蒼の牢獄⑥-2
ヴィクター達は、最初から攻略中の地下六階へ向かった。
これは前回五階の階層ボスを倒していたので、簡単に行く事が出来た。
そして、鷹村がそこで見た二人の動きや強さは常識の範疇から大きく外れたものだった。
最初は見慣れない頭の装備に驚かされたが、デザインは普通の、何ならちょっと格好良いので、すぐに平常心に戻れた。
しかし、肝心の探索の仕方は驚かされてばかりだった。
通常は、10人ほどで探索するのだが、ヴィクターと直弥は二人体制だ。
それだけでも違うのに、探索スピードも通常とは全く異なる。
普通はゆっくり歩きながら警戒して進むのに、ヴィクターはどんどん走っていき、直弥がそれについていくという長距離走でもしているような感覚だ。
戦闘では、ここ六階のモンスターは特殊なモンスターだ。
普段は姿が見えず、攻撃開始に姿が見える複数の少女の姿をしたモンスター、
かごめかごめを歌い終わったら5人以上で探索者を囲んだ状態で出現するので、十人近くで円陣を組んで戦うのが普通だ。
というか、モンスターは人間より強いので、一般的には地下二階からは、10人近くで少数のモンスターと戦うのがセオリーなのだ。
しかし、ヴィクターは超人的な動きで
かごめかごめの歌が終わった瞬間に、高速で円を描きながら走り囲んでいた怨児巫女の首を全て落としていた。
そのスピードは瞬きを一回するよりも速かった。
ヴィクターは常識外のスピードで走りながら、正確に怨児巫女の首を切り落としていったのだ。
もはやどちらがモンスターか分からない。
方や直弥の方も異常だった。
歌が聞こえたら、何やら液体の入った手榴弾のような物を周りにばらまき、内部の液を自分の周囲にまき散らした。
音楽が止まって怨児巫女が出現したら、全員液に足が触れた瞬間、感電したようにその場で痙攣し、倒れていった。
その倒れた娘のモンスター達を直弥は、笑顔でメイスを使い撲殺していった。
そしてこの二人、それぞれ助け合いながら戦うのではなく、交互に順番で戦っている。
その常識をどこか遠くに置き忘れたような二人の探索に、顎が外れそうなほど口を開けて鷹村は驚いた。
「まっ、待ってくれ、ペースが速すぎる!」
そして、息を切らしながらヴィクターに声をかけた。
「着いてこれないなら置いて行くと言っただろう」
「だが、ほぼランニングに近い速さでダンジョンを探索している奴らなんか他にいないぞ!
これでは、ダンジョン探索ではなくてダンジョンを駆け抜けろ! になっているぞ」
「他の奴は知らん。俺達は誰よりも速く強くなりたい」
鷹村は失敗したと思った。
ダンジョンに入る前に、ヴィクターが言っていた着いてこれなければ置いていくという発言は、思春期特有の自信過剰な子供の発言だと思っていたからだ。
なんなら、戦力不足で手助けが必要かと思っていたらこの様だ。
しかし実際は、ヴィクターと直弥は確かな実力があった。
鷹村も今まで必死に自分を鍛えてきたが、武装して無限ダンジョンマラソン等やる事を想定していなかった。
このままでは本当に置いていかれるし、置いていかれたら自分がモンスターに殺される。命の危機だ。
二人の強さの資料は見ていたので、三人なら大丈夫と余裕ぶっていた。
手こずるなら、指導もしようと思っていたらこの様だ。
何かいい案はと頭をフル回転していたら、天啓がひらめいた。
「お、俺を置いていくと、すぐに次の監査員を派遣されるぞ」
「むぅ……」
「それに、俺が死んだとなると、お前たちに何かしらの疑いがさらにかけられ、監査期間が延びる。ここは、俺を置いていかない方が得策だと思うぞ」
「ちぃ、さっさと来い!」
ヴィクターは、舌打ちしながら鷹村が追いつけるペースに探索速度を落とした。
それを見た鷹村は、ほっと胸をなでおろした。
そして無意識に言葉をこぼした。
「本当は、俺が色々教えたかったんだがな……」
「何か言ったか?」
「いや、何も」
ただ、その言葉はヴィクターには届いていなかった。
ヴィクター達がペースを落としたと言っても、そのスピードは速く、鷹村は息を切らしながら必死に着いていっていた。
しかし、思うように探索が出来ないヴィクターは、ヘルメットの中で舌打ちをしていた。
そして、鷹村に一つ提案をする。
「いくら何でも遅すぎる。亀の呪いでもかかっているのか? お前もモンスターを倒して進化しろ。倒した分はお前の報酬で良いから」
「おい。おい、俺はお前たちと違って、お膳立てしてもらっても一対一でモンスターとは戦えないぞ」
「だから手伝う。直弥が」
「えっ! 僕?」
急に振られた直弥が、自分の顔に指を押さす。
ヴィクターはさも当然のような顔をして言葉を続ける。
「当たり前だろう。俺は全部殺してしまうが、お前は麻痺雷弾がある」
「そうだけど」
「大丈夫、お前ならできる。お前は有能だ」
「そうだね! 僕に任せたら完璧だ!」
やる気になった直弥を見てヴィクターはほくそ笑む。
自分は教育など面倒な事をしたくない。
ここはお調子者の直弥をみこしに担いで、なすりつけるのが得策だ。
方針が決まり、探索を続けているとかごめかごめが聞こえてきた。
三人は密集してかたまり、直弥が麻痺雷弾を取り出す。
「はい、はい、後ろのしょんべんだ~れ」
「いや、違うだろ!」
直弥のボケに鷹村が突っ込むが、それを無視して余裕の表情で麻痺雷弾を周囲にばらまく。
そして少女の声の歌声が止まった瞬間、実体化した怨児巫女5体は、すでに地面にばら撒かれた麻痺雷弾の液体と電撃にさらされ、痙攣し口から泡を出しながら倒れた。
元々首が折れているので、凄惨さが増している。
「ほら、今のうちに倒しちゃいなよ」
ボーっと立っている鷹村を直弥がとどめを刺せと促す。
「あ、あぁ。何だか無防備な相手に手をかけるのは気が進まないな……」
「相手はモンスター。気にしちゃだめだよ」
「そ、そうだな。何度も同じ手に引っかかっているし……」
鷹村は大剣を取り出して、渋々倒れている怨児巫女を倒していった。
暫く同様の作業を繰り返し、鷹村が何度か進化して、何とかヴィクター達に追従できるようになった。
戦闘面ではまだまだだが、これでいつも通り探索が出来るとヴィクターは機嫌を良くし、その日は探索を切り上げ、次の日から本格的な探索の再開となった。
そもそも日帰りで、この階層のダンジョン探索が出来る事が異常だと鷹村は頭を抱えた。
次の日、再びヴィクター達は、鷹村を連れて地下六階へ来ていた。
そこでヴィクターは、不機嫌そうに話し出す。
「昨日は、荷物を連れていたから探索が遅れた」
「荷物って、俺の事か?」
鷹村は、自分を指さし愕然としている。
ヴィクターは、一瞥した後、フンと鼻を鳴らして話を続けた。
「今日からは、さっさと地下七階へ移動するぞ。この場所のモンスターは出現率が悪く、効率が悪い」
早く力を付けなければとヴィクターは言い残して探索を始めた。
そして、頭の中ではなるべく鷹村を進化させないで力の差を付けようと思っていた。
影縫い組との戦闘後、伊藤 健樹に言われたどこかにいるスパイ。
目的は分からないし、誰かもわからない。
ただ、それが鷹村ではないという保証もない。
前々から何かを隠しているような不審な挙動も多々していた。
敵である可能性のある奴をわざわざ育てる必要はない。
そして、その敵は両親の仇である可能性もある。
そう考えると無性に腹が立ってきて、必ず復讐してやるという強い思いが燃え上がる。
ヴィクターと直弥は殆ど鷹村を戦わさせずに探索を続け、下の階へ繋がる階段を見つけた。
地下七階につくと、そこもいつもの洞窟と和風の廃墟が融合したダンジョンだった。
そして、そこで出てくるモンスターは、子供のモンスターの
そして、そこでも鷹村から見たヴィクター達は、埒外の動きを見せていた。
ヴィクターと直弥は、近くにいるモンスターの位置が感覚で分かるので、そこへ向かって走っていく。
そして、ヴィクターが通り魔のように一瞬で惨殺するか、直弥が
そして、ヴィクターと直弥が何度か進化をした後、階段を見つけて地下八階に降りていった。
「ここでは新しいモンスター、
鷹村がヴィクター達に忠告をする。
ヴィクター達は、移動するペースを落として探索をする。
暫く探索するとズルズルと布が地面を擦る音が聞こえてきた。
さらに、気温が上昇しているような気がする。
武器を構えて待ち構えていると、ダンジョンの曲がり角から美しい着物を着た女が出てきた。
身長は、175cmあるヴィクターより高いが、しなやかな細身の体だ。
ただ、目は赤く光っており、長い黒髪は炎のように揺らめいている。
そして、白い着物も所々燃え上がっていて、裾や袖から炎が常に立ち上がっている。
「俺から行く」
ヴィクターが全身を魔力強化し、打刀に炎を付与して飛び出した。
踏み込みで床を割りながら火炎姫に突撃して、横なぎの一閃を喰らわす。
その姿を見ていた鷹村の目には、残像を残しながら一瞬で火炎姫の前に到達し、剣線の赤い光が一瞬走ったようにしか見えなかった。
切り口から炎が燃え上がる。
「は、速すぎる……」
だが、鷹村はこれでは倒せないと思った。
あえて教えていなかったが、火炎姫にはある能力があるのだ。
火炎姫に目を移すと、切り口の炎が体内に吸い込まれていく。
そして、怒り狂った叫び声を上げながら、眼前のヴィクターに向けた。
「危ない!」
直弥の叫びが飛んでくる。
ヴィクターは舌打ちしながら即座に横方向に飛びのいた。
その瞬間、ヴィクターの居た位置に、火炎姫の手のひらから火炎球が発射されて通り抜けた。
「ヴィクター君、炎は吸収されている! 別の属性を使うんだ」
即座に出した直弥のアドバイスを聞くと、ヴィクターは刀身に今までと違う魔力を込め始める。
「お、お前、火以外の魔法も使えるのか……?」
鷹村が声を震わせながら疑問を口にする。
「当たり前だ。単純に火の系統は安定して攻撃力があるから使用していただけだ」
その言葉と共に周囲の温度が下がり、吐く息が白くなっていく。
そして、ヴィクターの打刀は、パキパキと音を立てて氷に包まれていった。
攻撃態勢が整ったが、相手も黙って待っていない。
火炎姫は手に火球をすでに作っていて、それを発射。
火花を飛ばしながらヴィクターへ向かっていく。
上体を反らして回避。そして、瞬時に火炎姫に接近しようとする。
しかし、すでに火炎姫も次弾を発射していた。
打刀で叩き斬って、火炎球を消す。そして距離をまた一歩縮める。
ヴィクターが剣の間合にとらえた瞬間、火炎姫の口が開き、火炎放射のように放射状に炎を吐いた。
「ヴィクター!」
逃げ道が無いと思った鷹村は思わず叫んだ。
が、炎が収まった瞬間、火炎姫の頭上から青い稲妻のような光が一瞬光った。
直後、火炎姫が金属をひっかいたような悲鳴を発する。
「ちぃ、一撃では死ななかったか」
ヴィクターがバックステップで、火炎姫から距離を取りながら悪態を吐いた。
何が起こったのか? と鷹村は一瞬推測したが、答えはすぐに分かった。
火炎姫が炎を吐いた瞬間にヴィクターは飛び上がった。
そして、刀で天井を刺すことで、一時的に天井に張り付き、炎が消えたら天井を蹴って落下しながら相手に一撃をくらわせたのだ。
単純に速すぎて見えなかった……。
鷹村は寒気を感じて、ブルリと身を震わせた。
悲鳴を上げている火炎姫は、自分の炎で全身を包んだ。
「セルフキャンプファイヤー、炎上系女子か。面倒くさい奴だな」
ヴィクターは皮肉を言いつつも、相手の熱に近づけず、炎が治まるのを待つ。
燃え盛る炎が消えると、そこには爬虫類の鱗で皮膚が覆われた火炎姫が立っていた。
「どのような姿になろうと、やる事は変わらん。お前は俺に斬り倒される運命を変えられない」
再度そう言って突撃を始めたが、火炎姫が手のひらを向けると、そこから炎の矢が連射されて妨害された。
その炎の矢は先ほどよりも連射間隔が早く、攻撃と攻撃の合間の隙が少ない。まるで、機関銃のようだ。
ヴィクターは側転やバク転を交えながら全てを回避する。
そして、内にある魔力をさらに高めていき、それに応じてスピードも速くなっていく。
もはや鷹村の目には残像しか映らない。
その速度を生かして一瞬で、火炎姫に接近し、首に刀を叩き込む。
決まった! と思ったと同時に、甲高い金属音が回廊に響く。
音の発生源を見ると、ヴィクターの刀が鱗に阻まれて止められている。
火炎姫がにたりと笑う。
それを見たヴィクターは一気に飛び下がった。
それと同時に、火炎姫の口から火炎放射がばら撒かれた。
速度を生かして一気に火炎放射の範囲から離脱したヴィクターは、不敵な笑みを作っていた。
鷹村は、なぜそこで余裕でいられるのかと疑問を感じた。
近距離が通じず、刀の間合いから押し出されてしまった。
ここは直弥と一緒に戦うべきでは? と思考を張り巡らせていた。
しかし、ヴィクターにその様子はない。
「貴様がその気なら、俺も本気を出そう」
その言葉と共にヴィクターの魔力が急速に高まり、さらに周囲の温度が下がった。
地面にはヴィクターを中心に霜が張る。
「消えろ」
その言葉と共にヴィクターがその場で刀を振るう。
何度も振るう動作と共に、氷の斬撃が冷気と共に火炎姫に向かっていく。
火炎姫も炎の矢で迎撃しようとしているが、ヴィクターの斬撃に飲み込まれてしまう。
成す術もなくヴィクターの斬撃に飲み込まれた火炎姫は、斬撃が当たった部分から氷が侵食していき、氷漬けの標本のようになった。
「これで最後だ」
その姿を見たヴィクターは再度火炎姫の方に駆けていき、連撃を繰り出し、粉々になるまで固まった火炎姫を攻撃した。
暫くすると粉砕した火炎姫は消え、ドロップアイテムで魔石と大きな爬虫類のような鱗を残していった。
「意外と手こずったね」
ドロップアイテムを回収しているヴィクターに、直弥が声をかける。
「あぁ、ムカつくことにな。奴の変化した後の皮膚の硬さが厄介だった」
「なるほど。変化する前に倒した方が良いかもね」
しかめっ面で答えるヴィクターに、ドロップアイテムを眩しい笑顔で眺めている直弥。
異常だ。余裕があり過ぎる。
鷹村は率直にそう思った。
強すぎて危険すら感じてしまう。
初見の火炎姫は、パーティーの壊滅の可能性もある。
勿論どのモンスターも初見ではそうなのだが、火炎姫は阿修羅神主よりも少し弱いくらいなのだ。
もしかしたら、ヴィクターは両親よりも強いかもしれないな……。
戦ったら必ず自分が負ける!
鷹村は口には出さず、確信に近い推測をしていた。
その後ヴィクターと直弥は、この階層で火炎姫を簡単に倒せるようになるまで探索を続けた。
ちなみに直弥は何時もの通りに麻痺雷弾を使い、相手を無力化して撲殺していた。
ヴィクターよりも時間がかかったが、あっさりと倒すこいつも化け物だと鷹村は思った。
そして、ヴィクターと直弥は、鷹村が最低限に追従できる程度の進化しかさせずに戦闘も討伐もさせないようにしていた。
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