蒼の牢獄③-2
息を整えようとその場で佇んでいると、後ろからツララが突き刺さるような殺気を感じ、急いで横にジャンプした。
ヴィクターは、襖を突き破りながら和室に入る。先ほどまでいた自分の場所に、折れた太刀を持った骨が通りすぎるのが見えた。
通り過ぎた骨の先を見ると、鎧のスケルトンの切断面が再結合して復活していた。
「死んでいなかったのか!」
まるで糸繰り人形が動かされるようにバラバラになった骨が繋がる。両断された骨が浮き、再結合され腕が装着される。
すでに限界に近い自分にこれを対処することができるのか?
ヴィクターは復活した鎧のスケルトンを見て驚愕すると共に、自分の甘さを嫌悪した。煙になって魔石やアイテムをドロップするのを確認していなかった。だが、悔やむのは後だ。今はこの事態を乗り切るのに集中するんだ。
湿気た畳の部屋に鎧のスケルトンが入ってくる。だが、その威圧感は最初の時ほどない。
ヴィクターが観察していると、鎧のスケルトンが喉元に向かって突きを放つ。それを鞘で叩き、弾く。
次はスケルトンの左上からの袈裟斬り、これも刀で弾き飛ばす。
ヴィクターはそこで一旦後ろに下がり、スケルトンを分析する。
先ほどまでの威力やスピードが無くなっている。魔力強化を使わずに対応できている。それに、体格も若干小さくなっている。破壊された鎧も武器も回復していない。
これは、無限に回復できるわけでなく、骨の部分に一定以上のダメージを与えれば撃破できるはず。
再び振られた太刀を、上体をそらすだけでかわす。ヴィクターは、お返しに回し蹴りを喰らわし、鎧のスケルトンは廊下まで吹っ飛ばされた。
そしてヴィクターは大きく息を吸い、全身を魔力で強化し、炎の剣を再生成する。火花が散り、ヴィクターの周囲の温度が上がる。
集中し、感覚が研ぎ澄まされる。今出せる最大の攻撃力と最速の技の合体技。
ヴィクターが力強く畳を踏み込む。踏み込まれた畳は割れ、めくれ上がる。
弱体化した鎧のスケルトンには反応しきれない。
一気に間合いを制圧したヴィクターから高速の連撃が始まる。あまりのスピードで周囲の時間が置き去りにされたような攻撃。
袈裟斬りから始まったそれは、勢いを殺さず壁や天井を足場にして無数の斬撃を繰り出した。空間ごと斬るような鋭い斬撃は、無数の赤い剣線を残し、鎧のスケルトンがそれに塗りつぶされた。
ヴィクターが鎧のスケルトンを背後にして通り抜けた後、止まる。そして、周囲の時間は動き出す。赤い剣線が消えた後、鎧のスケルトンは無数に分裂し、崩れ落ちた。
ヴィクターはそれらが完璧に消滅し、魔石と金属の塊がドロップされたのを見て床に倒れこんだ。
「クソ!」
ヴィクターは床を拳でたたき、悪態をつきながら先ほどの戦闘を振り返る。
必要のない魔力を使いすぎた。身体能力はあそこまで強化する必要がなかった。炎の剣も常に出しっぱなしだった。必要な時にだけ発動し、魔力の消費を抑えるべきだった。
鎧を直接斬るなんて、無駄が多すぎた。関節や喉など、相手の防御の少ない所を狙い、継戦能力を維持すべきだった。それに相手の死を確認しない甘さ。改善点が山のようにある。自分の甘さに反吐が出そうだ。
考えながら自分の使った打刀の刀身を見る。すると、僅かにゆがみが生じている。
無理に使い過ぎた反動が自分にだけでなく武器の方にも表れていた。
この戦闘は勝利したが、探索者としては失敗だ。なぜそうなったのか、それは考えるまでもない。
飲まれていたのだ。自分は前世の記憶があるけど、それは21世紀の常識や街の風景等位だ。なんとなく精神は成人に近かった気がするが、それまでに培われるはずの人間の成長に必要な経験がすっぽり抜け落ちている。
ようするに自分は頭でっかちの子供で経験が足りずに、ダンジョンの雰囲気や鎧のスケルトンに圧倒され冷静さを失ったのだ。
ヴィクターは、今までのダンジョン探索が順調だった反動で今回の失敗を余計に悔やんだ。そして、今度からは慎重に、そして慣れるまでは次の階へ行かず、鎧のスケルトンで自身を鍛えようと決意した。
暫くその場で休み、鎧のスケルトンのドロップ品を回収して一度ダンジョンから出る事にした。
「すごいですね! ヴィクターさん。今日は二日目ですよね」
買取フロアの受付嬢が興奮気味に話すと、周囲の視線がヴィクターに集まる。
「鎧のスケルトンを単独で二日目に討伐したのは最短記録です! それも単独で」
「そうか。でも、一体倒しただけで限界だったが……」
なので鎧のスケルトンの魔石と金属の塊も一つずつで、稼ぎ的にはマイナスだとため息交じりに答えた。だが、受付嬢はフンと鼻息混じりに言葉をかぶせてきた。
「問題ないです! ヴィクターさんはまだ進化もさほどされていないはず。なら、この調子で探索していけば、かならず成長してお金もガッポリ稼げるようになります!」
受付嬢は、なぜか得意げに胸をそらして断言した。しかし、換金金額は鎧のスケルトンの魔石が千円。そして他のただのスケルトンが百円かける5体で五百円。合計千五百円と命がけにしては、なんとも割の合わない金額で流石のヴィクターも涙が出そうになった。ほんのちょっとだけ。さらに税金が一割引かれるという泣きっ面に蜂で、モンスターより政府の方が凶悪ではないかと一瞬頭によぎった。
ヴィクターは、今日の探索の内容と受け取った金額を見て苦い顔を作り帰ろうとした時、後ろから声をかけられた。
「いやぁ~、新人なのに凄いね!」
振り向くと糸目で金髪オールバックの男がいた。表情は笑顔で人当たりが良さそうで年齢は不詳。身長は175cm位だろうか。どこか軽薄にも見える雰囲気だ。
「何か用か?」
ヴィクターはどことなく気味悪さを感じながらも答えた。
「僕は、このダンジョンで長く稼がせてもらっている
「何かアドバイスでも?」
ヴィクターは、不信感を拭えずに冷たい碧眼と言葉を神崎に返す。
「う~ん、急に話しかけてビックリさせちゃったみたいだね。ただ、僕は優秀な探索者が好きだからね。もっと稼ぎたいとか、良いドロップ品の場所等知りたければいつでも聞きにおいでよ」
「神崎さん、不用意に他の探索者に話しかけないでください。いつも言っているでしょ」
神崎と名乗った男は、受付嬢にそう言われると「はい、はい」と笑みを浮かべながら帰って行った。
「ごめんなさい、あの人は長く安定して稼いでいる探索者で悪い人ではないのですが、誰彼構わずに話しかけるので、初心者の人は警戒しちゃいますよね」
受付嬢はヴィクターに平謝りして神崎という男を教えてくれた。ヴィクターからすれば、あなたが大きな声で買取をするから目立ったのだろうと思った。
そして、探索者が他の探索者を警戒するのには理由がある。
それは、ダンジョンの中は国家権力が行き届かず、殺人などもばれにくい。ただ、探索者が他者を殺してもメリットがあまりない。
というのも倒してドロップ品や装備を奪っても、ドロップ品は売れても装備を売れば殺人がばれやすい。なぜなら、全ての探索者の装備はギルドに登録されているからだ。ばれなくてもギルドから警戒され活動が困難になる。それに、自分より弱い相手を倒してドロップ品を奪うのは効率が悪い。
それは、いずれ自分より弱い者は減少するし、それをするくらいならモンスターを倒せば良い。
だから長くこのダンジョンで探索者をしてギルド嬢に認知されているのなら、神崎という男はさほど危険ではないのかもしれない。
「おい、おい、どうした」
ヴィクターが考えていると、昨日初心者講習の講師を務めた鷹村が奥からやってきた。
鷹村は、今までのやり取りを受付嬢から聞くと神妙な表情を作った。そしてヴィクターに話しかける。
「あまり大きな声では言えないが、あいつには警戒しろ」
「何か問題があるのか?」
ヴィクターは、自分の直感が正しかったのだろうかと確認するために疑問を投げかけた。
「確証はない。ただ、あいつと仲良くしていた有望な探索者が何人か行方不明になっている。まぁ、あいつは十年以上やっているから割合的には普通で、少ないのだが……」
苦虫を噛み潰したような顔をした鷹村は、それだけ言ってヴィクターに背を向けそそくさとダンジョンへ向かっていった。
どういうことかとヴィクターは視線で受付嬢を見たが、彼女も肩をすくめるだけで何も分からないようだ。
ここにいても何も分からないし、今日は疲れたのでそのまま家へ向かうことにした。
帰宅したヴィクターは庭で自分の動きを確認した後、シャワーや食事を済ませてすぐに床に入った。
それを見た晴臣は深いため息をついた。
帰宅後のヴィクターは、ずっと眉間にしわを寄せていた。恐らくダンジョンで思うように行かなかったのだろうと晴臣は思った。
自分も若い頃探索者だった。あれは、地球にダンジョンが出来て間もない頃だった。しかし、才能もなくパーティーを組んで探索しても上手くいかなかった。
そんな状況なので稼げないので、無理して実力以上の階層に踏み入ったら自分以外のメンバーは全滅した。自分もモンスターに殺される寸前で、ヴィクターの両親、武雄とセラフィナに助けられた。
助かったのは良いが、収入がない。仲間も失った。失望の中にいた時に、二人が家の手伝いとして雇ってくれた。
それから何とかして二人の為になりたい、恩を返したいと思っていたのに、二人は帰らぬ人になった。
せめてヴィクターだけでも守り、寿命を全うさせることで二人への恩を返したいと思った。例え給金が尽きても、ヴィクターにつくすと決めている。しかし、ヴィクターは復讐に燃え探索者になった。彼の実力は自分よりはるか上にあり、止めることも出来ない。
それに復讐という黒い感情から来ている行動だが、別に悪事を働いているわけでもない。もし社会的に悪い事をしているのなら咎めることも出来るのだが……。
晴臣は、苦しむヴィクターに何もしてやれず、さらに止めることも出来ない事に無力を感じた。そしてせめて家の事等でコンディションを落とさぬように、家事をして彼の無事を祈るしかないと申し訳なさを武雄とセラフィナに祈った。
「どうか、焦らず安全第一で今日も無事に帰ってきてください」
「分かっている。行ってくる」
翌日、今日もヴィクターは、晴臣に見送られながら明治神宮ダンジョンへと向かった。
今日はまず最初の階層でただのスケルトンを大量に倒し、進化をする。
一階の敵が余裕だからと言って、下の階層は時期尚早だった。自分は一人なのだから過剰なくらい準備をして下の階へ向かわなければ。
そして、進化による自身の成長、強化は想像以上に大きい。もう一度進化することが出来れば、鎧のスケルトンも安定して倒すことができるだろう。
ヴィクターは頭の中で方針を確認して、ダンジョンへ入っていった。
予定通りに最初の階層で、ただのスケルトンを探し倒していく。昨日と同じで一度進化しているので、全く手こずらない。
ただ、違う点は今日の攻撃は極力魔力を抑え、動きを最小限にして行動をしていた。また、打刀で攻撃する際も、今までのように硬い所でも構わず攻撃するのではなく、関節や喉など弱い所を集中して攻撃するように意識していた。
これは鎧のスケルトンを想定しての動きであり、耐久値が心もとない打刀の消耗を抑える為だった。
二十体ほど倒した後、体の内から熱が出てきて、快楽と苦痛に飲み込まれそうになった。進化だ。
ヴィクターは進化による体の変異が収まり、下の階層へ向かっている途中でスケルトンの集団に苦戦している人物を見つけた。
へっぴり腰で槍を持って戦っている
さすがに目の前で顔見知りが死なれるのは気まずいと思い、ヴィクターは救助することにする。
迅速に助けたいため、魔力で身体能力を強化し駆け出す。一瞬でトップスピードになったヴィクターはスケルトンの後方から襲い掛かる。スケルトンは幸雄に気を取られていて気付いていない。
ヴィクターの一閃。一体のスケルトンの首が宙を舞う。
二撃目。二体目の胴と腕を両断され崩れ落ちる。
勢いを殺さずに回し蹴り。三体目のスケルトンが粉砕しながら壁に飛んでいく。
切り上げの斬撃。四体目のスケルトンはヴィクターに気付いて振り向いたが対応できず分裂した。
その体制からの袈裟斬り。一切のよどみのない流れる水のような連撃は、最後のスケルトンも魔石へと変換した。
スケルトンが崩れ落ち、魔石に変わる中、幸雄に視線を向ける。
幸雄は安心して腰が抜けたのか、背中を壁につけ、ズルズルと尻を地面につけていた。ただ、その目と口は驚愕して、大きな皿のように開いていた。
ヴィクターはそんな幸雄を数秒ほど見た後に口を開いた。
「なぜ、一人でスケルトンの集団と戦闘を?」
ヴィクターの冷たい碧眼に囚われた幸雄は、暫くモゴモゴと口を動かした後にやっと答えだした。
「そ、その、どうしても収入が必要で。それに、進化も中々しないから、数をこなせば速く強くなると思って……」
自分でも無理をしたと思っているのか、幸雄はどこか分が悪いような声音で弱弱しかった。
ヴィクターは、助けに入る前の幸雄の戦いや、今の受け答え、考え方を見て呆れてしまう。そして、無慈悲な言葉で幸雄の行動を一刀両断しようとする。
「辞めた方が良い、今すぐに。お前には考え方も、実力、才能、全てが備わっていな」
「うるさい! 何が分かる」
ヴィクターが言い終える前に、幸雄の怒声がのしかかってきた。
表情を見ると、今までの彼のイメージからは想像もつかない般若のような顔を作っていた。
「必死に頑張ってゲーム会社に入ったら、ダンジョンが出来た。今まで何とかやってきたけれど、このご時世で売り上げがどんどん下がって行って、潰れて失業!」
床をダンダン拳で叩きながら幸雄は、怒鳴り散らす。ヴィクターはその様子に気押されして何も言えない。そんなヴィクターを睨みながら、幸雄はさらに言葉を続ける。
「入社したころに結婚して娘が出来たんだ。でも、妻は出産時に死んでしまって、僕だけで育てている。娘には危険な仕事をしてほしくない! だから探索者になったんだ。学費と生活費の為に今すぐにお金が必要なんだ!」
その言葉の後、幸雄は一瞬静かになったら、次には大粒の涙を流し始めた。
「でも、僕には才能がない。他にできる事もない。どうすれば良いんだ……どうすれば良いんだ! 才能と力、資金がある君には分からないだろう!」
唾を飛ばしながら慟哭する幸雄を見て、ヴィクターは何をすべきなのか分からない。返す言葉もない。お前の努力と準備が足りないからだと喉まで出かかったが、引っ掛かって口に出なかった。
「今倒したスケルトンの魔石はここに置いていく。少ないが好きにしてくれ」
ヴィクターはそれだけ言い、逃げるようにその場を後にした。
後ろから「すまない。そして、助けてくれてありがとう」と呟く声が聞こえた。
ヴィクターは腹の奥から僅かに罪悪感を感じていたが、理由は分からなかった。もし幸雄が自分の道を邪魔するなら、その罪悪感と共に問答無用で切り捨てると決めつけた。幸雄に対する感情など本来自分に必要のない感情だ。
ただ、強くなって、復讐を果たすのだと自分に言い聞かせながら下層へ向かっていった。
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