蒼の牢獄④-2

二人ともさらに進化して、複数戦も余裕で処理できるようになったころ下層へ続く階段を見つけた。


また石造りの枠で囲まれた、木製の階段だ。そこを二人でゆっくりと降りていく。


事前に調べたこの階層で出てくるモンスターの名前は、鎧のスケルトンとお面の巫女おめんのみこだった。それ以外は分からない。


降りた先は、変わらず和風の回廊だった。しかし、中庭のような物がありそれを囲む形で廊下と部屋が配置されている。


和風の中には、敷石が敷かれ中央には灯ろうが朧気に周囲を照らしている。


「なぁ、ヴィクター君、ちょっと寒くないかい?」


直弥の言うとおりにこの回廊はヒンヤリと肌寒く、吐く息も白い。


また、周囲も霧のような白い靄のような物が漂っていて、蝋台や灯ろうに灯された頼りない灯りがそれを照らしていた。


どこからか、女のすすり泣くような声が聞こえる気がする。


最初に鎧のスケルトンと戦った時のような不気味な雰囲気をヴィクターは感じたが、深呼吸をして探索することにする。


冷静に落ち着くことが大切だ。


今回は進化も多めにしたし、一人ではない。武器も不足はない。ならば進むべきだろう。


「立ち止まってる暇はない。先に進むぞ」


二人で警戒しながら、ギシギシと足音を立てて進んでいると、聞きなれた金属と骨の音が複数聞こえてきた。


鎧のスケルトンだろう。


階層が変わってからの初めての戦闘だ。


ヴィクターと直弥は慎重に、相手が来て視界に入るのを待つ。


廊下の暗闇の奥からやってきたのは鎧のスケルトン二体だった。


また同じかと思ったが、黒い大鎧が金で縁どられていて、上の階と微妙に違う。


違いを見るに階層が変わったから強化されているのだろう。


しかし、先手必勝。全身を魔力で強化。


ヴィクターは足に力を入れ地面を蹴る。


「なんだ?」


ヴィクターは自分の体がやや重く、想定よりもスピードが出ない事に気付いた。


体が冷えたからだろうか?


魔力で刀身に炎を纏わせる。周囲に熱が広がる。


そのまま脇の下を狙って打刀をふるう。


ガキンと鈍い金属の衝突音が響き、火花が散る。


振るった打刀は、鎧のスケルトンの太刀に受け止められていた。


上の階のスケルトンではありえない。


ヴィクターの刃は相手の刀身にめり込んでいるが、切断まで至っていない。


これが階層が変わったことによる力の差かと思う。


相手の刀をはじき、相手の外側からふくらはぎを斬りつける。


斬りつけられた鎧のスケルトンは、ガクリと膝をついた。


だが、脚の切断までは至っていなく、炎も全身に広がっていない。


ヴィクターは、鎧のスケルトンの回復力が高いことを忘れていなかった。


ここがチャンスと思い、頭が下がった鎧のスケルトンの首を切り落とし、連撃をくらわした。


相手が完全に消滅し、金属と魔石を落としたのを確認したら、直弥の方を振り返った。


「くそ~。強すぎるぞ~」


そこには一週間前のデジャブのような光景が繰り広げられていた。


直弥は壁を背にして、盾を使って必死に鎧のスケルトンの攻撃をしのいでいるが、反撃は出来ていない。


ヴィクターは疲労感を感じながらも、直弥が戦っている鎧のスケルトンを後ろから斬りつけた。


そのまま二人で袋叩きにして鎧のスケルトンを倒しきった。


女の鳴き声がかすかに聞こえる中、二人は床に腰を下ろした。


「いや~。助かったよ、ヴィクター君。それにしても妙に疲れたねぇ」


「あぁ。寒さのせいか、かなりの疲労感と魔力の消費を感じる」


二人が荒い呼吸を整えていると、再び複数の鎧のスケルトンが近づく音が聞こえていた。


女の泣きすする音に紛れて……。


ヴィクターと直弥は即時に立ち上がり、攻撃態勢を作る。


しかし、それぞれ武器が重く感じる。


「くそ! この回復していない段階で連戦か!」


ヴィクターは先手必勝の考えで、近づいてきた鎧のスケルトンへ駆け出し、小手の裏側を狙って斬撃を繰り出そうとした。


「危ない!」


直弥の叫び声と共に、急に何かが急に足に絡まり倒れてしまう。


訳が分からないが、危険だと判断しヴィクターは横に転がった。


その瞬間耳元で板を割る破裂音が響く。


回転しながら見るとすぐ隣の床が鎧のスケルトンの太刀で破壊され、木片をまき散らしていた。


立ち上がろうとしたが上手く立ち上がれない。


足を見ると、鎖が床から生えて絡みついている。


何とか立ち上がる事が出来たが、行動が大幅に制限されている。


女のすすり泣く声が聞こえる中、相手が振るう太刀を打刀で弾き防御に徹する。


しかし、なぜか腕が重く、魔力の消費も激しい。


「今、僕も行くよ!」


二体目の鎧のスケルトンが近づく中、直弥が駆け寄ろうとするとその周囲が黒い煙でおおわれた。


「うわぁ! 何だ、これ」


直弥は、暗闇を振り払ってヴィクターの傍に駆けつけようとしたが、黒板を爪でひっかいたような女の叫び声を聞いた瞬間に動けなくなった。


瞬時にツララで背骨を貫かれたかのような寒気がし、その場にしゃがみ込む。


怖い。動きたくない。殺される。寂しい。


そんな感情が直弥の胸の奥からあふれ出し、頭をかき乱した。


それを見たヴィクターは二体を相手に戦うことを覚悟する。


二体の鎧のスケルトンそれぞれが、左右から太刀を振ってくる。


左は上体をそらし回避。右は打刀ではじき返す。


相手は攻撃の後で隙が出来ている。


このチャンスを生かして、地面から生えている鎖を叩き切った。


自由に動けるようになったヴィクターは一気に魔力で全身をさらに強化し、武器も炎がさらに燃え盛り、威力を上げた。


圧倒的な魔力で作られた炎の熱が周囲に充満し始めた。


そしてヴィクターは荒い呼吸を整えもせずに、高速の連撃を繰り出す。


その斬撃の剣線は、もはや線ではなく竜巻のようになり、鎧のスケルトンを二体倒した。


すぐさま直弥の方へ向かう。


黒い霧は無くなっていたが、直弥は体操座りをしてブツブツ言っていた。


明らかに正常な精神じゃない。


「おい、しっかりしろ」


ヴィクターは直弥の頬をビンタしながら正気に戻そうとする。


女の泣き声が聞こえる中……。


「あべべ、はっ! 僕は何を……」


はっ! と正気を取り戻した直弥は、周囲を見渡す。


焦点のあっていなかった瞳が元に戻っていく。


「お前は、なぜか急に我を忘れて、混乱していたぞ」


「ご、ごめん。なんでだろう」


直弥は立ち上がりつつ、ヴィクターに謝罪した。


しかし、その動きは遅く、二人とも妙に疲労していて、呼吸も荒かった。


そんな中、再び鎧のスケルトンの迫る音が、女の泣き声に交じって複数聞こえる。


しかも、廊下の前後から来ているので撤退も出来ない。


「くそ、また戦いか」


「うわぁ~~。結構やばいねぇ」


「女の泣き声もうるさいし……女の泣き声?」


ヴィクターは気付いた。


今まで雨や風、木のざわめきのように気にしなかったが、女の泣き声が聞こえるのは異常だ。


そして、それに気づかなかったことも。


ヴィクターは周囲を見渡す。


「直弥、見ろあそこ!」


ヴィクターが指をさした方向を見る。


中庭を挟んだ先の廊下を見ると、お面をつけた巫女が空中に浮いていた。


巫女が付けているお面は、木製で塗装がされていない般若の面の上半分のような口が露出しているような物だった。


やや紫色でどこか艶やかな唇だが、般若の面の眼球部分から血が流れている。


その女がずっとこちらを見ながらすすり泣いている。


あれがお面の巫女か……。


「よくわからないが、あいつが僕らにデバフをかけているのかも知れない」


直弥は妙な疲労感と、ヴィクターを襲った鎖、自分の周囲に発生した黒い霧、精神異常、そして絶え間なく襲ってくる鎧のスケルトン。


直弥は今までの事を分析して、原因があのお面の巫女かもしれないと考えた。


「ならば、あいつから斬る!」


ヴィクターは全身を魔力で強化し、駆け出す。


「だめだ!」


直弥が制止したが、ヴィクターの行動が早すぎた。


一気に中庭の敷石をまき散らしながら、お面の巫女に近づこうとする。


しかし、お面の巫女はヴィクターの眼前に黒い霧を出した。


ヴィクターは、それを横に飛んで回避すると、今度は足元に鎖が出てきて再び絡みつこうとする。


それを叩き切り、お面の巫女の位置を確認する為に顔を上げると目が合った。


その瞬間、過去に父と母が帰ってこなかった時を思い出し、その時の感情があふれ出す。


怖い、寂しい、帰ってきて欲しい、どうなっているか分からない不安と焦燥感が止めどなく溢れ出てくる。


その瞬間ゴンっ! と頭をハンマーで殴られたような衝撃をヴィクターは感じた。


「何だ、へぶっ!」


「ヴィクター君! 目を覚ますんだ! 君がやられたら僕も死んでしまう、研究の半ばで」


振り返ると半泣きの直弥が盾でヴィクターの頭部を殴っていた。わりと本気で。


「もう目覚めた! 止めろ。このままではお前に殺される!」


「あぁ、良かった。これで僕の研究が続けられる……」


ヴィクターは直弥に色々言いたい事や文句もあるのだが、ここはぐっとこらえて感謝する。


お面の巫女に視線を合わせないようにしながら、周囲を観察する。


鎧のスケルトンに囲まれている。


どうするか? お面の巫女を倒すべきだが、攻撃を当てる前に妨害され、逃げられる。


「二人で鎧のスケルトンを倒そう。そして、スケルトンがいなくなったら、二人でお面の巫女を一斉攻撃だ」


本当はお面の巫女をすぐに攻撃したいが、もう鎧のスケルトンが近づいてきて、巫女はスケルトンの後ろに逃げている。


もう巫女を倒す暇が無く作戦はこれしか使えない。


ヴィクターは直弥の作戦に頷き魔力を高めて攻撃を開始する。


この状況は、一気に殲滅して打開するしかない。


出し惜しみは無しだ!


疲労困憊のヴィクターは、体の中にのこっている魔力と体力をかき集めて攻撃を開始する。


再びヴィクターの猛攻が始まる。


左右上下の打ち分け、防御されればはじき返し、お面の巫女からの妨害も全て回避した。


今までヴィクターが費やしてきた訓練と集中力がなせる神業だ。


ヴィクターが二体をあっという間に倒し、直弥の方を見る。


直弥も盾で防御しながら果敢に戦い、一体を倒しもう一体を相手にしていた。


お面の巫女も妨害をヴィクターに集中させていたので、直弥は十分に力を出すことが出来た。


ここでヴィクターの魔力がガス欠をおこし、炎の剣が消えたが、直弥が相手する鎧のスケルトンを二人で一気に押しきり、倒すことが出来た。


「このまま決めさせてもらう」


周囲のスケルトンを殲滅させ、視線に気を付けながら無防備になったお面の巫女に急接近する。


妨害もされると分かっているので、回避をしながらジグザグに進む。


お面の巫女はヴィクターを止められない。


相手は空中に浮遊しているが、ヴィクターの身体能力なら問題ない。


渾身の力で跳躍。高速の切り上げ。


巫女の脇の下から首を通る形で、剣の閃光が走る。


魔法付与は切れているが、鎧も着ていないお面の巫女は防御できなかった。


その結果、簡単に打刀がその肉体を通り抜けていく。


「やった!」


直弥が声を上げる。


ヴィクターは目を見開きながら着地する。


手ごたえが無い……。


ヴィクターは咄嗟にその場から飛びのき回避行動をした。


その瞬間先ほどいた場所に鎖が地面から飛び出していた。

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