蒼の牢獄⑤-5

「こんにちは、ヴィクター君」


そこには、影縫い組と思われる探索者が大量にいて、先頭には佐藤 幸雄さとう ゆきおがいた。


薄ら笑いを浮かべて、ハイテンションに声をかけたその姿は、最初の頃のおどおどした姿と全く違う。


「一体何の用だ? 大勢で待ち伏せして」


「いや~、僕の所属しているグループに依頼があったみたいで、顔見知りの僕が最後の交渉役として来たんだよ」


佐藤 幸雄さとう ゆきおは、話しながら紙に包まれた何かを取り出し、それを開封して中身を飲み込んだ。


その直後、幸雄の体はビクンビクンと痙攣して、恍惚とした表情で口からは涎が零れていた。


無造作に捨てられた袋には、盾とフェニックスの絵が描かれていた。


ヴィクターはそれを見て、中身が何だったのか推測して苦い顔を作った後に話しかけた。


「おい、それは魔炎精まえんせいだろ? そんなものを飲んだら、いずれ、体が壊れてしまうぞ。娘の為にも」


「お前に何が分かる! これが無いと稼げない」


幸雄は瞬時に快楽にまみれた顔から憤怒の表情に変わった。


そして瞳は赤く輝き、顔や手に見える血管が肥大化し、筋が走ったようになっている。


「今すぐ金が必要なんだ! 今じゃなければ、娘の成長に間に合わない。


才能と環境だけあって、責任のないお前に何が分かる! このクソガキが!」


一通り唾を飛ばしながら怒鳴った幸雄は、ぜぇはぁ呼吸を荒げて言葉を続けた。


「まぁ、良いよ。今日の本題は、君達も影縫い組に入らないかい?


トップが最後にどうしても勧誘して欲しいらしくてね」


「断ったら?」


ヴィクターが打刀に手をかけながら尋ねると、幸雄を含めた影縫い組のメンバーが嘲笑った。


笑い声が収まった後に幸雄がニヤついた笑みのまま口を開いた。


「影縫い組のリーダーには、仲間にならないなら排除するように依頼されているらしいよ」


「先ほどから気になっているが、お前たちの組織に誰かが依頼しているのか?」


「おっと、話し過ぎたな。これ以上は答えられない。


そろそろそちらの返答を聞かせて欲しいな」


ヴィクターは魔力で身体能力を強化し、居合の体勢に入る。


人の良さそうだった幸雄が変わり果ててしまった。


なぜもっと別の方法を模索しない?


なぜ力をつける事をせずに結果だけを求めたのか?


可哀そうだが、完璧には同情できないし、立ち向かってくるのなら斬るだけだ。


ヴィクターはそう心に決めて答える。


「断る」


ヴィクターの返答が部屋に響き渡って、静寂が一瞬訪れる。


その静寂の波が引いた瞬間に、四方八方から攻撃が飛んできた。


火炎や稲妻の魔法、槍やメイスなど探索者がおこなう攻撃の見本市のようだった。


ヴィクターはその集中砲火を強化された身体能力で全て回避していく。


それだけではなく、高速の居合で抜刀して、相手の武器や魔法も斬って無効化していく。


「おい! 全然当たらないぞ! 相手が早すぎてぶれて見える」


「魔法攻撃を叩き切りやがった!」


「いや、打ち返してきたぞ!」


「武器を溶断させたぞ! ありえない」


次々と影縫い組の驚愕した声が響き、ざわめきが広がる。


彼らは魔炎精と言う薬を使用し、今まで体感した事のない強者と言うポジションに立ったと思っていた。


しかし、ドーピング如きではどうにもならない、圧倒的に残酷な才能と言う差をその身をもって知る事となる。


ヴィクターは、最初の影縫い組の攻撃に対処すると、今度はヴィクターが攻撃を開始する。


稲妻が走ったように空間を三次元軌道しながら打刀で敵を容赦なく屠っていく。


その姿は剣線の光と相まって、レーザー光線が無数の鏡に乱反射するように空間を蹂躙していた。


「どこだ!? 消えやがった、ぎゃぁ」


「腕が! 俺の腕が!」


「おい、お前逃げる、ってく、首が無い!?」


「斬られたところから、炎が広がっていく!?」


ヴィクターの猛攻にさらされた影縫い組のメンバーは、本当の強さの嵐に巻き込まれ、戦意を喪失し始めていた。


ヴィクターの動きをとらえきれず、胴を真っ二つにされた者。


腕を斬られ、切断面から炎が燃え広がる者。


仲間と逃げようとして仲間を見たら、仲間の首がいつの間にか無くなっていた者。


かすり傷で済んだと思ったら、そこから炎が燃え広がり全身を焼かれる者。


普段モンスターに向けられるヴィクターの力は、ドーピングして力を得た人間相手にはあまりにも過剰であった。


ヴィクターが直弥を横目で見ていると、彼も余裕をもって盾で攻撃を裁き、麻痺雷弾で多くの敵を封じていた。


そしてメイスで叩き込む。


スピードや攻撃の威力はヴィクターに劣るが、彼も完璧な立ち回りをしていた。


ヴィクターは、案外余裕で倒せるなと思った。


理由は、影縫い組の方がダンジョンの先に行っているので、もっと苦戦すると思っていたが肩透かしだったからだ。


だが、これはヴィクターも直弥も自分達が基準となっていて、一般的な探索者に目を向けていないからだ。


普通の探索者は10人ほどのグループで探索している。


地下一階はともかく、地下二階の鎧のスケルトンと遭遇するまでに仲間をそこまで集められないと探索者失格なのだ。


そして、普通の探索者はそれ以降もなるべく少ないモンスターをグループ全体で袋叩きにして倒す。


そうしないと負けてしまうからだ。


だが、ヴィクターと直弥は違う。


たった二人でモンスターの大群相手に無双して倒せる力がある。


さらに直弥御手製の強化された装備。


ドーピングしてやっと普通よりちょっと強くなった程度の影縫い組のメンバーでは歯が立たなくて当然だった。


そして、敵となれば人間の命すらも平然と刈り取れる精神の異常性にも二人は気付いていない。


「おい、同士討ちをしたり、虚無状態になっている奴が出てきたぞ」


「おー、この状況を打破する為に魔炎精をさらに摂取して、副作用が重症化したみたいだねぇ」


ヴィクターの淡々とした言葉に直弥が冷静に返した。


それを見た佐藤 幸雄さとう ゆきおは「何なんだこいつらは? 化け物じゃないか」と思った。


みんな二匹の化け物相手に必死に戦おうとして、強くなろうとして、薬を摂取して、それでも強くなれず、副作用で幻覚や虚脱症状が出て苦しんでいる。


なのにこの二匹の化け物は、談笑しながら作業をするように仲間を処理している。


怖い。恐ろしい……。


なぜ、こんな化け物と戦わなければならなかったっけ?


あぁ、娘の学費と生活の為に、将来こんな化け物たちがいるダンジョンに来なくて良いように、こいつらを倒して報酬を貰う為だった!


自分はもう引き返せない。これしかないんだ!


幸雄は意を決して、魔力を強化してヴィクターに挑む。


槍を握りしめて突撃しようとしたら、ヴィクターの冷たい碧眼が自分をとらえたような気がした。


その瞬間、背筋が凍り付くような寒気が走った。


その感覚を振り払おうとした時、金髪碧眼の化け物はすでに目の前にいた。


そして、何かがどさりと地面に落ちる音がした。


咄嗟に槍で突き刺そうとしたが、力が入らない。


腕を見ると、そこにあるはずの肘から下が無く、槍を持ったままの手が地面に落ちていた。


斬られたのだ。


認識した瞬間、焼けるような痛みが両腕から感じられ、絶叫しようとした。


が、声が出ない。力が抜けていく。


下を見ると腹部も切られて血が大量に流れていた。


足に力が入らなくなり地面に崩れ落ちる。


次第に視界がブラックアウトしていき、意識が遠くなっていく。


あぁ、ここで終わってしまうのか。


娘の百合に十分なお金を稼げていない。


ごめんよ、百合、お父さんはダメな親だった。


ごめん、ごめん、お前を一人にしてしまう。


佐藤幸雄は無念を抱えながら意識を失った。


ヴィクターは、倒れた幸雄を見ながら溜息をついた。


そこに粗方他の影縫い組を倒した直弥が声をかける。


「どうしたの? 気分がすぐれないように見えるし、その人を斬る時に炎の付与を使っていないみたいだけれど」


「あぁ、一応知り合いで、一度助けた人物だからな。後味は良くない」


「そういえばそうだったね。僕も思い出したよ」


「どうせもう戦闘能力はない。わざわざ炎を付与して殺す必要もないだろう」


「それもそうだね」


会話を終えると直弥は幸雄に興味を失い、近くにある影縫い組の死体から血液などを採取し始めた。


ヴィクターは、致命傷を受けて倒れている幸雄にどことなく気持ち悪さを覚えた。


だが、その不快感の理由が分からずに見るのをやめる。


これが努力をせずして成果を求めようとした者の末路なのだと結論付けて、次の行動を考える。


恐らく影縫い組の拠点は下の階のどこかにある。


それは、戦ってきた相手の力を感じて予測した。


この程度の戦力なら、いくら人数がいてもそれより下の階層に潜るのは不可能に近い。


この直接ギルドに行ける地下五階の一個下、地下六階あたりに拠点があるのだろうと推測できる。


「直弥、このまま下の階に行って影縫い組の拠点を潰すぞ」


「一度ギルドに戻って報告はしないのかい? 救援を呼べば、この人達の仲にも助かる人もいるかもしれないよ?」


「そいつらは、俺達に敵対してきた。敵に情けは不要だ……」


「まぁ、確かに助かったとしても、魔炎精に侵された体は治らないから、ここで死んだ方が楽かもねぇ。研究サンプルとしても見どころが無いし」


「それに、どちらにせよ選択肢はないぞ」


ヴィクターはそういって下へ降りる階段の方を見る。


そこには、新たな影縫いグループのメンバーが現れて、ヴィクター達に戦いを挑もうとしていた。


ヴィクターはそれを見てニヤリと笑みを浮かべた。


「向こうから来てくれるとはありがたい。こいつ等を辿って行けば、本拠地を特定できるぞ」


ヴィクターと直弥は新たに現れた影縫い組を、追加のオーダーを片付けるように淡々と処理をしていった。


何より復讐の道を妨害する存在は、徹底的に排除するしかないのだ。


同時刻、地下六階にある影縫い組の拠点は、状況が分からずに有効な次の手を出せずにいた。


送り出した討伐隊が全滅していて、一人も帰ってきていないのだから、情報が手に入らなくて当然だ。


この拠点のある場所は、地下六階から出現するダンジョンの休憩ポイントに作られていて、そこを影縫い組が占拠している。


「ヴィクターと言う小僧に送った討伐隊が帰ってこない。追加の部隊もだ」


拠点の最奥に座っていた大柄で熊のような印象を持つ20代半ばの男が呟く。


男の名前は、荒木 純あらき じゅんと言う。影縫い組のリーダを務めている。


短髪に無精ひげと、外見をあまり気にしていない男だが、冷静な判断と組織内の実績、依頼主との窓口という役を持っているため、グループ内では信頼されていた。


その無骨な男に、妖艶な笑みを持つ女が話しかけてくる。


以前ヴィクター達を勧誘した松田 玲子まつだ れいこだ。


「もしかして、仲間になって話に花が咲いて、時間がかかっているだけじゃないの?」


「分からない。あれだけの50人以上を向かわせたのだから負けていないと思うが、苦戦しているのかもしれない」


「ちょっと考えられないわね。依頼主が凄く才能を評価していたみたいだけれど、あの年でそんなことあるのかしら?」


「俺も信じられない。だが、調査隊を送るべきだろう」


純は、上から要求される様々な依頼を仕方なく引き受けていた。


今回のヴィクター討伐もその一つで、ヴィクターを特に知らないし、恨んでもいない。


ただ、金が無いと生きていけない。


自分達には、こうする事でしか生きていけず、影縫い組に参加してくれたメンバーを食わせる為にも依頼をこなすしかない。


良く知らない少年を殺すために、追い打ちをかけるように部隊を派兵するのは気が引けたがしょうがない。


純は、信頼のできる部隊を呼び、ヴィクター討伐、および現場の調査へ向かわせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る