蒼の牢獄⑦-3

 ヴィクターはそれから数日間ひたすら庭で訓練を続けていた。


 より強くなる為と無暗に木刀を振っていたが、無意識に想定する敵は焔天狗ほむらてんぐや、その前に戦った蛙の鬼。


 両親と戦う想定をしなければいけないが、それが出来なかった。


 もう一度ダンジョンへ籠り、一人でも探索できる範囲で敵を倒し続ければ、進化して勝率も上がるが、それもしなかった。いや、出来なかった。


「あっ、練習していたんだ。ヴィクター君……」


 太陽が真上に来る頃、ひたすら木刀を振り回していると、直弥が庭の入り口から覗いていた。


 ヴィクターは視線だけを移して、呼吸を荒げたまま返答しない。


「その、持ってきたものと話したいことがあるから中に入れてくれないか」


 この時ヴィクターは、お前がもっと強ければ、俺が両親と戦わずに済んだのにと怒鳴りたい衝動に襲われていた。


 しかし、直弥にそれを言っても意味はない。状況は改善されない。


 俺も含めて弱さが全ての悪だとぐっと飲みこみ、二人でリビングへ向かった。


「どうぞ」


 ヴィクターの家で家事をしている晴臣が、二人に紅茶とお菓子を出す。


「それで何の用だ」


「ヴィクター君……」


 ヴィクターの冷たい視線を受けて直弥はゴクリと唾をのむ。そして、意を決して話す。


「ヴィクター君、もう一度、戦うべきだと思う」


「分かっている」


 直弥の言葉を聞いてヴィクターは、歯を食いしばって吐き捨てる。


 それを見て、やはりまだ完璧には立ち直れていないなと直弥は感じた。


「そう、気付いていると思うけれど、君の両親の体は何者かに操られている。そして、今まであの階層に降りてきた探索者を殺め続けている。だから、その操っている奴を……」


「分かっていると言っている!」


 ヴィクターは直弥の言葉を遮り、テーブルを拳で叩いた。


 二人のカップに入っている紅茶が揺れ波紋が不規則に広がる。


「俺が倒さなければいけないんだ」


 両腕の肘をテーブルに乗せて頭を抱えたヴィクターは、表情が見えないまま言葉を続ける。


 その声音は、所々詰まっていた。


「だが、どうしても、どうしても覚悟ができない……。もし、両親を前にしたら、あの時のように動けなくなるかもと思ってしまう……」


 そのまま止まってしまったヴィクターに直弥はどう声をかけていいか分からない。


 自分の両親は健在で、今も同居している。そんな自分の言葉がヴィクターに届くのか?


 打開策が見つからないまま、時計の針の音だけが聞こえる。


 その時にキッチンから晴臣はるおみが出てきた。


「ご両親の武雄たけおさんとセラフィナさんは、ダンジョンで多くの人を助けてきました。私も助けられたその一人です」


 分かっている。その弱い奴らのせいで両親は死んだんだと思いながら、ヴィクターは晴臣はるおみの声に耳を傾け続けた。


「その優しいお二人が、自分達の意思に反して、勝手に殺人に体を使われてさぞ無念だと思います」


 晴臣の嗚咽交じりの声だけが部屋に広がる。


 そうだ、確かに誰かが、両親の意思に反して体を使っている。それは父と母に対する侮辱だ。絶対に許さない!


 心の中の炎がさらに猛々しく燃え上がるのを感じる。


「ご両親を解放してあげられるのは、ヴィクター坊ちゃまだけなのです」


 晴臣は声を震わせながら、涙をにじませた目でヴィクターを真っすぐ見つめた。


武雄たけおさんとセラフィナさんは、本当に素晴らしい人でした。その生前の優しさは、肉体にも宿っていたはずです。でも……その体を無理やり殺戮に使われているなんて……。どうか、どうか、あのお優しい両親を、これ以上苦しませないで上げてください」


 晴臣はるおみの言葉が、胸の奥でズシリと重く響いた。


 確かに、俺しかいない。だが、果たして実際に両親と対峙した時に、それを実行できるか?


 ふと浮かんだ弱音と疑問に、心の奥から苛立ちと怒りがわき上がる。


 何を弱者のような事を言っている。弱さは悪だ。


 俺がやらねば、父と母は体を良いように使われ、永遠に望まない事をさせられてしまう。


 そして、それを止められるのは俺しかいないのだ。


 そして、誰かが両親をこんな風にした。ならばそいつを滅ぼす。


 それが俺の唯一の正義であり、支えだ。


「俺が弄ばれた両親を開放する。もうこれ以上、両親を侮辱する事は何人たりとも許さん!」


 顔を上げたヴィクターの碧眼は闘志と復讐で燃え盛っていた。


 迷いは消え、怒りと憎悪がヴィクターを支配していた。


 直弥はその表情を見て、ヴィクターの覚悟が決まったと悟る。


「恐らく次も激戦になると思うから、新しい武器を持ってきたよ」


 直弥がそう言うと、場所を食卓からリビングへ移動した。


 そこで、四次元バックからハードケースを取り出す。中を開くと鞘に入った新たな打刀が収納されていた。


 ヴィクターはそれを取り出し、鞘から抜いてみるが、今までとは違いが分からない。


「どこが強化されたんだ?」


 その疑問を聞いた直弥はニヤリと口角を上げる。


「まずは、今までの魔力を通すと性能が強化される特性が、2倍になっている」


「ほぉ」


「そして、注目すべきは、その魔力を流して強化する時に原子が振動する特性を生かせないか考えたんだ」


 直弥は、伊達メガネをクイッと上げながらどこか自信にあふれている。


 簡潔に速く教えろと視線で促すと再び口を開いて説明を始める。


「その振動を生かして刃が振動し、切断力が上昇したんだ。また、魔法的な切断力も上昇しているから、魔法のシールドも破壊できるようになったよ。総合的に攻撃力は10倍以上になったね」


 昔からある超音波カッターの応用だね、と直弥は付け加えた。


 その説明を聞いたヴィクターは満足し、次の日から再びダンジョンへ潜ると決めた。


 ちなみに、以前脱出の時に直弥が投げ捨てた盾は代わりの強化されたものが作られたらしい。


 次の日は早朝から再びダンジョンへと向かった。


 ヴィクターと直弥は、まずは二十四階でモンスターを大量に倒して、進化をしてから二十六階へ降りていった。


 自然と緊張感が高まる。


 直弥はヴィクターに大丈夫かと尋ねようとしたが、やめておいた。


 大丈夫なわけないし、出来ないならここに居るはずがないのだから。


 息が詰まるような張り詰めた雰囲気で、探索を続けた。


 いつでもヴィクターの両親が襲ってきても良いように。


 しかし、そのような事は起こらず、地下三十階のボス部屋の前まで来た。


「ヴィクター君、多分」


「あぁ、分かっている」


 直弥が全て言うまでもヴィクターも分かっていた。


 恐らくこのボス部屋の後に再び襲ってくる。


 あのフェニックスと盾の模様は、影縫い組が使った魔炎精とヴィクターの両親の背中の装置にも入っていた。


 どちらも同じ人物が背後にいるのなら、同じやり口でボス戦の後に襲ってくる可能性が高い。


 ヴィクターは、覚悟を決めてボス部屋の扉の中へと進んでいった。


 中は、破壊された神社のような建物や、折れた刀などの武器が散乱する、戦国時代の戦争直後のような場所だった。


 事前に調べたボスの名前は、赫鷹鬼かくようきだ。


 この広い野戦後のどこにいるんだ?


 敵の気配を探していると、空中に大きな殺気を感じた。


 そこに視線を向けると、鷹と赤鬼が融合したような2メートルほどのモンスターがいた。


 上半身は猛々しい鬼のようで、鷹のような翼と、下半身を持っていた。


 鋭い牙と爪を手足につけており、全身は炎のような毛で覆われていた。


 赫鷹鬼かくようきは、大地が振るえるような咆哮の後に、鍵爪のようにした手をヴィクターたちの方へ振る。


 そうすると風の斬撃が空気を斬りヴィクターへ飛んでいく。


 サイドステップで回避。


 だが、すでに赫鷹鬼かくようきは弾丸のように飛び出してヴィクターの眼前に飛び出していた。


 赫鷹鬼かくようきは、打撃をくらわそうと腕を振りかぶっていた。


 巨大な拳が眼前に迫る。


 だが、これも身を反らしながら後転し、回避した。


 空を切った赫鷹鬼かくようきの拳が地面を砕き、轟音を響かせる。


「こんなものか……」


 凶悪な敵の見た目に反して、恐怖や緊張感、圧迫感を感じない。


 敵の羽の周囲と、通り過ぎた地面が燃えていたが、ヴィクターは、氷の魔法ですべて消火した。


 ヴィクターは赫鷹鬼かくようきの動きを冷静に見極めていた。


 だがその時、両親との決戦が頭の隅によぎった。


 もし両親がこの敵のように自由に飛び回る事が出来たのなら、俺は勝てるのか?


 こんな妄想は意味の無い事だと頭を振り、打刀を構えなおす。


 その間に敵は再び空中に移動していた。


「ヴィクター君! 羽だ。あの高速を殺すことができるよ!」


「あぁ」


 あの羽を狙うことくらい分かっている。


 すぐに死なれたら、超振動の打刀の試し切りにもならない。


 雑魚以外でも試したい気持ちがあった。


 そもそも直弥は、あれが高速に見えたのだろうか?


 再び空中から同じように、風の斬撃を飛ばす赫鷹鬼かくようき


 それに向かってヴィクターは打刀を抜刀し、風の斬撃を叩き切る。


 しかし、すでに再び打撃をくらわせようとする赫鷹鬼の拳が迫っている。


「同じ芸を……。見た目の通り頭は悪いようだ」


 赫鷹鬼の拳が地面を砕いたとき、ヴィクターはすでに次の一歩を踏み出していた。


 圧倒的な速さで、回避と間合いの侵略を同時に行い、氷を纏った打刀で周囲の炎ごと相手の翼を叩き切った。


 以前の打刀とヴィクターであれば、傷をつけることは出来ても切り落とすことは出来なかっただろう。


 赫鷹鬼かくようきはバランスを失い、勢いを殺せぬまま爆音と共に地面に激突した。


 地面を抉り、激しく土煙をだしながら、滑っていき数秒たってやっと停止した。


 赫鷹鬼かくようきは、羽は斬られたが、まだ生きているようで雄たけびを上げて立ち上がった。


 羽の切断面からは血が噴き出し、頭の角は折れている。


 赫鷹鬼かくようきは自分を傷つけた相手を睨みつけようとしたが、元居た場所にいない。


「ここだ。間抜け」


 すぐ真横から声がした。横を見ると、ヴィクターが刀を振るっている。


 その神速の斬撃に対応できず、首と胴を斬られ、赫鷹鬼かくようきは絶命した。


 この時ヴィクターは再び進化もした。


「いやー、ヴィクター君すごいね。進化の度の強化が、通常じゃありえない位の能力の伸びだよ。僕の超振動の打刀のおかげもあるけど」


 直弥が褒めているのか、自画自賛をしているのか分からないような事を言いながら近づいて来る。


 ヴィクターはドロップ品の魔石二つと、大量の羽を回収しながら口を開く。


「前哨戦だからな……」


 その言葉と共に、先ほどの戦闘を振り返る。


 この程度の力で両親を救えるのか? まだだ、まだ到底足りない。


 もっと強く、力を。俺の前に現れ、障害となる物を踏みつぶし、全てを跳ね除ける力を与えろ。


「ここで手間取る訳にはいかないよね」


 ただならぬ雰囲気を出しているヴィクターを見て、直弥はそう呟いた。


 その直後、何者かが次の扉から侵入してきた。


 そして、そこから高熱の光線がこちらに向かって飛んでくる。


「直弥!」


 ヴィクターは、回避しながら注意の為に声を上げる。直弥もそれを聞いて、攻撃態勢を取りながらその場から離れる。

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