蒼の牢獄④-3
「やった!」
直弥が声を上げる。ヴィクターは目を見開きながら着地する。
手ごたえが無い……。ヴィクターは咄嗟にその場から飛びのき回避行動をした。その瞬間先ほどいた場所に鎖が地面から飛び出していた。
「全く効いていない」
ヴィクターが振り向くと、そこには平然と浮遊しているお面の巫女がいた。そして再び聞こえてくる鎧のスケルトンが近づいてくる金属音。泣き止まないお面の巫女。
「くそっ! 泣きたいのはこっちだ」
ヴィクターは戦闘態勢を維持しながら打開策を考えるが、思いつかない。体力も魔力も心もとない。
「ヴィクター君、すこし一人で鎧のスケルトンと戦ってくれないかい?」
「何か策があるのか?」
「策ではないけれど。あのお面の巫女を分析したい。打開策を考えたいんだ。君も限界が近づいているのは知っているけれど」
ヴィクターは自分にできるかどうか一瞬考えたが、選択肢が無い事に気付いた。それと、お面の巫女が直弥に妨害を仕掛けないかとも考えたが、奴は自分を脅威と見ている。妨害も自分が引き受ける事になるだろう。
「なるべく早く頼む」
「ごめんね」
ヴィクターは近づいてくる鎧のスケルトンの方へ駆け出した。敵が集まる前に個別撃破を狙う考えだ。
直弥はその姿を見ながら伊達メガネの側面についているボタンを押した。そうするとレンズがある部分にホログラムが表示される。
この時代のPCやモバイル機器はタッチできるホログラムが多用されている。スマホも無くなり、腕時計やその他の小型機器を普段使い、必要な時にボタンを押したら大型のホログラムディスプレイが空中に映し出され、それを操作する事が出来る。そしてこの眼鏡にもそのような技術が使われている。
その眼鏡でお面の巫女を見ると、見えない。何も映らない。ためしに、ヴィクターと鎧のスケルトンを見ると特に問題なく見える。サーモグラフィーやエコー等を使っても同様だ。
恐らくこれは、お面の巫女は、魔力が固定化されていない存在だ。だから実体がない。その実体のない存在にダメージを与える事が出来るのは魔法攻撃だけだ。
「ヴィクター君! 恐らくあいつに有効打を与える事が出来るのは、魔法攻撃だけだ。僕がスケルトンを受け持つから交代して!」
「無茶言いやがって」
ヴィクターは、迫りくるスケルトンを僅かな魔力で多く倒していた。タイミングを見計らって、肩で息をしながら渋々交代した。直弥には魔法攻撃が出来ないからこうするしかないのだが、疲労が激しすぎる。出来るのか? いや、ここでやらねば、両親の復讐を成し遂げられない。
ヴィクターは自分を鼓舞し、お面の巫女へと対峙する。
枯れた雑巾を無理やり絞り出すように魔力と体力を体からひねり出す。打刀に魔法を付与するのは攻撃する直前だ。俺ならやれると言い聞かせた。
何とか魔力で体を強化してお面の巫女を追いかけるも、体力と魔力の減少で追いつけない。さらにお面の巫女の鎖や霧などの妨害で、距離を縮められない。
接近する、霧が眼前に発生、回避。
接近、鎖が出る事を予想して跳躍。
成功。斬りつける。距離が届かない。
不味い。このままではジリ貧だ。直弥が何とか鎧のスケルトンを引き付けているが、余り倒せていない。このままでは、押し切られる。倒し損ねた鎧のスケルトンが、こちらに来る。ヴィクターはお面の巫女に妨害されながらも、何とか鎧のスケルトンを倒した。そこでヴィクターに進化が起こった。
進化による快楽と苦痛が全身を襲うが、ここで収まるのを待ってはいられない。
荒い呼吸の中、無理やり全身の魔力を集め、高める。頭の中でこれが限界と警報が鳴っていたが、そのリミットを解除するスイッチを押したつもりで自分の力を集める。これで倒せないといよいよ死神を拝むことになる。後先考えず自分を強化していると異変が起こった。
「見つけた」
不意に鈴の音のような美しい少女の声がヴィクターに聞こえた。
「こんな時に新手か!?」
ヴィクターが驚愕していると、自分の隣に光の粒子が集まってきて、一人の蒼い髪と瞳をした美少女が現れた。
その姿はどこか作り物のようで、表情が読み取れない。だが、白い衣を身にまとい、真珠のような肌とピンクの唇、大きな瞳は、神が作った芸術の完成形に思えた。
「お前は誰だ!」
「私は、あなたの過去と未来に繋がる者です……」
圧倒される美しさと声の主は、どこか淡々と機械的な声と表情をしていて、牢獄に囚われている姫のような哀愁が漂っていた。
「それよりも、あの敵を倒すことが優先です。貴方の頭の中にあるスイッチを押すイメージを魔力を高めながら行い、さらに刀身に魔力を凝縮し、属性を付与して相手にぶつけるつもりで武器を振りなさい」
敵か味方か分からないが、アドバイスしているようだ。もはや他に方法は思い浮かばない。だから、ここは一か八か言われたとおりにする。後、自分の中で何か特別な感情が少女に蠢いていたが、それは思考の外に押し出した。
全身の魔力を高め、頭の中のスイッチを押すイメージをする。すると、集中力が高まったのか、相手が少しゆっくり動いているように見える。そこで刀身に思いっきり魔力で炎を付与する。そのあまりにもの魔力の高ぶりに刀身の炎が白く輝きだす。
そこでヴィクターは、渾身の力で居合のように横一閃をその場で放った。すると刀身の炎だけが、お面の巫女へ飛んでいく。
轟音を引き連れて巫女に突進していくそれは、見事に巫女にあたりその体を一瞬で炎で包んだ。
女の絶叫と共にお面の巫女は消えて、大きな魔石を二つ落とした。
「お前のおかげで助かった。ありが……」
青い髪の少女を振り返ったら、すでに彼女の姿は消えていた。何だったか分からないが、直弥が囲まれているので、すぐに助太刀へ向かう。
「おぉ! なんだかスケルトンが弱くなったぞ!」
直弥がメイスでスケルトンを砕きながら声を出した。お面の巫女を倒すと手ごたえがかなり変わったらしい。
ヴィクターは再び全身の魔力を刀身に込めてそれを飛ばす。先ほどよりも魔力が込められていない赤い斬撃が飛んでいき、それに追従するように走り出す。
斬撃は直弥から離れた鎧のスケルトン数体に貫通しながらあたり、その全身を炎に包み倒してしまう。
「おおぉ! ヴィクター君の新しい技! 今すぐ教えて!それ何!」
「興奮するな! 敵を倒すのが先だ。死にたいのか。前も同じセリフを言ったぞ」
「ごめん」
二人で言葉をかけあいながら残りのスケルトンを何とか倒した。
「はぁ、はぁ、やっと倒せた。さぁ、さっきの技を」
怪しいと息を吐きながら、直弥はヴィクターに迫る。
「バカ、俺たちはもう戦えない。早急にドロップアイテムを回収したら、すぐに帰るぞ。死んだら研究出来ないぞ!」
「はい」
シュンとしてヴィクターの指示に従う直弥。しかし、ヴィクターもこの期に及んでもすぐに撤退せず、ドロップアイテムを回収するというがめつさに自分でも気が付いていない。無事に回収が終わり、二人はダンジョンを出て買取場へ向かった。
「ヴィクターさん、復帰したんですね。今日の稼ぎは凄いですね!」
何時もの受付嬢が相変わらず大きな声で話しかけてきたが、ヴィクターも直弥も疲労でそれに反応する余裕はなかった。
「今日は、上質の鎧のスケルトンの魔石と金属それぞれ20個、ただの鎧のスケルトンの魔石と金属それぞれ20個、スケルトンの魔石が10個、そしてお面の巫女の魔石が2個、どうされますか?」
ヴィクターは、直弥の要望で全ては売らず、半分は素材として使いたいようだ。ヴィクターは直弥の開発した武器や装備を使うので特に不満はない。素材も自分では使わないので直弥に全て引き取ってもらう。半分売って、その金額を二人でさらに等分する取り決めをしていた。それを受付嬢に伝える。
なんと、新しい階層の鎧のスケルトンから出た魔石と金属はそれぞれ一個五千円だった。
つまり、資源を半分ストックしてもそれだけで10万円。残りが千五百円だった。それとお面の巫女の魔石は一つで1万円するので、半分売ってもトータル、11万1500円。税金を引いて、二人で等分しても5万175円! これが一日の稼ぎである。
ヴィクターは思わず天井を向き、呟いた。
「頑張った。俺は頑張った。やっと黒字が見えてきた」
ヴィクターは、両親の復讐の為にダンジョンで戦っている。だからお金はメインの目的ではない。しかし、長く活動を続ける上では必要不可欠だし、何よりもモチベーションになる。
それに、稼げば稼ぐほど昔の両親に近づけたと思うのだ……。
「それにしても、最近はあまり稼げなっかた探索者さんもそれなりに稼げるようになって、ギルドとしてはうれしい限りですね!」
ウキウキ顔で受付嬢が話していると、買取場の奥からのっそりと男が出てきた。ヴィクターの初心者講習を務めた鷹村博文だ。硬い表情をしてその口を動かした。
「だが、妙な噂もある」
「どういうことだ?」
ヴィクターの碧眼が、問答無用で話せと視線で鷹村に語りかける。
「なんだか妙なグループがダンジョンの中で力を伸ばしているらしい。弱い探索者を中心に勧誘して、そいつらの力を伸ばす」
「良い事なのでは?」
「いや、それだけじゃない。そのグループは特定の場所を占拠したり、裏取引をしているという噂もある。気をつけろ」
鷹村は溜息を吐きつつも真剣なまなざしでヴィクターを見ている。そもそもこの男は決まってヴィクターが換金している時に現れる。恐らく偶然ではないとヴィクターは推測した。
「なぜ、そのような情報をわざわざ俺にくれる?」
ヴィクターの問いかけに鷹村は、もごもごと口を動かしながらバツの悪そうな表情を作った。そして数度深呼吸をした後に重い口を動かした。
「俺は駆け出しの頃にお前の両親、武雄さんとセラフィナさんに命を助けられたことがある。その忘れ形見のお前に死んでほしくないし、危険な目にあって欲しくないと思っている」
「クソ生意気なガキだが」と鷹村は吐き捨てるように付け加えた。
その言葉とは違い、鷹村のまっすぐな視線は嘘偽りが無いように見えた。だが、ヴィクターが口を開く前に鷹村は背を向けて、買取場の従業員室へと消えていった。
「ヴィクターさんは、ご両親が歴代最強の探索者ですからね。助けられた人も多いのでしょう」
受付嬢が場を和ますように笑顔で語りかけてきた。
「ヴィクターさんの探索スピードは目を見張るものです。このまま順調にいけば、ご両親と同じ、いや、それ以上の探索者になれると思います」
ヴィクターは、自分の探索が客観的に見て順調だと言われ少しの満足感が芽生えた。しかし、鷹村、あの男は両親に助けられた以外にも何か隠していると思った。
その後は何事もなく、ヴィクターと直弥は帰宅した。直弥から新しい技を研究したいとせがまれるかと身構えていたが、ダンジョンを出たころにはクタクタになっていて、二人とも体を引きずるように家へ帰り、泥のように眠った。
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