蒼の牢獄⑤-2
ヴィクターは直弥を見て、心の中で「お巡りさん、こいつです」と思いながらモンスターを倒した。
「おわったな」
「うん、意外とどちらも無傷で大して疲弊していないね」
ヴィクターの問いかけに直弥は笑顔で返した。
ヴィクターは、なんだかんだ無傷で余裕の完勝が出来たのは、こいつのおかげなんだと思った。
「直弥」
「うん、何?」
ヴィクターが声をかけると、ドロップ品の回収を始めていた直弥が振り返った。
「そ、その、ありがとう。助かった」
鼻をかきながら感謝をのべたヴィクターを見た直弥は、口をにたぁと三日月のように変化させた。
そして、ヴィクターに抱きついた。
「うわぁ! やめろ」
「ヴィクター君! どういたしまして。ヴィクター君がお礼を言ってくれるなんて僕、感激!」
頬擦りをしながら抱きついている直弥を引きはがしながら、ヴィクターは怒声を上げる。
「やめろ! お前に感謝したんじゃない! お前の開発した武器に感謝したんだ!」
「それも一緒だよ~~!」
「止めろ! 暑苦しい。気持ち悪い!」
ヴィクターは、直弥を引きはがした後、深い溜息を吐いた。戦闘よりも疲れたかもしれない。
「それにしても、これが
屍神主を倒した場所に移動しながら呟いたヴィクターは、残されたドロップ品を見た。
屍神主のドロップ品は、魔石と金属と布だった。他のドロップ品とあわせるととんでもない量になり、二人のバッグの容量オーバーになった。
蜘蛛鎧武者の魔石と金属をのこして、他の価値あるものと、屍神主のドロップ品を入れていく。何とも贅沢なことだと思った。
本来ならここで引き返すべきだが、ヴィクターと直弥はこのまま探索を続行することにした。
理由は、この地下五階にはボス部屋があるからだ。そのボスを倒すと次からは、ダンジョンの入り口から直接五階へ続く階段が現れる。
これは、ボスを倒した人物しか使えない。
事前に調べたボスの名前は、
最近は妙なグループがダンジョン内の上層に多数見られるので、なるべく早く下の階層へ行きたい。
そして、
幸い荷物は多いが、二人は体力に余裕があり、直弥の
それに、屍神主のドロップ品の布も新しい直弥の発明品に必要みたいなので、二人はダンジョンの奥へと潜っていく。
その後、何度も屍神主と戦ったが直弥の麻痺雷弾のおかげで難なく倒せた。
だが、ヴィクターは一つ疑問があった。
「飛び道具で、魔法や弓、お前の武器はモンスターに通用するのに、なぜ重火器をはじめとした現代兵器は使えないんだ?」
「あぁ、それは……」
直弥はピカリと目を光らせ、伊達メガネを持ち上げる。ヴィクターは、つい疑問を口に出した自分を呪った。多分これは、話が長くなる。
「魔力や生命エネルギーのこもっていない物理エネルギーは、モンスターやダンジョンに吸収されて、敵を増殖させたり、強くさせちゃうからね。矢や麻痺雷弾は触れて自然とエネルギーが補充されるけど、現代兵器は違うんだ」
まぁ、これは僕の考えた仮説だけれどね、と直弥は付け足した。
ヴィクターは、納得のいく仮説と、短い回答に満足し、そのまま探索を続けた。
そして二人は何度か進化をした後、今までとは違う大きな扉をみつけた。
そこは、建物を一度出た巨大な洞窟となっており、その奥に巨大な扉がある。
その扉は神社の門のような作りで、重厚感があり固く閉ざされている。恐らく扉の奥にはボスがいるのだろう。
ヴィクターと直弥がその扉に近づこうとすると、そこには先客がいた。いくつかのグループが集まっている。
グループの中には、何か紙袋に入った錠剤のような物を飲んでいる人物が散見された。
「あんた達、悪いけれどここは私達が先だよ!」
扉に近づくとグループの中から声をかける人物がいた。ヴィクターが見てみると、そこには二十代半ばの女性がいた。
セミロングのウルフヘアーを薄いピンクに染めて、少し気の強そうに見える女性だった。
顔は整っている方だと思う。探索者なのでスタイルも良い方だろう。
サイズが少しきつめのボディースーツを着ていて、普通の男ならどこか妖艶な印象も受ける。
そこに親しみやすい笑顔が張り付いている。
「先に並んでいるのなら待つが、これは何の集団なんだ?」
相変わらずヴィクターは、淡々と冷徹に質問した。
ヴィクターは彼女自体には興味はなく、この集団と扉の先にいるであろうボスにしか興味はない。
「あぁ、ハーフの美男子と研究者みたいな外見の男の二人組かい……」
妖艶な女は目を細めてヴィクターと直弥を値踏みをするように見た。
「おい、質問に答えていないぞ」
「あぁ、ごめんなさい。私達、弱い探索者を育てて仲間にしている、
「なに!?」
ヴィクターと直弥は驚愕した。しかし、今すぐに戦う事はしない。
なぜなら、ヴィクター達は
「あら、私達の事を知っているのね? どういう風に聞いたの?」
「う、噂程度に小耳に挟んだだけだ。詳しくは知らない」
ヴィクターは苦し紛れの嘘を言ったが、相手は特に言及しなかった。
その事にホッとしたつかの間、妖艶な女の手がヴィクターの顎の下まで来て、そっとその細い指でヴィクターの顎をなぞる。
「ねぇ、私は
「うっ!? だから?」
「貴方たちの活躍はこちらでも噂になっていたわ。とても強くて優秀らしいわね。だから、貴方たちも私たちのグループに入らない?いい思いが出来るわよ……お互い」
「断る!」
ヴィクターは、自分の顎をなぞっている玲子の指を叩き落とした。
ヴィクターの表情は眉間にしわを寄せて明らかに不快なものになっている。
「あら、良い話だと思ったのに」
玲子は口をとがらせて上目遣いでヴィクターを見た。
だが、ヴィクターは顔を背けて目を合わせない。
「人の心をもて遊ぶ奴は好かん!」
ヴィクターがそう吐き捨てた時に、扉が開き奥から男の声が聞こえる。
「玲子、終わったぞ。もうすぐボスがリスポーンするから、残りのメンバーと入れ」
「分かったわ、
そう言い残して玲子は、他のメンバーを連れて扉の中へ消えていった。
玲子のメンバーの多くは、また紙袋を開けて錠剤を摂取している人物が多くいた。
その紙袋のいくつかが無造作にその場に捨てられた。
玲子たちが扉の中に入って行ったのを見て、ヴィクターは深く息を吐いた。
「おや~~、ヴィクター君、年上のお姉さんに遊ばれて、珍しく照れちゃったのかなぁ?」
直弥が肘で脇腹を突いてくる。
ヴィクターはその腕をはたき落としながら、額に血管を浮かべて口を開く。
「バカ、あの女、魅了か何かの魔法を使っていたぞ」
「えっ?」
驚く直弥をヴィクターは横目で見る。
全く、こいつは気付かなかったのか? と思いながらも、口に出さずに説明を続ける。
「恐らく最初に出会った時からかけられていたんだ。でなければ、俺は顎を触られる前に手を叩き落としていたはずだ」
「そういえば」
「それに気づかなかったお前もやられていたんだ」
歯を食いしばって不快感を表しているヴィクターは、閉ざされた扉の奥を睨みつける。
戦うことになると、厄介すぎる。
直接的な戦闘力を無視して敗北する可能性がある。
「俺も気付いたのは、触れられてからだ。体に魔力が入っていくのを察知して叩き落とした。それからは目も合わせないようにした」
「あちゃ~~、やられていたねぇ」
「しかも、名前も知られていた。俺達の情報をどこからか手に入れている」
直弥は、頭を抱えて自分も魅了されていたことに反省をした。
戦闘面ではヴィクターに劣っていたが、
と、直弥も自分がまだまだだと痛感した。
「今日はもう帰るぞ。荷物も多いし、影縫い組の集団とも戦闘になりかねん。今は不利だ、考えたいこともある」
「うん、でもちょっと待って」
直弥は、そう言って先ほどの影縫い組がたむろしていた付近へ歩いて行った。
それからしゃがんで周囲を探して、ある物を見つけて拾う。
影縫い組のメンバーが、飲んでいた何かの紙袋だ。
直弥はそれを見て何か引っかかりを覚える。
「何だろうこれ。どこかで見たことあるような……」
その包み紙には、盾の上にフェニックスのシンボルが描かれている。
「ヴィクター君、これなんだけれど、どこかで見たことはないかい?」
「いや、無いな……。それより、用が済んだら帰るぞ。影縫い組とまた遭遇したら、何があるかわからん」
ヴィクターは、包み紙をサッと一瞥して、興味なさげに帰りを促した。
直弥は周囲に落ちている他の包み紙も回収して、ヴィクターと共にダンジョンの外へ出た。
買取場での今日の金額も中々だった。
今日6体倒した屍神主のドロップ品は、魔石と金属と布がそれぞれ2万円だった。
布は売らずに、魔石と金属を半分売ったので、12万円だ。
他のドロップ品が138万円で、合計150万円。
税を引かれて135万円の稼ぎを今日は二人で得た。
ヴィクターは、明日からも早急に進化を重ねて力をつけないと、何か危険が迫ってきているので対処できないと考えていた。
直弥は新しい素材で新たな装備を開発しないと、今後の危機に対処できなくなる可能性が高いと思っていた。
今から帰ろうとする二人に、受付嬢は声をかけた。
「お二人は景気が良いですけれど、最近、探索者さんの稼ぐ率が減っているんですよねぇ……」
「つい先日は、稼げなかった人も稼げるようになったと言っていなかったか?」
ヴィクターは、珍しく暗い影の差す受付嬢を見て疑問を口にした。
「はい。でも、それぞれのパーティーの探索時間や人数、ダンジョンのドロップ品から推測できる階層すべてを計算すると、本来ギルドに入る見込みのドロップ量よりかなり少ないことが分かったのです」
ギルドはそのような事も計算しているのかとヴィクターは感心した。
まぁ、この女が計算した訳ではないだろう。
スケルトンやお面の巫女達同等の知能に、系統学や計算が出来るとは思えない。
「むぅ! 何か失礼な事を考えませんでしたか?」
「いや、全く……」
受付嬢が意外と察しが良い事に驚いたが、ヴィクターはそれをおくびにも出さず、いつものように淡白に答えた。
「まぁ、良いでしょう。それに、最近は博文さんが言っていた怪しいグループがその辺に徘徊して、他の人の探索を邪魔するばかりか、無理な勧誘もしているとクレームが出ています。変な薬も出回っているみたいですし」
「ギルドは対処しないのか?」
「う~~ん、それが厳しいんですよね」
受付嬢は、腕を組んで眉毛を八の字にして首をかしげた。
「怪しいグループかどうか、薬を使っているかは、外見では判別できないですし、証拠が無いです。ダンジョンの外では普通に過ごしているので、余計に分からないです。かといって、ギルドの職員が内部に入って取り締まったとしても、逆にやられてしまう可能性が高いです。彼らは妙に力をつけているみたいで……」
「打つ手なしか……」
「正直ギルドとしては困り果てています。ギルドとしても、博文さんのようなベテランがダンジョンでパトロールをしていますが、証拠がないし、多勢に無勢で勝てそうにないとの事です」
迷惑なグループと普通の探索者が活動するボリュームゾーンが地下1~3階までで被っているので、それも問題を大きくしているみたいだ。
その他にも探索者がダンジョン外で心臓発作や発狂死等の不審死が相次いでいるみたいだ。
ヴィクターは話を切り上げて帰りながら直弥に話しかけた。
「
「受けるんだね?」
ヴィクターは縦に首を振る。
「今日まではあいつが本当の事を言っているのか疑問だった。信用する証拠がなかった」
この明治神宮に行き来している探索者の中で誰が影縫い組か分からない。
ヴィクターは、一度息をのみ周囲を警戒しながら再び口を開いた。
「だが、ダンジョンで出会った影縫い組の様子や受付嬢の話、総合すると信憑性が高い。それに俺の道を邪魔する者は、何であれ絶対に斬り捨てる」
その声は、小さいながらも強固な意志と冷酷さが滲み出ていた。
「ただ、向こうから仕掛けてこない限りは、まだ力をつけたい。今は数の差が気になる。俺達は、二人だからな」
「う~~ん、そうだね。僕は研究と開発を頑張るよ。それじゃぁ」
直弥は、そう言って急いで家へと向かった。
直弥の考えでは、案外時間は待ってくれないかもしれない。
向こうから仕掛けてくる可能性が高い。
ならば、急いで新しい装備を作らなければと考えた。
それと、前回、
ヴィクターとその連絡先は共有している。
今日は、
「ただいまぁ~~」
「おかえりなさい」
直弥が玄関の扉を開くと、母から返事が来た。
直弥の家は、小さな工房と繋がっているコンクリート建ての家だ。
昔からこの家は、刃物を作る事を稼業としている家だった。
両親の代でダンジョンが発生して、そこから刀や剣など探索者用の装備を作る事を仕事にしている。
「今日は、このまま研究室に籠るから」
「あら、また新しい発見?」
リビングに居たと思われる母が廊下へ顔を出して、こちらを見ている。
「う~~ん、それもあるけれど、ダンジョンでちょっと問題が起きそうなんだ。もしそうなった時に対処が出来るように、研究と開発をしたいんだ」
「ふ~~ん。無理はしちゃだめよ。それなら晩御飯は研究部屋の前に置いておくわね」
「ありがとう。お母さん」
直弥は感謝を述べつつ、研究部屋に駆け込んだ。
思えば両親は何時もこのように自分を自由にさせてくれた。
自分は、物心ついたころから、21世紀初頭の常識や技術の知識と大人のような思考があった。
前世のようなものだが、自分が何者だったかは覚えていない。
ただ、子供の頃から科学技術と勉強に打ち込んできた。
そしてこの時代には、ダンジョンがあり魔法文明があると知ると、興奮し、科学と魔法の融合を研究したいと思っていた。
勉強と研究に没頭して、思考も変わっていたので学生時代は孤立し、多くの人から気味悪がられていた。
孤立していた。
だから、自分の研究で世界最高の武器や装備を作り、皆がそれを使う事で世界に名を知らしめて見返したいと思っている。
こんな自分だが両親や祖父母は微笑ましく自分を見て自由にさせてくれている。
家族と研究だけが自分の居場所だった。
ただ、最近出会ったヴィクター君は、生意気だし、復讐しか考えていないが、自分に偏見なく会話してくれている。
最初は彼が研究に役に立つから一緒にいたが、今は彼の役に立ちたいと少しだけ思っている。
その為に急いで研究するのだが、今日はその前にやる事がある。
直弥はパソコンを起動させて、備え付けのカメラを起動させる。
そこで録画ボタンを押す。
「あのー、伊藤さん。この紙なんですけれど」
直弥は言いながら、
「影縫い組と出会った時に見つけたものです。この包み紙の中には、恐らく魔炎精が入っていて、それを包んでいたものです」
直弥は、包み紙に描かれたシンボルをカメラに近づけて、大きく見えるようにする。
「これ、どこかで見かけたと思うんですけれど、知りませんかねぇ?僕の方でも調べますが、知らせた方が良いと思ったので知らせました」
それだけ言って録画停止ボタンを押し、動画を伊藤の連絡先へ送信した。
「よし、研究に取り掛かるぞ」
直弥は肩と首を回して、気合を入れてパソコンに向き合う。
彼の戦いはダンジョンだけではない。
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