蒼の牢獄⑥-6
二人はあっという間に地下十一階の探索を終えて、下に続く階段を見つけた。
ここの階層はあまりにも手ごたえが無いので、二人は下の階へと降りていった。
出てくるモンスターも色違いで同じ能力の小鬼だけだったし。
降りた先の地形は、変わらず岩山だった。
下の階でもあまり手ごたえの違いは無かった。
出てくるモンスターは、小鬼とこれまで戦ってきた、
ハイペースで探索を続けていたら、前方から金属がぶつかり合う音と、人の喧噪が聞こえてきた。
「速く、
「やっているけど、攻撃が当たらないのです!」
見てみると、女性の探索者たちの集団が、モンスター達に囲まれている。劣勢のようだ。
「ヴィクター君、どうする?」
「ふん、このままだと通行の邪魔だ」
どんなに冷酷で復讐や力の事しか考えていないヴィクターでも、目の前で死なれるのには抵抗があり、抜刀しながら突撃していった。
一人の遠距離魔法が得意な女性探索者は、なんとか屍神主に狙いを定め、魔法を放つという事をしていた。
しかし、屍神主やお面の巫女によって、動作が遅くさせられ、さらに疲労感も与えられ、集中力が定まらず、どうしても命中させる事が出来ないでいた。
前衛職のリーダーや他の人が、何とか蜘蛛鎧武者や小鬼たちを抑えているが、その圧倒的な力強さに、押されてしまっている。
同じ見た目のモンスターでも、階層が下になればなるほど、力やスピードが上がっている事を痛感する。
このままでは危険だ。そう思った時、後ろから、生ぬるい液体がバシャリと背中にかかった。
瞬時に体が硬直し、動かなくなる。
「まずい! 恵!」
リーダーの声が遠のいて聞こえる。
それと同時に、倒れながら視界に
終わった。そう思った時に、世界に格子状の線が入った。
そして、モンスター達が全てバラバラと崩れ落ちた。
「全く、この程度の雑魚に手間取るなら、この階層に来るべきでない」
ヴィクターは、一瞬で全てのモンスターを切り捨て、打刀を鞘に入れながら呟いた。
ヘルメットごしに周囲をギロリと見回す。
多少の怪我や麻痺状態になっている人もいるが、全て命には問題なさそうだ。
モンスターを倒したのは自分だが、ドロップアイテムで揉めて対立すると面倒なのでその場から去ろうとする。
丁度直弥も合流してきた。
幸い金には困っていないし。
「あ、ありがとう。失礼だが、君は誰なのか?」
ヴィクターが立ち去る前に、声をかけられた。
振り返ってみると、身長が一七〇センチいかない位の黒髪ショートボブの女性がいた。
年齢は、二十代前半くらいに見える。
目鼻がはっきりしていて、深い青い目をしたクールな印象の美人だ。
その瞳が一瞬ハッ! と大きく開いてどこか恥ずかし気に口を開く。
「す、すまない。興奮して失礼をしてしまった。名を尋ねるなら、自分からだな」
そう言って彼女は背筋を正した。
「私は、
「そうか。
特に隠す必要のないヴィクターは、それだけ言って立ち去ろうとする。
「本坂 ヴィクター?
どうやら影縫い組を壊滅させたニュースは、思ったより広く広まっているようだ。
「嘘をつく必要はない」
そう言ってヴィクターがヘルメットを外すと、息を飲む声が周囲からした。
「ど、どうやら本物のようだな。改めて助けてくれてありがとう。それと、
夕凪と名乗った美女は、どこか頬が赤らんでいるような気がしたが、ヴィクターも直弥も気が付かない。
「そうか」
再びヘルメットをかぶったヴィクターは、そう言って再びその場を去ろうとする。
「まっ、待ってくれ! このドロップアイテムはどうするんだ。私たちが倒したんじゃないぞ」
「いらん。金には困っていない。好きにしろ」
そこで一度歩くのをやめて、ヘルメットごしにギロリと睨む。
「あぁ、一つ忠告だ。身の丈に合った探索をしろ。じゃないと死ぬぞ」
その言葉を残して立ち去ろうとしたが、すぐに呼び止められる。
「待ってくれ!」
「なんだ? これ以上話す事は、無いはずだが」
ヴィクターにそう言われた彼女は、一度下を向いて口をギュッとつむった後、何か意を決したような強い瞳でヴィクターを見た。
「私達を鍛えてくれ! 今見た君の実力なら、地下十五階を超えられる力まで私達を鍛えられるはずだ」
突拍子もない提案に、一瞬ヴィクターは目を見開いた。
周りの他の女性探索者も黄色い声で騒いでいる。
きっと有名な私達の、紅蓮の盾の頼みなら引き受けてくれるとか、夕凪様の美貌なら、ヴィクター君も断るはずがない等と勝手に騒いでいた。
ヴィクターは、顔が隠れているのを良いことに思いっきりいやな顔を作って言い放った。
「断る。メリットが無い」
一瞬で周囲の空気が重くなり、冷たくなる。
「それに、先ほど言った通りこの階層はお前達には分不相応だ。相応の力を付けろ。そして、俺は立ち止まる事は出来ない」
そう言って再び足を前に動かし始める。
直弥も「ごめんね!」と言いながらヴィクターの後をついていこうとするだが、夕凪と言う女性は諦めなかった。
「待ってくれ! どうしても必要なんだ。私達は孤児院出身者が多くいて、私たち自身も、施設にもお金がいる!」
ダンジョンが震えるような必死の叫びが周囲に響く。
それでも、復讐に囚われたヴィクターは歩みを止めない。
「それに、私の両親は、私が十二歳の頃に地下十五階のボスに倒されたと聞いている。その復讐がどうしてもしたい! 力が必要なんだ」
「復讐か……」
その言葉と共にヴィクターは、ピタリと足を止めた。
「勝手についてくるのは構わん。だが、手取り足取り教える事はせん。見て盗め」
ヴィクターはそう言って足を進めだした。
夕凪は一瞬口を開け呆けたが、すぐに気を取り直して周囲の女性探索者に声をかけてヴィクターについていくように指示を出した。
彼女たちは知らない、これから地獄の無限ダンジョンマラソンが始まる事を……。
「駄目だ! やられる!」
暫くして、女性探索者達は、また窮地に立たされていた。
時間の無駄だからとダンジョンで走りながら探索をしているヴィクター達になんとかついていこうとしたが、体力の限界を迎えて遅れ、逸れてしまった。
皆の体力が尽きた時に再びモンスターに囲まれて、危機に陥っている。
この階層のモンスターには、元々対応できなかったのに、疲労の限界を迎えている所で囲まれたら死ぬしかない。
夕凪は、クレイモア(西洋の大剣)に似た武器を振り、周りを鼓舞するがどうしても勝てない。
万事休すと思ったが、その時再び視界に閃光がはしり、モンスター達に剣線が走り全てが地面に崩れ降りた。
「全く、追従する事も出来んのか」
「す、すまない。また助けてもらって」
眼前に急に現れたヴィクターは、鞘に打刀を治めながら毒づいた。
ヘルメットに隠れているが、溜息をついているのが分かる。
「助けたのじゃない。帰り道に邪魔だったから倒しただけだ。それに、帰宅時に死体が転がっているのは、気分が悪い」
これは本心だった。
いくら冷酷なヴィクターでも、自分に敵対していなく、罪を犯していない顔見知りの人物の死体が転がっているのは不快に感じる。
それ位の人情の残りかすは存在していた。
「そ、そうか。それより、帰るとは、探索を切り上げるのか?」
夕凪はその言葉を聞いて、再び驚かされた。
自分達には理解しえない行動を聞いた。
「普通のダンジョン探索は、地下四階あたりから泊まり込みで探索をしている。それなのに、もしかしてお前達は日帰りで探索をしていたのか?」
駆け寄ってきた直弥とヴィクターは目を合わせて頷く。
「あぁ、他の普通は知らん。興味もない。俺達はこれでやってきた。大体、ダンジョンで寝泊りなど危険だし、回復の効率も悪い。駆け抜けて探索して、家に帰って休んだ方が効率的だ」
それを聞いた夕凪は、口を大きく開いてパクパクした後に、何とか声を出しはじめる。
「た、確かにそうだが、警戒しながら探索していたら、どうしても先に進むのに時間がかかる。一々引き返していたら、稼げないし、探索も進まない。そもそも、そんなに一日中走り回る体力もない」
夕凪は信じられない物を見たと思った。
自分達とは、まるで違う。
そして、自分の言葉と態度を見たヴィクターは、ヘルメット越しで分かりにくいが明らかに不機嫌さを加速させた。
今度は、同行を断られるかもと思考がよぎった。
それはそうだろう。
ヴィクター達からすれば、自分達、紅蓮の盾が同行するメリットはない。
明らかに力不足の自分達が断られても文句は言えない。
置いていかれるのも覚悟したが、帰ってきた言葉は別の物だった。
「明日から、追従できるくらいには鍛える」
「えっ?」
夕凪は、鳩が豆鉄砲を喰らったような表情になった。
何も言えないでいると、直弥が肘でヴィクターの横腹を突き出した。
「ヴィクター君も綺麗なお姉さんには優しいのかな? 冷たい男のようでやっぱり、年頃の男子なのかな?」
ヴィクターは、ウリウリと小腹を突く直弥の肘を叩き落とす。
「黙れ。単純に帰り道に死体が転がっているのが気に食わんだけだ。明日は、早朝から地下十一階に集合しろ」
直弥もそれで良いなと言って、ヴィクターは出口に向かって足を進めた。
夕凪や他の女性探索者たちも、急いでそれに追従を始めた。
その速度が、追いつける程度に下げられている事に直弥と夕凪は気付いていた。
なんとか紅蓮の盾のメンバーは、ヴィクターと直弥に着いていき、日が沈む前にダンジョンから出る事が出来た。
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