蒼の牢獄③-4

ヴィクターは男の指示に従い、二人で倒れたスケルトンが魔石と金属をドロップするまでひたすら叩き続けた。


そして、全てのスケルトンの討伐が確認されると、二人とも畳に腰を降ろした。


「ふぅ、助けてくれてありがとう。助かったよ。僕は、石川 直弥いしかわ なおやと言う探索者兼、研究者さ。好きに読んでくれ。おもに武器や防具を研究、製作している」


「あぁ……。俺は本坂もとさか ヴィクターだ」


ヴィクターは傷ついた肩を抑えながら答える。


そろそろ限界が近そうだ。


「あぁ、負傷していたね。ここで矢を抜くと血が出るから、早く帰還しよう」


そういって石川 直弥と名乗った男は、立ち上がり、ヴィクターに手を差し伸べた。


ヴィクターは傷ついていない方の手でその手を握り、何とか立ち上がった。


「こっちは、負傷して武器も失った。散々だったな」


「ふーん、その事については申し訳ないし、考えがある。だけど、ちょっと待って」


直弥はそう言って、死体となった女性の所へ行き、荷物をいくつかあさり持ち出した。


そして、スケルトンがドロップした魔石と金属を全て回収した。


「魔石と金属は全部君の物で良いよ。あと遺品は、ギルドに持って行って死亡の報告と、家族がいたら渡してもらわないとね」


ヴィクターは、意外に直弥が常識的な事に驚き、二人でダンジョンの出口へ向かう。


「それと相談なんだけれど、君の折れた刀を僕に作らせてほしい。勿論、助けてもらったお礼に無料で作るよ。ドロップした金属が6個と、魔石が5個必要だけれど」


おずおずと確認するように直弥が尋ねてくる。


ヴィクターは先ほどの戦闘でのメイスの手ごたえと直弥が使っていた盾の強度を思い出す。


恐らくギルドや一般的に売られている店の品物だと1千万を超えるレベルのものだ。


同レベルの物がただで手に入るのなら、今回の収支はプラスだ。


「丁度お前を助ける前に10体程の鎧のスケルトンを倒した。材料には問題ない。ただ、お前のメイスと同程度の打刀を作ってもらえるんだろうな?」


「それは勿論! 大丈夫。むしろ、君の魔力や能力を加味して超える物を作りたいくらいだ!」


ヴィクターの睨むような問いかけに、直弥は平気な様子で、むしろヴィクターの打刀を作れることに喜びと興奮を感じているようだった。


とんでもない奴と出会ってしまったとヴィクターは、自分を棚に置いているのに気が付かず思ってしまった。



そのまま何事もなくダンジョンを抜けようとしたとき、ヴィクターは、背筋の凍るような不快感を感じた。


以前にも感じた、何者かに監視されているような不快感。


一瞬で消えたが、周囲を見渡す。


「おや、どうしたの?」


直弥は気付いていないようで、ヴィクターに問いかける。


「感じなかったか? 誰かが監視しているような、視線を……」


「いや、多分傷の具合が悪いだけじゃない? さぁ、早く医務室へ行こう!」


ヴィクターは、直弥にそう言われて強引にダンジョンから連れ出され、医務室へ連れていかれた。


「すごいですね。抜いた瞬間に回復が始まっていますよ。進化している方の中でも異例ですよ」


医務室でヴィクターを治療した医者が興奮気味で話した。


続けて、完治すれば今後の活動に支障が無いと言われホッとする。


「でも、傷が治るまで一週間は運動や探索はしないでくださいね!」


釘を刺されたヴィクターは、包帯を巻いてもらい買取所へ向かった。


刺されるのは、矢だけで十分だと思った。


「ヴィクターさん、大丈夫ですか!」


何時もの受付嬢が大声でヴィクターに話しかける。


この人は、探索者のプライベートとか考えないのか? よくこの仕事をしているなとヴィクターは、考えるが口には出さない。


「一週間ほどで治るようだ。色々トラブルもあったしな」


「聞きましたよ! 幸雄さんと言う探索者を助けたそうですね。本人がヴィクターさんが来たら、感謝していると伝えてくださいと言われました」


ヴィクターは、幸雄に対して苛立ちを覚えているので、どこか心に引っ掛かりを覚えた。


準備と努力不足の彼が悪いのだが、彼の事を考えると何か胸がすっきりしない。


と、ヴィクターが考えていると、直弥が受付嬢との会話に割り込んできた。


「ふん、受付嬢よ。なんとこの僕も助けたんだ!」


直弥は、なぜか助けられたのに、自分の功績のように胸を張って自慢する。


しかし、受付嬢はその話を聞き、目がぱぁ! と輝きを増す。


「凄いですね! ヴィクターさん。そう言えば、石川さんのパーティーは先に脱出した二人以外は死亡と聞きましたが、石川さんは生きていたんですね」


「あぁ、でも」


とそこで直弥は、ばつが悪そうに美香というメンバーが死亡し、その遺品を持ってきたことを伝える。


「それは、大変でしたね。遺品の方はギルドで管理し、遺族がいらっしゃったら責任をもってお渡しします」


そういって受付嬢は、しおらしく遺品を受け取ったが、再びヴィクターを見ると目が輝きだした。


ヴィクターは危険を察知して耳をふさぐ。


「しかし、ヴィクターさんは本当にすごい。まだ探索者になってから三日目なのに、一日で二人も助けるなんて、異例です。必ず大出世しますよ!」


拡声器のように受付嬢はヴィクターを褒める。


周囲の探索者も「おぉ!」と声を出し、拍手をする者もいる。


ヴィクターは、この受付嬢は本当に大丈夫だろうかと心の底から思う。


「それで、石川さんとヴィクターさんは、今後二人でパーティーを組むのですか?」


「そうだよ! ヴィクターと僕は運命の出会いをしたからね」


直弥が勝手に答え、受付嬢はうわぁと言って顔を赤らめる。


ヴィクターは頭が痛くなってきた。おもに精神的な要因で……。


「おい、俺は何もそんな話をしていないぞ」


ぼそぼそと直弥の耳に語りかける。


それを聞いた直弥はニヤニヤ顔でヴィクターを見て口を開く。


「自慢じゃないけど、僕の武器や防具の作成能力は、どんな店や職人にも負けないよ。そして、上を目指すには僕の進化とさらなる素材が必要。君も恐らく探索者として上を目指しているんでしょう? そうしたら強力な武器が必要だよ。僕としては君ほどの戦闘能力と魔力を持つ人物を手放したくない」


君の力をより引き出せる武器を開発し続ければ、僕の技術も上がる。


お互いウィンウィンだろう? と直弥は続けた。



直弥としては、今までの研究結果を実現するには、魔力が不足していた。


直弥自身も探索者としての素質はあったが、研究ばかりして進化もあまりしておらず、初心者に近かった。


何度か自分で試したが、強化に必要な振動数の手前で魔力が尽きるか、到達しても魔力不足でそれが維持できなかった。


研究成果を実現するにはよりダンジョンの深くまで潜っていて、進化を何度もしたベテランに頼むしかないのだが、直弥は無名なので相手にされなかった。


なので、今回協力者を募ったのだが、全員直弥の武器が必要とする魔力を持っていなかった。



しかし、ヴィクターは違う。


その無尽蔵に見える魔力と技量を持ちつつ、どうもまだ探索者になって日は浅く、知名度も高くない。


だが、いずれ高くなるだろうと直弥は確信していた。


今ここで絶対に捕まえて、手放さないようにしなければならない。


なぜなら直弥の研究には、何度も試行回数が必要で、それをこなせるのはヴィクターしかいない。


そして、研究を続け、より強力な装備を作るには製作者の直弥自身も強化を重ね、魔力や身体能力を大幅に上げなければならない。


最終的には魔力が少なくても強化に必要な振動数に達する装備を作り、多くの人にそれを使ってもらう。


そして、製作者の自分自身の名前を世界に知らしめたいと直弥は考えていた。


だから、絶対にヴィクターを手放さないと笑顔の内で決心している。



ヴィクターは、ニヤケ顔の直弥を見て、腹に何かを抱えてそうでイライラした。


しかし、言っていることは理に適っているので、渋々承諾した。



その後、受付嬢に魔石と金属を5個ずつ買い取ってもらう。


それぞれ千円で合計一万円。


さらに税金が引かれて、今日の稼ぎは九千円。


あまりにも割に合わない。


鎧のスケルトンにやられそうになっても泣かなかったヴィクターは、ここで涙を流しそうになった。



家に帰るとヴィクターの姿を見た晴臣はるおみが、慌てて駆け寄ってきた。


「どうなさったのですか? ヴィクター坊ちゃま!」


ヴィクターは、今までの経緯と怪我の程度を話し、一週間ほど休養することを伝えた。


晴臣は、大した怪我では無い事でどこかホッとしたような表情になり、続けて笑顔を作ってヴィクターに話しかけた。


「ご両親と同じように人助けですか! 私はヴィクター坊ちゃまが復讐だけに囚われているのではと心配しておりました」


ヴィクターはその言葉を聞き、ズキリと胸が痛くなった。


怪我ではないこの痛みの理由は分からない。


眉間にしわを寄せていると、後ろから声が聞こえる。


「すごーい! 大きな家とお手伝い付きとは……」


「そちらの方は?」


直弥がなぜか付いてきて勝手に入り込んできた。


晴臣は珍しく警戒して鋭い目を作り、誰なのか問いかける。


ヴィクターは、自分が助けた人物で、今後彼に武器を作ってもらう予定で、さらに今後一緒に探索していくことになると説明した。


「そういうことで、ヴィクター君と一緒に探索をする、探索者兼研究者の石川 直弥です! 今後頻繁にお伺いすることになるので、宜しく!」


「おぉ、ヴィクター坊ちゃまについに友達が!」


「違う! 友達ではない!」


ヴィクターは、なぜか勘違いして感動している晴臣に強く訂正した。


直弥にも帰るように伝えたが、何故か居ついてしまい、その日は夕飯も一緒に食べた後に帰って行った。


「そういえば、こんなに賑やかだったのはいつ以来だろうか……」


それに、直弥が作る打刀はどれほどの物だろうか?


ヴィクターはそんなことを考えながら、その日は床に就いた。

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