第六章

蒼の牢獄⑥-1

ヴィクターは、影縫い組かげぬいぐみとの戦いの事後処理後1週間ほど休んだ。


連日ダンジョンに潜って、さらにあのような事件が起こったので疲労が溜まっていたからだ。


その間に伊藤 健樹いとう けんきに言われた、復讐の対象について考えていた。


でも結論は、ダンジョンだろうとそうでなかろうと、必ず力をつけて叩き潰すと決めているので、これからもやる事は変わらないという事だった。


日課の朝の鍛錬をこなしながら考える。


伊藤に言われた影縫い組かげぬいぐみ佐藤 幸雄さとう ゆきおの事を。


彼らは努力しても、結果が出せずに魔炎精まえんせいという麻薬に逃げた。


そもそも努力というのは、結果が出るまでやる事を努力と言うので、結果が出せなかった彼らがしてきた事は努力じゃない。


と思っているが、果たして自分が、武雄とセラフィナという優秀な両親の元で生まれていなく、経済的に裕福でなかったら、果たして努力できていただろうか? という疑問を振り払えないでいる。


あの泣き叫ぶ幸雄の娘の姿が瞼の裏に焼き付いている。


彼女を自分と同じような境遇にしてしまったのではないかと頭によぎる。


しかし、全てはダンジョンが招いたことだ。


ダンジョンが無ければこのような事は起きなかった。


だから両親や報われなかった者たちの為にダンジョンを潰すと、八つ当たりのような決意をヴィクターは深めていった。


恐らくヴィクターは、そうしなければ、罪悪感と怒りの向ける矛先の喪失で押しつぶされそうになる為に、無意識に問題から逃避しているのかもしれない。


朝の練習を終えて、食卓に向かったら、当たり前のように直弥が居座っていた。


「おー、今日もお疲れさまー」


「相変わらず、朝っぱらから人様の家でくつろぎ切っているな」


「だって、晴臣はるおみさんのご飯おいしいもん!」


なんの悪びれもない直弥にヴィクターは、はぁと溜息をついた。


晴臣は「ありがとうございます」と直弥を相変わらず歓迎している。


ただ、何となくであるが、直弥はどことなく雰囲気が変化しているような気がする。


一週間前の影縫い組を壊滅、いや、佐藤 幸雄が絶命した所を見てからだ。


それが良い変化なのか悪い変化なのかは分からない。


しかし、自分は変わる事は出来ない。


俺が変わったとしても、死んだ両親や殺してしまった者が生き返るわけでもない。


俺は俺の信念を通しただけだ。


俺は絶対に変わらない。


そして、俺の復讐相手を抹殺する。


物騒な事を考えながら食事を終えると、直弥が新しい装備を持ってきたと言ってきた。


「前回の探索の問題点を考えて作ってきたんだ!」


「問題点?」


「前回、五階の階層ボスと戦った時に、攻撃を受けたでしょ? あの時に頭部が無防備だって、今更気付いたよ!」


その後の影縫い組との騒動で忘れていたが、確かにあの時は不味かった。


もし直弥が盾で防御してくれていなかったら、重傷を負っていたかもしれないとヴィクターは考えた。


「そこで、頭部の防具を開発したんだ。これだよ!」


直弥が四次元バッグから取り出した物は、バイクのフルフェイスヘルメットのような物だった。


ヴィクターが手に持ってみると、かなり軽く、着用しても重量は感じられないだろうと思った。


しかし、シールドレンズの部分がグレーで、中の様子は外からだと見にくい。


これは防御力はあるが、視界が悪く、音なども聞きにくいのではないだろうか?


そんな疑問を言う前に、直弥が解説しだす。


「これは、外から見ると曇っているけど、内側から見ると普通に見える素材だよ。六階の子供モンスター、怨児巫女のドロップ品から作った素材だね」


説明を聞きながら装着してみると、説明する声やその他の音の鮮明度が変わらずクリアに聞こえ、音量も変わらなかったことに大きく目を見開いた。


「どうだい、驚いただろう? 音もこもらず聞こえて、探索や戦闘の邪魔にならないようにしたんだ。この着用感と耐久度を兼ね備えるのに苦労したんだ!」


確かに、既存の頭部の防具は、作業用の安全ヘルメットみたいなものが主流だった。


理由は、長時間の探索とダンジョンや戦闘では、物音や視界の確保が、生存に直結するからだ。


しかし、どうしてもフルフェイスで防御力のあるヘルメットだとその部分が解決できずに採用されなかった。


しかし、これは違う。


「ダンジョンのドロップ品を、昔からあるアコースティックフィルタリングで音の調整と、ナノメッシュ技術で光の調整をしてシールドの見えやすさと視界の確保を……」


直弥が専門的に説明しているのを聞き流しながら、その凄さを考える。


魔力を流している状態だと、防御力が1.5倍になる。


死亡率が格段に下がるし、探索にも影響がない。


流石だなと思う。


素直にフルフェイスヘルメットに感謝していると、直弥が説明を止めて新たな何かを取り出した。


「それと、もう一つの問題点も改善する為に新しい武器を作ってきたんだ」


「もう一つの問題?」


ヴィクターは、その他の探索の問題を思い返すが、特に思いつかない。


現状は戦力や継戦能力などかなり余裕がある。


しいて言えば、回復手段が無い事くらいだろうか?


「僕達は、殺さなくても良い敵を捕獲する道具が必要だと思う。やり過ぎたよ……」


ヴィクターはその言葉を聴いて苦い顔を作りながら、ヘルメットを脱いだ。


納得はしていないが、批判は口に出さない。


顔には丸出しだが。


「そこで思いついたのが、この鼻に装着して相手を攻撃する武器さ!」


「鼻? なんで鼻なんだ?」


ヴィクターはまた始まったか? なぜそうなる? と身構えていなかったので、疑問で脳のキャパが埋め尽くされた。


「両手が塞がるからね。これだと、両手の自由度が保たれたまま、新しい力が得られる」


「それで、どんな能力なんだ?」


もしかしたら装着場所が変なだけで、まともな装備かもしれないと思い、ヴィクターは努めて冷静に声を絞り出す。


「黄色のとりもちのような、強力な粘着性のある液体を相手にかける装置さ!」


「鼻水じゃねぇか! それに、鼻じゃなくても良いだろ!」


「力を得るには、代償が必要なんだ……」


「さもまともそうに言ってるが、払う必要のない代償だろ!」


「魔法的にはそこが一番だったんだ」


「どうしてだよ!」


「魔法って不思議なんだよ」


「不思議過ぎるだろ!」


「そのおかげで、強力な粘着性と黄色の色味が出たんだ」


「色はどうでも良いだろ! 大体、そんなものフルフェイスヘルメットの中で暴発したらどうなる!」


「粘着液でまみれて窒息するね」


「鼻水で窒息死なんてどんな表情をすればいいんだ!」


「笑えばいいと思うよ」


「ふざけるな! 却下、却下」


結局直弥は、持ち運び可能な手で装備できる非殺傷用武器を作る事を約束させられた。


その代わり、殺す必要のない敵に対しては、鞘や拳で手加減して攻撃する事をヴィクターも約束した。


このやり取りで、直弥の頬の筋肉が引き締まり、口角が上がった事にヴィクターは気付いていなかった。


最後に直弥から、四次元バッグに、即時に衣服や装備を着脱できるシステムが追加された事を告げられた。


二人は、そのままダンジョンへと向かった。


いつもの通りに探索をしようと思ったら、一度ギルドに呼び出されて、個室に案内された。


しばらく待っていると、初心者講習を務めた鷹村 博文たかむら ひろふみがやって来た。


「一体何の為に呼び出した?」


早く探索をしたいヴィクターは鷹村に冷たい視線を向けながら言い放つ。


対して鷹村は、バツが悪そうに頭をかきながら口を開いた。


「今度から暫くの間、俺がお前たちの探索に同行する事になった」


「なぜ?」


明らかに不機嫌になったヴィクターを見て、鷹村は溜息を吐いて返答する。


「前回の影縫い組の件だが、お前らの無罪だとは立証されている。が、その対処の記録を見て、お前達にも問題が無いか監視する事になった。これはギルドの決定事項だ」


鷹村は言わなかったが、ギルド職員はヴィクターと直弥が行った影縫い組への報復は、仕方がなかったとはいえ異常に思えた。


ヴィクターは15歳の少年で直弥も20代前半の青年だ。


どちらも犯罪歴が無いのに、攻撃されたからといって、あれ程の人数の命を殺める事が出来るのか?


本当は日常的に他の探索者を攻撃していないのかと疑問が湧いてきた。


勿論、影縫い組と違って二人へのクレームは全くなく、ダンジョン内での噂も皆無だ。


だが、あまりの異常性に確認の為に鷹村を一時的に監視要員として派遣することを決めたのだ。


「分かったが、俺達は何かしらの費用を払うのか?」


ヴィクターも薄々ギルドから何かしらの干渉があると思っていた。


もちろん、自分が悪い事をしたとは一切思わないし認めない。


だけれど、他者から見たら犯罪者とは言え、大量にあれだけの人間を処理できるのは理解しがたいだろうと推測している。


だから、鷹村から監視されるのは仕方が無いとして、その負担を自分達が背負うのかどうかだけは知りたかった。


そして、もし負担を背負うならその点は厳重に抗議しようと考えている。


「安心しろ」


その疑問を払拭するように鷹村は、言葉を続ける。


「別にそちらに請求する事もないし、ドロップ品も分けてもらう必要も無い。あくまで監視だ。そのかわり、俺は自衛以外では戦わない。戦力として期待するなよ」


「そちらこそ、俺達に着いてこられるのか? 遅れても待たないぞ」


「相変わらず生意気だな」


鷹村は、苦笑いして会話を切り上げた。


それからヴィクターと直弥、鷹村はダンジョンへ向かった。


ヴィクター達は、最初から攻略中の地下六階へ向かった。


これは前回五階の階層ボスを倒していたので、簡単に行く事が出来た。


そして、鷹村がそこで見た二人の動きや強さは常識の範疇から大きく外れたものだった。

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