蒼の牢獄⑥-7

なんとか紅蓮の盾ぐれんのたてのメンバーは、ヴィクターと直弥に着いていき、日が沈む前にダンジョンから出ることができた。


そして、翌日の早朝、地下十一階の入り口で待っているとヴィクターと直弥が上から降りてきた。


「もう来ていたか……」


「あぁ、教えられる私たちが待たせるわけにはいかないからな」


それを聞いたヴィクターは、そこには反応せずに話を続ける。


「鍛えると言っても、あくまで俺たちの探索に追従できる程度にすることだけだ。とりあえずお前たちの探索、戦い方を見せてみろ」


言われたとおりに紅蓮の盾ぐれんのたてのメンバーは、夕凪ゆうなぎを先頭に慎重に探索を始めた。


ゆっくり周囲を警戒しながら進む。


しばらくすると、小鬼を見つけた。


「魔法使い、頼む!」


夕凪の言葉と共に、小鬼に四人ほどの魔法主体のメンバーが魔法を発射する。


絶え間なく連射されたそれは、何発か外れながらも小鬼に命中していった。


しかし、倒すまではいかずにどんどん小鬼が接近してくる。


「来るぞ! みんな準備だ」


夕凪が大剣を構えて魔力を高め突撃をする。


黒のショートボブがハラハラとなびいている。


小鬼も突撃に気付いていて棍棒を振り下ろす。


それを夕凪が受けて鍔迫り合いの状態になる。


そこで他のメンバーが駆けつけて、夕凪に気を取られている小鬼を囲み、それぞれが攻撃して倒した。


「ど、どうだ? 私たちもそれなりに戦えるだろう!」


夕凪が顔の汗の雫を弾かせながら、後方で見物していたヴィクターを振り返った。


その表情は笑顔で、どこか自信が溢れている。


他のメンバーも同じような表情だ。


「遅い。弱い。無駄が多い」


しかし、帰ってきた言葉は辛辣で、無慈悲だった。


ヴィクターはあくまで淡々と彼の基準で考える問題点を述べていく。


「まず、魔法使いの魔法発射速度が遅く、精度も悪い。そして、全員攻撃力が乏しい。よくこの状態で下の階へ降りていったな」


あまりにも言いたい放題で、普通なら紅蓮の盾のメンバーも怒るのだが、なまじヴィクターや直弥の実力を見ていて、しかも助けてもらっているので何も言い返せない。


「な、ならどうすれば良い?」


夕凪がヴィクターに必死の表情で尋ねる。


解決策を教えてほしい。


今まで必死にやってきた。


彼女は、自分たちが初心者の頃に経験した困難を思い出していた。


当時、先輩探索者からの誘いで危険な目に遭ったこともあり、女性だけでも安心して活動できるグループを作りたいと思うようになった。


復讐以外にも目標がその時にできた。


それが、紅蓮の盾だ。


今ではかなりの形になったと思うが、まだ孤児院やメンバー全員のことを考えると稼ぎが足りない。


より力が必要だと思っている。


答えを求めていると、ヴィクターは不意に別の方向へ視線を変えた。


そこには新たな小鬼がやってきていた。


「こうやるんだ」


そう言って一瞬で姿を消したヴィクター。


気が付いたときには、首の斬れた小鬼がいて、その後方でヴィクターが刀を抜いていた。


超神速で接近し、首を切断したのだ。


「それが出来れば苦労しない!」


さすがに無茶苦茶だと思った夕凪は、声を荒げて抗議する。


しかし、ヴィクターの方は全く雰囲気を変えずに言葉を続ける。


「最初からやれとは言ってない。そもそもお前たちに俺と同じ動きは出来ん」


「それが分かっているのなら」


「俺は単純に一人、もしくは二人でモンスターを撃退できる位に進化を重ねろと言っている」


なるほどと思いつつも、それが出来る階層では稼げない。


そして、この階層では死んでしまう。


それが出来るようになるまで一から鍛えなおすのが正しいのだろうが、時間がかかってしまう。


その間に皆の資金が無くなってしまう。


やはりその提案は飲めないと言おうとしたが、ここでも夕凪は不意を突かれてしまう。


「それが出来るようになるまで、直弥が手伝う」


「えっ!? また僕?」


「あぁ、お前の焔雷弓えんらいきゅう麻痺雷弾まひらいだんであれば、相手を無力化して弱い相手でも進化させることが出来るだろう」


「まぁ」


「それに、俺とは違う一般人の戦闘データを取れる」


「分かったよ。やるよ」


期待していなかったが、この階層で効率の良い進化を手助けしてくれるようだ。


「あ、ありがとう。恩に着る!」


「同行させるのは約束だからな。お前たちのペースに合わせていたら先に進めん。それに手伝うのは直弥だ。俺は手伝わん」


その言葉を聞いて直弥は、あはははと乾いた笑みを浮かべていた。


それから一週間ほどヴィクターたちは、地下十一階で活動していた。


基本的に直弥が焔雷弓を使って、小鬼の内部に喰らわせた麻痺雷弾で相手を無力化する。


それを紅蓮の盾のメンバーが少人数で倒して進化を重ねていった。


それと同時に直弥は、彼女たちの魔力や筋力を測定して、自分たち以外の探索者の戦力を確認していった。


その間ヴィクターは、ゆっくりとした動作で打刀で素振りと、格闘練習をしていた。


その姿は無駄を全てそぎ落とした演武のようで、努力を莫大な時間積み上げてきた証だと誰もが思い、一つの芸術に昇華されていた。


戦っていない紅蓮の盾のメンバーは、その姿を食い入るように見ていた。


全員がヴィクターたちに同行できる位の実力が出来たと感じたころにヴィクターは口を開いた。


「そろそろ下の階へ行って攻略を開始する。来たければ勝手にしろ」


「その、ありがとう」


夕凪はヴィクターに頭を下げた。


「俺は何もしていない」


「いや、君は私たちに見えるように剣や格闘の動きをずっと近くでしていたじゃないか」


そう言われるとヴィクターは、そっぽを向いて先に進みだす。


「暇だから鍛錬していただけだ。勘違いするな」


その言葉を聞いた夕凪や直弥はクスリと笑う。


「それに、私たちが戦っている時に新手が来た時も対処してくれていた」


「暇だったからだ。置いていくぞ」


それからヴィクターと直弥は有無を言わさず自分たちのスピードでダンジョンを探索し始めた。


ヴィクターと直弥は、焔天狗との戦いで力をつけ過ぎたのか、その後の階層でもモンスターが全く相手にならずに一気に地下十五階まで来てしまった。


この間三日ほどしか経っていない。


夕凪をはじめとした紅蓮の盾のメンバーは、何とか二人の探索速度についてくることが出来た。


これは、ヴィクターと直弥が全てのモンスターを倒すので、戦闘をしなくて済んだのも要因だった。


代わり映えのしない洞窟ダンジョンで、全く同じ行動でここまで来れた。


「この階では、ボス、赫牛鬼かくぎゅうきというモンスターが出てくるようだ。確かお前の因縁だったな」


「そうだな」


短く答えた夕凪の表情をヴィクターは見てみた。


そこに何かの感情を読み取ることは出来なかったが、言葉には強い力が宿っているような気がした。


そんな時に、背筋が凍るような錯覚と共に前方から男の声をかけられた。


「おーい」


洞窟の曲がり角から、神崎 明かんざき あきらがやってきた。


困ったことがあると何でも聞いて良いと言っていた明治神宮ダンジョンのベテラン探索者だ。


「すごいねー! この前まで初心者だったのに、もうここまで来たんだねヴィクター君。それに、紅蓮の盾のメンバーも停滞していたようだけれど、乗り越えられたみたいだね」


神崎は、手を振りながら人当たりの良い笑みを浮かべてこちらに向かってくる。


「俺たちが、紅蓮の盾と行動しているのは驚かないのだな」


ヴィクターは冷たい言葉でぶっきらぼうに尋ねる。


紅蓮の盾のメンバーは、なぜかヴィクターと直弥の後ろで警戒している。


「いやー、それは噂になっているからね。どちらも有名なので、一緒に行動していれば、ギルドで目立つからね」


神崎は警戒している紅蓮の盾を見てもヘラヘラと笑いながら近づいてきた。


「それより、鷹村 博文たかむら ひろふみの監視は終わったのかい?」


「あぁ。だが、なぜそれも知っている?」


「それも簡単!」


神崎はオーバーリアクション気味に両手を広げながら答える。


「だって、影縫い組かげぬいぐみを倒して有名になったヴィクター君だよ。君が思ってるより皆見ているし、あの事件の事後処理でギルドがどう動くかは簡単に予測できる」


だって、僕は長いからね、とウインクしながら答える神崎に背筋がゾワゾワとする。


ムカデでも背中を這っているようだ。


「ただ、個人的には気になっていたんだよね。鷹村が君を監視していたことに」


「何が?」


「僕は、鷹村 博文とほぼ同期なんだ。当然、君の両親がダンジョンで失踪した事件も知っている」


その言葉を聞いて周囲の温度が下がったような気がした。


ヴィクターから殺気のような魔力が溢れ、ヘルメットごしに冷たい瞳で神崎を睨んでいるのが分かる。


だが、神崎はそれを気にせずに話を続ける。


「おかしいと思わないかい? 大した力もないくせに君の両親と駆け出しの彼が一緒に探索して、彼だけ生き残った。今でも生き延びている」


確かにヴィクターもそんな疑問を感じていた。


「それに、あの程度の力でギルドで実力者扱いされている。そのくせ影縫い組の問題でも役に立たなかった。いや、放置していたのかもしれない」


その言葉と共にヴィクターの胸の中にある疑念と怒りの黒い渦が大きくなっているように感じる。


伊藤 健樹いとう けんきが言っていた、スパイという文字が頭を横切る。


「彼には気を付けるんだ。まぁ、僕も後ろの女性陣に警戒されているみたいなので、ここでオサラバするよ」


そう言って神崎は、腕を振りダンジョンの階段を登って行った。


それを見届けたヴィクターは、「フゥ」と深い息を吐いた。


それと同時に周囲にあふれていた殺気も霧散する。


「大丈夫かい?」


心配した直弥と夕凪が声をかける。


「問題ない。それよりもなぜお前たちは、あの男を警戒している」


必要以上とも思える紅蓮の盾の神崎に対する対応に、疑問を感じて尋ねてみた。


「それは、私たち、紅蓮の盾の成り立ちから考えて分からないか?」


「知らん」


「わ、私たちは結構有名だと思っていたんだがな……。まぁ、他に神崎自身にも理由があるが」


少し驚いた様子を見せた夕凪は、ヴィクターと直弥に自分たちの成り立ちを教えた。


駆け出しの頃に男性探索者に襲われて、怖い思いをして、女性だけでも安心して稼げるグループを作ったこと。


自分たちのほかに、初心者用のグループも存在していて、彼女たちも別動隊として今も地下一~三階で活動して、グループに入りたての初心者を鍛えている。


その活動が評価され、ギルドでも有名になり、雑誌やメディアで取り上げられることもあった。


それは夕凪の見た目が美しかったこともあるのだが、多くは活動を正当に評価していた。


ただし、ヴィクターと直弥は、それぞれ自分の力と復讐、研究にしか興味がないので、全くその存在を知らなかったし、知ろうともしなかった。


とにかく、その成り立ちから元々男性を警戒している集団だったが、有名になったころによく神崎が話しかけるようになってきた。


初心者組にも話しかけていると聞いている。


自分の仲間になれば、もっと稼げて強くなれる。


仲間や孤児院の面倒も見てあげられるようになる等だ。


「まぁ、ただの軽薄な男のナンパだと思うが、単純に気持ち悪い」


その夕凪の言葉に多くの紅蓮の盾のメンバーが頷いていた。


「だが、それだとなぜ俺たちを警戒せずに、同行や指導を申し出た?」


俺たちも男で、ましてお前たちよりも力が強く危険ではないか? とヴィクターは続けて問いかけた。


「それは簡単だ。お前たちは全く私たちに興味を示さなかった。少しはショックを受ける位に」


夕凪がガックリと肩を落として答える。


その姿を見て直弥とヴィクターはお互い顔を見合わせて肩をすくめた。


「むしろ邪魔者扱いしていたし、話しても復讐や力、研究のことしか頭にない。こんな奴らに下心があると思う人間はいないだろう」


「この変態と一緒にするな!」


直弥と同じレベルと言われて不快感を表すヴィクターと喜ぶ直弥。


紅蓮の盾のメンバーから見たらどっちもぶっ飛んで危ない奴だが、妙な安心感があった。


だがその後、明らかに不機嫌になったヴィクターが探索速度を上げて、紅蓮の盾のメンバーは、悲鳴も上げられない位に必死にならなければいけなかった。


「ボス部屋か……」


暫く探索すると大きな広間と木製の巨大な扉があるエリアにたどり着いた。


いつもの通りのボス部屋の前の空間だ。

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