第八章

蒼の牢獄⑧-1

神崎かんざき戦の後、ヴィクターと直弥は、一週間ほど入院していた。

特にヴィクターは、全身打撲と肩の傷が酷かった。


普通なら、肩の傷が原因で、神経が切れて麻痺してもおかしくなかったが、ヴィクターは、一週間ほどで全快するという驚異の回復力を見せた。


直弥はヴィクターに比べると軽い怪我だったのだが、回復力の関係で同じ日に退院した。


「それじゃぁ、ヴィクター君。僕は、神崎のスーツの解析と、その他の研究開発をするよ」


「あぁ、俺はダンジョンに潜り力をつける」


退院の前に今後の事を確認していた。と言っても、いつもと変わらないが、この次の瞬間、直弥は信じられない物を目撃する。


「それと、直弥……」


ヴィクターは唇を嚙み締め、何度も何かを言おうとしていたが、言葉が喉に詰まっていた。言葉にしようとすると、罪悪感と後悔が混ざりあったものが胃からせり上がってくるが、言葉に出す恐怖がそれを押し止める。


それでも意を決して、ヴィクターは直弥に頭を下げた。


「今まで申し訳なかった……」


ぎこちなさが目についたが、ヴィクターはそう言って直弥に謝罪した。


直弥は、大きく目を見開いて瞬きをした。


だが、今まで苦しんでいた姿や神崎戦後の悩んでいた姿を見て、なぜ謝罪したのか腑に落ちた。


そして、直弥は今までのヴィクターの行動に腹も立っていなく、謝罪をして欲しいとも思っていなかった。


自分には、今もなお健在な両親がいるから、ヴィクターを不憫に思う感情しかなかった。


「いや、いいよ、ヴィクター君。それに、どうせなら感謝して欲しいかな」


もし自分がヴィクターと同時期に両親を失っていたら、彼と同じ行動をしたかもしれない。


彼の気持ちが分かるとは言わないが、復讐から解き放たれてもヴィクターは苦しんでいる。


ならば、感謝と言うポジティブな感情を持ってもらって、少しでも苦しみを晴らしてあげたいが、現実は厳しいだろう……。


そのように考えて苦笑いをしている直弥を見て、ヴィクターは再び頭を下げた。


「あぁ、ありがとう。それでも、俺は謝罪したい。申し訳なかった」


ヴィクターはこの入院期間、自分の過去を何度も反芻していた。復讐に身を投じ、ひたすら力を求めていた。


それ自体は、悪いとは思わない。間違っていたとは思わない。そう信じたい……。


ただ、あまりにも周囲を見ていなかった。


振り返ると、他者を軽んじ突き進んできた道が、大量の血でまみれている事に気が付いた。


自分の精神的な弱さや、両親を失った喪失感を復讐と怒りで埋め、それを建前に自己中心的に力を振るっていた。


思い通りにならない現実や精神を、復讐で正当化し、我儘で泣きじゃくる子供のように力を振るっていた……。


そして、自分だけが辛い目にあって、ひたすら孤独だと思っていた。でも、それは間違いで、ずっと晴臣が家で支えてくれていた。


直弥もずっと武器や装備を作り、サポートしてくれていた。


伊藤に言われた事が頭から離れず、冷静に考えたら、何も見えていなかった自分に気付いた。自分の精神的な弱さと未熟さを嫌悪した。


自己中心的な行動の結果、自分と同じような境遇の人たちを大量に作ってしまった。


挙句の果てには、影縫い組かげぬいぐみや、この前のスタンピードで見捨てた鷹村をはじめとした人達等、多くの命を無駄に喪失させてしまった。


命を奪う事も、見捨てる必要もなかった。


すべて自分の力で救えたはずなのに、感情のまま行動したせいで、彼らを地獄に突き落としてしまった……。


ヴィクターが目をつむると、まるで地獄の縁に落とした影縫い組かげぬいぐみや鷹村が、腕を伸ばし、血塗られた手でヴィクターをそこに引きずり込もうとしているような光景がまぶたの裏に移る。


そして、その地獄の奥底には、自分が倒した腐敗した両親が「なぜ殺した?」と怒りと恨みを持って待ち構えているような感覚に襲われた。


俺は、この罪を償い、この罪悪感から解放される時は来るのだろうか……?





ヴィクターは退院した後、言葉の通りに、明治神宮ダンジョンへ再び潜っていた。


直弥から旧型の打刀を受け取っての探索だったが、一度ダンジョンの最奥まで潜っていたヴィクターにとって何の障害にもならなかった。


ただひたすら進化の為にモンスターを蹂躙していた。一見いつもの探索と変わらないような行動だったが、少し違いが出ていた。


ヴィクターは一日の内、ある程度の時間を初心者が多い地下1~3階で過ごしていた。


巡回していると、少数の探索者が、鎧のスケルトンに囲まれているのを見つけた。


「やはり、今日もいたか……」


ヴィクターは呟くと同時に、鎧のスケルトンの群れに突入する。


ヴィクターの無駄のない圧倒的なスピードは、一瞬でモンスターの群れを駆け抜けた。


ただ、閃光が一瞬走ったかのように見える。


世界が一瞬止まったかのような静寂。


その後、瞬間空間を切り裂くような格子状の剣線が走り、鎧のスケルトンは細切れになり、全滅した。


「怪我はないか?」


「あ……あの、ありがとう!」


震える声で感謝を述べる初心者を見て、ヴィクターは頷いた。


「そうか、気を付けろ。それとあと二回進化するまでは、上の階で力を付けろ。ドロップアイテムは置いていく」


これは、ヴィクターが、危機に瀕している初心者を積極的に助けた後のやり取りだ。


同じような光景が何度も行われ、必然的にヴィクターの人気はさらに上がった。


元々、影縫い組かげぬいぐみを壊滅させ、ダンジョンを人類で初めて踏破し、おまけにスタンピードを収束させた張本人だった。


さらに見た目も良く、最近は初心者を助けているのが知れ渡り、多くの人が希望の英雄として崇め始めていた。


さらに、テレビの取材など簡単なインタビューを受け、それがニュースや特番等で流されるのを度々目にした。


内容は、どこかの悲劇の勇者を主役とした英雄伝のようで、薄気味悪さも感じた。


「誰がなぜこのような番組を?」と思うが、罪の意識から負担にならない程度に、番組に協力し、結果ヴィクターの人気は信仰に近い様になってしまっていた。


だが、多くの人が感謝の言葉を述べ、敬意を払うたびにヴィクターの胸は重くなっていく。


俺は皆が言うような英雄ではない。俺は罪人なんだ……。


血でぬれた手を少しでも洗うように、自分の罪悪感を減らすためにやっているだけなんだ。俺は、皆から尊敬される資格はないんだ。


人々の称賛が重荷となり、ヴィクターをさらに深く罪の意識に向き合わせる。


ひたすら罪悪感に苛まれながら、一週間ほど探索していた。そして、直弥から連絡があり、伊藤と一緒にヴィクターの家で話したいことがあると言われた。


何かが動きそうな気がする。ヴィクターはそんな予感を感じながら、二人を待っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2024年12月18日 12:05
2024年12月19日 12:05
2024年12月20日 12:05

蒼の牢獄 ~ 近未来で強者転生した復讐者、月面基地から生まれたダンジョンで両親を失い世界の謎を追う~ こういち @k0_1koichi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画