#37【クロリロ】下準備も兼ねてまずはストーリーやります【月雪フロル / 電脳ファンタジア】

 ここのところあれこれあった影響もあって、以前からの予定が変わったものも多い。

 たとえば歌ってみたは好評につき早めに二本目を出すことになったし、『ImitateAlice』入りはほぼ確定した。それに伴って準備は増えたほか、ユニットで持っている番組への出演もそのうちすることになる。

 それ以外で公式番組でいうと、『電学ファン研』が本決まりになったあたりか。新人の肩書きがある今が最初の旬というのは当然あるけど、なかなか忙しくなりそうだ。今もけっこうなものだけど。


 一方で個人活動の方は、いくつかのコラボ予定が決まったり、動画のほうの制作を考えたり。あとはやはり、しばらくのゲーム配信の目標ができたことか。

 あと、もう届きそうな20万人は歌枠をすることになった。歌動画も出したし、さすがにもう逃げられない。




「と、魔王リーゼにまとわりつく不穏な気配が見え隠れしたところで次のダンジョンです。……リーゼ、なんだか悪ばかりではなさそうですよね」


〈俺らは今何を見せられてるの?〉

〈ストーリー配信のはずなのになんでタイマーがあるんですかね?〉

〈なんでRTAやってるんだよ……〉

〈凸待ちとカラオケで実はツッコミ寄りだと思ってました〉

〈油断したらすぐこれだよ!〉


 さて。今日やっているのは、宣言した三つのチャレンジのうちひとつめである『クロリロ』のための下準備だ。挑戦内容は『宙渡りの回廊』の縛りプレイクリアなんだけど、該当ダンジョンはクリア後のエンドコンテンツである高難度ステージ。始めるためにはストーリーをクリアしなければならない。

 だから今こうしてメインストーリーを遊んでいるのだけど……コメント欄は総ツッコミだった。


「しょうがないじゃないですか、今更私が普通のダンジョンを普通にやっても撮れ高ないんですもん。プレイ経験あるのでストーリーに一喜一憂とかもできませんし」


〈フロルのトークスキルならそんなことないのに……〉

〈こいつ自信を取り戻しても無自覚な部分はそのままだな〉

〈RTAすれば撮れ高になるって成功体験を与えたのは失敗だったのでは?〉


「それに練習なしで一発通しですからね。攻略法とかチャートは把握してますけど、ほとんどただの真似事ですよ」


 これはただなるべく速くクリアしようとしつつ、気まぐれでタイマーを置いているだけだ。初配信の翌日にやったものとはわけが違うし、私自身も気持ち的にはかなり普段に近い。

 ではどうしてなるべく速くクリアしようとしているかなんだけど。


「クロリロは外伝でありながら長編ストーリーの大作なので、通常プレイだとかなり時間がかかるんですよ」


〈だからRTAしようとは他の配信者はならないんだわ〉

〈もしかして素でやってる???〉

〈ナチュラルにこれやる子が自信がどうこう言ってたのなんなん?〉

〈これ以上ないくらい配信者適性あるのに……〉


「いやだって、初配信でゲーム強いから期待しててーみたいなこと言った新人が、しかも知ってるゲームで並の尺なんてかけてたらそれこそキャラとしてアレですもん。ストーリーの細部は先輩たちが反応してますし、こういう他にないことやらなきゃ」


 ゲームとしての基本システムはローグライクのダンジョンものなんだけど、ストーリーは名作RPGである『クロノーシス』シリーズの本編にも劣らない質と量を誇る。だから普通の速度でやると四時間の枠を八回くらいはやらないと終わらないのだ。

 普通の実況プレイならそれでいいんだけど、私の目的はクリア後ダンジョンへの挑戦。下準備にそこまでかけていたら間延びしてしまうし、民草のみんなも目的を忘れてしまいかねない。だからこうして「なるべく急ぐ」くらいの速度でやっているところだ。


「まあご安心を。ここからしばらくは美味しい敵が増える上に、ストーリー終盤で役に立つアイテムが落ちてるので狩り多めになりますよ。即降りとはおさらばです」


〈そういう問題か?〉

〈クロリロってけっこう難しかったよな……?〉

〈簡単そうにやりやがって……〉

〈*嘉渡決斗【電ファン】:フロルにまともなゲームを難しそうにやるのを期待するのは諦めた方がいい〉

〈得意のTCGでフロルに負け越してるデュエ兄もいます〉

〈ダクリタであれだしな〉


 難しそうにと言われても。クロリロはストーリークリアだけなら、時間さえかければ決して難しくないゲームだ。手早く、つまりレベリングを省略しようとすると途端に大変になるけど……実はそれも情報を知っておくことで充分カバーできる。




「これは持論なんですけど、ゲームを快適に攻略するには追加の一手間なんですよ。多くのゲームはちゃんと余裕のある設計になっていますから、時々立ち止まって態勢を整えればクリアくらいはできます」


〈ほう?〉

〈なんかガチっぽい話きた〉

〈まあ確かに〉

〈フロルには要らなそうな話だけど〉


「たとえばRPGなら結局レベリングや金策での強化は効率を求めなければいくらでもできることが多いですし、アクションでも一度ボタンから手を離せるくらい止まればシングルタスクでいけます。クリア後のチャレンジとか、パズルやら音ゲーやら対戦系やらは別ですけど……いえ、私も考え方としてはよく使ってますよ」


 例外はもちろんあるけど、少なくとも万人受けを評価されているゲームはエンディングまでに腕前で詰むことは少ないように作られている。実力はあくまで、その過程で想定されている一手間をスキップできるだけのものだ。

 上手い人のプレイを真似しようとして追いつかなければ当然ミスになるけど……そこでできるようになるまで練習するか、自分にできる塩梅を探すか、コツコツに切り替えてゆっくりやるかはその人次第。


〈でもささげ女史とかマリエルお嬢様の前でそれ言える?〉

〈それは最低限はできる人向けの話なのでは〉


「ま、まあその基準はタイトル次第なところもありますから。特にアクションゲームなんかだと、さすがに『ボタンを三つ使うくらいはできるよね?』くらいは言わないと逆に面白味が消えちゃったりするので難しいですし、どうしても向き不向きの話になってく……ん?」


〈おっと?〉

〈これは強烈な煽り〉

〈草〉

〈ボタン三つwww〉

〈でも事実なんだよなぁ〉

〈ダッシュジャンプの話はやめてさしあげろ〉

〈なんだ?〉

〈着信音だ〉

〈誰から?〉


 そればかりは仕方ないというか。RPG系だとそういうこともないけど、操作をキモとするアクション系のゲームだとやはり限界というものはある。右にスティックを倒しながらダッシュボタンを長押し、そのままジャンプボタンを押す……くらいはさすがに、できないと困るというのも否めない。

 それすら無しでクリアできてしまうようにすると、今度は大半を占めるメインターゲット層に物足りなさを与えてしまいかねない。262の法則の一種かな、結局のところゲーム制作から見ても中央値の意識は重要になってくるし。


 だからどうしても操作練習が必要な場面は起こりうるし、それがどうしても嫌ならやはり別のジャンルをやった方が楽しいだろう。もっとも、ライバーの場合はその下手さこそがウリになっていたりもするから一概は言えないけど……なんて話をしていると、PCから着信音が鳴った。

 いつも開いたままにしているdisconectで、誰かから個人通話が来ているようだ。タイムを測ってこそいるけど別にRTAではないし、クロリロのようなダンジョンローグライクは完全ターン制だから手を離しても困ることはない。一度プレイとタイマーを止めて、着信先を確認…………やば。


「ご、ごめん違うのマリエル先輩! 決して今も発言は先輩への煽りとかじゃなくてね、いや全くなかったわけではないんだけど電凸してくるほど怒るとは」

『な、なんのこと……?』

「あれ、違うの?」


〈マリエル!?〉

〈調子に乗るから……〉

〈今のは俺らでは?〉

〈嵌められたなフロル〉

〈マリエルも怒り凸できるようになったのか……〉

〈違う?〉

〈違うのかよ〉


 相手はマリエル・オーレリア先輩。ルフェ先輩と同期の三期生女子で、シェアハウスの住人のひとりだ。

 ただ問題は、彼女のゲームセンスは文字通り壊滅的なこと。たった今言ったような「下手さがウリになっているタイプ」であり、その弄りを電ファンでも特に受けているライバーだ。……つまり、この発言が煽りになる相手である。

 そんな人からここまで完璧なタイミングで通話をかけられたから反射的に謝ってしまったけど、どうやらこの件ではないらしい。というかこれ、もしかして……。


『フロルちゃんもしかして、配信中ですか……?』

「あ、うん」

『ご、ごめんなさい、邪魔しちゃって!』

「いや、それは全然大丈夫なんだけど」


〈マジ?〉

〈知らずにこのタイミングで掛けてきたのかよ〉

〈間とか完璧だったぞ今〉

〈マリエル、あんた持ってるよ〉

〈これはさすが幸運魔嬢〉


 やっぱり私が配信中であること自体を把握していなかった。一瞬で謝る側と受け入れる側が真逆になっている。

 マリエル先輩は一応お淑やかなお嬢様キャラでデビューしたのだけど、爆速で面白い方向に化けの皮が剥がれていったひとだ。品行方正な魔族令嬢のはずが、気付けばゲーム壊滅系天然ぽんこつ小心者。おまけに今のように、どこか運命の女神に愛されている。

 とにかく属性が多くて、それが受けて三期生の伸び頭になったことこそが私のバックグラウンドが盛られた一因となっている。「電ファン」の代表格のひとりだった。


 しかし、そんなマリエル先輩がいったいどんな用だろう。小心者発動なのかこれまで後輩に接触すらしていないし、いくらポンだといっても彼女は確率でやらかすだけで平時から配信活動すらてきないわけではない。それがこの慌てようで、通話をかける相手の配信の有無すら把握していないなんて……何かありそうだ。


「後輩に話しかけられない小心者キャラで頑張っているところ悪いんだけど」

『きゃ、キャラではありませんから! フロルちゃんなら安心できるだけで、他の四期生にはまだ』

「わざわざ言うことじゃないけどねそれ。……私、最後の半年にサブマネとしてついてたのがルフェ先輩とこのひとなんですよ」


〈草〉

〈草〉

〈弄りを欠かさないイタズラ小僧の鑑〉

〈さすがですフロルさん〉

〈ガチなのかよ〉

〈それはそれでどうなんだ〉

〈マリエルだよ、ガチでしょ〉

〈はぇー〉

〈フロルの担当か〉

〈これ懐かれてます〉

〈ルフェと同じくらいだとしたら相当よ〉


 うん、いいねほんと。前に私は自分をドラムスティックと称したことがあるけど、マリエル先輩はまさにいい音が鳴るライバーの代表例だ。かわいい。

 ルフェ先輩はああ見えて少し優位に立つのにも骨が折れるタイプなんだけど、マリエル先輩は楽。今だって少し心配になるくらい信頼されているようだし。

 もともと私は新人につく慣例になっていたけど、三期生につく期間が半年だけでよかったとすら思う。刻一刻と堕落しつつあるし、一年一緒にいたら依存されそうだ。


「それで、何か用だったの?」

『あ、はい……実は機材トラブルで、どうすればいいかわからなくて。マネさんはいないしサブマネさんは新人でわからないので、真っ先に思いついたのがフロルちゃんだったんです』


 ……訂正。もう依存されているかもしれない。

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