蒼の牢獄②-2

初心者講習は、終わったようだ。これからダンジョンに向かう事が出来る。


ヴィクターは、多少鷹村の行動に不信感を抱いた。しかし、早くダンジョンに潜りたいが為、気にせずに装備を購入しようと歩き出した。


その直後、後ろから声をかけられた。


「いやぁー、君はすごいねぇ」


人当たりの良さそうな声の方を向くと、幸雄が苦笑いを浮かべていた。


「どうかしたか?」


「最年少の君があれだけ動けるのだから、何か武術にコツなどないかと思って。ほら、僕は才能がないから……」


どこかばつの悪そうな幸雄に対して、ヴィクターはため息を我慢して答えた。


「自分は幼少のころから鍛錬を重ねてきた。コツなんて都合の良い物はない」


「あはは。そうだよね。足を止めて悪かったね。それで本題なんだけれど……」


幸雄はどこか言いにくそうに何度か口をもごもごさせた後、息を吸って次の言葉を発した。


「僕と一緒にダンジョン探索をしてくれないか?」


「はっ?」


ヴィクターは、予想もしていない言葉に目を大きく開き、口を開けてしまった。その姿を気にせず、幸雄は自分の考えを矢継ぎ早に話す。


「た、確かに今の僕は無力だ。だが、君が協力してくれたら、早く進化、成長できるだろう。そしたら、僕も君の役に立つと思う。そうしたら、二人でより安全に探索、お金を稼ぐことができる」


最後にどうしても早く稼げるようにならなければいけないと言い、幸雄は深く頭を下げた。


それを見たヴィクターは堪えきれなくなって大きくため息をつき、答えを返した。


「無理だ。お前と組むメリットがない。今後お前が強くなる保証もない。今のままでは、ただのお荷物だ」


そもそも、なぜ急に力も準備もなしに探索者になろうとしたのか? という疑問がヴィクターの中であふれる。会社が倒産しても他に仕事はあるのではないか?


「せめて必要な努力と準備をして、ある程度力をつけてから共同探索を願い出るべきだ」


そう冷たく言ってヴィクターはその場を去った。



自分は、お荷物を背負ってまでダンジョン探索をする余裕はないし、練習を見てあげることもできない。


理由は一刻も早く自分が強くなり、ダンジョンで両親を殺したものに復讐を果たさなければならないからだ。


足枷をつけてダンジョンを歩くような真似はしたくない。


彼は才能もなく、準備も不十分だ。このまま探索者になれば死という最悪の事態が実現されてしまうかもしれない。それでも、探索者を選んだのは彼の選択だ。自分の復讐を後回しにしてまで彼につきあう必要はない。


さすがに目の前で死なれたら気分は悪いが、一緒にダンジョンへ潜る気なんてない。どうなっても自分の責任ではない。


ヴィクターはそう自分に言い聞かせた後に復讐を優先して、同じ建物の中にある装備販売施設へと向かった。



幸雄が頭を下げたまま震えているのに気付かずに……。



地下鉄駅のようなコンクリートで固められた廊下を進むと、装備販売施設に着いた。先ほど講習を受けた人がほとんどいた。


ヴィクターは購入する物が決まっているので、刀が置いてあるエリアへ向かった。


太刀や打刀等が多く置いてある場所にたどり着くと、どれを購入するかそれぞれ観察する。数万円から百万を超えるような物もある。ダンジョンから出てきた物もあり、それらは総じて高額で一千万を超える。


防具も買わなければいけないので、百万円台の物で良いものを探す。



太刀はダンジョンの狭いエリアだと使いにくいので、打刀を選ぶ。その中で強度と切れ味が良さそうなものを選んだ。さらにこの打刀の鞘は、ベルトに簡単に着脱できるようになっている。状況に応じて様々な用途に使えそうだ。


次に防具を買う。防具は決まっていてモーターサイクルのアーマーのようなものが主流だ。合成繊維でできた全身スパッツのような物に、要所要所で合成樹脂の装甲がついているものだ。これは一般的なナイフや剣では斬れず、ある程度の弾丸も通さない、軽くて優れた防具だ。汗や湿度などの対策もしてある。



レジに行くと、合計で200万と登録料がそれぞれ10万円して計220万円するらしい。


この登録料とは、どの探索者がどの武器を持っているか政府機関が判別するためにデータベースに登録する料金だそうだ。さらに消費税がかかり、合計242万円、政府は探索者からどれだけ金を搾り取るのか? とヴィクターは疑問を感じずにはいられなかった。


レジから出るとき他の受講者を見たが、ほとんどの人が武器だけ買い、防具は購入していなかった。武器も数万円〜10万円位の粗悪なものを購入していた。


ヴィクターは、自分の両親が残してくれた遺産の大きさに改めて感謝した。そして、両親の優秀さにどこか優越感を感じていた。



着衣室で購入した防具と刀を装備して施設内にあるダンジョンへ向かう。


今までと変わらない廊下だが、上部を見ると大型シャッターが収納されている箇所が多数あるのが分かる。おそらくスタンピード(モンスターがダンジョンから大量発生して溢れ出ること)が起こった時の対策だろう。


金属でできたゲートを抜けてダンジョンの前まで来た。


洞窟のような石垣のような人工と自然の合間にある岩でできた洞窟が口を開けて待っている。


ヴィクター以外の人々もその穴を行き来している。穴の大きさは、大人の男が横に10人並んでも通れるくらいの大きな穴だ。


ヴィクターもダンジョンの中へ入っていく。緊張するのかと思ったがそのようなこともなく、ただひたすらに早く戦い、強くなりたいという思いがあるだけだった。



ダンジョンの中は石造りの巨大な迷路のようになっていた。多少薄暗さはあるが、所々光る石がはめ込まれていて不自由は感じない。このダンジョンは、地上から地下へと続いている構造のようだ。


ダンジョンの構造は全く解明されておらず、外側から掘って行っても全くたどり着けない。別の次元にある何かというのが定説だ。


なので下層へ進んでいくとガラリと中の構造が変化する場合もあるらしい。それぞれの階層に下へと続く階段がある。下へ行くほど強いモンスターが出てきて、特殊なアイテムなども発見でき、稼ぎが良くなる。そして、階段を降りると平原や森等、地形そのものが変化するとされている。


ダンジョンの入り口付近は人も多く、モンスターもいないので少し奥へと進んでいく。その時に鞘に入れていた打刀を抜刀し、八相の構えをとる。


この構えは狭い所でも立ち回りがしやすく、長く持っていても疲労が少ない。ヴィクターは、なぜ父がこの構えをしていたかを考えた時期があった。その理由に気付いてからは、この構えを取るようにしている。



ダンジョンの中は空気が若干湿っていてこもっている。そして、光源はあるものの角が暗く、そこに何かが潜んでいそうな気がする。独特の緊張感だ……。


ダンジョンの不気味さを感じても、胸の奥からの絶叫がそれを押し流す。



ダンジョンの深部へ向かい、両親の死の秘密の解明、もしくはダンジョンの破壊を——と心が叫んでいる。


しかし、今の自分は初心者だ。ここで焦るべきではない。


今日は魔法なしでどこまで戦えるかをこの上層で試す。もし余裕がないなら魔法も使う。


そして、進化を一回だけ体験したら帰宅する。着実に力をつけないと、自分が死んでしまい、目的が果たせないから。何せこの世界でダンジョンを攻略した人物はいない。


考えながらしばらく歩き、周囲に人がいなくなったころ、カランコロンと軽い個体が地面を叩く音が響く。ヴィクターが前方に目を凝らすと、ダンジョンの曲がり角から白骨化した骸骨が出てきた。肉もないのに動くその姿はモンスターであることがはっきりとわかり、左手には折れて錆びた刀を持っている。スケルトンとも呼ばれている下級のモンスターだ。


この階層にはスケルトンしか出現しない。


一応、ギルドで攻略済みの階層に出現するモンスターの名前を調べることができる。だが、詳しいモンスターの特徴の情報は公表されていない。


理由は、モンスターの情報が一般に漏れると不要な混乱を招くという事だが、理解しかねる……。


そんな不満を頭で膨らませていると、スケルトンのその全てを吸い込む虚空のような髑髏の目がヴィクターをとらえた。どこかその目がピカリと光ったように感じた後、ゆっくりとヴィクターに近づいてくる。



ヴィクターはスケルトンを凝視する。一歩二歩と近づいてきて、その足がヴィクターの間合いに入った瞬間動き出す。


相手の攻撃が始まる前に、ヴィクターはやや左側に踏み込み駆ける。一気に距離を詰められたスケルトンは、苦し紛れに折れた刀を上段から振り落とす。


しかし、ヴィクターの打刀はコマ送りのように素早く動いた。その動きは、八相の構えから腕を突き出し手首をひねり、刃先を天に向けてスケルトンの手首を下から切り落とす動きになった。


スピードも間合いの長さもヴィクターの方が上なので、あっさりとスケルトンの手首を切り落とした。ヴィクターはそこで止まらず、そのままの勢いで突撃し切り上げた。そうするとスケルトンの顎の下から頭上を切り上げる形となり、スケルトンの頭部が分裂した。


幼いころから過去に何度も訓練してきた動きだ。刀を振るう腕の感覚とヴィクターの心が完璧に同調している。


「初陣にしてはあっけなかったな」


ヴィクターがそう呟くと同時にスケルトンは崩れ落ち、しばらくすると消えてしまった。そこにはきらきら光る小さな石が落ちていた。


これは魔石と呼ばれるものでモンスターを倒せば手に入る石だ。


魔石はエネルギー効率が良く、現在の日本の文明を支えている重要なエネルギー資源だ。これが換金対象となり、探索者の収入源となる。そして魔石の価値や大きさはモンスターの強さに比例している。スケルトンは最弱のモンスターなので、一つ百円にしかならない。


ヴィクターはそれを持ってきていたバッグへ入れ、新しい敵を見つけるため散策を再び始めた。



先ほどの敵と戦ってみてスケルトンなら複数体でも大丈夫だと確信を持ち、どんどんと奥へと進んでいった。今日の目標は進化を一つすること。「早く敵よ来い」と願う。



しばらく進んだ後、ヴィクターの願いが通じたのか再びカランコロンと音が聞こえてきた。しかもいくつか重なり合っている。


奥の方向に進むと、今度はスケルトンが三体いた。それぞれ折れた刀と一体だけ折れた槍を持っている。


複数体いる事を確認すると、幼い時に父が教えてくれた事を思い出す。



どんな時も冷静に。そして迅速に数を減らして、囲まれないようにしろ。そして、勝てそうにないなら逃げろ。



父の教えを胸に、ヴィクターは相手がこちらに気付く前に駆け出す。


先手必勝。


父の教えに倣った行動だ。最初の一体は相手の力量を見るためにあえて発見されてから行動をとった。今回は違う。相手の動きが遅いのは観察済みだ。



肉食獣が一気に相手の間合いを制圧するように加速する。まずは、三体横並びで歩いているヴィクターから見て一番左端の一体。ダンジョンの石壁を背にするように回り込み、後方から攻撃されないように気を付ける。


相手も気付いたがもう遅い。今回は矢のように突き出したヴィクターの突きが相手の喉を貫き、破壊した。


骨を砕く感触がする。父から教えてもらった剣技で敵を倒すと、仇討ちをしているようで高揚する。


今度はその隣にいたスケルトンが折れた槍をヴィクターの右側から振ってきた。それをヴィクターは突きの体勢そのままで体を回転させる。


そして相手の槍を弾いた。そのまま再び突撃しながら勢いをつけて、左回し蹴りを頭部に喰らわす。回転と突撃を融合させたヴィクターの蹴りの威力は凄まじく、スケルトンの頭部を粉砕した。


砕けた骨から腐敗臭が漂う。それがヴィクターが生きているのと、相手を倒したという実感を与え、鼓動が熱く高鳴る。


三体目のスケルトンは、今倒したスケルトンの後ろからすでに攻撃を開始していた。上から振られたその折れた刃はヴィクターの首へと迫っている。


だが、ヴィクターはその驚異的な運動能力で横へと跳ねた。スケルトンの刃が空を切り、その風圧がヴィクターの頬をなでる。攻撃した後の無防備な体をさらしたスケルトンの横にいたヴィクターは横に一閃。


稲妻が走ったように見えたその剣線の後、三体目のスケルトンの首がごとりと地面へ落ちていった。


「まだまだ余裕だな」


言葉の通りヴィクターは汗一つもかいていなかった。まだ身体強化の魔法も使っていない。ただ、ダンジョンのモンスターを倒したという充実感があっただけだ。


このような充実感や喜びを感じたのは、両親がいなくなってからは感じられなかったものだ。


魔石を回収した後、探索を続け十体以上のスケルトンを同じように倒していった。二十に届く前にそれは起こった。


「か、体が熱い」


急激に体の内側から熱くなり、呼吸が荒くなる。周囲に敵がいないことを確認しながら謎の発熱と動悸が収まるのを待つ。


独特の高揚感と快楽、若干の痛みが全身を覆い、何が起こったのか疑問に感じるが、まともに頭が回らない。細胞一つ一つが歓喜の賛歌で和音を奏で、荘重なメロディーは力が奈落の底から天に吹き出るようだ。この快楽は危険だと感じたが、それはすぐに収まった。


時間にしたら十秒にも満たない時間でそれは収まった。何だったのか? と疑問を持ちながら歩き出すと、体が軽い。そして内側から力が湧いてくるように感じる。


「これが、進化なのか?」


自分の感覚が広がり、研ぎ澄まされたように感じる。


荒い呼吸を整えながらヴィクターは、自分が進化したのだろうと推測し、ダンジョンから帰る事を決めた。目的は達成したし、体の感覚も違うので家の庭で確認したいからだ。これで一つ復讐に必要な力を手に入れた。


独特の高揚感とともに帰ろうと思った時に、ゾクリと背中に氷が滑ったような不快感を感じた。


誰かの視線を感じる! とヴィクターは周囲を見渡す。


急いで攻撃態勢を取るが、周囲には誰もいない。


もしかしたら、今までも誰かに観察されていて、進化したからそれに気づいたとか? ヴィクターは誰かに見られているのを確信したうえで、そう判断した。


しばらく警戒をしていたが、何も起こらないのでヴィクターは周囲に気を配りながらダンジョンの出口へと向かった。


何事もなくダンジョンから出て、魔石やドロップ品の買取フロアへ向かう。


帰る途中にボロボロの装備の者、体の動きがおかしい者等がいた。不向きで稼げない人が多いのだろう。中にはヴィクターのように装備が充実していて、満足そうに買取フロアから出ていく人も少数だがいた。


そしてヴィクターは、そのどれにも興味を抱かず、記憶にも留めていなかった。


買取フロアも役所の受付のような所で多くの受付カウンターが用意されていた。ヴィクターもそこへ向かい、今日手に入れた魔石を全て売りつける事にする。


「ヴィクターさんは本日初ダンジョンですよね! 初めてでここまで魔石を持ってくる方は珍しいです」


と受付嬢が言っていたが、金額は2千円もいかなかった。しかも税金で一割差し引かれるときた。喧噪の中、ため息の一つでも零したかったが、ぐっと我慢をしヴィクターは家路についた。


そのギルドから出ていく姿を一人の男がずっと見ていたのに気付かずに……。

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