蒼の牢獄⑤-7
「勝ったぞ! みんな、やったぞ!」
その声を聞いた
その中で一人暗く、納得のいかない顔をした男がいる。
先ほどヴィクターから逃げ延びた討伐隊の最後の一人だ。
その男に純が近づいて肩を叩く。
「落ち込む気持ちは分かるが、指示を出した俺の責任でもある。そう気を病むな」
「違うんです」
「何が?」
「あいつの強さは、こんなものではなかった。もっと恐ろしかったんだ!」
「でも、もう死んでいるだろう? 終わったんだ」
そう恐怖で震えている男を慰める為、ヴィクターの死体を見せようとしたら予期せぬことが起きていた。
「ない、死体が無い」
「きゃあーー!」
ヴィクターの死体がいつの間にか消えていた。
それに驚愕していたら、玲子の悲鳴が拠点に響いた。
「玲子!」
純が
「これで魅了の魔法の心配は無いな……」
ヴィクターは淡々と作業を済ませたように述べた。
それを見て純は怒りと疑問が溢れてくる。
「貴様! よくも! それに、なぜ生きている? 殺したはずだ」
唾を飛ばし、額に血管を浮き出させている純に対し、ヴィクターは冷たい碧眼を向けた。
ただ、その視線や雰囲気は先ほど倒したヴィクターと存在感や威圧感が違う。
まるで大きな壁のような津波が自分達を飲み込もうとしているようだった。
「疑問に答えてやる義理は無いが、見せてやろう」
ヴィクターが魔力を高め、青い炎のようにその魔力が体全体を覆う。
そして、次の瞬間その炎のような魔力だけがヴィクターの数メートル前まで移動した。
そしてその炎は次第に人型になり、ヴィクターと瓜二つの形になった。
「先ほどの進化で幻影を作れるようになった。こいつは魔法攻撃や強化が出来ない、素の身体スペックと剣術しか出せない分身だ。一度攻撃を喰らえば消滅するが、中々使える能力だ」
「俺は分身と戦っていたのか? なぜそんな事を!」
純は、怒りで今すぐに飛び掛かりたいが、相手の戦力の把握と自分の体力の回復の為にふり絞るように質問をした。
「いやー、意外にヴィクター君は、えぐい作戦を立てて実行できるんだね」
その時、拠点の入り口から声が聞こえた。
黒髪が無造作にボサボサで、探索者用のスーツの上から白衣を着ている直弥だ。
「意外とはどういうことだ?」
ブスっとした表情のヴィクターが、直弥に問いただす。
「いやだって、何時もすぐ突撃している脳筋じゃん」
「うるさい!」
「それが、敵の居場所を見つける為にワザと敵を逃がして、守るためにモンスターも倒してあげる」
直弥がゆっくりと拠点に入りながら説明を続ける。
周囲の
「そして、進化で目覚めた新しい能力の分身だけで拠点に乗り込む。狙いは敵の戦力の把握と、何より魅了持ちの女を殺すためだね」
直弥は笑顔のまま、「凄いね! 上手くいった! あの女性は、治癒魔法も持っていたみたいで厄介な敵から倒せたね」と上機嫌で続けた。
それを聞いていた純は、怒りを抑えていた堤防が決壊し、大声で怒鳴りつける。
「ふざけるな! こっちは生きる為に必死に努力をしてやってきているんだ。それを害虫駆除作業でもしたかのように喋るな!」
「それはお前たちが適切に努力せず、安易に犯罪行為を行うのが悪い。努力して実力を付ければ、ダンジョンは稼げる。やるべき事をやってこなかったのはお前達だ」
どこまでも冷徹で無情なヴィクターの言い分に、純は鼻で笑い、吐き捨てる。
「お前は知らないのだ。どんなに努力しても実力がつかない、何も上手くいかない。そもそも、努力すらさせてもらえない環境にいる人間の事を」
「そんなのは、言い訳だ。足らない努力を
「才能と運に恵まれたお前には分かるまい。それでも俺達は
純は咆哮のように言い捨てた後にヴィクターに突撃していった。
それを見た他の影縫い組のメンバーもヴィクターや直弥に攻撃を開始する。
直弥の方に向かった影縫い組のメンバーは、今まで体験した事のない攻撃にさらされる。
「なんだあの盾! 全ての攻撃が弾かれる!」
「液体がかかってっ、痺れて、動けない」
直弥は敵の攻撃を全て盾で受けながら、
麻痺雷弾は、中身の液体が飛び散る凶悪な仕様なので、多くの影縫い組のメンバーは電撃と麻痺液で行動不能になった。
液体がかかり、麻痺状態の体に電撃が継続的に損傷を与えていく。
直弥の近くに倒れた者は、直弥のメイスの餌食になっていく。
遠く離れて動かなくなった者は、無慈悲にヴィクターの幻影が駆けつけて、次々とその命を刈り取っていく。
まさに、数的に優っているのに虐殺されているかの光景に純は、驚きを隠せない。
だが、救援に向かうことも出来ない。
今対峙しているヴィクターは分身のヴィクターとは別物だ。
周囲に群がる影縫い組の攻撃を難なく避けながら、自分の間合いに入った敵の首はいつの間にか切り取っている。
しかも相手の武器や魔法ごと叩き切って、そのまま相手の体も斬り殺す。
純も何度か剣を打ち込むが、はじき返される。
鍔迫り合いに持ち込めない。
叩き返されると、体ごと吹き飛ばされ、手のしびれが治まらない。
力も全く別物だ。
その証明に、左右同時に攻撃した仲間が、片方は刀で両断され、片方は拳で顔を粉砕されていた。
かすり傷でも、その傷から炎が広がっていき、生きたまま燃やされ、断末魔を上げながら死んでいく仲間もいた。
「あつい! あつい! 火が消えない!」
「大丈夫か? はっ、顔がつぶれている!」
仲間の絶望的な声を聞いた純は、全てをかけた特攻を決意する。
このままでは、溶鉱炉に投げ込まれた氷のように、自分達は一瞬で消えてしまう。
純は、魔炎精をポケットから取り出して飲み込む。
そして、命を燃やすつもりで魔力を高め、身体を強化する。
そして、周囲を取り囲まれているヴィクターに向けて全速力で走り出す。
「うおぉぉ!」
ヴィクターの背後から思いっきり斬りつけるが、あっけなく回避される。
予測済みだ。
そのままヴィクターの足元にある影の中へ入り込む。
これが純の持つ数少ない特殊能力だ。
先ほども使ったが、これにかけるしかない。
見失ったところからの奇襲を狙う。
純は、数秒待ってから影の中から飛び出し、ヴィクターの首を狙う。
が、いない!
「その技は一度見させてもらった」
上空から声がする。
見上げると、ヴィクターは驚異的な跳躍力で高く飛び上がっていた。
しかも、その体からは魔力が炎のようにあふれ出し、打刀の刀身は白く炎が発光している。
「これで終わりだ」
ヴィクターがそうつぶやいた瞬間、空中でヴィクターが連撃を繰り出し、高速で斬撃だけが飛んでくる。
純は影から飛び出したばかりで硬直していて、あまりのスピードに対応できない。
雨のように降り注ぐ分厚い、白い炎の斬撃は理不尽にも綺麗だと思った。
一つでも自分を殺しうるそれは、何重にも重なっていて、ご丁寧に逃げ道にも偏差でふさぐ様に用意されている。
ここで純は、自分の運命を悟り、肩の力を抜いた。
影縫い組のメンバーには悪いが、もう魔炎精を広める事をしなくても良いし、気の乗らない依頼も引き受ける事もしなくて良い。
どうやってメンバーを食わせていくかも考えなくていい。
ただ、一つ心残りがある。
「ごめん玲子、仇は打てなかった。今そっちに行く」
純は最後に玲子との日々を思い出しながら、意識を永遠に失った。
リーダーがいなくなった
そもそも本気のヴィクターと直弥と戦うのに実力差が開きすぎていた。
それは、虎の檻に入れられた鼠のように全く相手にならず、全員が二人の経験値となってしまった。
ここ暫くダンジョンやギルドで問題となっていた
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