蒼の牢獄④-5
次の日、ヴィクターと直弥は
今日の目的は金稼ぎと、直弥が一人で安定して
ひとつ前の階のお面の巫女との戦いあたりから直弥の力不足が気になりだしていたので、ここで力をつけてから次の階層へと向かいたい。
ヴィクターとしても今後の装備開発で直弥は必要不可欠なので、彼の戦力アップは避けて通れない道だ。
本当は、お面の巫女と鎧のスケルトンが出る一つ前の階層での訓練でもよかったのだが、どうも佐藤幸雄達や他の似たようなグループが大量にいて、思うように探索や訓練が出来ないのでこの一つ下の階層にした。
「よしこい! 今だ!」
直弥は敵の太刀を盾で弾き飛ばし、メイスで殴り倒していた。
数十体の蜘蛛鎧武者を倒してきて直弥も数度進化をした。
そのおかげで、一人でもかなり戦えるようになった。
しかし、ヴィクターのように全てを回避しながら戦うことは出来ない。
代わりに、毒や糸を盾で防ぎながら接近して、メイスと盾で殴り殺す戦い方をしている。
「うぉ! きた、きた、きた~~!」
どうやら今倒した
きもちぃ~~、あぁ~~ん、と言いながら直弥は悶えている。
ヴィクターはうすら寒い目で一瞥した後に、一人で周りの敵をせん滅する。
丁度倒し終わったころに直弥が悶えているのが止まった。
「おっ? 終わった。何だかすごく強くなった気がする。何か特別な力が使えそう?」
「そうか。ドロップ品の回収が終わったら。次の敵で倒してみよう」
二人でドロップ品を回収しているが、結構この回収物が多くなり負担になっている。
現在40体以上敵を倒していて、その収集物が背中のバックの容量を侵している。
「その内、ある程度のドロップ品は捨てなければいけないかもな」
「う~~ん、ヴィクター君の斬撃を飛ばす能力と、ワープ理論のカラビ・ヤウ空間の構想を応用すると解決できるかもしれない。それには……」
直弥はヴィクターの言葉に反応して、何やら訳の分からない技術用語をお経のようにブツブツと唱え始めた。
こうなっては放っておくしかない。
ダンジョンのレアドロップ品で、魔法の異空間バッグが稀に出てくることがある。
それは殆どドロップすることが無く、入手を期待するのは現実的ではない。
それがごくまれに市場に出てくることもあるが、値段は億を超えるので、購入も現実的ではない。
直弥に期待するしかないかとヴィクターは結論付けた。
回収し終えると直弥の成長具合を確かめるために探索を続けた。
暫くすると、ガサゴソと音がして蜘蛛鎧武者が近づいてくる。
音に気付いた直弥がすっとヴィクターの前に出た。
自分の能力を確かめるつもりだ。
直弥は全身の魔力を敵が来る前に高め、体と武器の強化をする。
直弥はヴィクターほど魔力が高くなく、武器の能力もカタログスペックを発揮できていなかった。
だがこれは、ヴィクターが異常すぎるだけで、直弥も一般的にはかなり高い魔力を持っている。
だから気にせず、今までの通りに戦おうと思ったが、今度は違った。
「武器と盾に僅かな振動を感じる……。体もいつもと違う……これは、きたーー!」
武器と体に魔力を行き渡らせている途中に僅かな振動を武器と体に感じた。
この振動は、日ごろ意識している直弥でないと感じられないほどの僅かだった。
これは、武器が強化され、能力が発動するマテリアル・トランスミュテーションとリンク・シンクロナイズの兆候だ。
自分にもやっと発動できると興奮しさらに魔力を高めた時、蜘蛛鎧武者が天井から降ってきた。
「いつもそのパターンだよね! 予測済み」
上から振ってきた蜘蛛鎧武者を回避しながら盾で弾く。
その時鼓膜を大きく揺らすスパーク音がした。
直弥の盾から電撃が出て、蜘蛛鎧武者は弾き飛ばされた。
そして、地面で倒れた後も電撃に侵されて立つことが出来ない。
「へぇ~~、これは使えるねぇ」
直弥は相手が動けない事を良い事に倒れた相手にメイスを振り下ろした。
相手の顔面は、爆発的な打撃音とスパーク音と共に粉砕された。
メイスにも電気の魔法が付与されていて、相手の麻痺が上乗せされたようだった。
直弥はそのまま麻痺で動けない相手を殴り倒した。
「新たな力に目覚めたようだな」
戦闘が終わった直弥にヴィクターが声をかけた。
「うん。これで一応僕にもお面の巫女への対応策が出来たね。それに蜘蛛鎧武者にも圧倒して勝てるようになった。ヴィクター君の負担も軽減されるね」
「ふん、そうだといいがな。もう少し力を確認してから今日は帰るか?」
「う~~ん。そうだね」
その後も二人はこの階層で蜘蛛鎧武者とお面の巫女を倒していった。
合計で蜘蛛鎧武者60体とお面の巫女6体を倒した。
そこでバッグの残り容量が怪しくなってきたので帰ろうとした。
その時不意に後ろから声をかけられた。
「君が本坂ヴィクター君ですか?」
「誰だ!?」
ヴィクターが振り返るとそこには、黒髪オールバックの長身の男がいた。
身長は190cmを超えているな、でかい。
年齢は若く、20代前半のようで、黒の探索者用のスーツを身に着けている。
直弥と同世代だろう。
全身黒のイメージで、ダンジョンの闇に紛れて消えてしまいそうな雰囲気だ。
だが、ここまで近づかれてヴィクターが気が付かなかったという事は恐らくかなりの実力者だ。
ヴィクターと直弥の体に自然と力が入る。
「最近初心者なのに圧倒的なスピードでダンジョンを探索していると聞いています」
「やれる事をやっているだけだ……。それに誰だ? と聞いている」
ヴィクターは戦闘態勢を取りながら返答する。
相手の武器は薙刀のようで、柄の先を地面につけている。
どうやら相手は余裕のようだ。気に食わない。
「申し訳ありません。質問に答えなければいけませんね。私は
「国家戦略情報局だと?」
ヴィクターは伊藤と名乗った男の言葉を聞いて驚愕する。
国家戦略情報局とは、ダンジョンが発生した後に公安を発展させたものだ。
昔アメリカに存在していたCIAや日本の公安を発展させた組織で、かなり優秀な人物でないと入れないと聞いている。
しかし、その活動内容や実態は一般的には知られていない。
「そんな御大層な人が、ただの一探索者の俺に何の用だ?」
「君が何故そんなに力を持っているか秘密が知りたくなりましてね」
「秘密などない。日々の練習とダンジョンへの恨みが俺を強くした」
ヴィクターの答えを聞いて伊藤は目を細めた。
その後ふぅと息を長く吐くと目がギラリと光った気がした。
「秘密があると思いましてね。何、戦えばわかりますよ」
まずい!
ヴィクターがそう思った瞬間、すでに伊藤は目の前に迫っていた。
しまった、薙刀はどこだ、見えない!
すでに袈裟斬りをしようとして振っているだと!? 速い!
ヴィクターは、身体能力でかわそうとしたが、間に合いそうにない。
咄嗟に自分の首を守るように打刀で防御した。
ガキンと重い金属音が打刀と薙刀の刃から発せられた。
「ほう、受け止めましたか。どこまで耐えられるかな?」
ギリギリと打刀に力が加えられる。
伊藤は歯を見せて笑顔だが、ヴィクターは必死の形相で余裕がない。
薙刀の衝撃で手がしびれ、押し付けられる力は戦車が踏みつぶそうとしているような力だ。
もちろん魔力強化も使っているのにだ。
「まだまだ、ですね」
伊藤は、言葉の後にさらに力を込めてヴィクターを吹き飛ばし、隣の和室に襖を破りながら飛ばしていった。
「ヴィクター君!」
直弥が叫びながら伊藤の後ろから突撃してくる。
直弥の突進力はヴィクター程ではないが、進化を重ね一般的な探索者よりもかなり速い。
さらに避けられることを加味して、盾に電撃を付与して面攻撃で突撃している。
これなら避けられない、そう確信して突撃した直弥だったが……。
「甘い!」
伊藤は、振り向かずに後方へ薙刀の柄を突き出した。
その結果盾に薙刀の柄が直撃し、爆発音がした。
直弥も伊藤の攻撃に耐え切れずに後方へ吹き飛ばされた。
「うわーー」
なんと伊藤は飛んでいく直弥に走って追いつき、腹に薙刀の柄を叩き込んだ後、口を開いた。
「君は邪魔だから、少し止まってもらいましょう。
追撃を喰らい、絶叫しながら飛んでいく直弥に向かって伊藤は何かの黒い魔法を飛ばした。
それは、飛んで行って落下した直弥の影にすぐに当たり、なぜか直弥は硬直して彫像のようになり動けなくなった。
「貴様! 許さん」
伊藤が直弥に対処している間に復活したヴィクターは、パラパラと崩れた和室のゴミを肩や頭から落としながら立ち上がって出てきた。
その碧眼は怒りで迫力が増し、全身から魔力が荒れ狂っている。
打刀が白く発光しヴィクターはその場で連撃を繰り出す。
すると白く発光した斬撃が地面を抉りながら高速で飛んでいく。
「
ヴィクターの斬撃が伊藤の間合いに入った瞬間に、伊藤は掛け声とともに薙刀を高速で横に振りヴィクターの斬撃をかき消した。
薙刀の刀身には電撃が走り、魔法付与を使ったことが分かる。
「くそ! 決め手にはならないと思っていたが、無傷かよ!」
ヴィクターは、有効打にならないと予測していたので、斬撃を追いかけるように走っていた。
伊藤が回避した直後に、横一線を狙って打刀を振る。
薙刀を振った今なら当たる!
ヴィクターは命中を確信して攻撃を行ったが、攻撃が当たる瞬間に伊藤は影のように消えた。
「なに!?」
直後に背後から衝撃が連続的に走り、ヴィクターは吹き飛ばされて倒れてしまう。
「驚きましたか? ただ効率的に速く動いただけだけれど、君には消えて見えたみたいですね」
ヴィクターは立ち上がりながら、口から出た血をぬぐい睨みつけた。
薙刀を持っていない手から煙が出ていたので、拳での連打を受けたらしい。
「何が目的だ! ふざけるな」
ヴィクターは怒りながら魔力を高めた。
周りの和室の残骸が吹き飛ぶ。
両親の教えで、窮地でも冷静になれと言われていた。
ヴィクターは怒りながらでもその教えを忘れておらず、冷静に相手の弱点を探ろうとした。
しかし、ない。ないのだ。
だから仕方が無く魔力を上げて肉体と武器を強化し、何とかして薙刀の間合の内に入ろうとする。
相手の横なぎの一閃。ジャンプすることで回避。
そのまま天井を足場にして、弾丸のように相手の方へ接近する。
その勢いを生かして、相手の頭上へ兜割。
すぐに後退されて、しかも薙刀で打刀を弾かれ防御される。
しかしこれを読んでいたヴィクターは、刀を持っていない手に鞘を持っていた。
鞘で横なぎの一閃。相手は側転しながら回避。
鞘が宙を通り抜ける。
まだだ!
ヴィクターはさらに魔力を高めながら攻撃の勢いを利用して回し蹴りを繰り出す。
相手は回避の後で不安定だ。
行け!
高速で繰り出されたヴィクターの脚は相手の腕で防御された。
今だ!
間合いに入った。
ためていた魔力を解放しながら、頭の中のスイッチを押すイメージを実行する。
すると世界が僅かにスローモーションになる。
相手の間合いに入り、薙刀を持っていない手は、脚をはじくのに使ったので無防備だ。
ここに自分が出せる最大の斬撃を喰らわせる!
ヴィクターが打刀に魔力を集めて刀を白光させていると、敵の後ろに光が集まり少女の形を作った。
またあの青い少女だ。
「ダメ。勝てない。逃げて……。意味のない戦い」
少女がヴィクターに話しかけるが、もう必殺の一撃は繰り出している。
止まれない。
それに、相手が仕掛けているのだ。逃げられない。やるしかないのだ。
ヴィクターの打刀が相手の無防備な脇腹に吸い込まれる、そう思った寸前に透明なバリアのような物が刀を阻み斬撃を止めた。
そして、相手の薙刀の柄が突きとして繰り出され、ヴィクターの鳩尾に直撃した。
「ぐはぁ!?」
ヴィクターはカウンターを喰らい吹き飛ばされていった。
奇しくも直弥が拘束されている隣に吹き飛ばされた。
ヴィクターは、立ち上がろうとしたが途中で咳き込んでしまい、図らずとも土下座したような体勢になってしまった。
屈辱、圧倒的な屈辱。
そして、勝機が見えない絶対的な絶望。
そして青い少女もいつの間にか消えている……。
相手がゆっくり歩いてくるが、ヴィクターと直弥は何もできない。
万事休すと思っていると、相手から思いがけない言葉をかけられた。
「申し訳ありません。どうやら私の思い違いだったようです」
なんと、急に伊藤は頭を下げた。
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