蒼の牢獄⑤-8

ヴィクターと直弥はギルドに戻り、影縫い組かげぬいぐみに襲われ反撃して殲滅したことを報告した。


それを聞いた周りの探索者は歓声を上げたが、ギルド職員は散らかった机をひっくり返したように混乱し、対応に追われた。


ヴィクター達は、ギルドの職員を連れてどこで襲われたか、どこに拠点があったのかを現場に連れていった。


そこで死体の見聞や、影縫い組かげぬいぐみの拠点に残っていた魔炎精まえんせいを見せて、二人の言っていることが事実だと証明した。


これはヴィクターも直弥も予想外だったが、マスコミの取材の対応もこなさなければならなかった。


大手柄を立てたヴィクターの見た目は、息をのむほどの美少年だったので、マスメディアは大喜びだった。


面倒くさいと思いつつも、特に目立つことに忌避感の無いヴィクターは淡々と取材に答えていった。


愛想の無いヴィクターだったが、その姿に全国で多くのファンが出来た事は本人の知らない事だった。


勝手に、寡黙で真面目なイケメンヒーロー像が作られていた。


そして、多くの視聴者もヴィクターの冷酷で残虐な精神を知らない事は幸せだったのかもしれない。


その後ギルドの部屋で、警察の取り調べを受けていると、途中で見知った男が入ってきた。


その男が入ってきたのと同時に他の警察官は、退出した。


「依頼を達成してくれたようですね。ありがとうございます」


突如扉を開けて現れたのは、ヴィクター達を倒して、影縫い組の対処を依頼した、国家戦略情報局の伊藤 健樹いとう けんきだった。


ヴィクター達に依頼達成の感謝を述べているが、言葉とは裏腹にその表情は暗い。


「どうした、急な仕事で疲れたのか? だが、報酬はしっかりもらうぞ」


ヴィクターは、不敵な笑みを浮かべて勝ち誇ったかのように伊藤に約束の履行を要求した。


伊藤は、その言葉と態度を見て眉間にしわを深めた。


「報酬はお支払いします。今回は、具体的な解決方法を言わなかった私に非があります。しかし、あなた方の力であれば、全員殺す必要は無かったのではないですか? もっと加減できなかったのですか?」


「ふん、あいつらから手を出したんだ。攻撃するからには、殺られる覚悟は必要だろう。それに、努力する事を怠り、麻薬に逃げた犯罪者だ。なぜ情けをかける必要がある?」


鼻を鳴らしてどこまでも冷淡な事を言うヴィクターに、伊藤は大きく溜息を吐いてから再び話し始めた。


「重ね重ねになりますが、今回は私に非があります。でも、考えて欲しいのです。お二人共着いてきてください」


直弥とヴィクターは伊藤に連れられて部屋を出た。


そして、連れてこられたのはギルドの医務室の一室だった。


部屋の奥から絶叫が聞こえ、何事かと思って見る。


そこには、佐藤 幸雄さとう ゆきおがベッドに寝かされていて、少女が隣に立っていて、幸雄に縋り付いて泣いていた。


心電図のゆったりとした音が部屋に響いている。


「お父さん! お父さん! どうして、やっと稼げるようになったって、最近言っていたのに!」


「ゆ、百合かい? そこに、いるのかい? 目が、もう見えないんだ……」


弱弱しい声が幸雄から絞り出され、それを聞いた少女は、一瞬大きく目を見開いて、ゆっくりだが、しっかりと話しかける。


「そうよ、私! お父さん、何でこんなことに。こうなるくらいなら、ダンジョンに行かなくて良かったのに」


「お、お金が無かったから」


「そんなの良いの! お父さんさえいてくれれば良かったのに……。


わ、私、お父さんに何も恩を返せてないよ……」


大粒の涙を流し嗚咽する少女に、幸雄は腕を上げて頭の方に持って行った。


少女の頭を撫でようとしたのかもしれないが、ヴィクターに切断されてその先は無かった。


幸雄はそれに気づいたのか少し微笑んで、重い口を動かした。


「か、母さんが出産時に死んでから、ぼ、僕は生きる気力が無くなりそうだった。で、でも、生まれてきた百合を見て、その姿がとても可愛くて、だから頑張れた。生まれてきてからずっと可愛かった。だから僕は十分恩返ししてもらった、あ、ありがとう百合。それと、ごめん。し、しあわせに……」


そこで幸雄の言葉は止まり、心電図の停止音が鳴り響いた。


幸雄の隣にいた少女は泣き崩れ、慟哭していた。


離れて見ていたヴィクター達は、再度伊藤に連れられ、元の部屋に戻ってきた。


ヴィクターは不機嫌そうな顔を作っており、直弥は目に涙を貯めていた。


それを見て伊藤は口を開いた。


「あなた方は、とても強い力を持っています。そしてその力を使えば、必ず周囲に大きな影響を与えます。それが正義か悪かは関係ありません。だから力の行使には熟考して注意してください」


ヴィクターは、不服だった。


確かにあの少女は可哀そうだ。


しかし、幸雄や影縫い組のメンバーは自分を殺しに来た。


しかも、結果が出せないからと言って麻薬に手を出していた。


そいつらを蹴散らしただけだ。


努力すれば力は手に入ったはずだ、それを怠ったのだ。


努力したとか言っていたが、結果の出ない努力は努力じゃない。


しかし、幸雄の娘は可哀そうだ。


恐らく金もない。


そこでヴィクターは一つ気付いた。


幸雄の娘は、幼い時の自分と同じようにダンジョンで親を失ってしまった。


同じ境遇の人を自分で作り出してしまった。


しかも、幸雄の家は、経済的に困窮していそうだった。


果たしてそこで自分は、同じように努力できたのか? 訓練できたのか?


しかも、自分の両親と幸雄を見比べて、生まれてきた時の才能や武器に触れる時間の違いは無かったのか?


ヴィクターは頭の中で黒い渦が渦巻き始めた。


しかし、それを振り払うように、ダンジョンが悪い! と八つ当たりのように結論付けた。


対して直弥は、ヴィクターが考え事をしている間に、伊藤に話しかけていた。


「すみません。少し新しい力と研究に舞い上がっていました……」


「そうですか。あなたのその能力は、必ずこの国の力になる。だから道を間違えないで欲しいと思っています」


「はい」


シュンとしていた直弥は、そこで自分の頬を叩いて表情を引き締めた。


そして、四次元バッグから、ノートパソコンと魔炎精を包んでいた紙袋を出した。


「この紙袋に書かれているマークですが」


「あぁ、この前メールで知らせてくれたね」


「類似マークを発見しました。どこかで見たことがあると思って探していたんですよ」


「本当ですか!?」


伊藤は驚愕し、直弥に続きを促す。


促された直弥は、何時もの掴みどころのない自信のありそうな笑みを作った。


それからパソコンを動かして、ある画像をホログラムに映し出した。


「ダンジョン発生の原因となった月面基地の探索、当時世界にオンライン配信されていた動画。その映像に残っていた内部の大型の機械の上にこれより精巧で同じようなマークが映っていました」


そこには、巨大な水晶がある天井に見覚えがあるマークがあった。


それは、中央に盾とフェニックスが描かれた、金色と銀色で作られた美しい模様が描かれている。


盾の周りには星々のような物が描かれ、下には見たこともない文字のような物が描かれている。


ヴィクターは驚愕した。


月面基地の事は歴史で学んだ。


ダンジョンが出来るきっかけとなった物だ。


しかし、当時の調査ではこの基地は数千年前に作られたものだったはずだ。


これは一体どういうことだ?


ヴィクターは疑問で頭がパンクしそうになっていた。


伊藤の方も驚いていたが、すぐに口を開いた。


「驚きましたね。でも、何らかの組織や人物がこのマークを真似しただけで、あまり深い意味はないかもしれません。思想的な意味はあるのかもしれませんが、調査してみないと分かりませんね」


伊藤はそこで一度顎に手を当てうなっていたが、すぐに笑顔を作りヴィクター達に報酬の話を始めた。


「これはここで考えてもしょうがないので、報酬の話をします。金額はお約束通りに、指定した口座に2000万円振り込んでおきます」


「それと、もう一つの情報は?」


お金に不自由していないヴィクターは、お金よりも両親の情報の方が気になる。


そこで伊藤は真剣な表情を作って返答した。


「政府や官庁、ギルドやその他の場所に何かのスパイのような者が長期間潜伏していることを我々は掴みました。そして、ご両親はダンジョンではなくて、その何者か、もしくは組織に殺された可能性が高いです」


「な、何だって!?」


椅子に座っていたヴィクターは立ち上がり、伊藤に詰め寄った。


そして、さらなる情報を求めたが、伊藤もこれ以上は分からないと答えた。


「少ない情報かもしれませんが、これは価値がある情報のはずです。復讐対象がダンジョンで無い可能性があるのですから。引き続き新しい情報が入ったらお伝えします。


今日はここで失礼します。それではまた」


伊藤は、呆然としているヴィクターを残して立ち去った。


伊藤としては、ヴィクター達が容赦なく影縫い組を全滅させたのは予想外だった。


しかし、メディアを通して一般人、ギルド、そして多くの探索者から英雄として認知され始めている。


これは必ず使えるカードになると笑みを浮かべた。


そして、国家に巣食うゴミを見つけ出して掃除する仕事に向かった。

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