蒼の牢獄⑦-10

「油断していると思ったか?」


 神崎の声が脳裏に残響する。


 次の瞬間、ヴィクターの眼前に粉々に砕かれ、折れた打刀が宙を舞う。


 能力を使っていないはずなのに、その光景はスローモーションに見えた。


 そんな馬鹿な! 俺の技よりも、訳の分からない魔法技術の方が上だと言うのか……。


 ヴィクターの自信が胸の中で凍り付き、雪崩のように崩れ落ちた。


 その様子を見て神崎は、口角が上がるのを禁じ得ない。鋭い視線でヴィクターを見据えたまま、相手の心を崩すため口撃を緩めない。


「絶望したのか? だが、まだ足りない。貴様はもっとたっぷりと苦しみを堪能すべきだ」


 ヴィクターは背中がゾクりとツララが走ったような感覚を覚えた。咄嗟に横に飛びながら、能力を再び開放する。


 が、神崎が見えない。


「ここだ」


 瞬間移動したように見えた神崎は、ヴィクターの真隣にいた。既に、神崎の横一線の剣が振るわれている。


「ちぃ!」


 ヴィクターが苦悶の表情と声を漏らす。


 側転するような要領で何とか回避を試みたが、完璧には間に合わず、殴られた反対側の腹を斬られてしまう。


「ぐふ」


 血反吐を吐き、何とか距離を取ろうとするも、再び神崎を見失う。


 何だ? 異様な速度だ。神崎の新たな能力か? 対処しなければ。


「無駄だ。全てを諦めろ」


 後ろに回り込んでいた神崎は、ヴィクターの背中に回し蹴りをくらわした。


 神崎の回し蹴りがヴィクターの背中にさく裂した瞬間、体中の骨が悲鳴を上げて、全身がバラバラになるような痛みが駆け巡る。


 衝撃で肺から空気が一気に吐き出されて、呼吸が一瞬停止する。


 ヴィクターの体は激しく地面に叩きつけられ、反動で何度も跳ね返りながら、地反吐を吐き出した。


 ヴィクターは、うつ伏せに倒れたままピクリとも動かない。だが、辛うじて呼吸の音だけは周囲に漏れていた。


「なんだ、気を失ったのか? まあ良い。そろそろ遊び疲れた」


 神崎は、剣の刃をズルズル地面に引きずりながらゆっくりとヴィクターに近づく。


「聞こえるか? お前の死が迫っている音だ。この音が貴様の耳元に迫った時、お前の人生が終わる時だ」


 そこで音に反応したのか、ヴィクターはピクリと動き、上半身だけ浮かせて起き上がろうとする。


 全身が悲鳴を上げ、呼吸は血の匂いと味がする。起き上がったとしても何が出来るのか分からない。


「ほう、目が覚めたか? 誇っても良いぞ。貴様は、このスーツを着た俺に能力を使わせたのだからな」


 神崎は自分が持つ、シフトスピードをヴィクターが使わせたことに感心していた。


 パワードスーツ着用時にシフトスピードを使わせた相手は、地球で初めてだった。


 この能力は、短時間だけ高速移動を可能にする能力だ。これを使わないとヴィクターに攻撃を当てる事は不可能だった。


 こいつを倒したら、ダンジョンからモンスターを引き連れて逆進攻しよう。


 もうここまで来たら、本国の弱腰姿勢など、気にする必要はない。滅ぼしてしまえば、母国に帰れるだろう。


 神崎がそんな事を考えていると、洞窟の入り口から誰かが入ってきた。手には大型のライフルのような物を持っている。


「ヴィクター君! まだ生きているかい?」


 息を切らしながらやってきたのは、直弥だった。直弥と伊藤はヴィクターを追って遅れてダンジョンに入った。


 そこで目にしたのは、雪崩のように大量に溢れてくるモンスターに、劣勢になっている探索者やギルド職員だった。


 直弥と伊藤は、それを見捨てる事が出来ず、ある程度モンスターを片付けた。そうして、戦線に余裕が出てきたところで、直弥だけが先行してヴィクターの元に駆けつけた。


 来てみたら、西洋の甲冑を魔法技術で発展させたような人型に、ヴィクターが追い詰められていた。


 状況を見て瞬時に直弥の頭脳は、戦況を把握して新兵器を取り出した。ヴィクターが飛び出す前に渡そうとしていたものだ。


「ヴィクター君! 新しい武器だ。強力な武器だけれど、莫大な魔力の充填が必要だ。君にしかできない。頼む!」


 直弥はそう言ってヴィクターの元に、その銃器を投げた。


 咄嗟に黒光りするそれを受け取ったヴィクターは、ずっしりと重みを感じた。


 外見は、対物ライフルのようなものだ。


 それを目にした神崎は、大笑いする。


「馬鹿め。魔法が付与されていない攻撃は装甲で無効化される。それなら、鉄の棒の方が優秀だ」


 ヴィクターは、神崎の言葉を無視して、銃を眺める。


 直弥が作ったからには、効かないはずがない。奴が無駄な物を作るはずが無いと、今までの付き合いで分かっていた。


「実用化したんだ! 弾にエンチャントを。でも、三発しかないし、まだ魔力がチャージされていない」


 ヴィクターは、それを聞いて再びボロボロの体に鞭を打ち力を込める。


 ライフルから独特のチャージ音が鳴り響く。


 神崎が駆け寄ってき出したので、能力も使う。


 脳や体が再び悲鳴を上げる。


「雑魚が何人来ても一緒だ。まずはお前から決着をつけてやる!」


 神崎が、斜め上からの斬撃を繰り出す。


 転がり込むようにそれを何とか躱す。


 しかし、神崎が切り返しで、袈裟斬りを放ってきた。


 倒れているので、回避が出来ない。どうする!?


  能力は既に使っている。ゆっくりと接近する剣を、何とか転がって回避しようとするが、間に合わない。


 衝撃に耐える為目をつむる。


 直後、金属と金属が激突する音がする。


「う、うわー。これはしんどいね」


「貴様、邪魔をするな!」


 目を開けると直弥が、両手で盾を構えて防御していた。ただ、その声音に余裕はなく、じりじりと足が引きずられ、最終的には吹き飛ばされてしまう。


 ヴィクターはひたすらライフルに魔力を込める。


「順番だ。お前はそこで待っていろ」


 神崎は鼻で笑いながら、飛んでいった直弥に言い放った。直弥が壁に打ち付けられ、ズルズルと床に引きずり落ちる。


「今度こそこれで最後だ!」


 神崎が、ヴィクターにとどめを刺そうと剣を振り上げた。


 だが、直弥は時間を稼ぐのに成功していた。ヴィクターのライフルは、ピーという機械音が鳴り響き、チャージが完了した事を告げた。


「的の大きい胴体を狙うのです」


 青い少女の助言が耳にすっと入ってくる。


 神崎の剣がヴィクターの眼前に迫る。


 空気が切り裂かれ、剣の軌道が鮮明に見える。


 神崎と自分の間の空間だけ音が置き去りにされたようだ。


 射線が通ったと確信した時、時間が止まったかのように感じた。


 その瞬間、ヴィクターは銃を構え、引き金を絞り込んだ。銃口は、真っすぐに神崎の胸部にあるフェニックスの模様に向けられていた。


 撃鉄が中にある雷管を叩き、爆発音が鳴り響く。


 魔力で火薬の威力を底上げし、螺旋状の溝が施された銃身の中を旋回しながら弾丸は、加速し、威力を増していく。


 さらに、銃身にも弾丸のスピードと威力を上げる魔術が施され、容易に音の壁を突き破っていく。


 銃口から解放された弾丸は、神崎の目にも映らない速度で、フェニックスの描かれた胸部に直撃した。


 鋭利な形をした弾丸そのものにもエンチャント技術が施され、弾丸の貫通力と威力を爆発的に上げていた。


 回転しながら抉り込もうとするそれは、爆音と共に神崎の体ごと吹き飛ばした。


 まさに物理科学と魔法技術が融合したそれは、強固な城壁のような帝国の装甲を貫ける、破城槌として十分な威力を持っていた。


 今度は、神崎が吹き飛ばされて、地面に叩きつけられた。神崎が倒れた場所から、土煙が舞う。


「まだです。帝国の叡智は一度では崩れない……」


 青い少女が言うように、煙の奥で蠢く影が確認できる。鈍い金属がすれる音がして、それは立ち上がって、人型の姿になった。


「貴様! よくも帝国の威信に傷をつけたな!」


 煙が晴れて立っている神崎は、先ほどまでの余裕のある姿ではなかった。


 声には憎悪が現れ、パワードスーツの胸部、フェニックスの描かれている部分は凹み、そこを中心にひび割れていた。


 直弥はその様子を見て、これまでの神崎の戦闘力とヴィクターの立ち位置を見た。そして、ヴィクターの前の何もない空間に全力でメイスを投げた。これが最善の策と信じて。


「絶対に許さんぞ、蛮族ども! ぼろ雑巾のように、叩き潰してやる!」


 直弥など意識していない神崎は、その言葉と共にヴィクターの視界から消える。


 能力を使ったからだ、とヴィクターは考え、自分も急いで能力を使う。


 どこだ? 見えない!? その場から退避しようとするが、体の動きも遅い。


「死ね!」


 側面から接近されていた! 銃口を相手に向けようとするが、相手が剣を振る方が速い。後ろに飛んでも、間に合わない。どうする?


 その時、神崎の剣が鈍い音を出して、急に軌道を変えてヴィクターをすり抜ける。


 何が起こった? 神崎の罠か? 急激に移り変わる状況を把握する為、周囲に意識をめぐらす。


 すると、視界の端には、見た事のあるメイスが宙を舞っている。


「ヴィクター君の位置と武器を考えたら、ここで攻撃するよね」


 直弥は、僅かな時間の中で神崎とヴィクターの動きを演算し、メイスを投げる最適な瞬間を見つけ出していた。


 その冷静な頭脳は、能力を使ってないにもかかわらず、神崎やヴィクターの行動を予言する装置のように状況を見極めていた。


 このチャンスは逃せない。ヴィクターは持てる力をふり絞り、時間減速と予測の能力を使う。


 鈍い音が二つ連続で重なった。


 発射された二発の弾丸は、寸分たがわず一発目に命中した個所と同じ場所に着弾する。


 爆音が洞窟に鳴り響く。大地が揺れる。


「ば、馬鹿な!?」


 神崎は鎧の下で苦悶の表情を作るも、状況は変わらない。


 三発の魔法と物理が融合した暴力は、帝国の叡智を蹂躙するのに十分な破壊力を持っていた。


 轟音と共に、地面を抉りながら神崎は吹き飛ばされる。


 ヴィクターはこの先も見えているから、ライフルを投げ捨て、地面に落ちているあるものを拾い駆け出した。


 倒れていた神崎は、錆びたブリキのような音を出しながら、再び立ち上がった。


 胸部の弾が着弾した個所は、フェニックスが大きく陥没し、蜘蛛の巣が張ったように大きくひび割れ、装甲がはがれていた。


「まだだ、まだ終わらんぞ! 弾は使い切ったはずだ。装甲を貫くには足りなかったな。俺の勝ちだ!」


 神崎が吠えてヴィクターを探したがいない。


「結果は見えていた」


 眼前の下から声がする。視点を降ろすとヴィクターは、既に自分の正面にいた。そして打撃を加えるような、拳を後ろに回して振りかぶるような動作をしている。


「いくら装甲がダメージを受けたからと言って、殴った所で意味はなっ……」


「知っている」


 ヴィクターは、思いっきり拳を胸に打ち付けるような動作をした。だが、手の向きが変だった。よく見ると、折れた打刀が握られていて、それをひび割れた神崎の装甲に突き刺していた。


「うっ!? ぐふっ」


 神崎は、装甲の下で吐血した。


 だが、まだ絶命するには至っていない。切っ先が神崎のむな骨に触れている程度で、その動きを止めることは出来ていない。


 神崎も残りの力で剣を振るう。ここでヴィクターを倒せば、負傷はしているが、勝つことは出来ると考えていた。ヴィクターは、攻撃の直後に後退していて、隙だらけだ。


「俺は未開のゴミ共に負けるわけがないんだ!」


 神崎が、そう叫んだ時に何かが突き刺さった打刀の上に、飛んで着弾した。


 直弥の焔雷弓から放たれた麻痺雷弾だ。打刀をさらに奥へと押し込め、中から麻痺液と、電撃が漏れ神崎の動きを一瞬静止させる。


「今の弱った君なら、僕の攻撃も身に染みるでしょ」


 またも直弥は、ヴィクターの動きを予測し、射線が通るのを待ち、絶好のタイミングで攻撃を放った。


「こいつで終わりだ!」


 ヴィクターは、再び飛び上がり飛び蹴りの体勢を取っていた。


 父が教えてくれた戦法が頭の中で反響した。「力任せではなく、弱点を見極めて斬るんだ」と。


 それは、助言のようで、進化の力に溺れていた自分を叱咤しているようにも感じた。


 力任せでない、両親が授けてくれた技は、決して弱くない。


 それを証明するんだとヴィクターは決意した。


 呼吸をするたびに全身に痛みが駆け巡る。だが、どんなに体が悲鳴を上げても復讐達成の炎は絶対に消えない。


 ヴィクターは全ての力を集め、青い流星となって神崎の胸部へ突撃する。


 神崎の胸に刺さっている打刀に、靴の裏が命中した。


 折れた切っ先に物理エネルギーが伝導し、弾丸のようになる。力を帯び推進力を得たそれは、神崎の骨と心臓を容易に貫いた。


 その瞬間、時間が制止したかのような静寂に洞窟が支配される。


 瞬きした後に、激しい破裂音が洞窟に響き渡った。そして、折れた打刀は、神崎の背面装甲を貫通して飛び出していった。


 絶命する前に神崎の表情は、驚愕に染まっていた。


 自分は、この星で無敵だと信じていた。未開の蛮族には絶対に負けない。


 その自信とプライドが打ち砕かれ、敗北を認めざるを得なかった。


「こ、この俺が野蛮な流刑人に、負けるとはな……」


 その言葉と共に神崎は、そのまま膝から崩れ落ち、地についた。


「終わった」


 ヴィクターも着地と共に、地面に倒れ込んだ。荒い呼吸は、咳と血交じりになり。限界は優に超えていた。もう空っぽだ。何もない。


「ヴィクター君! やったね」


 直弥が喜びの声音で駆け寄ってくる。


 膝立ちになっている神崎は、セミの抜け殻のように動かない。


 中の人間が絶命しているのは、分かっている。しかし、胸部から煙と血が出ている以外は、比較的綺麗な姿を保たれている。


 俯いているその姿は、今にも動き出しそうだった。装甲に施された魔法技術のせいか、不吉な振動音が小さく鳴り響いていた。


「一度帰ろう、ヴィクター君」


 直弥は、膝をついているヴィクターに手を差し伸べる。


 ヴィクターは、その手を掴んで立ち上がりながらどこか空虚な気持ちになっていた。


 父さん、母さん、仇は討ったぞ。


 でも、何だろう。何も感じない。


 なぜ世界に色どりが戻らず、味気ないままなんだ?


  ぽっかりと自分の中に穴が開いたようだ。


 ただ、復讐だけで生きていたのに、何も感じないはずがない!


  疲労の限界を超えているからだろう。きっと、世界はもっと……どうなるんだ?


  体中の痛みが思考を中断させて、電池の切れた人形のような体だけが、この世に残されたようだった。


「そうだ、あの大きなクリスタルがダンジョンコアかな? あれに接続されている機会を外せば、スタンピードが収まるのかな?」


 直弥がダンジョンコアに向かって歩き出したとき、ヴィクターは、背筋が凍るような感覚に侵され咄嗟に横に飛んだ。


 瞬間、右肩に激痛が走る。


「ぐは!?」


 ヴィクターは、あまりの痛みに苦痛の叫びを上げた。血が肩から吹き出る。


「えっ!? ヴィクター君。う、うそでしょ?」


 直弥が異変に気付き振り返ると、そこには神崎がヴィクターに剣を突き刺し立っていた。

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