蒼の牢獄③-3

木製の階段を降りると、先日探索した和式の回廊が広がっていた。


予定通りに進化もしたし、鎧のスケルトンの対応法も考えた。俺はいける! と回廊の持つ異質な重圧やその他の不安などを振り払うように自分に言い聞かせた。


ミシミシと廊下を鳴らしながら先へ進んでいると、昨日と同じ金属と骨がなる音が近づいてくるのに気付いた。ただし、威圧感などは昨日ほどではない。やはり、進化を優先して探索を進めるべきだと考えた。



ヴィクターは、身体能力強化の魔法を使い、景色を置き去りにしながら鎧のスケルトンへ接近する。


昨日は先手を取られたが、今回はこちらから行かせてもらう。先手必勝。こちらから奇襲をかける事により、戦いの主導権を握り勝利をつかむ。前回は飲まれて忘れてしまったが、父から教えてもらった大切な教えだ。



矢のように突撃し、鎧のスケルトンを強襲する。突きで狙うのは、面頬に開いた口の部分。ヴィクターよりはるかに身長が高いが、打刀の長さを使えば行ける。


一気に鎧のスケルトンの間合いに侵入し、突きをつこうとしたが、スケルトンは籠手で弾こうと動き出した。


さらに鎧のスケルトンは、反対の手で太刀を持ちヴィクターの脛を狙って斬り下ろしをしてくる。


ヴィクターは急いで剣の軌道を変え、脛を狙って振るわれた太刀を防ぐ。金属と金属がぶつかる甲高い音が回廊に響き、火花が飛び散る。


落ち着け、父の教えでは鎧を着ている者は、可動範囲が制限されていて行動を読みやすい。細かい動きが出来ず、体の軸を中心とした動きしかできないからだ。


鎧のスケルトンはヴィクターの打刀をはじいて、振りかぶろうと八相の構えを作ろうとする。


いまだ!


ヴィクターは再び突きのような動きをして、内小手を斬りつける。


鎧のスケルトンはたまらず後退。ヴィクターは体格差を生かし、姿勢を低くして股下に突撃。


すれ違いざまに、膝の裏を切りつける。スケルトンは跪く。しかし、回復力が高く、その状態から袈裟斬りの攻撃をしてくる。


ヴィクターは上体をそらしながら回避。再び小手を斬りつける。スケルトンの両小手が太刀と共に宙を舞う。


ヴィクターの眼光が鋭くなる。勝負どころだ。


魔法の力で打刀の刀身に炎を纏わせる。そして無防備になった鎧のスケルトンに突撃。


魔法の力を持った刀身の狙いは、面頬の隙間の眼球。


ヴィクターの圧倒的な技量と破壊力を持ったその突きは、あっけなくそのスケルトンのくぼんだ目に突き刺さる。


鎧のスケルトンは、圧倒的な魔力の暴力に蹂躙され、穴という穴から炎が噴き出る。


そして、崩れ落ちそうになる鎧のスケルトンの胸板の上部をつかむ。これでヴィクターの指がスケルトンの鎧の喉あてと胸板の間に入り隙間が出来た。そこに打刀の刀身を差し込み、再び炎の魔力で蹂躙する。


さらにそのまま首を切り落とし、崩れそうになっているスケルトンの四肢も切り落とした。


だが、魔石を落とすまでは安心できない。


ヴィクターは猟奇殺人犯のごとく無抵抗になったスケルトンを解体し続けた。


すると、暫くしてスケルトンの分裂した部位が煙になり始め、最後には魔石と金属の塊をドロップした。


「今回は危なげなく倒せた」


ヴィクターは魔石と金属を回収しながら今回の戦闘を振り返った。


鎧の隙間を狙い、動きを最小限にして余力を残しての勝利だった。それに、母の教えもきちんと実践できた。


「ヴィクターの剣術は上手だけれど、それは線や点の攻撃なの。それでは倒せない敵がいるから、その時は魔法の力で剣技を強化して、面や範囲を攻撃を意識して火力を上げるのよ!」


魔法はパワーよ! と言いウィンクしながらヴィクターにアドバイスしていた母、セラフィナを思い出す。


両親の教えを実践し、ダンジョンのモンスターを倒すのは、充実感を覚える。だが、ダンジョン探索はまだ始まったばかりだ。気を抜かずに探索を続け、力をつけなければ。


ヴィクターは勝って兜の緒を締めて、さらなる進化を求めて探索を続けた。



同じような戦闘を十回ほど繰り返し、そろそろ慣れてきたころ、再び体から力が溢れ出る快楽と苦痛が襲ってきた。進化だ。


ヴィクターは周囲を警戒しながら、進化の変異が終わるのを待っていたら、遠くから喧噪が聞こえてきた。恐らく進化したことにより、知覚範囲が広がったことで気付いたのだろう。


進化による体の影響が収まってきたので、喧噪の方へ近づいてみる。普段だったら無視していた。しかし、幸雄とのやり取りで、どこか罪悪感を抱えていた。無意識にその罪悪感に対する苛立ちを感じている。その苛立ちを解消する為に、仕方なくやった行動だった。


「お前の作った武器、ちょっと頑丈な普通の武器と変わらねぇじゃないか!」


「それは、君たちの魔力が少なすぎるからだよ!」


声が聞こえる範囲に近づいたら、戦闘音と口論が聞こえてきた。


この回廊の部屋の中での戦闘だろうか? ヴィクターは感覚を研ぎ澄ませて場所を特定しようとする。音から判断するに近く、複数対複数の戦闘だ。そして、切り裂くような女性の悲鳴が聞こえた。


「なっ! 美香がやられた。もうやってられるか! 撤退だ」


「待て、全員で撤退できる状況じゃないよ!」


戦闘音と怒声が聞こえた後、ヴィクターの十メートル程先の襖が破壊され、中から二人の男が出てきた。二人は全身に傷を追っているものの、重症ではなかった。そして、ヴィクターを一瞥すると、かまわず隣を駆け抜けて、撤退していった。


ヴィクターは進化したてで、自分の戦力が把握できていない。中では死闘が行われている。入るべきか迷ったが、ここでも幸雄の慟哭が頭をよぎった。舌打ちして、ここであんな男の泣き顔を断ち切り、復讐に集中すると意を決して中へと突入した。


「おぉー、助けが来たのかな?」


ヴィクターが室内を見ると、鎧のスケルトンが五体と、一人の眼鏡をかけた髪が無造作でボサボサの若い男と、首に矢が刺さった女の死体があった。男の身長は、175cm程で、なぜか探索用スーツの上に白衣を着ている。あの間延びした声は、この男の物だろうか。よくこの絶体絶命の状況でそんな声が出せるものだと感心した。


無造作な髪型の男は、部屋の端で壁を背にしている。武器は、長めのメイスと大盾だ。


対してスケルトンは、その男を囲うように太刀と槍が二体ずつ、そして奥には弓もいる。


ここまで持ちこたえているとなると、それなりに実力のある人物だろう。しかし、かなり危険な状況だとヴィクターは判断し、即座に全身を魔法で強化し、打刀に炎を宿す。出し惜しみは出来ない。


「なんだ、このとてつもない魔力は! 彼だったら引き出せるのではないか、武器に設定された、マテリアル・トランスミュテーションとリンク・シンクロナイズを!」


こんな状況なのに男は、ヴィクターの魔力を見て頬を高揚させて興奮していた。


男は自身の研究に基づいて作った武器に自信があったが、それを引き出すには、一定以上の魔力が必要だった。突如現れたヴィクターならできるかもしれないと瞳を輝かせた。


「助太刀するから、目の前の事に集中しろ! 殺されるぞ」


ヴィクターは男の反応に若干引きながら、声をかけ、同時に行動を開始する。


畳を抉りながらかけたヴィクターは、とりあえず目の前にいる鎧のスケルトンを攻撃する。


狙いをつけた鎧のスケルトンが、リーチを生かして槍でヴィクターを突く。ヴィクターは回転するように避ける。その勢いを生かして、鎧ごと首を斬る。


空間を赤い剣線が走り、スケルトンの首が宙を舞う。



ヴィクターは、今までよりも簡単にスケルトンを切断でき、体の動きも良いので、進化の効果を感じていた。


これならいける!



男の方へ駆け寄りながら次の標的に狙いをつける。と、その時ヴィクターの後頭部を目掛けて矢が飛んでくる。


これを鞘で叩き落とす。それぞれの手に鞘と刀を持った状態で、風車のように回りだす。


高速で回るヴィクターは、打撲と切断攻撃をあわせもったミキサーや竜巻のようだ。それに巻き込まれた男の周囲にいたスケルトン三体は、バラバラに粉砕された。無事に男の隣まで来ることができた。


しかし、その時鈍い音がする。


「ちぃ! 打刀が持たなかったか!」


そう、ヴィクターが酷使した打刀は、限界を超え、その刀身が粉々に砕けた。


「うおぉぉ! 君、凄い! 魔力高い! 武器のキャパを超えてる! 見たことがない! これなら絶対にできる!」


そのヴィクターの様子を見て、男は激しく興奮し、ヴィクターの全身を舐めまわすように観察しだした。ヴィクターの戦闘の余波で生まれたその場を充満する魔力は、見たことも感じたこともない。男の好奇心が火のついたガソリンのようになった。


しかし、鎧のスケルトンは全て倒したわけではない。弓のスケルトンが、興奮した男の頭部を目掛けて矢を放っていた。


「危ない!」


ヴィクターは自分でもなぜそうしたのか分からず、射線に入り男を突き飛ばした。そして次の瞬間、右の肩に大きな衝撃と、熱さ、激しい痛みが襲ってきた。


「ぐぅ」


ヴィクターは倒れこみながら、自身の右肩を見る。後ろから矢が生えていた。右手がしびれ、力が入らない。幸雄に心を乱されてから行動がおかしい。あいつに苛立って、復讐や力をつける事から外れた判断をしている。今度からは、もっと冷静に余計な感情を持たないようにしなければ。無駄な感情は切り捨てる。情けは身を亡ぼす。とにかく、今はこの状況を何とかする事だ。


「バカ野郎! まだ鎧のスケルトンは、一体も倒していない。何者かは知らないが、戦闘に集中しろ」


「ご、ごめん。あまりにも素晴らしくて……」


ヴィクターは男の謝罪を聞き流しながら、周囲の状況を観察する。


弓を持ったスケルトンは無傷。他のヴィクターが切り刻んだスケルトンも、その驚異の回復力で再び立ち上がった。


こっちは、負傷して武器も破損。鞘しかなく、お荷物までいる。絶体絶命。どうする?


脳裏に死という言葉がよぎった時、男が話しかけてきた。


「ぼ、僕のメイスを使いなよ」


「断る。メイスは使ったことがない。剣術は習得しているので、鞘の方がましだ」


「いや、それでも僕のメイスを使うべきだよ。僕は装備を作る時に二つの研究結果を試したんだ。それが、マテリアル・トランスミュテーションとリンク・シンクロナイズだよ。これは、それぞれ魔力を込めると、物質や原子が振動する事をみつけたんだ。それを利用して、魔力を通す事で、強力な武器の強化と、魔法付与の強化が出来るようになっている」


男はニヤリと不敵な笑みを浮かべてメイスを押し付ける。


「僕のメイスも同様の研究結果を反映している。ただ、強化に必要な振動数に達するのに、かなりの魔力が必要なんだ。でも、実現出来たら、このメイスは今までの武器よりも魔力の通りがよく、さらに1.3倍も魔力を強化できる。君が使えばこの窮地を抜け出せる」


ヴィクターは一瞬メイスを見た後、黙って受け取る。


「これに魔力を通せば良いのだな」


そういってヴィクターは、メイスに魔力を込める。するとメイスの上部にある球体部分が炎にくるまれる。普段と同じように魔力を込めているが、炎やメイスの持つ魔力は、打刀の時よりも力強く感じる。


「確かに、これなら……」


「そうだ、僕のメイスは特別なんだ。だからそいつでぶっ飛ばしちゃってよ。最初は弓のスケルトンからだ!」


ヴィクターは顔をしかめて、男に問う。


「弓のスケルトンは奥にいる。その案を採用すると、弓のスケルトンを倒す間、お前は囲まれるぞ」


「大丈夫、盾があるから。それに、この案が一番生存率が高い」


ヴィクターはその言葉を聞くと同時に駆け出した。


弾丸のように飛び出したヴィクターは、目の前にいた太刀を持っている鎧のスケルトンにメイスを叩きつける。


「すっご!」


頭部が一瞬で粉砕し、スケルトンの全身が炎で包まれる。その様子を見た男の声も聞こえたが、ヴィクターは弓のスケルトンへとかまわず駆ける。


弓のスケルトンがヴィクターに矢を放つ。


半身をそらして回避。片手をやられているヴィクターは、鞘でたたき落とすことが出来ない。肩にズキリと痛みが広がる。


二射目が腹部を目掛けて放たれた。タイミングを合わせて前宙。ヴィクターは風車のように空中を回り、腹の下を矢が通り抜ける。


三射目。再び頭部へ飛んでくる。今度は駒のように回りながら矢を避ける。鼻先に矢の風を受け、音がヒュンと鼓膜を通り抜けた。


そして、ついに弓持ちの鎧のスケルトンまでたどり着いたヴィクターは、その回転の勢いを利用して、頭部にメイスを叩きつけた。


スケルトンの頭部はスイカ割りのように粉々になり、全身が炎に包まれる。ヴィクターは倒れそうになっているスケルトンの腕、足をメイスで叩き折る。


魔石と鉄をドロップするまで、何もできなくなって床に崩れたスケルトンを何度も叩きつけた。


「うぉ! おーい、終わったら早く加勢してくれー。一刻も、早く!」


弓のスケルトンを倒して、一呼吸したら男の声が聞こえてきた。ヴィクターが振り返って様子を見ると、男は上手く体術と盾で鎧のスケルトンの攻撃を裁いている。


あえて端の方に行くことで、大柄の鎧のスケルトンが複数で攻撃するのを防ぎ、盾で押し返したり叩いたりして何とかしのいでるようだった。


怪我人使いが荒いと思いながら、ヴィクターは肩の激痛を無視して再び鎧のスケルトンの集団に突撃する。


「まずは全員の足を狙うんだ!」


ヴィクターは男の声を聞くと膝立ちになり、そこを支点に駒のように回り、メイスを振り回す。全てのスケルトンの脚部を破壊して、一気に四体を床に寝かすことに成功した。


「よし、このまま。倒れたスケルトンを二人で叩きつけておわりだ!」


ヴィクターは男の指示に従い、二人で倒れたスケルトンが魔石と金属をドロップするまでひたすら叩き続けた。


そして、全てのスケルトンの討伐が確認されると、二人とも畳に腰を降ろした。

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