林が上を多少遮っているが、今までの洞窟や朽ちた神社の中と違い、上方向の範囲に制限が無い。


周囲を警戒していると、ガサリと上の方を見ると音がした。


鷹村が音がした方を見上げると、漆黒の翼を持った天狗が背の低い竹の上に立っていた。顔には天狗特有の赤い面をしており、全身には深紅の装甲が装着されている。さらに、体全体には炎が纏われている。腰には鞘に入った太刀を装備していた。


「貴様が次の相手か。行くぞ!」


ヴィクターの言葉が聞こえた時には、鷹村の目には、すでに焔天狗ほむらてんぐに攻撃を仕掛けているヴィクターの姿があった。


ほぼ言葉と同時に焔天狗ほむらてんぐの前に出現し、横一線を喰らわせようとしている。


速い! 鷹村は、率直に驚く。恐らく一瞬のうちに跳躍して、間合いを詰めて、斬撃の体勢に入ったのだろう。


ただの身体能力や魔力の強さだけでなく、積み上げた修練による無駄をそぎ落とした姿は、剣士としての理想形に近い。


しかし同時に、それだけでは焔天狗は捉えられないと確信に近い予測をする。


ヴィクターの攻撃で、閃光が発光したかのような剣線が横に走るが、そこには焔天狗はいなかった。


「何!?」


驚愕したヴィクターは咄嗟に周囲の気配を探る。


後ろ!


落下しながら体勢を変えようとするが、既に焔天狗が炎を纏った刀を打ち下ろしている。


瞬時に打刀で防御に回る。その瞬間に、金属と金属がぶつかり、火花と同時に衝突音が鳴る。


直後、隕石の落下のように何かが落下した。地面が響く爆発音がし、土煙があたりに広がる。


「くそ!」


土煙がはれると、そこにはクレーターが出来ていた。中心には、ヴィクターが打刀を支えにして立ち上がろうとしている。


恐らく刀での防御は間に合ったが、衝撃などは殺せずに空中から叩き落とされたのだろうと、鷹村は推測した。


「かなりのスピードだな。だが、こいつはどうだ!」


叩き落とされたものの、ダメージは少ないようだったヴィクターは、魔力をためてその場で打刀を振るった。


そうすると、焔天狗に向かって氷を纏った斬撃が飛んで行く。何度も振るわれた斬撃は、空気を切り裂きながら高速で焔天狗へ向かっていく。


逃げ道をふさぐ様に放たれたそれは、命中したと思われたが、当たったのは残像。高速移動で回避しており、既にヴィクターの背後に再び回り込んでいた。


だが、その時に焔天狗のさらに後ろから声が聞こえた。


「僕を忘れてもらったら困るよ。動きが速ければ止めればいいんだよ!」


直弥がそういいながら、麻痺雷弾を投げる。焔天狗はヴィクターを追撃しようとしていたところで、避けられず直撃した。


バリンと麻痺雷弾の外装が割れ、中身の麻痺液が焔天狗にかかる。


その瞬間、高熱の鉄板に液体をかけたような音がし、麻痺雷弾の液体が蒸気になって霧散していく。


「危ない!」


直弥が叫ぶと同時に、攻撃された焔天狗はヴィクターに向かってその場で刀を連撃した。


すると、ヴィクターの飛んでいく斬撃のように炎の剣線だけが、高速で周囲の竹を燃やしながら襲ってくる。


なんとか直弥の攻撃で体勢を立て直したヴィクターは、自分も同じように氷の斬撃を飛ばし相殺して何とか被害を免れた。


はぁ、はぁ、と呼吸を乱しているヴィクターを見て、鷹村は当然だと考えた。なぜなら、二人体制でのダンジョンの攻略はどんなに強くても無理があるからだ。


逆に言えば、数さえ揃っていれば、戦術で劣勢を覆すことができるのだ。


この高速で動く焔天狗は、天井のない広い空間で動き回り、攻撃が当たりづらい。だから、魔法やその他の攻撃で牽制したりして、相手の動きを阻害している間に、他の仲間が攻撃するというチームワークが必要なのだ。


ここでそれを学ばなければ、両親と同じ結末を辿るかもしれないと思った。その両親ですら、ボス戦などの重要局面では他のパーティー等と合同でやっていたのだ。


「ヴィクター君!」


「何だ?」


一難去ったヴィクターに直弥が大声で呼びかける。


「氷の斬撃を飛ばした後も維持してその場に留めることは出来るかい?」


「あぁ」


直弥は顎の下に手をやり一拍考えた後に口を開く。


「それなら、あの焔天狗を檻に閉じ込めるように氷の斬撃を大量にあいつの周りに飛ばして維持するんだ」


「なるほど、自由に動ける空間をなくすわけだな。分かった」


ヴィクターは直弥の提案に頷くと、再度魔力をためて打刀を焔天狗の方へ何度も振るった。


高速で幾重にも氷の斬撃を飛ばしていく。それを焔天狗は全て回避していくが、徐々に回避をしにくそうにしている。


それは、ヴィクターの氷の斬撃が前回よりも大きく、人間の身長を超える壁のようになっている。そして、焔天狗が回避してもその場で斬撃が止まり、徐々に焔天狗の行動範囲が減ってきているのだ。


「今だ!」


ついに焔天狗が氷の壁に捉えられて回避する場所が無くなった時、ヴィクターは弾丸のように跳躍して焔天狗に袈裟斬りをくらわせようとする。


が、焔天狗も全身から炎が吹き出るほどの魔力をためて、その場で刀を振るう。


その瞬間、轟音と共に炎の竜巻が起きる。


ヴィクターは突撃していたので、回避が間に合わず飲み込まれる。


「ヴィクター君!」


直弥の叫び声もむなしく、焔天狗の作った竜巻は、猛獣の叫び声のような轟音と共に大きくなった。一瞬でヴィクターが作った氷の壁も、ガラスの割れるような音を立てて破壊される。


そして、その範囲はヴィクターだけにとどまらず、直弥も巻き込んで行く。巻き込まれてしまった直弥は、盾を構えて歯を食いしばり耐え忍んだ。


嵐が収まり直弥が周囲を確認すると、空には圧倒的な勝者のようにこちらを見下ろす焔天狗がいた。そして、どさりと隣にボロ雑巾のような何かが落下した音がする。


直弥が視線をやると、それはスーツとヘルメットがボロボロになったヴィクターだった。

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