蒼の牢獄⑥-5

同じころ、都内某所にある国家戦略情報局こっかせんりゃくじょうほうきょくの建物の奥に、牢獄のような部屋があった。


一人の男が血まみれで椅子に縛り付けられている。


その対面に立つのは、伊藤 健樹いとう けんきだ。


「貴方のような、国会議員が影縫い組と繋がって、ダンジョンの資源を横流ししていたとは驚きましたよ」


そう、これは相手が善良そうに見えたからではなく、無能だったから影縫い組かげぬいぐみとの取引のような大きな事は出来ないと考えていたからだ。


贅に堕落し肥えて弛みきった腹だ。


脂がにじみでている皮膚。


どのような生活をしているかは明かだ。


調査もしてある。


酒池肉林。


報告書を見ただけで吐き気がする。


「さて、いい加減に貴方の背後にいる人物や組織を教えてくれませんかね? 話し合うのも疲れてきましたよ」


伊藤は溜息を吐きながら拳を握る。


あたりに血が飛び散り、折れた歯が散乱していることから、どのような話し合い(物理)が行われたかは想像するに容易い。


その言葉を聞いて、肥え太った男はブルリと体を震わせ、隙間の空いた歯を見せて口を開く。


「な、なぜこんなことをする? 先祖から国会議員として働いてきた俺が多少いい思いをするのは当然だろう?」


「はぁ、この期に及んでそのような事を喋るのですか? 殺さないように話し合うのは大変なのですけれどね」


「ま、待て! 金か? 女か? 俺が優遇するから! こんなことをしてもお前の生活は良くならないぞ」


伊藤は頭を抱える。


この対峙している男は、どれだけ甘い汁を吸えるかが人生の全てで、伊藤もおなじような汁を吸わせればコントロールできると思っている。


どこまでも低俗で汚いゴミだと伊藤は思った。


「力があるものは、責任を伴う。その力を自己の欲の為だけに使えば、必ず災厄となって帰ってきます。金で私の信念は買えない」


自然と冷たく低い声が出る。


「答えられないなら、今度は貴方の爪の間に聞いてみましょう」


伊藤はそう言って、長い針を取り出す。


針の先端が薄暗い部屋の中で怪しく光る。


「人間の爪と皮膚の間には痛覚神経が密集しています。そこにこれを刺してほじくると、あなたも話したくなるかもしれません」


無理やり男の手を開かせて、机の上に置く。


そして、指先に少しづつ針の先端が近づいていく。


男の呼吸音が徐々に荒く、加速していく。


「指は十本、いや、足も合わせると二十本あります。全てがダメになる前に話してくれることを」


「待て、アストラルティス帝国! アストラルティス帝国だ!」


男が針を刺す前に叫びだした。


刺す前に自白するなど、やはり根性も何もない。


ただの欲にまみれた醜い豚だと伊藤は見下した。


それなら最初から自白してくれれば楽だったのにとも思うが、今は手間が省けたことに感謝しよう。


「アストラルティス帝国? 何ですかそれは?」


「巨大な帝国らしい! ダンジョンが地球に発生してから日本にスパイを送り出し始めたと聞いている。その規模は財務省、政治家、経団連等かなり幅広い。政府はほぼ奴らの傀儡となりかけている。お前も紋章を見ただろう!」


伊藤は頭を抱えた。


まさか大規模に浸透されているのか?


想定よりもスパイの手のひらが広がっている……。


これは自分や国家戦略情報局だけでは手に負えないかもしれない。


そもそも帝国とは? それに、模様はあの魔炎精まえんせいや月面基地に描いてあった、フェニックスと盾の模様の事か? あれが帝国の紋章?


「その、アストラルティス帝国とは、どこにあるのですか? それとも組織」


「く、詳しくはしらない。ただ、国だということしか……うぐ!?」


男が自白している途中に、その体が発光し、口から泡を吹きだして意識を失った。


何らかの魔法が男に施されていて、それが発動したようだ。


伊藤は生死を確かめたが、既に心臓、脈は止まっていて絶命していた。


「これは、御前会議を開いて各部署と協力しないといけませんね」


部屋を出て、部下に死体や部屋の片付けと検死を命じて頭をフル回転させる。


自分は、いや、自分の家系は国家戦略情報局という以前に、宮内庁の一員として影から国をサポートしていた。


その仲間や伝手を全て使う時なのかもしれない。


「この国は、現在進行形で他国からの攻撃を受けています。早急に無理してでも対処しなければ」


伊藤はそう呟き、作戦を練るために自分の部屋へと向かっていった。




一週間ほど経過した後、直弥は恐る恐るヴィクターの家へ向かった。


落ち込んでいるのか? 復讐の目的はどうなったのか? と疑問に感じながら早朝に家を訪ねた。


「フン! やぁ!」


そこにはいつも通りに朝練をしているヴィクターがいた。


邪魔してはまずいので、直弥は家の中に入っていた。


ヴィクターは、剣を振りながら考えていた。


必ず復讐を果たすという信念には揺るぎはない。


両親が死んだとされる場面でも、鷹村の話は決定的な死を誰も目撃していない。


なので、本当にモンスターに殺されたのか、何か人為的な事が起こったのかは分からないからだ。


伊藤 健樹いとう けんきが話していたスパイの話もある。


伊藤は、国家戦略情報局の人物だから、嘘をついているとは思えない。


代わりに、鷹村の話は真偽が不明だ。


ならば何時もの通り力をつけて全てを叩き潰す! ただそれだけだ。


仇がダンジョンなのか、何かしらの人物なのかは関係ない。


全てを己の力で斬り倒す。


変わらない強い決心を持ち続けていると思っているヴィクターだが、もはや以前よりも復讐の気持ちが強くなり、影縫い組の事も忘れている事に気付いていない。


「お邪魔しているよ」


部屋に入ると相変わらず勝手に朝食を食べている直弥がいた。


「あぁ、今日から探索再開だったな。スーツの修理は終わったのか?」


「とっくにね」


直弥は、どうやら探索には問題ないようだねと続け、以前入手した焔羽石について話し出した。


調査の結果、炎と風の属性を持っている事が分かった。


炎の攻撃を強化でき、風の属性の能力もあり、装備の軽量化や速度上昇、短時間の浮遊や空中移動なども研究が進めば出来るようだ。


直弥が持ってきた防具は、前回の物と変わらない物だった。


強化版はまだ開発中という事だった。


特にその後深く話をすることはなかったので、ダンジョンへ向かった。


その日は以前苦戦した焔天狗が簡単に倒せるようになるまで戦った。


最初の方は苦戦はしたものの、倒し方を分かっているのと、直弥が麻痺雷弾まひらいだんを改良した事でかなり楽に倒せるようになった。


直弥は、麻痺雷弾まひらいだんを先端の尖ったライフル弾のような形状に変更した。


また、焔羽石を使ったスリングショット(パチンコ)のようなY字の発射装置をつくっていた。


これにより、尖った麻痺雷弾を高速で発射できるようになった。


そして、尖った麻痺雷弾は相手に命中すると、刺さって内部に入り込み、中で破裂する。


そして、内側から麻痺液と電撃をくらわせる凶悪なものに変化した。


さらに、このスリングショットは、焔羽石を使っているので、発射する麻痺雷弾を風の力で速度を速め、回転させて真っすぐ飛ばすという効果を与えている。


そして、弾の表面には炎の付与もつけて攻撃力を上げるというおまけつきだった。


直弥はこの武器を焔雷弓えんらいきゅうと名付けていた。


勿論、前のように麻痺雷弾を手で投げて手りゅう弾のようにも使える。


焔天狗ほむらてんぐというボスに挑む探索者はほぼおらず、二人でボス部屋を行ったり来たりして何度も戦い、進化を重ねて余裕が出てきてその日は解散した。


ここまで順調にやれたのは、鷹村がいた時は実力を全て見せないように、分身、影幻影かげげんえい等の技を見せないようにしていた。


それが無くなり、何も気にせずに戦えるようになった要因も大きい。


次の日からは、地下十一階へ降りていった。


この階で出現するのは、小鬼らしい。


地下十一階の内部は、天狗の部屋と打って変わって、岩が目立つ山だった。


慎重に警戒しながら進むと、遠くの方で気配を感じた。


ヴィクターと直弥は自ら近づいてみると、そこに新しいモンスターがいた。


身長は、160cm位の筋肉質な角の生えたモンスターだ。


肌の色は青で、腰には虎の毛皮を巻いている。


牙や爪、目が鋭い。


名前の通りの小鬼だ。


手には刺のついた金棒を持っている。


ヴィクターは気配を探るが、あまり強そうには感じなかった。


油断をしている訳ではないが、とりあえず突撃して刀で撃ち合ってみる。


急接近したヴィクターの上からの打ち下ろしに対して、小鬼は数テンポ遅れながらもなんとか金棒で防御した。


しかし、無理に動いたせいで体勢が崩れてしまっている。


そして、打刀から感じる相手の力も弱い。


ヴィクターは、そのまま打刀で棍棒をはじき飛ばし、無防備な小鬼の首や体に神速の斬撃をくらわせた。


倒れこむ小鬼に次はどういう行動をするのかと、注意深く見ていたら、そのまま実体が無くなり、大きな魔石を二つドロップして消えてしまった。


「全く手ごたえが無かったぞ。地下十一階はこんなレベルか……」


その後もヴィクターと直弥は、小鬼をこの階層で倒し続けた。


直弥の方も、焔雷弓を使った攻撃が小鬼たちに猛威を振るい、楽に倒せていった。


二人は小鬼が弱いと思い拍子抜けしていたが、焔天狗を何度も倒すような探索者は、この二人以外に存在しない。


それもたった二人だけでだ。


普通は、十人程度で戦う所をチームが少ない分、大量の経験値的な物を二人で吸収し、ありえない位に自分達が強化されている事に気付いていなかった。

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