蒼の牢獄⑤-3

それから数日間、ヴィクターと直弥は、力をつける為にダンジョンでの探索に精を出していた。


しかし、影縫い組が地下五階の前を占拠していて中々先に行けず、ダンジョン内でも地下4階までかなりのグループがいて上手く探索出来なかった。


それでも資金や資材は調達できたし、進化も何度もした。


ただ、この状況にはギルドも頭を抱えていた。


それは探索者の大半が地下三階までを稼ぎのメインとしていた為、そこを特定のグループが押し寄せると、多くの普通の探索者が稼げなくなるからだ。


ギルドは人材と予算不足の為何もできずに静観している。


証拠集めも出来ない状況だと聞いた。


政府から予算を出してもらえないらしい。


そろそろ動くときかとヴィクターは、中庭で朝の訓練をしながら考えていた。


その時、ガチャリと玄関の方から音が聞こえた。


「お早うございま~~す。今日もお邪魔します!」


直弥の声だ。


今日は朝から来たようだ。


ヴィクターは、練習を切り上げて、タオルで体を拭きながらリビングへと入っていく。


そこには直弥が当たり前のようにテーブルに座っていて、朝食を食べていた。


「今日も人の家で朝食とは、良いご身分だな」


「ありがとう。まぁ、僕は優秀な研究者だからね」


「褒めてない!」


はぁ、と溜息をつきながらヴィクターは席に着いて、出された朝食を食べる。


「それで、今日は何の為に朝早くから来た?」


「うん! 新しい打刀と防具、そして収納バッグを持ってきたよ」


「今使っている装備も不満や故障はないが?」


ヴィクターがそう言ったのを聞き、直弥は不敵な笑みを浮かべる。


「今度の打刀は、魔力を込めると3倍強度と攻撃力が上昇している。しかも、強化に必要な魔力は、半分になっているよ!」


「それは凄い!」


これは探索がかなり楽になる。


文句のつけようのない装備の更新にヴィクターは素直に直弥を賞賛し、笑顔になった。


「それに、探索用スーツの新型も開発したよ。これは、防御力と肉体の能力が身体能力強化の魔法を使うと、1.5倍に増えるんだ!」


「つまり、身体能力強化の倍数×1.5倍という事なのか?」


どや顔でコクリと頷く直弥を見て、ヴィクターは驚愕する。


これは凄いなんてものではない。


探索が圧倒的に楽になる。


「そして、新しい収納バッグ、その名も四次元バッグを開発したよ! 収納力は、何と24×24mプールと同じ! これが一番大変だった」


それから直弥はこの四次元バッグの構造を語りだした。


なんでもヴィクターの斬撃を飛ばす能力から、莫大な魔力が物質を移動させる点がきっかけだったらしい。


そこにワープ理論のカラビ・ヤウ空間がどうのこうのと、いつも通り物理学と魔法学の大詠唱を唱え始めた。


ヴィクターはそれを念仏のように聞き流しながら、朝食を片付ける事に集中した。


「それで、結局どうやって使うんだ?」


「あぁ、バッグと対になる腕輪があってそれがカギになる。


それぞれに定期的に魔力をこめて後はバッグに入れたり、取り出したいものを念じながら出せばいいんだよ」


「随分と簡単だな」


「複雑だとダンジョン内で使えないからね。


ただ、最初に魔力を大量に込める必要と、維持にも定期的に魔力が必要なんだよね。


後は生きている物は収納できないから気を付けて」


たったそれだけの事かとヴィクターは思った。


今日、直弥が持ってきた発明品は、探索の革命が起きたと言っても良い。


間違いなくゲームチェンジャーだ。


ヴィクターは最近思うように探索が出来ず、雲行きも怪しかったのでフラストレーションがたまっていた。


だが、直弥の発明品を見てこれからの探索に光明が差し、目を輝かせた。


「それと、新しい装備の提案も考えてきたんだ」


直弥のその言葉を聞いた瞬間にヴィクターは、既視感を覚える。


またとんでもない事を言うんじゃないかと身構える。


「一体何の提案だ?」


「うん、僕達二人だから、囲まれた時に不利になりやすい。


どうしても背後がおろそかになるから、その対策もしたいんだ」


ヴィクターは、とりあえずまともな話だったのでホッと胸をなでおろした。


少しは信じてもいいのかもしれない。


「それで? 何がしたいんだ」


「ヴィクターには、お尻から魔法を噴射できる特殊な装置をつけてもらおうと思うんだ」


「どうしてそうなる! 特殊過ぎるだろ! 絶対につけん! 信用した俺がバカだった!」


ヴィクターは叫んだ。


そして、心の中で積みあがってきた直弥への信頼が一瞬にして土石流となって崩れ去った。


あっけなく。


それでも直弥は提案を続ける。


「いや、だってこの装置を着ければ死角が無くなるし」


「人として失格で俺の尊厳もなくなるな! 社会的にも死ぬ」


「身構えることなく、力を込めれば魔法が出るし」


「力を込めたら違う実が出そうだ! ってなんてことを言わせるんだ!」


「大丈夫。オムツも標準装備にしているし」


「大惨事前提じゃないか! こんな変態魔法、魔法を教えてくれた母に何と言えばいい?」


「う~~ん、今までの努力が実になり、強大な魔法をひねり出しましたとか?」


「ふざけるな! 俺は絶対につけん!」


「えぇ~~、せっかく合理的で強力な装備なのに」


「だったらお前が着ければいいだろう! その魔法が噴射できるオムツを!」


「やだよぉ~! そんな変態じゃあるまいし。研究者らしくない!」


「お前が考えた装備だろ! なんで俺だったら良いんだよ!」


「だって、ヴィクター君は、強くなることしか考えていないじゃん」


「だからって限度がある! 失うものが多すぎる! 却下、絶対に却下!」


ヴィクターはぜぇはぁ言いながら、なんで毎回朝食時に疲れなければならないのかと心底思った。


一通り装備の確認をした。


打刀の見た目は変わっていなかった。


探索用スーツも前回と大きな違いはない。


全身タイツの上にアーマーが覆われているような、21世紀のバイク用アーマーに似ている黒の物だ。


ただ、前回と違うのは、拳や足の部分に打撃用の金属が仕込まれていることだ。


最後に四次元バッグも使えるようにした後に、二人はダンジョンへと向かった。


ギルドで新しい武器、装備の登録をした。


最初の頃は出費が痛かったが、今では一日の稼ぎでおつりが出る。


経済的な問題は解決したなとヴィクターは思った。


ダンジョンに入ると、さっそく装備の効果を実感した。


元々速かったヴィクターの戦闘時の移動が、常人の探索者の目では捉えられなくなった。


常に空間に剣線だけが入り、敵が斬り殺されるという状況になった。


お面の巫女も屍神主も圧倒的なスピードと威力に対応できず、ヴィクターの視界に入った瞬間に、その空間に大量の剣線が走り、瞬きするよりも早く崩れ落ちてしまう状況になった。


しかも、打刀に炎を付与するのは攻撃の直前だけで済むという魔力の節約にもなった。


「油断するべきではないが、準備運動している気分で殲滅できる」


「早く地下五階のボスを倒して、次に進んだ方が良さそうだね。


ただ、影縫い組が居なければ良いけれど」


「あぁ、そうだな。


でも今日は、不思議と影縫い組と思われるグループを一組も見かけない。


気になるな」


ヴィクターと直弥は、新しい装備の圧倒的な手ごたえを感じながらも不信を抱いていた。


いつもならそこかしこに徘徊している影縫い組と思われるグループが見当たらない。


「何も無ければ良いけれどねぇ~~」


直弥が屍神主ししんじゅを電撃を付与したメイスで殴りながら答えた。


しかし、二人は言葉とは裏腹に今日は何かあると思いながらダンジョンを進んだ。


「今日はいないな……」


いつもの地下五階の階層ボスの扉まで来た。


ここもいつも占拠していた影縫い組の連中がいない。


「どうする、ヴィクター君?」


「行くしかないだろう。立ち止まっている時間はない」


ここ数日ボスにチャレンジできなかった分、進化を多く重ねる事が出来た。


それに直弥が作ってくれた装備もある。


ボスに立ち向かう条件は整っている。


それに、影縫い組はボスの先に行っている。


伊藤の依頼を考えると戦うことになるだろう。


ならば、先に進まれた分を急いで取り戻して進まなければならない。


強い敵と戦った方が、進化がしやすい。


進むしかないのだ。


何よりも復讐を願う俺は、立ち止まることは許されない。


ヴィクターはそう思い、直弥とお互いに頷いてから門のような扉を開けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る