第一章
蒼の牢獄①-1
太陽が傾きかけたころ、東京都心の大きめの住宅地にある庭で、一人の少年が木刀を振っていた。
背は145cm程で、年齢はかなり幼い。
「えい! やぁ!」
金髪の髪を揺らしながら、体の三分の二程ある木刀を規則正しく何かの型をなぞるように虚空に打ち込む。
整った顔についた碧眼は、年齢の割には鋭く、その先には何か敵がいるかのように睨みつけている。
そして、次の瞬間、少年の速度とは思えないくらいの速さで、踏み込み、突きを放った。
もっと早く! 正確に!
少年は自分のイメージする動きと現実の動作にズレがあることに気付き、意識してイメージに近づこうと修正しようとする。
そうすると、前よりもわずかだが修正された動きになっていることに気づき、ニヤリと笑みを浮かべる。
努力すれば、着実に成長していることを肌で感じる。
この少年は前世から転生して生まれてきた存在だ。
気付いたのは生まれて間もなくだ。
赤ん坊の身でしゃべることはできないが、なぜか思考することができた。
周りの言っている言葉が分かった。
自分という存在、意思が、
しかし、大人のような意思や21世紀初頭の日本の一般常識は覚えているものの、自分の前世の名前や年齢は思い出せない。
薄っすらと男だったのは、覚えている。
年は、
恋人は……考えないようにしている。
転生した当時は、気が付いたら訳も分からず赤ん坊になり、記憶もあいまいで恐怖に襲われた。
知識はあっても、人間としての経験が無い。
自分という存在が分からなかったが、意識だけはしっかりしていた。
しかし、赤ん坊なので体が動かない。
なので、当時は昼夜問わずにひたすら泣いていたと思う。
だが、日本人の父と、アメリカ人の母はいつも優しく笑顔で自分の面倒を見てくれた。
そうしてもらうと、大きな安心と幸福を感じ、徐々に前世の事よりもこの世界で両親の為に生きたいと感じるようになった。
そこから歩けるようになって、パソコンやテレビ等で情報を調べると、この世界は前世よりも随分先の時代で、異質な歴史をたどっている事を知った。
21世紀初頭の知識からすると、世界は驚くほどの科学技術の発展を遂げていた。
しかし、月面基地調査後にダンジョンが世界中に発生し、多くの国が崩壊し、文明のレベルが後退したといわれている。
しかし、島国の日本だけが情けない理由で生き残った。
それは、政治家達の責任回避や能力不足で、他国とは違う対応を行ったからだ。
この無能さで生き残ったのだが、将来それが最悪の火の粉として自分に降りかかって来なければと切に願う。
なんとか崩壊の運命から逃れた日本だが、多くの資源は外国から輸入していた。
なので、当時の文明を維持することができず、文明は後退した。
ただ、ダンジョンから出てくる資源のエネルギー効率が良かった。
それを回収することで、何とか21世紀初頭程度の文明を維持している。
重力装置の開発とバイオ資源の発展によりエネルギー、資源問題は解決されていたと思われていたが、そんなに簡単な問題じゃないようだ。
そこで、資源を回収する為にダンジョンに入るダンジョン探索者という職業が出来た。
そして、父と母は、ダンジョン探索者だ。
二人とも業界で有名らしい。
そんな二人から自分は戦い方を教えてもらっている。
両親からは、大きな才能を感じると言われているが、才能という言葉で片付けないで欲しい。
自分は毎日ひたすら努力している。その結果だろう。
あと、前世の知識から練習に対するモチベーションや考えが同世代と違う点も、両親が才能ととらえているのだろう。
まだ自分が探索者になるかは不明だが、ダンジョンがあるような物騒な世界だ。
戦う力はいくらあっても不足はないだろうと訓練をしている。
そのような事を考えている時、ガチャリと扉の開く音がした。
玄関の方からだ。
「ただいまー」
太い声と高い声が重なって聞こえる。
その声を聴いて庭から家に入り、玄関の方へ行くと日本人にしては大柄な男と、モデルのような白人の金髪美女がいた。
父の
母はひざを曲げて中腰になり、私の頭をなでながら尋ねてくる。
彼女はアメリカ人だ。
大学の留学中に日本に来ているときに、世界中でダンジョンが発生して帰国できなくなり、日本にそのまま滞在した。
その時に父、武雄と出会い結婚したらしい。
「大丈夫とは思うけれど、今日もいい子にしていた?」
「うん、いつもの通り剣術の練習をしていたよ」
青い瞳で覗き込んでくる母に私は、笑顔を作って元気よく答えた。
そこに豪快な野太い笑い声が割り込んでくる。父、武雄の声だ。
「はははっ、こんなに小さい時から練習ばかりしていたら、あっという間に一人前になりそうだな」
「いや、まだまだ、イメージ通りには動けないよ」
ヴィクターは顔をしかめながら答えた。
先ほどの練習内容を思い返すと、徐々に修正されてきているが、理想にはほど遠い。
まだまだ、身長も筋力も育ってなく、年齢も低いので気にすることではないが、頭の中で理想形があるので、その差異が気になってしょうがない。
難しい顔を作っていると、父がニヤリと歯を見せた。
「そうか、だったら夕食前に一度手合わせしてみるかい? アドバイスをあげられるかもしれない」
「やった!」
ヴィクターはガッツポーズを作り、庭に駆け出す。
「夕飯がもうすぐできるだろうから、あまり遅くならないようにね。
母は、ウインクしながら告げた。
ヴィクターと父、武雄は、練習用の木刀を持ち庭へと向かった。
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