蒼の牢獄⑦-11

「えっ!? ヴィクター君。う、うそでしょ?」


 直弥が異変に気付き振り返ると、そこには神崎がヴィクターに剣を突き刺し立っていた。


 剣を振り、ヴィクターが吹き飛ばされる。そして、剣を頭部から刃先を下に向けて構えた。古代西洋のオクスと言われた構え方に似ている。


 何だ、先ほどの神崎とは違う。装甲が動くたびに、甲冑が擦れるような金属音が響く。今までの動きは、パワードスーツの能力に依存した、力任せの動きだった。


 でも、今眼前にいるのは、歴戦の剣士のような洗練された動作と威圧感を醸し出している。そして何より、神崎の頭部の装甲の目にあたる部分が赤く発光している。


 まるで意思を感じない動作。いや、装甲そのものが何かの意思を反映して動いているように感じる。


 多分、パワードスーツが自動で動いているのじゃないか? 一言もしゃべっていないのが何よりの証拠じゃないか?


 直弥は持ち前の分析力で、真実にたどり着くが、だからと言って状況は改善しない。


 観察していたら、直弥の視界から音もなく忽然と姿を消す。


 直弥は、訳も分からず盾を突き出した。瞬間、頬に僅かな痛みが走る。


 なんと、神崎の剣は盾と直弥のヘルメットを貫通し、頬をかすっていた。


 直弥は荒い呼吸の中、相手を分析する。だが、出来ない。


 装甲が擦れる音を出しながらも、無駄のない動きで襲い掛かってくる。


 それは、無機質的で、相手を効率よく絶命させるためのシステムが組み込まれたプログラムのようだった。


 直弥の背筋を悪寒が襲い、冷や汗が額を伝って流れるのを感じた。


 攻撃の音すらなく、盾が貫かれた感触もなかった。


 これまでの敵とは次元が違う。自分と相手を隔てる盾が、紙切れのように頼りなく感じる。


 ダンジョン産の資源で作り、自分の技術で強化された盾を容易く貫くなんて信じられない。いつもならその結果に興奮して、研究しようとするが、今はそんな気は起きない。


 恐怖で顎が痙攣し、歯がカチカチとぶつかり嫌な音を鳴らす。


 一体何なんだ? でも今は、やるしかないんだ。盾に剣が突き刺さっているという事は、剣は使えないはず。盾を捩じって拘束してやる! と直弥が考えていたら、腹部が爆撃にあったような痛みが走り、吹き飛ばされる。


 神崎だった物は、剣が使えないと判断すると、即座に蹴りを放っていた。


 直弥は地面と平行に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。


「いい加減に寝てろ!」


 体勢を立て直したヴィクターが駆け寄ってきて、打撃を繰り出そうとしていた。刺された方の肩は、痛みが激しすぎて動かせない。


 片手の戦いだが、相手もダメージは蓄積しているはず。


 そう思って全力で拳を繰り出すも、フラリと最小限の動きでかわされる。そして、次元を切り裂くような神速の斬撃が帰ってくる。


 機械が最適化された動きで自分を狙ってくる。そこに言いようのない恐怖を感じた。


 神崎ではない何かが装甲を纏って、剣を振っている。そんな目には見えない何かをヴィクターは気持ち悪さとして感じていた。


 能力を発動していたヴィクターは側転して何とか回避したが、相手は勢いのまま拳を打ち込んできた。


 それが、カウンターのようにヴィクターの腹部に突き刺さった。


 突き刺さった場所から、生命を刈り取るような痛みが全身を走る。視界が白黒して、意識が何度も途切れる。


 追撃が来るからと何とか意識を保とうとする。


 が、側転の途中で天地が逆さになっているこの状態で、相手は頭部を思いっきり蹴ってきた。


 ヴィクターは風車のように回転しながら吹き飛ばされていった。


 神崎だった物が規則正しい足音でヴィクターに近づいてくる。


 意識を一時的に堕としていたヴィクターは、その音で覚醒した。再び立ち上がろうとするが、もはや動けない。呼吸するだけで精一杯といった所だ。


 ヴィクターのヘルメットはひび割れ、バイザー部分が蜘蛛の巣のような亀裂が入って周囲もほぼ見えない。


 ここまで来て、負けるのか? 急激に心臓が締め付けられたような感覚に陥る。痛みと疲労で遠ざかる意識を必死に繋ぎ止める。


 父と母の仇を討つんだ。こんなところで負けるわけにはいかない。


 体を動かそうとしているのに、全身が痛みで麻痺している。敵の攻撃が迫っているのに、自分の体が凍り付いた銅像のようだ。


 動け、動けよ俺の体。


 しかし、その闘志に反して、ヴィクターの体は脳の指令を拒否して、立ち上がる事が出来なかった。


 その時、足音がその場で止まり、爆音がした。


 かすかに見える視界で確認すると、神崎の破壊された胸の部分から、激しい煙が立ちスパーク音がしていた。


 生命そのものが吸い取られるように赤い目は光を徐々に失っていく。そしてその体は、糸が切れたマリオネットのように膝から地面に崩れ落ちた。


 最後の一息を吐くように、巨大なスパーク音がした後、完璧に動作を停止した。


 それでもヴィクターは安心できなかった。今まで似たような状況から、何度もこいつは立ち上がってきた。


 今までと違い、勝ったのか? 本当に? どうして? 何故かは分からないが、そうであってくれ。


 神崎の装甲から振動音が、その場で這いつくばっているヴィクターの鼓膜に響く。


 もう、無理だ。頼む!


 ヴィクターの願いが通じたのか、装甲が発する振動が徐々に小さくなり完全に静止した。


 不気味な静寂があたりを支配する。


 ヴィクターは大きく息を吐き、少しだけ安心する事が出来た。


 そこで意識が途切れてしまった。


 再び意識を取り戻すと、直弥がダンジョンコアに接続されている機械を取り外していた。


 ヴィクターは、気絶したおかげで少し回復したようだった。何とか立ち上がり、足を引きずりながら直弥の方へ近づく。


 ボロボロになったヘルメットは四次元バッグに収納した。


「あぁ、目を覚ましたんだね。といっても、気絶していたのは1、2分だと思うけど」


 直弥が作業をしているのを見ながら、あぁ、やはり勝てたんだと思った。


 しかし、何故だ?


 なぜ何も感じない。


 変化が無い。


 復讐は果たせたはずなのに、心は空虚のままだ。


 やっと成し遂げたはずなのに、心に満ちるはずの満足感と幸福はどこにある?


 父さん、母さん、俺は倒したぞ!


  二人を侮辱し、俺達の幸せを奪った奴は地獄に叩き落としたぞ!


 これまでその為に、日々修練を重ねてきた。その結果が空虚感とはどういうことだ?


 そうか、まだあいつが残っている。


 ヴィクターはダンジョンコアに視線を移す。


 神崎は倒した。けど、ダンジョンも両親を奪ったと言える。


 ならば、あのダンジョンコアを破壊すれば、俺の気持ちは救われるのではないか……?


 ヴィクターは、怪しい光を碧眼に灯しながら、幽鬼のようにダンジョンコアへ近づいていく。


「どうしたんだい? ヴィクター君。恐らくこのダンジョンコアは、ダンジョンを管理している物だから、迂闊に触れない方が良いよ」


 直弥が何か言っているが、無視する。足を引きずりながら、思いが口から洩れる。


「こいつを破壊すれば、俺の世界が元に戻る……」


 その言葉が耳に入った直弥は、ギョッとしてヴィクターを制止しようとする。


「ダメだ! ヴィクター君。ダンジョンコアを破壊したら何が起こるか分からない。それに、ダンジョンの資源は皆が生きていくのに必要だ!」


 直弥はヴィクターの腰にしがみついて制止しようとするが、押しのけられる。これだけ重傷を負ったヴィクターでも、力の差は依然として大きい。


 もはやうつろな瞳でダンジョンコアへ触れようとするヴィクターを直弥は声で制止するしかない。


「止めろ! ヴィクター君。今ダンジョンが崩壊したら、中にいる人達がどうなるか分からないよ」


 直弥は腕を伸ばして制止するが、その声も手も届かない。


 ダンジョンコアは動かずに、ただ濃密で粘度の高い魔力を薄っすらと漏らしている。


 中には予測のできない程の大きな魔力が蠢いているのが分かる。


 そして、そのクリスタルのような外見から放たれる輝きは、単に物理法則の光の反射だけではなく、魔法的な何かから放たれる光だ。


 またクリスタルからは、魔法具を使う時に発生するかすかな振動音が鳴っている。


 これは、ダンジョンコアはただの魔力の塊ではなく、魔法の術式が関係している証拠だ。


 こんな物を破壊した後に何が起こるのかは、誰にも分からない……。


 その不気味な光とエネルギー、振動が、ヴィクターの肌を刺し、内にある狂気を呼び起こそうとしていた。


 最後に両親がダンジョンに向かった日を思い出す。


 そうだ、あの日ダンジョンに両親が食われたと言っても過言ではない。俺の幸せの日々をダンジョンが飲み込んだのだ。


 豪快な父と優しく明るい母との、宝石のような日々。


 食事も同じものが出てきているのに、感じられる味が今とあの時では全く違う。


 毎日が笑いと幸せで包まれていた。


 ダンジョンさえ無ければ、その日々は続いていたんだ。こんなものが無ければ……。


 だったら破壊してやる。


 そうすれば、虚しいだけの生活から色と温かみを取り戻すことが出来るに違いない。


 手を伸ばしていくと、何か理性の残りかすのような物が内心をかすめた。


 しかし、小さなノイズのような迷いも、失われた両親との幸せな日々を取り戻すという思いがかき消していった。


 手のひらがコアに近づいていくと、肌にまとわりつくような生温い力が、自分の手を引き寄せているような気がした。


 その生暖かい力が自分を包み込み、不気味に脈打つ感覚が腕を伝って体中に広がった。


 今まさにヴィクターがダンジョンコアに触れようとしたとき、洞窟の入り口から、高速で侵入してきてヴィクターを突き飛ばした。


「何をしているんですか! いい加減にしろ、本坂もとさか ヴィクター」

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