蒼の牢獄①-2
ヴィクターと父、武雄は、練習用の木刀を持ち庭へと向かった。
ヴィクターと父は庭に移動して、お互い対峙する。
ヴィクターは両手で木刀を持ち、正面に刃先を向けた中段の構えを作る。
対して父、武雄は、両脇を絞めて刃が右頬の隣にある状態で、刃先が上を向いている。
八相の構えを自然に作っていた。
その姿は自然体で、余裕の笑みは消えていない。
空気がのしかかったようで重く、音が消えてしまったかのような緊張感が二人の間に漂う。
ヴィクターはゴクリとつばを飲み込むと、地面を蹴って芝生をまき散らした。
狙うは、左半身の胴。
下から切り上げながら武雄の全体をぼんやりとみる。
すると、笑みの消えた武雄は、左足を蹴り、右足を軸に回転を始めた。
木刀は? 見えない。まずい!
ヴィクターは、咄嗟に木刀を横にずらしながら自分の上へ持って来た。
ズンと大きな岩を乗せられたかのような重みが木刀から伝わる。
武雄がヴィクターに回転しながら斜め下に木刀を振り下ろしていた。
「おぉ、これを受け止めるか!」
力のこもった武雄の声が頭上から響く。
ヴィクターは歯を食いしばり圧力に耐える。
しかし、体格や筋力の差がすぐに出て耐え切れなくなり、膝をついた。
その瞬間、武雄はヴィクターの木刀を刃を使ってからめとり、ヴィクターの喉元に自身の木刀の切っ先を向けた。
「勝負ありだね。やっぱり、まだまだだ」
ヴィクターは尻もちをついた後、どこかしょんぼりしたような声音で負けを認めた。
そこで武雄は木刀をおろし、しゃがんでヴィクターの頭をなでながら話しかけた。
「いやいや、技術は俺と変わらないよ」
「ほんとう?」
「あぁ、単純な筋力や体格、そして経験で勝てただけだ。将来、探索者になるかは分からないけれど、どれだけ強くなるか考えると恐ろしいよ。練習は、今のまま続ければ問題ない」
武雄は、少しだけ神妙な顔を作った後に笑顔になった。
武雄としては、一瞬息子の才能に畏敬の念を感じた。
しかし、このダンジョンがある世界で、力はいくらあっても不足はない。
それにこんなに可愛い愛する息子が強くなっていく様に誇りを感じた。
「よし、そろそろ晩御飯にしよう。せっかくのご飯が冷めてセラフィナに怒られたら大変だ」
「うん」
ヴィクターはニコリと笑みを作り、返事をした。
ヴィクターと武雄は、手を洗いリビングへと向かった。
部屋の扉を開けると、肉の焼けた良いにおいが鼻腔に入ってくる。
「夕食の準備は出来ております。どうぞお召し上がりください」
晴臣がキッチンから出てきて教えてくれた。
テーブルの上を見ると、米と牛肉、サラダと野菜スープが準備されていた。
セラフィナも席に座って、ヴィクターと武雄を待っていたようだ。
「ちょうど出来た所よ。さぁ、食べましょう!」
セラフィナに促されてヴィクターと武雄も席に着いた。
三人でいただきますをしてからそれぞれ食事を口に運び始めた。
「それで、ヴィクターの剣術はどうだったの?」
セラフィナが小首を傾げながら問いかけた。
年齢よりもかなり若く見えるので、そのしぐさには違和感がなかった。
そんなセラフィナに、武雄はスープを飲んだ後に答える。
「そうだな、技術は完璧で体が成長さえすれば、あっという間に俺を抜かすだろうな」
「へぇ~~、魔法を使うのも上手だし、将来が楽しみね!」
「あぁ」
セラフィナと武雄がヴィクターを褒め続ける。
こうなっては止まらないのをヴィクターは知っているので、むず痒さを堪えながら黙々と箸を動かす。
「それなら、今度帰ってきたら、私が魔法を教える番ね。ヴィクターの武器への魔力付与や、身体能力強化は目を見張るものがあるもの」
たしかに、ヴィクターは魔法にも才能があった。
それに、前世の記憶から魔法が存在している事を知って興奮し、一刻も早く習得したいと練習も努力した。
「けど」
セラフィナが怪しい笑みを作って言葉を続ける。
まずいとヴィクターは思う。これは昔のことを思い出している顔だ。
「昔は、よく泣いていたし、少し大きくなっても魔力の操作が出来ずに頬を膨らませてふてくされていたのよね~~」
間延びしたセラフィナの声がヴィクターの頬を赤くする。
「よく泣くものだから、いつも抱っこしていたし、魔力の操作も分かるまで、ずっと手を握って魔力を流してあげたし、そのくせ変に理屈っぽかったし。そう思うと成長って早いわぁ」
ヴィクターは自分の存在に不安を覚えていた頃や、魔法の練習の最初に感覚が掴めず、焦ってイライラしていたころを思い出して羞恥心が湧き上がってきた。
だが、どんな時も必ず武雄とセラフィナはヴィクターの面倒を見て、大切にしてきた。
一通り団らんと食事が終わり、それぞれ床にはいる時間となった。
ヴィクターはベッドに入りながら、次は母と魔法の訓練が出来ることを楽しみにしつつ、これまでの事を少し考えた。
両親との会話で、ヴィクターは自分が年齢に見合わない力があり、朧気ながら前世の記憶があるという特異な存在であることを改めて感じた。
しかし、この両親はそんな不気味な自分を愛してくれて、幸せな時間が続いている。
将来自分がどうなるかは分からないが、自分や両親に何かあった時の為に力は付けていこうと改めて決心した。
だが、時間はヴィクターが力をつけるまで待ってくれなかった。
次の日の朝、ヴィクターは両親がダンジョンへ行くので見送りの為玄関に来ていた。
「今度の探索は遠征だから、帰ってくるのは遅くなるの?」
ヴィクターは、小首を傾げながら武雄とセラフィナを見上げた。
どうも精神年齢が肉体に引っ張られ幼くなっているような気がする。
両親と長期間離れるのは不安だ。
武雄は、そんな寂しそうにしているヴィクターを見て抱きかかえた。
「あぁ、でも大丈夫だ。父さんも母さんも強いからな。四日の辛抱だ」
「そうよ、こう見えてもお母さん、強いんだから!」
武雄が荒々しいがやさしさのある笑みを浮かべ、セラフィナも微笑みながらヴィクターをなでる。
「それに、四日たったらそれ以降は毎日一緒に居られるわ」
「ほんとに! どうして?」
ヴィクターは興奮しながらセラフィナに尋ねた。
もし、ダンジョンに行く機会が無くなれば、二人の死亡率が下がるからだ。
「次の遠征で、今後生活に必要なお金と、お店を開くお金がたまるの。だから、この遠征が終わったら引退して、ずっと傍にいてあげられるわ」
「やった!」
セラフィナの優しい声音に、ヴィクターは花が咲いたように元気に返した。
「だから、いつもの通り良い子でお留守番していてね」
「うん!」
ヴィクターが頷くのを見て武雄は、ヴィクターを地面におろした。
「行ってらっしゃい! 気を付けて」
「はい、行ってきます」
ブンブンと力いっぱいに手を振るヴィクターに勇気をもらい、武雄とセラフィナは家を出た。
それからヴィクターは期待を胸に膨らませ、二人を待つことにした。
「二人が帰るまで剣術と魔法の訓練を出来る限りやろう!」
そして、前よりももっと大きくなった姿を見せて驚かせようと誓った。
勉強もきちんとしていたが、元々転生前の知能があるので、同年代よりも楽に勉強ができた。
そして、四日がたった。
しかし、夜遅くまで待っても二人は帰ってこない。
お手伝いの晴臣に、寝た方が良いと言われるまで待った。
「ダンジョン内には時計もないです。それに、道に迷ったり、モンスターを討伐するのに予想以上に時間がかかったりしたのかもしれません」
晴臣はヴィクターを安心させるため、温かくもはっきりとした口調で伝えた。
「大丈夫ですよ。お二人はとても強いのですから」
ヴィクターはその言葉に頷いてベッドに入った。
両親が遠征に行った事は今までもあったが、遅れたことはない。
なぜなら日数を多めに計算して遠征に行っているのをヴィクターは知っていたからだ。
頭の中で警報がかすかになっていた。
しかし、今は自分に出来る事がないためそれを無視することにした。
けれど、二人は次の日も帰って来なかった。
晴臣がダンジョンを管理するギルドに問い合わせ、どたばたと動き出した。
ヴィクターは大丈夫、二人は遅れているだけだと自分に言い聞かせ、いつもの通り剣術の練習に打ち込んだ。
が、どこか集中しきれていなく、木刀には普段の速さや力はこもっていなかった。
知らないふりをしようとしても、焦燥感が胸の中で風船のように膨らんでいき、日がたつ毎に爆発しそうになっていた。
そして、一週間が過ぎても帰ってこなかった。
ヴィクターはそこで気が付いた、二人は死んだのだと。
ダンジョン内でどんなトラブルがあったのかは知らない。
予定外のモンスターが出て殺されたのか、遭難したのか、理由は分からない。
ただ、大幅に予定を超えて、モンスターが徘徊する中、補給もなしで二人が生き残ることは絶望的だ。
ヴィクターは自分の力の無さを呪った。
両親を奪ったダンジョンを憎んだ。
もし、優しい二人が生きていたら、この先の幸せな生活が待っていた。
自分の存在が分からず、恐怖で押しつぶされそうだった時に助けてくれた二人はもういない。
恩を何一つ返せていないとヴィクターは涙を流した。
そして涙が枯れた後、ヴィクターは決意した。
二人を奪ったものを必ず滅ぼす。
それが、ダンジョンであれ、モンスターであれどんなものでも。
その為に力を付け、ダンジョン探索者になると。
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