蒼の牢獄⑦-12
今まさにヴィクターがダンジョンコアに触れようとしたとき、洞窟の入り口から、高速で侵入してきてヴィクターを突き飛ばした。
「何をしているんですか! いい加減にしろ、本坂ヴィクター」
大声を出し、ヴィクターを突き飛ばしたのは、伊藤健樹だった。
いつもは余裕と笑みを浮かべている表情は、阿修羅のように怒りに染まり、鋭い視線でヴィクターを見ていた。
「そ、そいつを破壊すれば、俺の世界は元に戻る」
「馬鹿な事を言うな!」
這いつくばって声を絞り出したヴィクターに、伊藤はさらに怒声を上げた。
「元に戻る? あなたの事や両親は、調べてあります。だから多めに見ていましたけれど、いい加減に目を覚ましなさい!」
伊藤は力なく倒れているヴィクターの胸ぐらをつかみ、持ち上げる。
「あなたは、自分の怒りを優先して、探索者を見捨てた」
「俺は悪くない。弱い奴がいけないんだ」
ヴィクターが呟いた後に、バチンと音が響いた。伊藤がヴィクターの頬を平手打ちしていた。
ヴィクターは頬を叩かれ痛みを感じた。頬からではない。叩かれた事で心が揺さぶられ、胸の奥の痛覚が反応して痛かった。それが何故かは分からない。
「力ある者には責任がある。望む望まないとしても、その振るう力が周囲に影響を与えるからです。前にお伝えしましたよね?」
伊藤の静かながらも、溢れる怒りを感じる声がヴィクターの耳を貫く。
「だからどうした」
伊藤は、鼻を鳴らして冷たく言い放つヴィクターを、胸ぐらをつかんだまま睨みつける。
「ご両親はそれを理解し、周囲を助けていた。立派です。それを否定しているあなたが、どうして世界を戻せるというのですか?」
ヴィクターは何か言い返そうと思った。復讐の為に生きてきた。それだけを考えて生きてきた。そして、達成する事が出来た。
復讐を成し遂げ、何かが変わると思っていた。でも、現実は違った。むしろ自分が歩いた後には、大量の屍が転がる結果となっている。
その代償の果てに何があったのだろうか?
悲劇を大量生産したという現実が、今まで信じて積み重ねていた物を、崩落させていく。
そうして出来た空虚な心を、伊藤の言葉が埋めていく。
「
「あぁ、ここにたどり着く途中でも見かけた」
「死んでいましたよ」
伊藤が冷たく言い放ったその言葉は、周囲の温度を下げ洞窟内に木霊した。
「や、奴がいたから両親は死んだ。それに、あいつはスパイかもしれなかった……」
目を泳がせ、弱弱しく言葉を零すヴィクターの頬に、再び伊藤の平手打ちが叩きつけられた。
「まだ言いますか! あなたのご両親は、鷹村を生かすために戦った。見捨てた事により、貴方はそれを踏みにじったのです!」
ズンとその言葉は、ヴィクターの空虚な心に重りとして落ちてきた。
俺が両親の意思を踏みにじった? そ、そんなはずは無い、と否定しようと思った。だが、その根拠が見つからない。
俺は間違っていたのか?
「神崎はダンジョンの奥にいた。だから逃げ道は無かった。それなら、他の探索者が成長するまで、貴方が全員のフォローをすれば良かった。それをしなかったから、大勢死にましたよ! 自分の行動の結果を見なさい!」
空虚になり、復讐の炎が消えたおかげで、その言葉は何の抵抗もなくヴィクターの中へと入っていった。
思い返せば、そもそも両親は俺に復讐を望んでいたのだろうか?
俺が探索者になり、ダンジョンで戦うことを望んでいたのだろうか?
本当は、平和に生活する事を望んでいたのではないだろうか。
ダンジョン探索者になるにしても、他人を見捨てる事は望んでいなかったと思う。
俺は、俺は何をやっていたんだ……?
ヴィクターの顔面は蒼白になり、カタカタと震え出した。
皮肉にもヴィクターは、復讐を達成した事により空虚になり、冷静になる事が出来た。
そして、自分のしでかした事をやっと自覚しだした。
「お、俺は取り返しのつかない事をしてしまった……」
その言葉を聞いた伊藤は、ヴィクターを地面におろし大きく溜息を吐いた。そして、直弥とヴィクターに最低限の回復魔法をかける。
全力で回復魔法を使わないのは、ここに来るまでに、多くの探索者やギルド職員にその力を使っていたからだ。
伊藤も疲労困憊だった。
「気が付いたのなら、今更私が言う事はありません」
「お、俺はどうすれば良い……」
ヴィクターは、今までから信じられない程に弱弱しく項垂れている。
それを見た伊藤は、自分で考えろと怒鳴りつけたかった。
だが、伊藤の頭の中で、この状態のヴィクターをどう動かすのかの計画が瞬時に組み立てられる。
今この瞬間も、ヴィクターの脆さと精神的な隙間を徹底的に利用すべきだと、理性が囁いていた。
この憔悴しているヴィクターは上手く誘導して、行動をコントロール出来るんじゃないかと思いつく。
元々、アストラルティス帝国と彼の復讐を繋げて、今後の暴力革命の戦力として働いてもらう予定だった。
それに加え、今救いを求めるヴィクターには、贖罪として日本や世界を守り、アストラルティス帝国と戦う事を誘導できる。これを利用しない手はないと工作員の部分が囁いた。
伊藤は多少の罪悪感が芽生えたが、国家の為にその感情を冷たく切り捨てた。
国家や多くの人々の為には、この程度の犠牲は必要だ。仕方が無い事と言い聞かせる事で自分を納得させた。
「皆の為に力を使う事です。その方法や場所は、私が用意します。なので、これから私の指示に従い、手伝ってもらえれば、罪滅ぼしになるのでは無いでしょうか?」
「分かった」
焦燥している表情で頷くヴィクターを見ながら、伊藤は今後の事を考えた。
ふむ、この後の事を考えると、ヴィクター君と直弥君が、ダンジョンの奥底まで攻略し、スタンピードの発生を食い止めたという事にしましょう。
これを総務省の石黒にも協力してもらって、大々的に一般に広めましょう。英雄としての認知をさらに高めてもらいましょう。嘘はついていないので問題ないです。
そもそも、嘘だろうが誠だろうが、それが国家にとって有益なら関係ない。
この時、遠く離れている石黒は、何故か心臓が痛くなり、胸を抑えたことを誰も知らない。
伊藤は今後のプランをヴィクターと直弥に共有して、三人でダンジョンから出た。
その際に直弥は、神崎のパワードスーツと中の遺体、そしてダンジョンコアに接続されていた機械を、回収した。当然、伊藤の承諾を得ての行動だ。
ダンジョンから出たヴィクターと直弥は、怪我と疲労でボロボロだったため、医務室へ直行して入院する事になった。
伊藤は、そのまま各所に連絡して陣頭指揮にあたった。
ヴィクターは、自分がダンジョンの混乱を解決し、最初のダンジョン攻略者になったというニュースを見て複雑な気持ちになった。
英雄として自分は取り上げられているが、そんな良い物ではない。俺は只の罪人だ……。
この首を真綿で締められる罪悪感はどうすれば良い。
俺にできる事、今まで身に着けてやってきた事は、戦うための技術と力だ。
その力を我儘に使い、救えるはずの多くの人を絶望の淵から突き落とし見捨ててきた。
目を閉じれば、あの時見捨てた人々が、地獄の底から手を伸ばし助けを求めている姿が浮かんでくる。
俺は、俺から奪った奴等と同じように、どれだけ他人から奪ってきたんだ?
これが、自分の事だけを考えて力を使った罰なのか?
俺にできることは、戦う事だけだ。
それならば、この力を多くの人の為に使い、少しでも救える人を増やせたら薄れていくのだろうか……?
ヴィクターは、ベッドの中で震えながら一人罪の意識に苛まれていた。
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