#38【朝枠】早起きは三煽の得【エティア・アレクサンドレイア/電脳ファンタジア】
「あ、おはよりっちゃん」
「うん、おはよう。……どうしたのそんな固まって」
「布教」
珍しい人だかりができていた。美崎と上杉くんと、それから民草を自称し始めてからいまいち上手い接し方がわからなくなりつつある双葉。他にも何人か……なんだけど、これまでそういう話に縁のなかった人も何人かいる。
物言いからして、どうやら最近の盛り上がりになんとなく興味を持った人に電ファンを布教しているらしい。ただ……。
「それにしては喧々諤々だけど」
「誰から入るかで揉めてるの」
「なるほど……」
「私としてはやんわりフロルちゃんを提案するくらいだけど……みさと上杉くんが」
「やっぱりルフェしゃまだって! 今ならまだギリ古参でいけるし、後輩で新しい一面も見えてきたところだし!」
「いーやエティだね。単体のコンテンツとしてより成熟してるのはやっぱ見やすいんだよ」
みさとは美崎のことだけど、彼女は重度の“甘党”。ここぞとばかり声をあげた美崎が、以前から入口にもいいと言われるエティア推しと真っ向からぶつかっていると。民草とはいえ穏健派の双葉は収拾をつけようとして困っていた。
今のところは布教される側も微笑ましげだけど、あちらが飽きる前には収拾をつけてもらわなければ。
「りっちゃんはどう思う?」
「「!」」
と、同じことを考えていたのか双葉からキラーパス。いったい私に何を期待しているのやら、二人とも即座にこちらを向いた。
……静まり返って気付いたけど、机の上にはエティア先輩の朝活を垂れ流しているスマホがある。
「どうも何も……最初から単推しすることないと思うけど。とりあえずそのとき配信してる人を見るなり、ふと気になった切り抜きから入るなりでいいんじゃない? やっぱり箱推しもいいよ」
「うん、それはそう。関係性とかコラボとかもあるし、結局一人以外好きじゃないなんてことにもならないもんね」
いや、これアレだね。双葉は後から来たという一点で私が言う方が通りがいいと思っただけだ。朱音の方が来るのが早かったらそっちだったのかもしれない。
すぐにそういうことになったから、まあそれはともかくとして……私は普段あまり聞きに行きにくいエティア先輩の朝活での発言内容に意識が向いていた。どうやらちょうど話が一段落したところらしい。
『……昨日のフロルちゃん、面白いことやってたよね。配信主が通話越しに声だけ届けてたの。マリエルちゃんの機材トラブル見に行きながら』
「……そんなことしてたのか」
「電ファンらしくて面白いけど、配信者としてはどうなんだろう……」
『対応できるスタッフがいないわけじゃないんだよ。マリエルちゃんがスタッフよりフロルちゃんに懐いてるだけで』
そうそう、昨日は結局直接見に行った。聞いた段階でなんとなくわかったのと、その方がイレギュラー感で面白くなりそうだったから。
結果的にすぐに直ったんだけど、その間は私が部屋を空けてディスコネの通話から声を配信に乗せる珍しいやり方をしていた。双葉の呟きにはぐうの音も出ない。
既に切り抜かれているのはもはや予定通りとさえいえる展開だったけど……エティア先輩が本当に触れたかったのはそれではなかった。それはそうだ、理由もなく他者と他者の話を雑談で触ったりしない。
『そうそう、あの子はルフェちゃんとマリエルちゃんのサブマネしてたんだけど……その前は私についててね』
がた、と音がしたから何かと思ったら、さっきまで争っていた二人が同時に立ち上がっていた。
「「イミアリ!!」」
「言えたじゃねえか……!」
……なるほど。二人の推しどうしが絡む場面が確定したから、需要が一致したのか。即座にこの反応の双葉もどうかとは思うけど、確かに「企業Vtuberは関係性もあるから絞る必要はない」との言説を綺麗に補強していた。
『デビューから一年間そうだったんだけど、それまではハルカ姉のお付きだったの。それがスタッフの判断で異動になったときには、ハルカ姉ものすごく不満げで』
「容易に想像がつくな……」
「むしろデビュー後一度しか配信中に絡んでないのが不思議なくらいだもん」
「まあこの二人はちょっと重症だけど、箱単位で見てる人はけっこう多いの」
さっきまでの喧嘩はなんだったのかというくらい意見を一致させる上杉くんと美崎、他人事面で講釈する双葉。うんうんと頷くそれ以外のV好きと、素直に納得した様子の聞いていた人たち。平和な場面だ、少なくともここまでのものは5年前では考えられない。
ちなみにハルカ姉さんが私にあんまり絡んでこないのは、最近のあの人のマイブームが「後方腕組みお姉ちゃん面」だからである。別に妹離れできているわけではない。……そもそも実妹じゃないんだけどね。
……私は目立たないように自分のスマホを取り出して、音量を0にしてから同じ配信を開いた。
こうして見せたりするとき以外はARグラスを使うことも増えてきた時代だけど、外から何が見えているかを隠せる延髄接触型のARグラスはまだ最新鋭だ。恐縮ながら試供品がハウスにあるけど、ちょっと目立つから高校には持ってきていない。
『しばらく猫みたいな威嚇のされ方してたんだけど、フロルちゃんが猛獣を手懐けるみたいに守ってくれて。あの瞬間この子が私の王子様だと思ったよ、ルフェちゃんもマリエルちゃんも年季が足りない』
「うわぁ……」
「正妻宣言しやがったこいつ」
「二人が普段いない時間帯に……なんか姑息」
「…………こういう絡みを、『てぇてぇ』と呼んだりするの」
「これてぇてぇなのかな……?」
コメント欄もしっかり疑問符の嵐だけど、実はこの人は前からずっとこのネタでルフェ先輩とマリエル先輩を煽っている。ただこれが効く二人も二人だと思う。
始業時間が近いからか無理やりまとめようとする双葉だけど、それもかなり苦しい。まあ無理だよ、美崎はおろか上杉くんですら認めてないんだから。
ただ、私はその手前の話運びの時点でこの話をすると予想していた。手元でコメントを打って送信。
〈*Flor ch. 月雪フロル【電脳ファンタジア】:いろんな意味で怒られるよ。身の危険がありそう〉
「あ、フロルだ」
「フロルちゃん!? 確かに見ててもおかしくないよね」
「同居人二人に喧嘩売ってるもんね……」
「しかもハルカ姉を猛獣扱いしてるし」
案の定場は沸いたし、双葉はややテンションが上がった。ちょっと期待されていた節はあるのだろう、私は教室がこんなことになっていなければ見ていなかったけど。
こうしてみると朝活ができるというアドバンテージは大きい。私自身は正妻戦争とやらに付き合う気はないんだけど、エティア先輩がリードしているという論評はわからなくもない。
あと、当然だけど私も外ではハルカ姉さんのことはハルカ姉と呼んでいる。そちらが推奨だし、どういうわけか姉さん呼びはフロルの特権みたいになってきているから。
『フロルちゃん? 大丈夫だよ、ハルカ姉はもう出てるし、二人はどっちかというと朝弱いから』
「見事なまでのフラグ立てだ……」
「これはルフェちゃんもマリエルちゃんも見逃せないね……」
まあ、これもいい見本にはなる、のかな? 特定の推しがいても関係性もあって他のライバーも見る、という一例ではある。これを見習ったらVtuber沼一直線だけど……そういう人たちを楽しませるのが仕事である私としては止められない。
実際、ある程度伝わったようだった。フロルが仲間からどう思われているかはフロルの枠だけではわからない、という話ではある。
『それにフロルちゃんなら、もしそうなっても守ってくれるでしょ?』
〈*Flor ch. 月雪フロル【電脳ファンタジア】:いや別に……〉
『え? 私を裏切るっていうの!?』
〈*Flor ch. 月雪フロル【電脳ファンタジア】:そもそもエティア先輩だけのものでもないし。ルフェ先輩とマリエル先輩の元担当でもあるからね私〉
『…………わかった。だからせめて密告はしないで』
「どんどん弱くなってる……」
「エティアもなんだかんだフロルに弱いんだなぁ」
〈*Flor ch. 月雪フロル【電脳ファンタジア】:私は許そう。だが切り抜き師さんが許すかな!〉
『…………』
「これは完璧なKO」
「はいエティアの負け」
「これ切り抜かれないわけないもんね」
「こういう絡みを『てぇてぇ』と呼んだりするの」
よし、いい反撃になった。エティア先輩にはしっかりやり返しておかないと、どんどん押し込まれてしまうところだったから。
別にノックアウトまでする気はなかったけど、向こうが殴られ待ちだったから。こういう面白い形で同僚に聞かれたくない話をするライバーは、切り抜かれて敗北するのが定番のオチなのだ。
と、ここで始業時間になった。綺麗なまとまり方になったおかげで、どうやら布教は成功したようだ。
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