第二章

蒼の牢獄②-1

朝日が昇って来た頃、東京都心の大きめの住宅地にある庭で、一人の少年が木刀を振っていた。


身長は175cm程で、体は細身だが、筋肉質だ。


眼光は鋭く抜き身の刀のようで、殺意が怪しい光となって輝いている。


金髪の髪を揺らして、規則正しくとも肉食獣のように何かの命を刈り取るように木刀を打ち込んでいた。


その時、庭に通じる家の掃き出し窓が開き、男が出てきた。


男の髪はオールバックにして整えられていた。


顔は最近出てきたであろうシワと、鼻髭が丁寧に整えられている。


「坊ちゃま、朝食の準備が整いました」


「わかった、晴臣はるおみ。ありがとう」


ヴィクターの返答を受けて、ほがらかな表情と声音の晴臣が、やや硬い表情になり口を開く。


「15歳の誕生日、おめでとうございます。ヴィクター坊ちゃま……」


晴臣はるおみは言葉とは裏腹に重い雰囲気を出す。


「あぁ、ありがとう。15歳からダンジョン探索者になれる。朝食を取った後、ダンジョンに挑む」


ヴィクターは靴を脱ぎ、リビングに向かいながら冷たいリズムのまま答えた。


本来ヴィクターの年齢は、中学卒業前の義務教育期間だ。


しかし、15歳になり、ダンジョン探索者に成る者は学業を免除され、登校する必要もない。


なので、この15歳になる時をひたすら待っていた。


父、母が行方不明になってから、ひたすら武に磨きをかけた。


胸の内に復讐の炎をともし、それを消さないように……。


ヴィクターは両親の遺産もあり、学業の成績も悪くない。


だから、進学して就職すれば安全に就職できると晴臣はるおみから勧められた。


しかし、胸の内に住んでいる獣が、両親の仇を討てと吠え続け鳴きやまない。


あの日ダンジョンから両親が帰ってこなかった。


その理由がダンジョンなら必ずダンジョンを滅ぼしてやる。


リビングに着くと、トーストとベーコンエッグ、サラダとフルーツが用意されていた。


「いただきます」


挨拶をした後、食事を口に入れる。


晴臣も席に着き、自分の分の食事に手をつけだした。


両親が失踪してからは、ヴィクターの食事の時に必ず晴臣も一緒に食べるようになっていた。


が、会話はあまりない。


リビングにあるアナログ時計の針が進む音だけが空間に響く。


両親がいた頃とは変わってしまった。


あの頃の温かい世界が奪われたことを食事のたびに思い出してしまい、悲しみが内からあふれ出し、それが怒りという炎に引火する油となる。


必ずダンジョンを探索して両親の死の原因を解き明かす。


それが出来ないならダンジョンを破壊しつくすだけだ。



ヴィクターは頭の中で、今日のプランを考えた。


まずは、ギルドに行き、ダンジョン探索者になる手続きをする。


その後、武器と装備を購入し、今日は軽めにダンジョンを探索する。


いくら復讐に燃えていても、初日から無謀な探索をして死んでしまったら、復讐も何もない。



今はまだ力をつける時間だ。



冷静沈着に考えているつもりだが、ダンジョンに単独で挑むこと前提という無謀さにヴィクターは気付いていない。


ヴィクターは軽くプランを考え、食事を終えた。


準備を終え玄関へ向かうと、晴臣がいた。


「どうか、ご無事で帰ってきてくださいませ」


晴臣は深く礼をしていた。


「わかっている。まだこんな所で死んでも目標は達成出来ないからな」


ヴィクターは淡々と述べ、寂しそうな晴臣を残して目的の場所へと向かった。


ダンジョンは元々明治神宮のあった場所に出来た。


そこにギルドが併設されていて、武器等もそこで手に入る。


一応補足しておくが、元々ある境内の建物は無事で、大きな原生林の中にダンジョンが発生して、ギルドが作られている。


そして、ヴィクターの家は両親が探索者だったので、そこに歩いていける距離に作られていた。



15分ほど歩いて、目的の場所に到着した。


目の前にはコンクリートで出来た巨大な建物が塀で囲まれている。


ドーム状の建物の大きさは、学校や大型商業施設などがすっぽり入る大きさだ。


刑務所のような重厚な建造物は、ダンジョンのモンスター対策だ。


行き来している人は身なりが綺麗な人もいるが、ボロボロで侘しい人が多い。


ダンジョン探索者は優秀だと稼ぎが多いが、力のないものは低賃金で社会的地位も低い。


どんな仕事にも就けなくて、しょうがなく探索者をやっていると言う目で見られている。


そしてそれは、事実だ。


あれだけの家と資産を作った両親は偉大だったのだと感じ、ヴィクターは建物の中へと入っていった。



中の様子は人工大理石で出来たお役所と言ったところで、様々な受付があり、多くの人が行き来している。


ヴィクターは、「探索者初登録はこちら」という看板の指示の通りの受付に行った。


そこには、二十代くらいの若い受付の女性がいた。


「こんにちは。ダンジョン探索者の登録で間違えないでしょうか?」


「はい」


そこでヴィクターは、年齢や名前等を書類に書き込み登録し、受付の女性から初心者講習を受ければダンジョンに入ることが許されると聞いた。


基本的にダンジョン探索者は死亡率が高いため、条件さえ満たして前科がなければ誰でもなれる。


武器や防具は、初心者講習を受けた後に正式に探索者として認定されると購入できると説明を受けた。


その他の説明を一通り受けた後、初心者講習を受けるために訓練場へ移動した。



訓練場は、床が土で広さがバスケットコート4つ分くらいになっている。


周囲の壁は、コンクリートで囲っただけの簡素なものだった。


指定された場所で待っていると、他の受講者がちらほらと集まってきた。


二十代前後の若い男女が多かったが、中には数人くたびれた中年男性が居た。


どうやら自分が最年少のようだなと思っていたら、一人の中年の男が話しかけてきた。


「やぁ、君も探索者志望かい?」


「そうだ。それで何か?」


人当たりの良い笑みを浮かべるその男に、ヴィクターはぶっきらぼうに返した。


基本ヴィクターは復讐しか考えていなく、対人関係はどうなっても良いと考えている。


そんなヴィクターを見ても男は、話しかけるのを止めない。


「あはは、自分は佐藤 幸雄さとう ゆきおと言うしがない中年の男さ。いやぁ、君が娘の年齢に近くてつい声をかけてしまったんだ。こんな若い子が探索者なんてと思ってね」


頭をかきながら苦笑いする男は、どこか憎めない雰囲気を出している。


それに対してヴィクターは素っ気ない様子で答える。


両親の無念を晴らす目的でダンジョンへ挑むのだ。


役に立たないなら、深いなれ合いはいらない。


「本坂ヴィクターだ。ダンジョンに挑むためにやってきた……」


「と言うことは経済的な理由ではないと言うことかい」


「そうだ」


驚く幸雄ゆきおに対して淡々と答える。


復讐に囚われるあまり、他の要素を捨てているヴィクターは、立派なクソガキ対応を見せつけている。


そして、その自覚もない。


「驚いたなぁ、こんな危険な仕事。自分は会社が倒産して仕方なく来たのに……」


ヴィクターは、地面を見て俯く幸雄を見てどう反応すれば良いか分からないでいると、幸雄は表情を変えて笑顔を作った。


「あはは、暗い話をしてしまってごめんね。まぁ、偶然だけれど、同期みたいなものだ。一緒に頑張っていこう。何かあったら相談してくれ、それが大人の役目だ」


そう切り上げた幸雄を見て、自分が思っている以上にこの社会は困窮している人が多いのだなと思った。


しかし、復讐の事で頭が一杯になり、他者の事等思考の外に追いやってしまった。


軽く準備体操をしていると指導官が入ってきた。


身長は180cmを超える長身で、溢れるばかりの筋肉をつけた大柄の中年の男だ。


両手には2m程の金属でできたトランクケースを持っている。


「おお、今日も揃っているなぁ」


地鳴りのような声が響き渡り、周囲に緊張感が走る。


「俺は、鷹村 博文たかむら ひろふみと言う。今回の初心者講習の講師を務める」


鷹村は、ギロリと鋭い眼光で並んでいる受講者を見回す。


多くの受講者は何か試験があるのか? この強そうな大男と戦うのか? と不安になっていた。


ただ、ヴィクターだけが冷たい表情のまま平然とその場に立っていた。


鷹村はそれを見てニヤリと口に三日月を作った。


「ほぅ、中々根性のあるやつもいるようだな。まぁ、他の奴も安心しろ。指導をするだけで、特に試験や俺との対戦なんて無いからよ」


その言葉を聞いてヴィクターを除いた一同は、ほっとした。


周囲の様子を見て鷹村は、両手にそれぞれ持っているトランクケースを地面に降ろした。


「まぁ、簡単なダンジョンの内部の説明と、武器の使い方のレクチャーだな」


鷹村はそう言いながらトランクケースの口を開けた。


中には木でできた剣や槍等、模造の武器が収納されていた。


「知っていると思うが、ダンジョンのモンスターは近接攻撃か魔法じゃないと倒せない」


そう、世界中の国が、ダンジョンが発生した時に軍隊や核兵器を使った。


しかしその成果は、全く効果を上げられないどころか、モンスターが逆に増殖させてしまう。


挙句の果てにはダンジョンから津波のようにモンスターが溢れて大陸を蹂躙してしまった。その結果、国家が滅亡したとされている。


日本は、自衛隊の出動が責任問題で遅れた。


政治家も官僚も誰も責任を取りたくなかったからだ。


そのおかげで、他国の惨状を見て、近接武器だけ持たせた部隊を調査に向かわせたら、モンスターを倒すことができた。


全くの偶然で、ダンジョンでは近接武器か魔法が有効だと発見する事が出来た。



鷹村はそのような説明をして、次は受講者それぞれ武器の使い方を教えるようだ。


使用する武器は、鷹村が持ってきたアタッシュケースに入った模擬武器の中から好きに選んでよいとのことだ。


「武器を使ったことがない奴は、槍かメイスを使え。技術がなくてもそれなりに戦えるからな!」


鷹村は迷っている講習者達を見て声をかけた。


ヴィクターは当然のように木刀を選び、無言で素振りをはじめている。


鷹村が順番で講習者達を見て指導するようだ。


素振りをしながら観察していると、ヴィクターに話しかけてきた幸雄の番が来たようだ。


得物は槍を選んだようだ。


「おい、おい、そんなへっぴり腰じゃ何も殺せないぞ!」


鷹村の怒鳴り声があたりに響く。


幸雄はどうも運動神経が良い方ではないみたいだ。


彼は槍を構えているが腰が引けていて、槍を刺す動きも鈍重で水の中で行動しているようだ。


まるで才能を感じられない。


あまりにも事前準備と努力が足りていない。


なぜここに来たのだろうかとヴィクターは考えた。


「いいか、お前は才能がない。突き刺す動き、点で攻撃するのは、確実な時以外止めろ。基本は槍を叩きつけて敵と戦え」


鷹村も同じことを思ったのか、リスクの少ない戦い方を教えて、アドバイスを続ける。


「そして、最初は稼げなくてもとにかく弱い相手一体と戦うんだ。弱い相手でも数を倒せば進化する」


そう、この世界では、敵をある一定以上倒すと、進化と言うレベルが上がるような現象が探索者に発生する。


ただ、特にステータス表示等はないし、それを観測する方法もない。


当然、自分や他人が何レベルかも分からない。


ただ、敵を近接武器や魔法で倒すと魔力なり生命力が一部、討伐者に吸収される。


それが一定以上溜まると魂なり、自分の存在が強化され、体力や魔力、場合によっては他の能力も上昇するとされている。


初期能力の低い者は、進化を目指して強くなれと言うことだろう。


鷹村は一通り幸雄にアドバイスをしたあと、ヴィクターの方へ顔を向けた。


「それでは次の奴に移るか。名前は?」


鷹村はゆっくりと近づきながら尋ねてきた。


「本坂 ヴィクターだ」


「本坂……まさか、武雄さんと、セラフィナさんの?」


ヴィクターの答えを聞いた鷹村は、目と口を大きく開けて驚いている。


「両親を知っているのか?」


「あ、あぁ、彼らは強くて有名だったからな」


鷹村は、どこか狼狽えたような声音で答えた。


ヴィクターの碧眼は、何か隠し事や後ろめたさを抱えた男を映していた。


「さてそれは置いておいて、剣術の経験があるようだな。実際に見せてみろ。親が偉大でも、その才能を子が引き継いでいるとは限らないからな」


ヴィクターは、鷹村に即されて八相の構え(両手で木刀を構え刃が上を向くようにし、鍔が頬の隣にある位置での構え)を作った。


本当は両親の事をもっと聞いてみたかったが、鷹村が話を切り上げたので渋々従った。



ヴィクターは、目の前に人型の敵がいることを想定して木刀を振る。


踏み込む足は収縮したバネが解放されたかのような速度で動き、振り下ろす木刀は空気を切り、頂点から振り下ろしの到達点までの間の動作が見えない。


そして、全てが連動して無駄な動作がない。


次は切り返しの袈裟斬りを行う。


ただその場で行うわけでなく、相手がいると思われる場所から回り込んで死角からの攻撃をする。


その速さはレーシングカーがドリフトするような速さで動きで、斬りこみの動きは稲妻が走ったように見えた。


「凄まじい程の才能と練習量だな」


ヴィクターの素振りを見た鷹村は、感嘆の声を出した。


「これならダンジョンでも問題なくやれそうだな。だが、慣れるまでは油断せずに上層で戦い力を確かめるんだ」


ヴィクターに一通りのアドバイスをした鷹村は、他の受講者を集め全員にアドバイスを与える。


「兎に角みんな最初は奥に進まず、稼ぎが少なくても安定して敵を倒し、進化を目指すんだ。この仕事はお前たちが思っているよりも死が身近にある。受講者全員がこれから探索者になれるが、力量を誤るな。自分の力は過小評価しろ」


最後に俺を見かけたらいつでも相談に乗ると言って鷹村は、初心者講習を終わりにした。


ただ言葉とは裏腹に、ヴィクターを見て口をまごつかせた後に逃げるようにその場を去っていった。

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