#8 初の通常配信でいきなりガチRTAを始める月雪フロル【電ファン切り抜き】

 さっそく電ファンの洗礼を浴びたとはいえ、私としては面白かったし問題ない。計算は狂ったけどね。

 ……なるべく早く私も動かないといけなくなった。最悪公式にちょっと投稿を待ってもらえるようお願いするけど、先に「フロルは引っ掻き回す側」という印象を植え付けないといけないだろう。そういうキャラ付けや言動を、初配信のみならず動画の後語りパートでもしてしまっている。


 このままだと全方位にイタズラを撒き散らす私を唯一一方的にやり込めるポジションとかになりそうなエティア先輩は、寝起きドッキリで縮んだ睡眠時間を大事な初の通常配信前に補填するための昼寝を見ていてくれた。

 万一の事故が早々に起きたら何もかもダメになってしまうキャラだから、起こしてくれたのはありがたいんだけど……「お代は寝顔でもらった」とか言われて本格的に赤面する羽目になった。まずい、このままだと本当に勝てなくなる。ついでにこれまで寝落ち癖以外はかなりまともだったエティア先輩がドSキャラで定着してしまう。




 閑話休題。

 今日は二度目の配信、これから日常になっていく通常配信のスタートだ。初配信の大トリから打って変わって四期生としては一番手となる。

 他だと幽子さんも今日から、陽くんは明日。ハウスに入居していない残り三人は明日と明後日とのことだ。この期間も少なくとも新人同士では被らせず、活動頻度を高くいくつもりの私も次の夜配信は明明後日しあさっての予定になっている。





【VHH】先輩もすなるゲーム配信といふものを、新人もしてみむとしてするなり【月雪フロル / 電脳ファンタジア】





「民草のみなさん、コンロンカー! 電脳ファンタジア所属、新人四期生の都会っ子アルラウネ。月雪フロルです!」


〈コンロンカー〉

〈コンロンカ!〉

〈こんろんかー!〉


「というわけで今日から本格始動です。予告通りまずはゲームをやっていこうと思います!」


 幸いなことに四期生は全体的に大きな事故はなく、順当に全員が箱ファンから受け入れられた。全員揃ってキャラがしっかり濃いことも相まって、登録者数は横並びからのスタートだ。電ファンそのものを愛してやまない私としては、全員が伸びるのが嬉しくて仕方ない。

 それにしても、現時点で5万人近い登録者になっているのはひとえに先輩たちの活動のおかげだろう。企業勢の強みと言ってしまえばそれまでだけど、まずは恩返しをしていくつもりでやらないとね。


「じゃあどんなゲームをするかなんですけど、これはちょっと迷ったんですよ。具体的には、見せるゲームをするか一緒に遊ぶか」


〈うん〉

〈サムネとタイトルにもゲームとしか書いてないもんね〉

〈どっちも楽しそうだけど〉

〈ガチで上手いのはわかってるし、何やってもよさそう〉


「私はゲームつよつよキャラでいくつもりなので、やっぱり上手さを知らしめていきたいわけです。

 それと、さすがにいきなりタイマンの対戦ゲーはよくないかなって。まずは民草のみんなと『月雪はこんな感じなんだ』と信頼関係を築かないといけませんし」


〈うん〉

〈うん〉

〈よく考えてくれてる〉

〈じゃあ死にゲーとかメリカあたり?〉


「なので今日はRTAをやろうと思います」


〈うん?〉

〈ん????〉

〈よく考えたか?〉

〈確かに好きとは言ってたけど……〉

〈初回にやることではないと思うんですが〉

〈開始一分で電ファンが出たか〉

〈だめだ、フロルもやっぱりボケ側だ〉


 ちゃんと考えたんだよ。知名度の高い高難度アクションゲームも考えたし、視聴者参加レースもやりたいと思った。

 だけど思ってしまったんだ。初手RTAをやったら面白いんじゃないかって。そしてこの弾け方は今日じゃないとできないなって。

 大丈夫、見た目と外聞が悪くなくて面白ければそれが一番だって教えてくれたのはハルカ姉さんだ。つまり電ファンにはそういう伝統がある。


「やるゲームですが、やっぱり最初は奇を衒わずに私と結びつきやすいタイトルがよさそうですからね。『ヴァンパイアハンターハンターズ』です」


〈奇を衒わずに???〉

〈もう一歩気を衒うのを躊躇ってくれたらよかったんだけど〉

〈エティアに喧嘩を売っていくスタイル〉

〈初手RTAの時点で手遅れだろ〉

〈うわ本格的なタイマー出てきた〉

〈めちゃくちゃ飛び出してから申し訳程度に安全確認してくるの何?〉


 PCストップウォッチを画面に出して、ラップタイムの対象として『ヴァンパイアハンターハンターズ』を選択。6つのステージと各コースごとに分かれていて、今どこにいるかもわかりやすい優れものだ。

 今日これをやることは早いうちに考えてあったから、準備の合間を縫ってちゃんと練習もしてきている。それでも日夜競技として研鑽と切磋琢磨を続けているプレイヤーたちにはとても敵わないけど、最低限見られるところまでは到達したつもりだ。


「このゲームは寄り道を除くと大きく6つのステージを進むアクションゲームなんですけど、途中にワープポイントが隠されています。これを使った最速クリア、つまりAny%は世界記録で40分を切ってきてきます。

 ちょっとこれだと短すぎるので、今回はワープ禁止のレギュレーションでやりますね。世界記録は1時間半ちょっとなので、目標は2時間くらいで」


〈あっガチだこの子〉

〈短すぎるので……?〉

〈君の先輩はワープありで6時間かかってましたよ〉

〈WRの1.3倍ってマジでヤバいんだぞ〉

〈※二時間切ったら国内二桁です〉


 とりあえず練習では2時間10分はそこそこ安定して切っている。どれだけ事故ってもゆーこさんの配信開始までは4時間あるから大丈夫だ。

 というわけで、さっそく始めていこう。






 そもそも『ヴァンパイアハンターハンターズ』というのは、新進気鋭のゲーム制作会社である九津堂ここのつどうがリリースした横スクロール2Dアクションゲームだ。新しめのタイトルながらスマッシュヒットを記録して世界的なゲームのひとつになっていて、九津堂の躍進を支えた四天王の一角とされている。

 知らない人のためにざっとストーリーを解説すると、こんな感じ。


 ───ヴァンパイアが夜を暗躍する時代、人の血がなければ生きていけない彼らは人を殺さないよう気をつけながら吸血をして暮らしていた。しかし本来は撃退だけが目的だったヴァンパイアハンターが、ある日突然ヴァンパイアたちを片っ端から殺し始めた。

 両親をそれに奪われて育ったヴァンパイアの姉妹、プリムとエヴァは、返り討ちにしたヴァンパイアハンターが死に際に残した「自分たちを洗脳して殺しを強いる存在がいる」という言葉を聞く。二人はこれ以上同胞の命を奪われないため、そして両親の敵を討つため、里を出て巨悪のもとへ向かうのだった───


 その二人の主人公だが、これがこのゲームのシステムの根幹だ。

 事前準備が必要な代わりに遠距離攻撃ができて基本的には難易度の低い姉のプリムと、準備不要なものの近距離キャラで操作難度も高めのエヴァ。この二人をコースごとにいつでも切り替えることができる。それもあってか、足場に足がついていれば未クリアのコースでもノーリスクで退出してマップに戻れる仕様だ。

 とはいえそれぞれに得手不得手や敵やギミックとの相性もあるから、そこの選択も鍵になる。このコースはプリムでないと難しい、ここはエヴァでないと時間がかかってペナルティエネミーのダンピールが出やすい、といった具合だ。


「まあこれはRTAなので、基本的にはエヴァ優先ですね。ただ準備を含めてもプリムの方が速いステージはいくつもあるので、プリムファンの方もご安心を」


〈うっま〉

〈喋りながら1-2をエヴァ抜けしてる……〉

〈ここプリムじゃなくていいならだいぶエヴァでは?〉

〈ゲームよわよわ組はこの時点で1時間かかってるのに〉

〈ノーミスノンストップだ……〉

〈思った以上に速いぞ!?〉


「速く見えます? この時点で全一にほんいちとは7秒違いますよ」


〈!?〉

〈は???〉

〈これ以上縮むところあったか?〉

〈いや待て、7秒しか違わないんだろ〉

〈フロルよりヤバいのがいたところでフロルのヤバさは変わらないんだよな〉


 騙されてはくれないか。一時間とまでは言わずとも、初見プレイならここまでで20分くらいはかかってもおかしくない。このゲームはちょっと癖があるから。

 だけど2時間切りを目指すなら1-2通過は4分切りがマストなんだ。仕方ないの、それが求められているから。






 さて、この配信での私は後から振り返ってみるとまあまあな脊髄トークを繰り広げていた。たとえば……。


「このゲームの水中ステージは本当に攻撃が当たらないので基本的に逃げ安定です。三十六計逃げるに如かず、ただし逃げる先は前。捨てがまりってやつですね、つまりここは薩摩……ただ最速だとこいつだけ邪魔なんですよね、お前は薩摩揚げにしてやろうか」


〈なんだって?〉

〈論理の飛躍〉

〈いきなり鹿児島になったが〉

〈まずステガマリとやらの説明頼む〉

〈もしかして脳死で喋ってる?〉

〈オートパイロット月雪〉




「ここのボスはRTA基準だと弱いです。動きにランダム要素がないので同じ追い詰め方をすれば同じように止まってくれるんですよ。嘘をつき慣れてない子供みたいでかわいいですよねぇ。……大丈夫だよー、怒らないから次どっちに逃げるか言ってごらん? ね?」


〈こわ〉

〈かわいくはないが〉

〈絶対怒るやつじゃん〉

〈(先回りしながら)〉

〈RTA配信なのになんでこんなに喋れるんだ〉

〈こいつ普通にやると強いのに……〉

〈*三好ささげ / Sasage Miyoshi【電ファン所属】:えぇ……〉

〈三好先輩もよう見とる〉

〈ささげこいつ倒せてないから……〉




「プリムお姉ちゃんはできること多いけどRTAでは準備を最低限しかやらないので、無駄弾を撃ったらステージ入り直しなのが怖いですね。どれだけ慎重にやってきても不意の1ミスで台無し、まるで人間みたい。

 アルラウネは厳しい会社に入ったりしてないので大丈……ライバーも同じかもしれませんね、燃えたら最悪ぜんぶパァです。あ、ここですねギミック。じゃあ燃やしていきましょう」


〈世知辛いこと言うなよ〉

〈うっ頭が……〉

〈ライバー確かにそうだ〉

〈高みの見物失敗〉

〈炎上には気をつけて〉

〈草〉

〈草〉

〈タイミング完璧で草〉

〈狙ったんか?〉

〈燃やすギミックなのが悪い〉




「この先ラスボスです。基本的にはムービー後じゃないと攻撃入りませんがあーっ手が滑っちゃったー☆

 ……これで半分までは削れるようになっちゃってます。こんなところに窪みがあるのが悪い」


〈!?〉

〈マジ??〉

〈これ通常プレイでも使えるのでは〉

〈白々しすぎるだろ〉

〈「ある」のが悪い! 「ある」のが悪い!〉

〈もうちょっとちゃんと手が滑ったフリをしろ〉

〈このためにプリムでここまで来たのか〉

〈プリム不利ステでばっかりプリム使ってる気がするんだけど〉

〈このゲームのRTAで索敵範囲外からの芋スナを見ることになるなんて〉




「よし終わり。あ、トゥルーなのでまだ見てない先輩たちは目を逸らしておいてくださいね。……ちなみに今日は脳のリソースはほぼ目と手に回してたので、口は独立宣言を放置してたと思います。いかがだったでしょうか」


〈独立宣言〉

〈注意喚起遅くね?〉

〈まあさすがに自分で帰ったんじゃない?〉

〈この速度でノーデスなのかよ〉

〈1時間50分切ってるゥ!?〉

〈*せれな:この子何者……?〉

〈本物来とるが〉

〈せれなもいます〉


「はい、せれなさんも私の配信来てくださって……はい!?」


 ……人間の喉って本当に「カヒュッ(絶命)」って音が出るんだね。自分の喉で初めて知ったよ。

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