蒼の牢獄④-4

次の日、ヴィクターと直弥はお面の巫女の階層で探索をしていた。


戦闘自体は昨日攻略法を見つけ、新たな力を手に入れたので順調だった。


ただ、斬撃を飛ばすのは魔力の消費が激しいので、基本は刀身に炎を付与した状態で戦っている。


気になっているのは、昨日現れた謎の少女はあれ以来出現しない。


それに直弥に聞いても昨日はヴィクター以外に出会っていないし、声も聞こえていないそうだった。


恐らく魔法が絡んでいる存在だと直弥は推測していた。


探索を続けて歩いていると、前方に探索者集団がいて、お面の巫女と鎧のスケルトンの集団と戦っていた。


5人のグループだ。


二人の魔法使いがお面の巫女を倒し、槍を持っている近接担当が鎧のスケルトンを倒すという安定した戦いをして完勝していた。


戦いが終わったようなので、隣を通り抜けようとしたら相手のグループに見知った顔がいた。


「おっ! ヴィクター君じゃないか?」


「おっ、お前は」


「そう、佐藤 幸雄さとう ゆきおだよ!」


幸雄ゆきおは笑顔を作り、ハイテンションでヴィクターに声をかけてきた。


なんと、以前あった時に全く才能の無かった幸雄が、お面の巫女がいるこの階層で探索しているではないか。


しかも、先ほどの動きが以前とあまりにも違うので幸雄だとは思わなかった。


短期間でこれほど腕や技術が上達するなど信じがたい事だが、実際に目の前で起きている。


それに、表情や雰囲気、テンションも高くなり、悲壮感が漂っている以前とは人間が変わっているようだった。


なので、佐藤 幸雄さとう ゆきおだとは気が付かなかった。


「実はあれから頑張って、こうやって稼げるようになったんだ」


「そ、そうか、よかった」


あまりのイメージギャップに付いていけない。


そんなヴィクターを無視して幸雄は早口で一方的に話しかける。


「いやー以前助けてもらった時に、お礼も言わずに酷いことを言っちゃたんだよね」


「気にしていないし、伝言で礼はもらった」


「でも、直接お礼を言いたかったんだ。ありがとう!」


「あぁ」


握手を求められたヴィクターは、素直に手を差し出した。


幸雄はその手を強く握り返し、ブンブンと強く手を振って離した。


その時、幸雄の仲間が彼の耳にコソコソと何かを呟いて、幸雄は頷いた。


ヴィクターが不信そうに眺めていると、幸雄は取り繕った笑顔で口を開いた。


「いやぁ~~、僕の仲間は人見知りなんだ。君たちが怖いみたい。ごめんね」


「気にするな。俺たちは通り抜けたかっただけだ。すぐに移動する」


「ありがとう。今の僕は、彼らのおかげだから、いい人たちなんだけれど、悪いね」


あはははと苦笑いする幸雄を残して、ヴィクターと直弥は先に進んだ。


最後に見た幸雄の瞳がどこか赤く光ったような気がするが、灯ろうや蝋燭の灯りのせいだろうとヴィクターは気にしなかった。


幸雄たちと十分距離が離れてから、今まで黙っていた直弥が話しかけてくる。


「あの人は、知り合いなのか?」


「あぁ、初心者講習の時に一緒に受けた人物だ。それに、お前を助けた日に、お前よりに先に助けた人がいると言っただろう」


「あぁ、あの人が。彼は元々あんなに強かったのかい?」


ヴィクターはもう見えなくなっている幸雄の方を振り返り、考えてから言葉を発した。


「いや。全然才能が感じられず、正直この目で見るまでこの階層に来れるとは思わなかった。以前は一階で死にかけていた」


「ふ~~ん、どんなカラクリだろうねぇ」


直弥は幸雄という人物より、なぜ短期間に強くなれたのかに興味を抱いているようだった。


ヴィクターと直弥は、そのままお面の巫女の出る階層で探索を続けて、何度か進化をした。


戦いにも慣れて、進化もしたので放物線を描くように効率が上がった。


そして、下へ降りる階段を見つけた。


いつもの石のふちで囲まれた木造の階段だ。


ヴィクターは、直弥と視線を合わせてまだまだ探索できるという事で、下の階へ降りていった。


下の階のダンジョンは、今までの和式の回廊と部屋、中庭がある形式で大きな変化が見られない。


ただ、全体が洞窟で覆われているような構造で、圧迫感がある。


この和式の構造物を全て飲み込むような洞窟が、自分達も飲み込んでしまいそうな不気味な雰囲気がある。


ここに出現するモンスターの名前は、蜘蛛鎧武者くもよろいむしゃだ。


それ以外は相変わらず分からない。


ヴィクター達は慎重に異変が無いかを気にしながら前に進む。


特にお面の巫女のような知らないうちにデバフをかけられるのは絶対に避けたい。


泣き声や気になる音はないか特に気にしながら二人は和式の迷宮の奥へと足を進める。


暫くするとガサガサという音が囁くように耳の中へ入ってきた。


ヴィクターと直弥は音の発生源を探そうとするが、どうしても正確に相手の位置がつかめない。


直弥が何かを探すように首を左右に動かしながら話しかけてきた。


「周囲から音がするね」


「あぁ、複数でお出迎えのようだ……」


やはり階層が下に行けば行くほど難易度が上がるとヴィクターは感じながら敵の居場所を探る。


しかし、音がすぐ近くに来ているのに敵の場所が掴めない。


その時、ヴィクターは背筋にぞわりと違和感を感じ、その場を横に飛ぶ。


すると、丁度ヴィクターの居た位置に上から何か巨大なものが落下してきた。


爆発音のような激しい音と振動を感じながら、落下してきた物を見ると、それは下半身が蜘蛛になっている鎧のスケルトンだ。


名前の通りの蜘蛛鎧武者くもよろいむしゃと言ったところか。


「ヴィクター君! 囲まれている」


「分かっている」


直弥の呼びかけの後に周囲を見てみると、この蜘蛛鎧武者くもよろいむしゃは、天井や壁などに張り付いていて、こちらの死角を移動してきたようだ。


ヴィクターは全身を魔力で強化し、打刀に炎を付与して落下してきた蜘蛛鎧武者を叩き切ろうとする。


しかし、ヴィクターが接近すると、相手は天井に引っ張られたように上昇し回避した。


「ちぃ、蜘蛛なのか武者なのかはっきりして欲しい物だ。直弥、そっちは大丈夫か?」


ヴィクターは、舌打ちしながら直弥の様子を見る。


「うべっ、動けない!?」


そこには、蜘蛛鎧武者から何かの液体をかけられて、動けなくなっている直弥がいた。


恐らく麻痺系の毒だろうか?


しかも蜘蛛の糸でグルグルにす巻きにされている。


「出し惜しみしている状況じゃないな」


ヴィクターは魔力をさらに高め、刀身が白光するほど魔力を高める。


そして、その場で連撃を繰り出す。


すると刀身に込められた付与の炎だけが高速で飛んでいき、直弥の周囲にいた蜘蛛鎧武者数体に直撃した。


直撃した敵は溶断され、切断面が赤く溶けている。


そしてその傷口から全身に炎が広がり、魔石と金属、そして何か袋のような物をドロップした。


ヴィクターはドロップアイテムを確認する事もせずに、攻撃を続ける。


爆発的な脚力で壁を駆け上がり、天井や壁に張り付いている蜘蛛鎧武者を炎の剣で斬りつけた。


敵の糸や毒、斬撃などは壁や天井を蹴り、空間を三次元軌道で縦横無尽に動いて敵を倒していった。


途中で女の泣き声が聞こえだしたが、ヴィクターは、その瞬間に斬撃を音の方へ飛ばし、お面の巫女も瞬殺した。


全てを倒し終えて糸で身動きが取れていない直弥の方へ行く。


「毎回、手間かけさせやがって」


「いいじゃん、まるでヒロインみたいで可愛いでしょ」


「黙れ!」


これで武器の作成能力が無かったら切り捨てているところだと、ヴィクターは内心思いながら、直弥の糸を打刀で切り助け出した。


「毒を喰らっていたみたいだが大丈夫か?」


「うん、麻痺性の毒だったけど、時間で解毒されるみたいだね」


それを聞いてホッとする。


ヴィクター達は現在、解毒する魔法や薬を持っていない。


時間経過でそれが解決できるのならば、永遠と動けないという事態にはならなそうだ。


しかし、脅威であることには変わりない。


動けない間に直弥のように糸で巻かれたり、攻撃を喰らえば命はないだろう。


厄介な敵だとヴィクターは思った。


ヴィクターと直弥は今日は十分に敵を倒せたので、ダンジョンから帰還することに決めた。


そして、明日もこの階層で戦い、仮に下層へ続く階段を見つけても降りないことを決めた。


まだ実力が足りていないと結論付けた。主に直弥が。


二人は大量に床に散乱しているドロップアイテムを回収する。


これらは金だ。


絶対に回収する。


どんなに疲れていようが、先ほど仲間が死にかけていようが、回収は絶対の不文律なのだとヴィクターの強い思いがある。


「それにしても、この袋のようなドロップアイテムは何だ?」


ヴィクターは、皮袋のようなドロップ品を回収しながら尋ねた。


中に液体が入っているように思える。


「う~~ん、多分さっきの麻痺薬かそれの解毒剤だと思う。よ~~し、家に帰って調べるぞ~~!」


直弥はヴィクターの問いに答えながら袋の中身について考えて一人でテンションが上がっていた。


先ほどまで絶体絶命だったというのに何ともたくましい事かと、ヴィクターはため息交じりに思った。


そのまま何事もなくダンジョンを出て買取所まで行けた。


今日の成果は、お面の巫女の魔石が4体分の8個、その階層の鎧のスケルトンの魔石と金属が60個ずつ、ただの鎧のスケルトンとスケルトンがそれぞれ4体分の魔石と金属、そして蜘蛛鎧武者の魔石と金属と革袋が20体分だった。


買取金額は、蜘蛛鎧武者のドロップ品がそれぞれ8000円で、半分だけ買い取ってもらうので、買取金額が24万円になった。


そして、その他の買取品が32万4400円だった。


なんと合計56万4400円で税金が引かれて、50万7960円が今日の二人の日当だ。


一人当たり25万3980円の給料というとんでもない金額になった。


これなら両親の遺産を食いつぶさずに晴臣を雇い続けられる。


これまでの赤字の帳消しも夢ではない。


ヴィクターは珍しく笑顔になった。


直弥も研究資金が爆発的に増える事を喜んでいる。


ただ、命を懸けているとはいえ、これ以上は日当としてはもらい過ぎだろう。


今後ダンジョンの攻略が進めば確実にこれ以上に収入が増える。


勿論探索が出来ない時もあるし、ヴィクターは人を雇用しているので貰えるだけもらいたい。


お金がモチベーションでもあるので、日当は20万円までで、それ以上は共同口座にお金を入れる事にした。


パーティーを解散したら、これは等分にそれぞれに渡されると直弥と話し合って決めた。


そしてパーティーを組んでいる間は、直弥が装備を作る資金はそこから捻出して良いという事になった。


ただし、ヴィクターの了承の元と決めてある。


なぜなら直弥は放置すると研究に無限に資金を投入しそうだからだ。


そしてそのヴィクターの予想は間違いではない。


日当20万円は高く感じるだろうが、文字通り命を懸けているのだ。


これくらい貰わないと割に合わない。


とにかく、資金の運用方法が一旦決まったのでヴィクターはホッとしていた。


そんなヴィクターの姿を直弥はニヤニヤと見ていた。


「でも、ヴィクター君がこういう提案をするという事は、長期間僕とパーティーを組んでくれるという事だねぇ」


ヴィクターは言われた言葉に苦虫をつぶしたような顔になる。


そしていやらしい笑顔に無性に腹が立った。


「ふん! お前の作る武器は優秀だった。恐らくこれから作る武器や装備もそうだろう。はっきり言って、他ではコストも考えると到底入手不可能だ。お前を認めているのではない。お前の技術を認めているのだ!」


指をさしながら偉そうにするヴィクターを見て、直弥はニヤニヤをより深めた。


受付嬢も相変わらず、「こんなに短期間でここまで稼げるようになったのは凄い事ですよ! やはり私の眼には狂いはなかった」と大きな声でふんぞり返って威張っていた。


ヴィクターは、なぜおまえが威張る? と思ったが指摘しても疲れるだけなので、お金を受け取り家に帰った。

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