第五章
蒼の牢獄⑤-1
伊藤に敗れた次の日、ヴィクターが朝食を食べていると、直弥が家に転がり込んできた。
そして、当たり前のように
「いやぁ~~、すみませんねぇ」
「いえ、二人だけですと余ってしまいますので」
なぜか仲良くなっている
どうも今日来た理由は、新しい研究にヴィクターの魔力が必要らしく、ダンジョンへ入る前に少しだけ研究に付き合ってほしいからと言う理由だ。
「それじゃぁ、この棒を握って魔力を棒へ送ってみて」
食後に直弥に棒を渡されて、握った後に指示通りに魔力を送ってみる。
この棒は直弥が持ってきたパソコンにケーブルが繋がっていて、何かを計測しているようだった。
直弥は、パソコン本体のキーボード部分から出ているホログラムを真剣に見ながら、操作をしている。
「うん、ありがとう。今日はこれでいいかな」
「そうか、それで何を研究しているんだ?」
ヴィクターは、直弥に渡された棒を返しながら疑問を投げかけた。
直弥は伊達メガネをクイッと持ち上げながら答えた。
「あぁ、最近ダンジョンのドロップアイテムが多いから、収納の為のバッグを開発しようと思ってね。魔法を使って小さくて大容量の物を作る予定さ」
直弥の返答を聞いて出来れば早く開発を進めて欲しいと思った。
収納バッグは、直接戦闘には関係しない。
が、その重量や使い勝手の悪さ、大きさはどうしても回収物が増えてくると地味に影響する。
前回の敗北で自分達の改善できるところはまだまだ多いと知った。
少しでも改善しなければ。
ヴィクターの最初に行った改善は、日課の朝食前に行う練習内容だ。
内容はいつもやっている筋トレや剣術の素振りだ。
今までは両親の教えを愚直にやっていただけだったが、今は目の前に
より強い敵を想定してのトレーニングで強化を目指す。
これも一つの成長だと信じたい。
ヴィクターと直弥は、食後の準備を終えて、いつも通りダンジョンへと向かった。
ダンジョンの中に入ると、入口のある地下一階から地下三階まで見慣れないグループが散見された。
正直ヴィクターと直弥の探索の邪魔でしかないので、
四階には見慣れないグループもおらず、ヴィクターと直弥はいつも通りの探索を開始した。
ヴィクターは伊藤との敗北を踏まえて、攻撃の正確性やスピードを意識している。
しかし、結局はたくさん進化するしかないと思っている。
なので積極的に敵と戦い、少しでも多く殲滅していく。
対して直弥は、ヴィクターの攻撃を観察したり、自分の攻撃を敵を倒した後に分析しているようだった。
ヴィクターとしては、もっと積極的に多く敵を倒した方が良いと思うのだが、研究者としての考えがあるのかもしれない。
性格は変態だが、直弥の作る武器は信頼している。
奴の分析が必要ならそれに付き合おうとヴィクターは思った。
探索を続け、
ヴィクターも直弥も何度か進化し、力をつけたころ下層へ向かう階段を見つけた。
ヴィクターは、直弥の意思を確認して下層へ降りる。
毎度階を降りると苦戦するのだが、これはヴィクター達の準備不足ではない。
ダンジョンの中では、インターネット等の通信機器が使えない。
そして、ダンジョンの中の情報は、外部に漏らしてはいけないと法律で決まっていて、破ったら罰金と懲役と言う重い罰がある。
理由は、ダンジョンの情報が外部の一般人に知られると混乱が生じるというのが理由だが本当の理由は謎である。
ギルドの方で僅かな情報はもらえるのだが、それも穴が多く、当てにならない事が多い。
そのような状況なので、ヴィクター達は出たとこ勝負で探索するしかない。
進化をもっと重ねるべきでは? との疑問も浮かび上がるが、それを消すように心の奥底から衝動があふれてくる。
早く両親の復讐をしろ! ダンジョンを破壊しろと!
この衝動は抑えられない。
直弥の方も、下層に行き力をつけたり、新しいドロップ品を手に入れた方が研究にプラスになるのでヴィクターの方針に異論はなかった。
いつも通りの木製の階段を降りると、巨大な洞窟だった。
そこに鳥居があり、奥に神社のような物がある。
完全に洞窟をこの神社のような建物が埋めてしまっている。
「毎度毎度、なんで和風ホラーのようなんだ?」
「それは」
ヴィクターの意識せずに零れた問いに、直弥が眼鏡をクイッと持ち上げながら口を開く。
「ダンジョンは、発生した周囲の時の周囲の建物や思い、魂などを取り込んで、中の構造物やモンスターが作られていると予想されている。だから明治神宮に発生したこのダンジョンは和式なんだよ」
「ほう、初耳だな……」
「だって、僕が立てた仮説だからね」
直弥は、ウインクしながら偉そうにふんぞり返る。
ヴィクターは、直弥の仮説が証明されていなくてもある程度信頼性があると思い、何も言わずに建物の中へ入っていく。
直弥もそれに続いた。
この階層に出てくる敵の名前は、
名前から想像できるものは何もない。
中に入ると今までよりも劣化が進んだ和式の回廊だった。
カビや誇り臭い。
廊下の側面の襖や障子は破れている部分が多数ある。
そして、床や壁にはどす黒くなった古い血痕のような飛沫の後が見られる。
所々置かれた蝋台が、影と黒ずみを頼りなく照らしている。
二人で慎重に奥へと進んでいくと、男のうめき声が奥から聞こえてくる。
その声は奥の部屋から響いてきており、どこか恨みが籠っているような声音だ。
私の何が悪い! 自分は神の使いだ! 皆ひれ伏し、自分に仕えるのだ! でなければ死ね! と言う傲慢と欲望でできた黒い思念が流れてくる。
声の主に近づくごとに気温が冷えてくるように感じ、黒い思念で心を塗りつぶされそうになる。
進化が足りていない探索者はこの時点で発狂死しそうだ。
「人間の声ではない。モンスターだ」
ヴィクターが呟いた声に直弥も頷く。
理由は簡単だ。
この声が聞こえてからどこか足取りが重く、帰りたいという衝動が生まれた。
明らかにデバフをかけられている。
お面の巫女の時と同じだ。
倒すためには近づいてデバフを受けなければならないが、仕方がない。
ヴィクターと直弥は、魔法で肉体を強化した。
そして、ヴィクターは打刀の刀身に炎を付与した。
ヴィクターは度重なる進化で魔力に余裕が生まれた。
ここで節約するよりも、少しでも温度を上げてデバフを軽減した方が良いと判断した。
声の主がいるであろう部屋の前まで来た。
穴の開いた障子を開くと、そこには朽ち果てた白い神主の装束をまとったスケルトンが背を向けていた。
頭にはくたびれた烏帽子をかぶり、手には血塗られた刀と破れた札を持っている。
破れが目立つ白い装束は、返り血を浴びたのか赤黒い斑点が出来ていた。
そしてそのスケルトンが振り返ると、目は青い炎が揺らめいていて、憎しみの炎で敵対者を燃やし尽くすようだった。
神主のスケルトン、これが
「直弥、行くぞ!」
ヴィクターが床を思いっきり蹴りつけ、屍神主に突撃する。
踏み込む足で畳を割りながら一瞬で最高速度に達すると、
ヴィクターは思いっきり刀を振る。
上からの袈裟斬り。
屍神主の刀で受け止められ、火花が出て弾かれた。
二撃目、横なぎの一閃。
何か暗い闇の塊に阻まれる。
見てみると、屍神主が刀の軌道に破れた札をかざしていて、札から闇の塊のような物が出ていた。
今度は屍神主の斬撃が来た。
ヴィクターの首に迫るそれは、バックステップでかわす。
屍神主の刀がヴィクターの鼻先を通っていった。
再び踏み込もうとしたときに、
そして何かつぶやくと札から炎が火炎放射器のように出てきた。
「くそぉ!」
「危ない!」
ヴィクターは持ち前の身体能力で、飛び跳ねて回避した。
その時後ろからやってきた直弥も巻き添えを食らったが、盾で防御して難を逃れた。
デバフが思った以上に効いているとヴィクターは思った。
最初の斬りこみが普段のスピードだったら、相手は反応できなかったはずだ。
仮に反応できたとしても、炎の剣で溶断できていたはずだ。
これは継戦能力を無視して本気を出すべきか? とヴィクターが考えていたら、屍神主が大きなうめき声を天井に叫んだ。
「な、なんだ?」
直弥が戸惑って周囲を見渡している。
ヴィクターは、複数の気配が大量にこちらへ向かってくるのを感じた。
そして気配が近づいてくると、女の泣き声が聞こえる。
それも何時もより大きな泣き声だ。
泣き声はお面の巫女だろう。
今は会いたくない相手だ。
「囲まれた!」
ヴィクターは周囲に逃げ道が無いように敵が迫ってくるのを察知した。
しかも複数の女の泣き声が聞こえ、デバフがさらにかかってしまっている。
いつもより体が重い。
まるで水の中で動いているような感覚と呼吸だ。
さらに天井や壁から、ガサゴソと虫が這うような音も遅れて聞こえてくる。
蜘蛛鎧武者も大量に迫っている。
「ヴィクター君、君はあの神主、屍神主に集中して!」
叫ぶような声で直弥が提案してくる。
直弥は防御力が高く、一般的な探索者よりも優秀だが、この数だと間違いなく死ぬ。
「ばか、お前でもこの数は対処できないだろう。こっちも守り切れずに死ぬぞ」
「大丈夫。ちゃんと打開策はあるから」
ニヤリと微笑む直弥には、悲壮感はなかった。
これは死を覚悟した顔ではない。
勝機があるのだ。
ならば屍神主は自分が必ず倒すと決意し、ヴィクターは敵にとびかかった。
対して直弥は周囲を見て、最初に目についた敵の方を向く。
そこには、お面の巫女が壁からすり抜けて出てきた。
いつもはすすり泣く程度の泣き声だったお面の巫女は、今は大泣きと言っていいほどの狂気をはらんだ泣き声を響かせている。
直弥はデバフがきつく、思った以上に動けない自分に笑った。
あぁ~~、モンスターのデバフって重ねがけ出来るんだぁ。
しかも、お面の巫女のデバフって上層より強くできるんだなぁ、とのんきに考えていた。
直弥は、元々ヴィクターよりも身体能力が低く、お面の巫女に追いつけない。
そこに強力なデバフがかかっているのだから、近接攻撃の電撃魔法で叩き倒すのは不可能だ。
さらに遠距離魔法もない。
絶体絶命。
お面の巫女がゆっくりと近づいてくると、直弥は白衣の裏側のポケットに手を入れ、何かの容器をお面の巫女に投げつけた。
投げられた容器は、ビリビリと電撃を帯びて回転しながら巫女の方へ向かっていく。
お面の巫女はそれを避けたが、近くの壁に当たりパリンとその容器が割れた。
そこから液体が周囲に撒かれて、お面の巫女は頭からその液体をかぶった。
「やっぱり成功だね」
液体を浴びたお面の巫女を見ながら、直弥はにやけた。
お面の巫女は、その場で倒れて電撃を浴びたように痙攣して動けないでいる。
「これは上の階の蜘蛛鎧武者のドロップ品の毒を改造したもので、それを僕の魔力を与えて投げたのさ。効果はてきめんだ! 麻痺と電撃ダメージ! 簡単だけれど流石僕の発明」
これは直弥が、伊藤に敗北してから思いついた最初の品だ。
自分の攻撃の無力さと、飛距離のなさを補うために急遽作り上げた使い捨ての武器。
直弥は怪しい笑みを浮かべながら、倒れて動けないお面の巫女を、電撃を付与したメイスで叩き殺した。
一見すると無防備な女性を襲う変態だが、相手はモンスターだ、遠慮はいらない。
次々とくるお面の巫女と蜘蛛鎧武者の大群に、直弥の発明品を投げつける。
すると、発明品が割れて出てくる中身の液体は、個体だけじゃなく集団にもかかった。
その結果、範囲攻撃になり、多くの敵を封じる事が出来た。
「すごい! すごい! 敵が多ければ、多いほど効果が期待できるぞ! こんな素晴らしい武器には名前をつけなければ!」
倒れている敵を殴りながら、自分の発明に酔いしれ、涎をたらしながら叫ぶ直弥。
こんな変態に倒されるモンスターは、どんな気持ちなのかは殴り殺されるモンスター以外には分からない。
「そうだ、麻痺雷弾にしよう! お~い、ヴィクター君、こっちはきもちぃ~よ~~」
声をかけられたヴィクターは、顔を引きつらせながらも、デバフが徐々に解けていくのが分かった。
素直にありがとうと言えないのは、自分が悪いわけじゃない。
あいつの変態が悪いのだとヴィクターは自分に言い聞かせた。
それ以上でもそれ以下でもないのだ。
ヴィクターは気を取り直して屍神主と向き合う。
今まではデバフがきつすぎて、攻撃をするどころか防御に必死だった。
さらに魔力も上手く高める事が出来なかった。
しかし、直弥がお面の巫女を蹂躙している今は違う。
「ここで決める!」
ヴィクターは刀身に渾身の力を込める。
刀身が白く発光し、その場で斬撃を振る。
白熱した斬撃だけが高速で屍神主へ向かっていく。
屍神主はそれを横に飛び避けたが、ヴィクターが斬撃を追うように接近していた。
ヴィクターは、回避した直後の無防備な屍神主の股から上へ飛び上がりながら斬りつける。
ヴィクターは、屍神主の脳天まで刀を貫通させて切り裂いたが、そのまま飛び上がり空中で回転。
天井を足場にする。
次に天井を思いっきり踏み込み、再び屍神主を上から真っ二つに切り裂く。
一連の動作は、床に思いっ切り叩きつけたピンポン玉のように、瞬きをする時間の中で行われた。
着地したヴィクターは、そこから油断なく左右に連撃をくらわし、屍神主が煙となり、ドロップ品を落とすまで斬撃を続けた。
屍神主を倒したヴィクターは、直弥が怪しい笑みで倒し続けているモンスターの掃討戦に加勢し、一気にその場にいたモンスターを殲滅した。
ヴィクターは直弥を見て、心の中で「お巡りさん、こいつです」と思いながらモンスターを倒した。
「おわったな」
「うん、意外とどちらも無傷で大して疲弊していないね」
ヴィクターの問いかけに直弥は笑顔で返した。
ヴィクターは、なんだかんだ無傷で余裕の完勝が出来たのは、こいつのおかげなんだと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます