蒼の牢獄⑦-7

 一方、ヴィクターは一人でダンジョンの地下20〜25階でモンスターを一人で倒していた。直弥は研究開発で暫く一緒に探索出来ないようで、一人で力をつける為に戦っていた。


 最後に会ったのは、両親を火葬する際に、簡易的な式を行った時だった。


 その時検死結果を聞くことが出来たのだが、ヴィクターは今聞いても心が乱れている為、理解できないと考え先延ばしにしていた。


 単純に覚悟が決まらなかっただけだ。


 だが、今日は検査結果を教える為に、直弥が家に来ることになっている。ヴィクターも、恐らく一生覚悟が決まらないと思い、受け入れた。


 そして、なぜか伊藤もヴィクターの家に来るようだ。一体、何の用だろうか? 伝えたい情報があるという事らしい。


 紅茶を飲みながらリビングのテーブルに座って待っていると、直弥と伊藤がやってきた。


「やぁ、ヴィクター君」


 直弥はいつも通り勝手に入ってきて、勝手に椅子に座った。


「失礼いたします」


 伊藤はきちんとインターフォンを鳴らし、確認を取ってから椅子に座った。


「それで、伝えたい情報とは何だ?」


 ヴィクターが、机の上に頬杖をつきながら尋ねる。


「私の方は、後回しにしましょう。先に直弥さんの検死結果を聞いてください。私の話にも繋がりますので」


 今まで笑顔を浮かべていた伊藤が、真剣な表情に変わる。ヴィクターは、深呼吸をして背筋を正した。無意識に後回しにしていたが、腹をくくらなければいけない。


「頼む、直弥……」


「うん、わかったよ」


 直弥はホログラムディスプレイを見せながら説明を開始する。


「ヴィクターの両親に接続されていたのは、エンチャントされた魔法器具だった」


「接続?」


 ヴィクターは、その言葉に違和感を持ち、直弥に尋ねた。それを聞いた直弥は、顔を引きつらせながら答える。


「この機械は、内側に刺のような物があって、脊髄に突き刺さっていたんだ……」


 それを聞いたヴィクターは、歯を食いしばり、怒りの形相を浮かべた。だが、話を聞くだけの理性は残っているようで、視線で直弥に続きを促した。


 直弥は頷き、口を開く。


「残骸からの解析だから完璧に解明してないけれど、この機械は死体を生前より強化して、兵士としてコントロールする、ネクロマンシーを発展させたような機械だと思う」


 だから、ネクローンシステムと名前を付けた、と直弥は付け加えた。


「恐らく、生前から5~10倍の強化をされて、魔法を使う器官や戦闘に必要な筋肉や神経だけは、外から魔力を取り込んで維持させる機械だと思う」


 直弥は立体ホログラムで解明してある構造を、ヴィクターに教える。その時、ヴィクターは、握りこぶしを作り震えていた。


「長い間、両親は殺人の為の道具として使われ、それに必要な箇所だけ維持されていたという事か! ふざけるな」


 ヴィクターは大声を上げ立ち上がった。


 直弥は、そっとヴィクターの肩に手を置き、落ち着かせるように着席させる。


「僕に言える事は少ないけれど、ご両親の無念を研究に反映させ、必ずより強い武器や装備を作るよ。犠牲は無駄にはしない」


 実験段階だけれど、渡したい装備もこのデータで作る事が出来たよ、と直弥は付け加えた。


 その場を見ていた伊藤が今度は口を開く。


「それでは、私の方も情報共有をしましょう。そのネクローンシステムと魔炎精まえんせい、そして月面基地に描かれていた模様についてです」


 それを聞いたヴィクターは、ビクリと背中が震えて、鋭い視線を作る。


 なぜなら、その模様の黒幕が、本当の復讐相手である可能性が高いからだ。


 伊藤は紅茶を一口飲む。ここでヴィクター達に情報を渡すのは、単に以前の契約や善意からだけではない。


 アストラルティス帝国とヴィクターの復讐相手を結びつけることにより、今後の暴力革命や戦争でヴィクターが戦力になるように仕向ける為だ。


 罪のない年下の相手を利用する事に罪悪感が生まれたが、やるしかないので説明を続ける。


「アストラルティス帝国、その模様をシンボルとしている組織か国の名前です。どこに本拠地があるかは知りませんが、かなりの大規模で政府の中枢にも手が延ばされています。この組織があなたの……ちょっと待ってください」


 そう言って伊藤は、片手をあげて会話を止める。モバイル機器に音声電話がかかってきたようだ。


 伊藤は通話を始めると、神妙な面持ちに変わり、溜息を吐いて通話を切った。


「大変なことになりました」


「どうした?」


 ヴィクターの問いかけに伊藤は、言うのを躊躇うかのように一拍沈黙した後に口を開いた。


「明治神宮ダンジョンでスタンピードモンスターの大量発生が起こりました。現場は押されていて危機的な状況です」


 表情を崩さず伝えた伊藤だが、瞳の奥にひっ迫感と苛立ちが渦巻いていた。


 そして、それを聞いたヴィクターは跳ね上がるように立ち上がり、ダンジョンへ向かって飛び出した。


 両親が最後にダンジョンへ向かったあの日が思い浮かぶ。


 そして、鷹村の話を思い出し、両親が津波のようなダンジョンモンスターに飲み込まれ、疲弊した所に何者かが両親を倒すイメージが浮かび上がった。


 怒りと復讐の時が来たとの思いが膨れ上がり、頭の中が爆発したようだった。


「待って! ヴィクター君! 渡したいものがあるんだ!」


 怒鳴るような大声の直弥の制止もヴィクターに届かなかった。その背中は遠のいていくばかりだった。


 直弥も走って追いつこうとするが、全力のヴィクターには追いつかない。それでも無理して追いかけようとしたため、足がもつれて転んでしまう。


「僕の開発した武器で、少しでも悲しみを減らしたいのに……」


 倒れながら震える声で呼びかけるが、ヴィクターの背中は遠のいていくばかりだった。


 そして、風に溶け込んだヴィクターの呟きが僅かに聞こえた。


「あいつを倒せば、俺の苦しみも終わるんだ」


 ヴィクターが止まれるはずもない。


 両親が殺された時と同じだ。


 俺が操られた二人を倒したタイミングで。


 これは、偶然じゃない!


 多分、仇はそこにいる。


 絶対に復讐をしてやる!


 俺にこんな思いをさせた奴に裁きを与えてやるんだ!


 ヴィクターの心と瞳は、黒い炎で燃えていた。





「ダメです! モンスターの数に押しつぶされます!」


「何とか押しとどめるんだ! 町まで溢れたら住民達に壊滅的な被害が出るぞ!」


 ダンジョンの中で、悲鳴のような探索者とギルド職員の会話が鳴り響く。


 明治神宮ダンジョンの地下一階の奥では、探索者とギルド職員が必死になってモンスターを押しとどめていた。


 しかし、戦況は厳しい。そもそも、最初は地下三階に防衛ラインが設定されていたのだ。それが、徐々に押されて現在、最終防衛ラインに近づいている。


 津波のように押し寄せるモンスター、それも、お面の巫女や屍神主ししんじゅと言うデバフを使ってくる敵もいて、このままでは皆壊滅すると思っていた。


「無理です! モンスターの攻撃を防ぎきれません!」


 万事休す、終わったと思った瞬間、周囲の空間に格子状の光る亀裂が入った。


 そして、モンスターが止まり静寂が空間を支配する。


「な、何が起こったんだ……」


 一人の探索者が呟くと、モンスターがバラバラと崩れ落ちる。


「邪魔だから、道を開かせてもらうぞ」


 突如、フルフェイスのヘルメットを被った男が現れた。


 一瞬誰かと思ったが、こんな装備と力を持っている奴は、一人しかいない。


 影縫い組かげぬいぐみを倒し、地下30階まで踏破した、ヴィクターだ。


 声をかけようと思ったが、ヴィクターは先へ行ってしまう。


「あ、ありがとう!」


 探索者は、消えゆく背中にそう声をかけた。


 ヴィクターは、ただ自分の道を開いただけなので、感謝されるいわれはない。


 だが、周囲のモンスターが一時的に消滅した事で、何とかここで戦っている者達が体勢を立て直す時間を得た。


 もし、ここでヴィクターがこの探索者たちと戦い、彼らがモンスターに対応できる程の進化を手伝っていたら、運命は違っていたのかもしれない。


 一時的にモンスターが消滅しても、彼らは犠牲無しでその後の襲撃に耐えるほどの力は無い。


 ヴィクターは、雪崩のように襲ってくるモンスターを全て倒しながら進んでいた。


 とにかくダンジョンの奥に行けば、何かがあると確信し、鼓動が激しく胸を打っていた。


 地下4階に降りた時、モンスターの集団に取り残されているパーティーを見つけた。


「全員、円陣を組んで耐えろ! 救援が来るかもしれない!」


 鷹村が数人の探索者たちとモンスターと戦っていた。


 どうしてそうなっているのかは知らないが、全員満身創痍でこのままだと命はないだろう。


 十人以上いたグループが、一人、また一人と倒れていく。


 何か手はないか? ここまで囲まれると退避すらできない。敵を倒すスピードよりもモンスターが迫ってくる数の方が圧倒的に多い!


 疲労のせいで徐々に武器が重くなってくる。仲間の悲鳴なのか、モンスターの叫びなのかも判別がつかない位、意識が朦朧としだした。


 そんな絶体絶命の状況の鷹村をヴィクターは、白い目で見ていた。


 こいつが弱かったから、父と母は死んだ。


 今こいつは同じ状況で、死にかかっている。


 だったら、こいつが両親にやったようにここで見捨てても因果応報。


 そもそも、こいつがスパイでないと確定していない。


 どちらにせよ、ここで裁きを受けるべきだ。


 俺が直接手を出すわけじゃない。呪うなら自分の弱さを呪え!


 ヴィクターは、自分の進行方向の敵だけを倒して、鷹村達を無視して先へ進んだ。


 それを見ていた鷹村は、仕方が無いと感じて自分達だけでの生存を模索していた。


 ヴィクターは、鷹村を見捨ててからもダンジョンの奥へと進んでいた。


 津波のようなモンスターの集団は、ヴィクターに全くかなわず、むしろただの経験値と化し、ヴィクターの進化を手助けする事になる。


 ヴィクターの進撃速度は放物線的に加速していく。


 どんどん強化されていくヴィクターは、モンスターの群れにボスが混じっている事に気付いていたが、それすらも一撃で倒してしまう。


 地下30階を超えたころには、知らない階層なので、どの敵が雑魚かボスか分からなかったが、全て一撃で倒していた為、気にする必要もなかった。


 多分、和式の龍のようなモンスターがそうだったのだろう。


 ダンジョンの奥に進むにつれて、どんどん強くなる自分を感じ、もうすぐ確実に復讐を果たせる。


 味のない食事のような人生に再び味覚を取り戻すことができるんだ。


 こんな薄汚いダンジョンと醜いモンスターの中で殺された両親を思うと怒りが噴火しそうだ。


 それを押しとどめるのも今日までだ。大噴火を相手に直接ぶちかます。


 だが、心の奥底で「これで本当に終わるのか?」という自分の声が聞こえる。


 だが、強さを増し、最奥に近づいているという確かな結果を自分に言い聞かせ、その言葉を無視する。


 ほら見ろ、結局俺しかここまで来れない。この怒りや悲しみを背負っても、解決できるのは俺しかいないんだ!


 速く! 速く! と鼓動を叩く回転が上がり大きくなる。


 そんな復讐で盲目になったヴィクターは、ついに地下50階に到達した。


 ここは、ボス部屋前のような大きな空間があり、ここにはモンスターが発生していなかった。


 そして、門の形は今までと少し違って、石垣に囲まれた和式の城門のようだった。


「ここが、ダンジョンの最奥だな」


 ヴィクターは、直感的に思った事を口にした。


 この先に絶対に何かがある。


 復讐相手がいる。


 怒りと復讐心を加熱させながら、怪しい笑みを浮かべて門の中へ入っていった。


 中へ入ると、今までと違う空間に出た。


 大型のトラクターが何台も収納できそうな、岩肌の洞窟で、壁のいたるところに水晶のような物が散りばめられていた。


 部屋の最奥に、大きな石の台座があり、その上には膝を抱えた成人男性がすっぽり入るほどの水晶が設置されていた。


 そして、その水晶に何かしらの機械を接続して、操作をしている男がいた。機械には薄っすらと盾とフェニックスの模様が描かれているのが見える。


「あぁ、やっぱり来ちゃったんだねー。途中で死んでくれたら手間が減ったのに……」


 こちらに背を向けていた男は、そう言いながら振り返った。金髪でオールバックの先輩探索者、神崎 明かんざき あきらだ。


「神崎、貴様がスパイだったのか」

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