蒼の牢獄⑦-8

 そして、その水晶に何かしらの機械を接続して、操作をしている男がいた。機械には薄っすらと盾とフェニックスの模様が描かれているのが見える。


「あぁ、やっぱり来ちゃったんだねー。途中で死んでくれたら手間が減ったのに……」


 こちらに背を向けていた男は、そう言いながら振り返った。金髪でオールバックの先輩探索者、神崎 明かんざき あきらだ。


「神崎、貴様がスパイだったのか」


 ヴィクターが名前を呼ぶと、神崎は心底嫌そうな顔をした。


「あぁ、その名前を言うのは止めてくれるかい」


「どういうことだ?」


 神崎は、機械を操作するのをやめてゆっくりとこちらに近づいてくる。


「こんな辺境の流刑人の星の名前なんて嫌気がさすんだ」


 ヴィクターは、不敵な笑みを浮かべながら話す神崎に、妙な不快感を抱いた。


「やっとこの蛮族の惑星をもう少しで破滅に導けると思ったのに、君が出てきた。ダンジョンを攻略して、破滅から生存の可能性が出てきた。本当に嫌になるよ」


「な、何なんだ貴様は?」


 不快感がついに口から洩れる。その言葉に神崎は大きく目を見開き、返答した。


 そしてその視線から放たれる冷たい感じは、以前から何度もダンジョンで感じたものだった。


「アストラルティス帝国臣民、セラリウス・ゲミヌス。それが俺の名前だ。ここには破滅の工作の為に派遣された」


 ヴィクターはあまりの迫力に後ずさる。その中でも冷静な部分が、なぜこのような情報を今話しているのだろうと感じた。


「どうしてそれを俺に丁寧に教えた?」


「それはね」


 神崎は、ゆっくりと西洋剣を抜刀しながら続ける。


「どうせお前はここで殺されるからだ。あの両親のように」


「あの両親?」


 ヴィクターはそれを聞いた瞬間に再び怒りの炎で頭が埋め尽くされる。そうだ、俺は復讐に来たんだ! こんな気迫に押されてはならないし、負けられない。それに、あの両親は聞き捨てならない。


「両親とは、俺の父と母の事か?」


「そうだよ」


 ヴィクターは、瞬間的に魔力を高めて打刀に炎の魔力を付与して突撃する。


 そして、鈍い金属音が鳴り響いた。これは薄汚い挑発だ、と理性が止めようとしていたが、マグマのように噴火し押し寄せる怒りの溶岩に、そんなちっぽけなものは溶けて流されていった。


「おお、怖い怖い」


 神崎はヴィクターの突撃を剣で防御した。力負けしているようで、後ろにかなり押されているが、ダメージは受けていないようだ。


「君の両親もダンジョンを制覇する可能性があった。そうなると困るからね」


 地面に神崎の踏ん張っている足がめり込み、引きずられて明らかに劣勢だが、神崎は余裕の笑みを崩さない。そしてヴィクターの耳に口を近づけてこう言った。


「君の母は、死ぬ間際に泣き叫んでいたよ。豚のように君の名前を叫んで謝りながらね」


 「まぁ、二人共僕が道具として有効に活用してきたから、感謝して欲しい」と神崎は続けた。


 神崎の氷の刃のような視線と言葉は、ヴィクターの心に深く刺さる。神崎は、意図的にヴィクターの心の傷を的確に刺し、捩じって傷口を押し広げるように口撃した。


 それを聞いたヴィクターは、頭の血管が全て切れたような感覚になった。


「殺す!」


 ヴィクターの左右の斬撃は、炎の嵐のようだ。その猛攻を神崎は、防御するのでやっとだ。


 打ち付ける打刀に、神崎の剣が悲鳴を上げ、火花が飛び散る。


 怒りに任せた神速の連撃は、神崎に反撃する隙を与えずに、徐々に壁際に追い詰めていった。


 余裕が無い神崎を見て、今ならいける! と思い突きを繰り出す。


 神崎は咄嗟に剣を持ち上げ防御したが、轟音と共に吹き飛ばされていった。


 神崎は、壁に打ち付けられ、一瞬だけ止まり、地面に崩れ落ちた。


 それを見たヴィクターは思った。


 弱い。


 今の貧弱な神崎なら絶対に勝てる。


 もうすぐこの手で、仇を打てる。


 その瞬間がもうすぐこの手でつかめると思うと、全身が幸福感と高揚感に溢れて包まれた。


 しかし、次の瞬間に神崎は、剣を支えにゆっくりと体を起こし立ち上がった。


 その唇の端が僅かに上がるのが見えた。その薄ら笑いを浮かべる顔についている瞳は、余裕の色が浮かんでいる。


 自分の死が近づいているはずなのに、ただ今を楽しんでいるような姿は、人間ではない超常的な存在に思えた。


 それを見たヴィクターは、胸の奥で不気味な波を立たせた。


「やはり、野蛮人は肉体の能力は高いらしい……。これだから非文明人は困る」


 神崎は、鼻血を手の甲で拭きながら話しかけてきた。


「なんだ、負け惜しみか? このまま自分の罪をその身で受けながら死ぬがいい」


 ヴィクターが冷たく言い放つと、神崎は鼻で笑い、腕時計のようなモバイル機器のボタンを押した。


「貴様こそ、アストラルティス帝国の魔法技術を身を持って思い知るが良い!」


 瞬間、洞窟全体が閃光に埋め尽くされ、ヴィクターは目を閉じるしかなかった。


 魔力が風となり荒れ狂い、空気を振るわせる。


 鋼を組み合わせる甲高い音が洞窟内に反響し、耳鳴りのように鼓膜を振動させた。


 暫くして光が収まると、洞窟は一瞬静寂に包まれた。


 ヴィクターは深く息を吸い、慎重に瞼を開けた。


 神崎の居た場所には、青く輝く装甲を纏った大柄な人型が立っていた。


 青い西洋風の甲冑が銀の縁取りで装飾され、胸部には銀色のフェニックスが描かれていた。


 また、その銀の縁取りは、見たこともない文字の彫金が至る所に施されていた。


 最先端の科学技術と、古の騎士が融合したような姿は、美しさと威圧感を放っていた。


「これが、我が帝国の叡智の結晶だ。中の者の力を何倍にも引き上げ、ダメージも回復してくれる。貴様の野蛮な力も跳ね返す。我が帝国が誇る、剣であり盾だ」


 2~3メートルほどの大型の戦士が前に進む。足を踏み下ろした時、重厚な金属音が地面を揺らす。


「もっとも、貴様のような未開の蛮族に、この力と美しさは理解できないだろうがな」


 その声は、神崎の物だ。しかし、その姿は以前と違って、強力な戦車と戦闘機が融合したような、破壊と防御を兼ね備えた戦闘兵器そのものだった。


 ヴィクターは、今までに感じた事のない押し潰されそうな重圧を全身に受けた。額から嫌な汗が流れるのを感じる。心臓が早鐘を打ち、無意識に唾液をゴクリとのみ込む。自分でも気づかぬうちに、足が一歩後退していた。


「終わりだ」


 神崎がそう言うと、その手に両刃剣(一つの柄に上下に刃がついている剣)を出現させた。


 それを見たヴィクターは、直感的に来ると思い打刀を構える。


 その瞬間、三メートル程ある巨体が、一瞬で視界を埋め尽くすくらいさらに巨大化する。


 不味い、高速で接近されているのに目が追い付いていない。


 直感で打刀を使い横腹を防御する。


 直後、甲高く重い金属音が鳴り響き、打刀から火花が飛び散る。


 神崎の両刃剣が、横からヴィクターの打刀に叩きつけられていた。


 相手の斬撃のあまりの重みに、ヴィクターは踏ん張る事が出来ずに叩き飛ばされてしまう。


 壁に叩きつけられるかと思ったが、後ろから声がする。


「随分とのんびりじゃないか」


 後ろ! 速い。バク転しながら背後に刀を思いっきり振る。


 そこに神崎が振った剣と激突する。


 今の動きに対応するのか? こいつは俺の動きを全てとらえているのか?


 驚愕と共に、土石流を受け止めたような衝撃と重圧が、ヴィクターの全身を襲う。


 再び威力に耐えられず吹き飛ばされるヴィクター。何とか相手を視界で捉えようとするが、神崎の姿が一瞬消えて見失う。


 頭の中でアラートが鳴り、背後を見る。


 神崎が両刃剣を振っている。


 その動作に焦りや必死さはない。まるで子供と遊んでいるように楽しんですらいる。


 その暇つぶしのような動作ですら、空気を切り裂くほど速く、ヴィクターは回避が出来ず、打刀で防御した。


 打刀とヴィクターは、一瞬で弾き飛ばされ、指や手首が衝撃で震えて痺れてしまう。


 何度も同じような攻防が繰り広げられる。が、ヴィクターは防戦一方だ。


 視覚では追えないので、音で反応して何とか防御しているが、相手のパワーを対処できない。


 ヴィクターは、まるでお手玉のように弄ばれている自分に怒りを覚えた。


 ヴィクターが吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた時、不意に神崎は攻撃を中断した。


「弱いな。防御するだけで手いっぱいか?」


 神崎は、独特の金属音のする足音を響かせながら、こちらに近づいてくる。


 ヴィクターは、今がチャンスと思い闘志を奮い立たせる。


 接近して必死に刃をふるい、神崎を斬ろうとする。


 しかし、必死の斬撃も神崎の圧倒的なパワーとスピードで無効化される。


 何度も切りかかっては火花を散らすが、その度に自分が吹き飛ばされ、土に顔を着ける事となり、全身に痛みが蓄積していく。


 くそ、当てる事さえ出来れば……。そこに勝機を見出しているが、この状況を打開するすべが見つからない。


 俺はまだ、弱者のままなのか……? ここで負けるのか? ヴィクターの心臓が早鐘を打つ。


 いや、そんな事はない。そんな事は認められない。今まで修練を積んできた。両親から授かった力と技は、無力じゃないはずだ。


「お前の父も弱かった。蛮族が使う剣術など、帝国の叡智と比べたら児戯にも等しい。あいつは、俺に傷一つ付けることなく、無様に剣を振るっていた。バカな負け犬だった」


 神崎の薄ら笑いを浮かべている表情が、厚い装甲から浮き出ているように見える声音だった。


 父を罵倒されたヴィクターは、再び激怒した。復讐と闘志が炎となり爆発する。


「うるさい! 父の剣術は磨き抜かれた技だ。貴様の薄汚い口で罵るな! 武を引き継いだ俺が、この手で証明してやる! 当てる事さえできれば貴様など叩き切ってやる」


 言葉を吐き出すと、過去の父との訓練が記憶に蘇る。


 父の剣は、どこまでもダンジョン探索に最適化されていた。


 当時は分からなかったが、今なら分かる。成長していき、ダンジョンを探索していてよりそこに気付き、尊敬していた。


 その尊敬する技と宝のような日々を、否定され脳が沸騰しそうになっていた。


 必ず自分と両親の技で神崎を倒し、否定を肯定に変える。そして、色の世界を元に戻すのだ!


 両親とともに作り上げた斬撃を、当てる事さえできれば必ず勝てる。当てれば勝機はあると信じている。


「ならやってみろ」


 神崎は、仁王立ちになってそう呟いた。言葉の残響が洞窟に響き、二人の間の空気が冷たく、重くなった。


「俺は、ここで何もせずに立っていてやる。あぁ、剣も使わない。お前の幼稚な技とやらを当ててみろ」


 ヴィクターは頭の中でブチンと血管が切れるような気がした。そして瞬時に全身の魔力を上げ、怒りと呼応したかのように打刀が炎に包まれる。


「馬鹿にしやがって。後悔するなよ!」


 地面が陥没するほどの強い踏み込みをし、風になったかのようなスピードでヴィクターは、飛び出した。


 チャンスは何度も巡ってこない。この一撃で決める。


 立ち止まっている神崎の眼前に来ると、ヴィクターは跳躍した。


 神崎とヘルメットごしに視線が合ったような気がした。


 しかし、その西洋の甲冑のようなマスクは、無機質で冷たく揺るぎが無い。神崎の心情を代弁しているようだった。


 余裕も今の内だけだ! 俺の磨き抜かれた技は、その鎧すら貫く。


 体の中にある力をかき集め、打刀に集中させる。刃が白く発光し、炎が猛々しく燃え盛る。剣線が閃光となる。


 打刀が神崎の首に直撃する寸前、時間が止まったかのように感じられた。


 全身全力を出した、今出来る最高の一撃は、何の抵抗もなく神崎の首に届く。


 勢いを殺さず、その装甲に届く。


 その時、爆発音と鈍い音がした。洞窟にそれが鳴り響く。衝撃で土煙が周囲に舞う。


 土煙が晴れた瞬間、ヴィクターは驚愕した。


 渾身の攻撃は、その強固な装甲に阻まれ、完全に止まっていた。


 一ミリも食い込んでいない。西洋の鎧のような装甲は、磨き上げた陶磁器や宝石のように光を反射した。


「それだけか、やはり弱い。これでは、暇つぶしにもならない。次は本気を出してくれ」

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