蒼の牢獄⑤-4

ヴィクターはそう思い、直弥とお互いに頷いてから門のような扉を開けた。


そこは板張りの道場のような空間で、広さは剣道や柔道の試合が二つほど同時にできそうな場所だった。


周囲は神社の外壁のような壁に囲まれている。


その中央にボスと思われる存在がいた。


形は阿修羅と神主が融合したような物だった。


金剛力士像のような顔が三つ頭にあり、六本の腕がある。


服は神社の神主のような服を着用していて、その上から部分的に和式鎧を着ている。


鎧と服には大量の漢字が書かれていて、怨恨や邪悪、復仇、剛力等が目に映り、穏やかではない。


そして六本の腕はそれぞれ、太刀、斧、槍を持っている。


名前が阿修羅神主あしゅらしんじゅと言われて納得する外見だ。


死角が無いと想定して良いなとヴィクターは考えた。


ここで立ち止まっていてもしょうがない。


ヴィクターは全身を魔力で強化し、打刀に炎を付与させる。


周囲の温度が上がり、火の粉が飛び散る。


戦いを始めようとしたその時、阿修羅神主あしゅらしんじゅの三つの口が動いた。


「汝如キ卑賤ノ身分ガ、何故我ガ前ニ立ツカ?」


まさかモンスターがしゃべると思っていなかったヴィクターは、その野太いユニゾンした声を聞いて一瞬身体がこわばった。


しかし、喋ろうが意思があろうが関係ない。


ダンジョンのモンスターはただ滅ぼすのみとヴィクターは攻撃しようと足を一歩踏み込んだ。


その瞬間、阿修羅神主あしゅらしんじゅの目が光ったように感じ、ヴィクターは体が硬直し、動けなくなってしまった。


そして阿修羅神主あしゅらしんじゅの口が再び動く。


「無礼ナル輩ヨ! 我ガ怨念ノ火焔ニテ悉ク焼キ尽クシテクレヨウゾ!」


「ヴィクター君!」


阿修羅神主あしゅらしんじゅが攻撃体勢に入ると、直弥がヴィクターの元に駆け寄る。


直弥がヴィクターの元にたどり着く直前に阿修羅神主あしゅらしんじゅの六本の腕から猛攻が始まった。


太刀と斧、槍がそれぞれの嵐のような連撃がヴィクターを襲う。


直弥が寸前で盾を構えたが、その直撃を食らったヴィクターと直弥は吹き飛ばされてしまった。


上下左右斜めの猛攻に、直弥が盾でヴィクターの頭部を守ったが、わき腹などには直撃した。


「クソ! 気を付けろ! 奴の視線を見ると、麻痺の魔法を受ける事があるぞ」


ヴィクターは腹をさすりながら立ち上がる。


攻撃を受けたものの、直弥の新型スーツの防御力は驚異的で、衝撃を受けたが切り傷や破損など見当たらず、内部まで大きなダメージを受けなかった。


「これなら戦闘に問題ないな。受けた借りは返さないとな」


直弥の新型スーツの防御力に驚愕と感謝をしながらすぐに敵に意識を集中する。


ヴィクターは魔力で全身を強化して移動速度を上げる。


そして、瞬時に相手の視界から出るように、弧を描きながら移動する。


しかし、阿修羅神主あしゅらしんじゅは顔が三つついているので視覚に回り込むのは容易ではない。


的確にヴィクターの動きを捉えて、その視界から出ないようにしている。


しかし、莫大な魔力を誇るヴィクターが魔力で強化し、新型スーツでさらに強化されたスピードは、階層のボスでも追うので必死だ。


視界に入れるだけでも精一杯になっている。


「僕を忘れちゃ困るな!」


ヴィクターに集中している阿修羅神主あしゅらしんじゅに直弥が後ろから接近して、麻痺雷弾まひらいだんを投げつけた。


阿修羅神主あしゅらしんじゅ麻痺雷弾まひらいだんが当たるとバリンと容器が割れて、電撃と麻痺液が降りかかる。


直弥は、電撃と麻痺の効果で動けない阿修羅神主あしゅらしんじゅの頭にメイスを思いっきり叩きつけた。


メイスが当たった瞬間、飛沫と鈍い金属を叩きつけたような音が部屋に鳴り響き、阿修羅神主あしゅらしんじゅは吹き飛ばされていった。


阿修羅神主あしゅらしんじゅは、回転しながら転がった後ゆっくりと立ち上がった。


「我ヲ傷ツケシ無礼者ドモガ! 必ズヤ汝ラニ苦痛ヲ与エ、滅スベシ!」


怒りの咆哮を上げながら阿修羅神主あしゅらしんじゅは直弥を睨みつけて、そちらの方へ駆け出そうとしたとき、背後から声をかけられた。


「顔を四つにして、背後にも目を付けるべきだったな」


音を消して高速で移動していたヴィクターが、阿修羅神主あしゅらしんじゅの後ろを取っていた。


ヴィクターは強力な魔法を付与して白光した打刀を阿修羅神主あしゅらしんじゅに叩き込んだ。


直後獣の絶叫のような声が響き渡り、阿修羅神主あしゅらしんじゅの背中に大きく溶断された傷と、斧を持っている手が切り落とされていた。


「ちぃ、流石に一撃では仕留めきれなかった」


ヴィクターは、痛みと苦しさで残った手で武器を振り回す敵を避けながら、距離を取った。


「コウナリテハ、我ハ如何ナル理由ヲ持テドモ許サズ。闇ノ結界!」


怒り狂った阿修羅神主あしゅらしんじゅは、そう叫んだ途端に自分を中心に暗闇のドームを発生させた。


ヴィクターは回避行動が間に合わず、自分もそのドームに取り込まれてしまう。


「くっ、体が重い。魔力が思い通りにコントロールできない!」


ヴィクターは、急激にコントロールが効かなくなった体に戸惑う。


それを好機と見た阿修羅神主あしゅらしんじゅは、下衆な笑みを浮かべながら近寄ってくる。


さらに闇の中ではお面の巫女も大量に発生していた。


さすがにデバフが重ねがけされて不味いと考えて退避を試みるが、鈍重な動きしかできなくなったヴィクターは逃れられない。


阿修羅神主あしゅらしんじゅが太刀をヴィクターに叩き込む。


打刀で何とか防ぐ。


今までと違い、相手の攻撃が異常に重く感じ、手がしびれる。


次は槍が来る。


間に合うか? と思った時、阿修羅神主あしゅらしんじゅの足元に何かがころころと転がり込んだ。


まんまとそれを踏んで、中の液体と電撃が踏んだ主を襲う。


直弥の麻痺雷弾だ。


「よくやった、直弥!」


相手が拘束されている間にヴィクターは暗黒のドームから脱出した。


それを見た直弥が、麻痺雷弾を暗黒のドームに大量に投げ入れる。


すぐさま魔力で、再び全身と打刀を魔力で強化する。


さらに限界まで魔力を高めて打刀が白光し、イメージで頭の中のスイッチを押す。


すると周囲の動きが水中に入ったかのように減速する。


ヴィクターの隣に光が集まり、青い少女の形となる。


「三つ顔の首を狙うのです。そして、それだけでは倒せないので、連撃で勝負を決めるのです」


ヴィクターは、再び出現した青い少女の声に耳を傾けながら最高潮まで魔力を高めた。


高まる魔力で周囲は、炎のようにきらめき、打刀が強く発光する。


今だ! ヴィクターが斬撃をその場で繰り出す。


連撃だ。


飛ばされた斬撃は、地面を抉りながら高速で阿修羅神主あしゅらしんじゅに到達し、その首と胴体を溶断して分離させた。


さらに、連続して斬撃が飛んできて、阿修羅神主あしゅらしんじゅの四肢を切断し、お面の巫女にも命中した。


全ての敵は切断面から炎に包まれて、地面に倒れた。


しばらくすると、魔石とドロップアイテムを落としたのを見て、ヴィクターと直弥はホッと一息ついた。


ヴィクターは、魔力強化を解除した後に少女を探したが、やはり消えていなくなっていた。


「なんとか倒せたね!」


片膝をついているヴィクターに直弥が駆け寄ってきた。


直後に二人に進化による体の変異が起きた。


「あぁ、多少危ない場面もあったが、お前の武器や装備のおかげでほぼ無傷で勝てたな」


体の変異が終わったヴィクターは、立ち上がりながら答えた。


そして二人でドロップ品を回収する。


阿修羅神主あしゅらしんじゅの魔石は大きくて三つあった。


他のドロップ品は、阿修羅神主あしゅらしんじゅが身に着けていたと思われる鎧と武器の破片だ。


「よし、これで新しい研究のサンプルが手に入ったよ」


直弥は笑顔でドロップ品を回収している。


新しい四次元バッグでどんなに大量のドロップ品でも回収できるからだ。


だが、対してヴィクターはしかめっ面をして、口を開いた。


影縫い組かげぬいぐみの事が気になる。次の扉を進めばダンジョンの入り口に直接行ける階段が出てくる。そこで何もなければいいが……」


次の部屋は恐らくモンスターが出てこない、ボス部屋の前と同じ作りで、ダンジョンの入口へ戻る階段と、下へ続く階段があると思われる。


体力的にもダメージ的にも問題なく、影縫い組に追いつくためには先に進まなければいけないが、何か胸騒ぎがする。


「直弥、一度ここで休憩して、体力を回復して次の扉を開けよう」


「どうしたの? 何時もより慎重だね」


「お前も気付いていて言っているだろう。今日のダンジョンは様子がおかしい。万全を期すべきだ」


直弥も微笑みながらも異変を察知していたようで、ヴィクターの意見に同意した。


二人は阿修羅神主あしゅらしんじゅとの戦いで、疲労した体を20分ほど休めて次の扉を開いた。


しかし、悪い予想とはなぜか当たるものだ。


「こんにちは、ヴィクター君」


そこには、影縫い組かげぬいぐみと思われる探索者が大量にいて、先頭には佐藤 幸雄さとう ゆきおがいた。

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