蒼の牢獄⑤-6

ヴィクター討伐、調査を依頼された男は、自分のグループ10人と息をまいて拠点から出撃した。


男は、いや、影縫い組かげぬいぐみのグループはみんなリーダーの荒木 純あらき じゅんを信頼していた。


薬の力とはいえ、才能がなく努力が実らなくて稼げない自分達を稼げるようにし、定期的にどこからか依頼を受けて、さらに金銭的に豊かにしてくれている。


そんな荒木 純あらき じゅんから直接依頼されたのなら、絶対に役に立ちたい、恩を少しでも返したいと男のグループは、やる気に満ち溢れていた。


ヴィクター討伐隊は、廃墟となった巨大な神社の内部のようなダンジョンを進んでいく。


所々にある蝋台の心もとない明かりを頼りに進んでいると、不意に複数の少女の声が聞こえた。


この階層のモンスターのギルドが名付けた名前は、怨児巫女おんこみこだ。


「かーごめ、かーごめ」


「おい、あのクソガキモンスターが来たぞ! 全員円陣を組め」


グループのリーダーが指示を出すと全員がお互いに背を向け円陣を組んだ。


この地下六階層に出てくるモンスターは、歌声と共に出てくる少女のモンスターだ。必ず複数同時に出現する。


全員武器を構えてお互いの背を守る。その間にも歌声は続いていく。


「かーごのなーかのとーりーは」


無邪気なようで冷たく感情のないユニゾンした歌声が流れていく。


討伐隊のグループメンバーは、ゴクリとつばを飲み、中には震える手で魔炎精を取り出して口の中に入れる者もいた。


「うしろのしょーめんだーあれ!」


歌が終わった瞬間に、5人の少女が討伐隊を囲むように出現した。


その少女の姿は全員十代前後の年齢で、顔が整っている美少女だった。


白と赤の古い汚れた巫女装束のような着物を着ていて市松人形のように肌が白い。


ただ、どの娘も首が折れていて、口からは血が滴り、赤黒く染まった包丁を握っていた。


その少女の一人が、大きく嘲笑しながら突撃してくる。


だが、待ち構えていたグループの探索者は、その攻撃をはじき、周りの探索者がその首の折れた少女に一斉攻撃をした。


「ぐぎゃ!?」


数の有利で、一斉に突撃してきた少女を叩き倒した。


そうしたら、他の4人の少女が停止した。


その隙に討伐隊メンバーは、首の折れた少女たちを倒し切り、ガラスのビー玉と魔石をドロップした。


「何時も手間取らせやがって」


男はドロップアイテムを回収しながら愚痴をこぼした。


この少女達こそ、ここ地下六階のモンスター怨児巫女だ。


必ず五体前後で出現する。


出現すると歌声が聞こえ始め、歌が終わると探索者を囲むように出現する。


そして、囲まれた探索者の背後にいる本体が飛び掛かって包丁で襲ってくる。


少数で襲われると厄介だが、常に10人以上で探索している影縫い組のグループには問題ない。


歌声が聞こえると円陣を組み待ち構え、飛び掛かってきた個体を数の利で倒す。


そうすると他の個体が一時的に停止するのでそこで全滅させるのがセオリーだ。


恐らく最初に飛び掛かってきた個体がリーダーか本体なのだろう。


討伐隊のメンバーは、この少女のモンスターを倒すことは、ルーチンワークと化していた。


面倒くさいと思いつつも、ドロップアイテムを回収し終え、上の階を目指すため足を進める。


暫くすると前方から足音が聞こえてきた。


薄暗い廊下の奥に目を凝らしてみると、少年が歩いてきていた。


その少年は金髪で整った顔をしていたが、血塗られていて、手に持った刀も真っ赤に染まっていた。


事前情報が無ければ、このダンジョンのモンスターだと思っていただろう。


だが、相手がモンスターでは無いと知っていても、どこか不気味な威圧感と恐怖を感じてしまう。


その碧眼と目が合ったような気がした時、その口が動いた。


「見つけた」


「ヴィクターがいたぞ! 全員戦闘態勢」


「ごふ!」


リーダーが叫んだ瞬間、ヴィクターの姿が消えて隣にいた仲間の首が宙を舞った。


返り血を浴びながらその少年は、ゆっくりこちらを向く。


「み、みんな攻撃をするんだ! やらないと、やられるぞ!」


残った討伐隊メンバー全員で、槍やメイス、斧や魔法で攻撃する。


しかし、雨あられのように攻撃しているのに、霞の様に消えて全て攻撃がすり抜ける。


「攻撃する暇を与えるな!」


「無理、見えない! いつの間にかこっちに、ぎゃぁ!」


「あぁ! 斬られた傷の炎が消えない! 燃え広が、ぐわああ!」


「来るな! 来るなぁー!」


リーダーは怒声を上げて指示するも、絶叫と共に失われる仲間の命。


そこは地獄と言っていい程の、絶望的な状況が生み出されていた。


ヴィクターの打刀が閃くたびに、仲間の首や体が分離し、命が刈り取られていく。


彼の動きが雷光のごとく空間を駆け抜け、あっという間に死体の山が築かれる。


「む、無理だ! こんな化け物。全員撤退!」


「は、はい」


リーダーは、残ったメンバーを集めて撤退しようと元来た道を駆け出した。


しかし、それに続く残ったメンバーは一人しかいなかった。


「おっ? 人間を殺しても進化するようだな。何だか新しい技を思いついた。次に使ってみるか」


「ヴィクター君、移動するの速過ぎ! 置いてかないでよぉー」


「直弥が遅いのが悪い」


背中越しに金髪の化け物と仲間の声がした。


冗談ではない!


ただでさえ歯が立たないのに、これ以上強くなられて、新しい技など増やされたら自分達は只の実験台だ。


しかも、仲間まで合流しやがった。


ここは逃げるしかない。


振り返らずに逃げていると、今度は別の声が聞こえた。


「かーごめ、かーごめ」


少女達の透き通った声がユニゾンして聞こえる。


「まずい! モンスターが出てきたぞ」


「どうしましょう。リーダー」


「せ、背中合わせになるんだ!」


最悪だ。


人数が二人しかいなく、自分達は金髪の化け物との戦いで疲労している。


死という文字が自分達を取り囲み、近づいてくる。


不気味な少女たちの歌声が自分達を取り囲むように聞こえる。


ドップラー効果で歌声が波のように大きくなったり、小さくなったりして自分たちの左右に流れていく。


周囲の温度が急激に下がったように感じ、背中に何か冷たい物が通り過ぎたように感じる。


自分の槍を無意識にぐっと握りこむ。


「うしろの正面だーあれ!」


「ぐふっ!」


歌声が終わった瞬間に、どすっ! と言う刃物が刺さる音と共に、後ろにいた仲間の断末魔が聞こえる。


やられたんだ!


「すまない!」


もはや勝ち目がない。


仲間には申し訳ないが、振り返らずにがむしゃらに槍を振り回しながら全力で駆け出した。


運が良かったのか生き残った討伐隊のリーダーはその場から離脱することができ、拠点へと戻って行った。


影縫い組の拠点で、荒木 純がヴィクター討伐隊の帰りを待っていると、先ほど依頼した男が拠点に駆け込んできた。


どうやら一人みたいだ。


血もかなり付着している。


「どうした? 一体何があった?」


「そ、それが、討伐対象と思われる、ヴィクターと遭遇しました!」


「それで? ゆっくりと、齟齬が無いように教えてくれ」


純は、動揺が激しい相手に対して、努めて落ち着いて相手の返答を待つ。


「俺達は、遭遇したあいつを倒そうとしたが、動きが早すぎて目に見えないし、あいつの攻撃は、武器ごと仲間を斬り殺しやがったんです! あいつは情報以上の化け物だ! あいつの仲間も合流してどうしようもなかった。メンバーは全滅しました!」


「何?」


想定以上の戦力差に純は、驚きを隠せない。


それほど強いのなら、最初の討伐隊は全滅しているのだろう。


それに、人間相手でも問題なく戦える精神性も想定外だ。


15歳の少年という事だったが、手練れの大人として見た方が良いみたいだ。


そこで疑問が生まれてくる。


それほどのスピードと攻撃力を誇る相手から、逃げて拠点まで戻れるのだろうか?


純は椅子から立ち上がりながら、武器を取って尋ねる。


「おい? どうやって逃げてきた?」


「それが、無我夢中で兎に角全速力で走って逃げてきました。途中で運悪く、モンスターの子供にも遭遇して、一人仲間がやられて……でも、不幸中の幸いか、何とか戻ってこれました」


余力のあるヴィクターが、追撃を怠るだろうか?


しかも、子供のモンスターも追撃してこなかった。


そんな事があり得るのか?


純は額から汗を流し、叫んだ!


「全員武器を取れ! そして何時でも戦えるように警戒をしろ」


純がそう叫んだ瞬間、拠点の門に剣線が走り、門が崩れ落ちた。


重力により地面に落ちた門により土埃が舞う。


その埃の奥には、金髪の少年が打刀を持っていた。


「全員かかれ! 玲子はあいつに魅了を」


「分かったわ!」


拠点にいた影縫い組が、一斉にヴィクターに向かって攻撃を開始する。


ヴィクターは上手く打刀や体裁きを使って避けていく。


玲子はヴィクターから距離を取りながら、なるべく視線を合わせようと試みる。


そこに純は、剣を持って背後に回る。


影縫い組のメンバーと鍔迫り合いをしているヴィクターに、後ろから切りつける。


するとヴィクターは驚異的な反応速度で、駒が回るように反応する。


鍔迫り合いの相手の武器を吹き飛ばし、純の斬りつけた剣を防御した。


「確かに驚異的なスピードと力だ。だが、流石にこの数の劣勢は覆せそうにないな」


「……」


無言の返答をするヴィクターを見て、声を出す余裕が無いと見た純は笑みを浮かべる。


先ほどまでの部下が話してくれた情報ほどスピードも力もない。


恐らく彼らが混乱して、過剰に見えたのだろう。


もしかしたら、玲子の魅了が効いているのかもしれない。


これならいける。


ちらりと横目で玲子を見る。


玲子は、離れた位置でこちらを見ながら、傷ついた仲間に治癒魔法をかけている。


ヴィクターと剣を打ち合いながら昔を思い返す。


彼女にはいつも助けられている。


傷を受けた仲間の治癒や、薬の副作用の軽減もそうだ。


そもそも、この組織が出来る前からの知り合いで、そのころからお互い支え合ってきた。


お互い虐待された家庭に生まれ、まともな教育も受けられず、家にも居場所が無いので15歳で家を飛び出してダンジョンへ挑んだ。


偶然初心者講習で二人一緒になり、境遇が似ている俺達は意気投合して二人でダンジョンに挑んだ。


生きる為には、無学でスキルのない俺達は、ダンジョンに挑むしかなかった。


だが、二人とも才能が無かった。


なのに玲子の治癒魔法で無理をしながら、ダンジョンの3階に進み、そこで二人は死にかけた。


そこである男から魔炎精を与えられ、稼げるようになった。


代わりに影縫い組を立ち上げさせられた。


そこで、色々な依頼をこなしたり、組織を大きくすることには抵抗があった。


魔炎精を広めるのも同様に嫌悪感があった。


でも玲子がいつも「あなたは悪くない。だって、私達、これで精一杯じゃない。こうするしか生きていけないじゃない。だから純は、悪くない。私は純のおかげで初めて安心して食事をして眠る場所がある」と言ってくれているおかげで俺は生きている。


だから、負けるわけにはいかない。


「ここからは本気を出させてもらうぞ!」


ヴィクターの打刀をはじき、後退して距離を取る。


そして周囲の影縫い組のメンバーがヴィクターに集まってきたところで、再度突撃をする。


ヴィクターは、突撃して来る純を横なぎの一閃で斬ろうとするが、純が間合に入る直前に消えた。


集まって来た敵に対処しながらヴィクターが周囲を探していると、ヴィクターの後ろの影から純が音も立てずに飛び出てきた。


ヴィクターは気付いていない。


純の剣が思いっきり剣を振り、ヴィクターの首に吸い込まれていく。


純の剣はそのままバターでも切り裂くように何も抵抗を感じないままヴィクターの首と胴を分断した。


ヴィクターの首が宙を舞う。


その碧眼は意思のないガラス玉のようになっていた。


純は、それを見て勝利の雄たけびを上げた。


「勝ったぞ! みんな、やったぞ!」

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