#39【ローラ・ミラルカ】四期生女子逃げて、超逃げて【#電ファンスナップショット】

 電ファンは運営面の事務所オフィスと事実上のライバーたちの拠点であるハウスがどちらも都心にあるから、当然ながらこのあたりを中枢として回っている。ライバーの中には地方在住の人もいるけど、利便性もあるから元々地方にいた人ほどハウスに住みがちだ。

 とはいえそうでもない人も当然いて、活動は折り合いをつけつつやっているとのこと。歌の収録などはスタジオを借りつつディレクションなどは通話の形でやったり、数回分まとめ撮りになる公式番組のたびに上京したり。


 だから当然、同居者以外でもよく会うライバーとそうでないライバーがいることになる。『ファンボードパーティ』で一緒だったパンドラ先輩なんかはスタジオ代わりに使いに来るから、住んでいないけどよく会うライバーの一人だ。

 電ファンは何かあればライバーのことは気軽に誘う一方で、最低限さえこなしていれば割と緩いところもある。だからハウス組や近郊組を中心にコラボ尽くし番組尽くしな人から、全員集合のとき以外は本当にたまにしか顔を出さない人まで様々だった。特にPROGRESSは個人差が激しい。


「おはようございます」

「あ、おはようフロルちゃん。……そっか、もうテストはやってあるんだっけ」

「うん。配信中に」

「手応え的には?」

「難易度は普段通りくらいかな。私自身は……これ間違えたりしたらママに叱られる」

「フロルちゃんより頭いいの、普通に信じられないけどねー」


 ただ、この日はそんな電ファンでも比較的多人数が集まる日だった。控え室では多数のライバーがテスト用紙を前にペンを握っていて、愛兎ハヤテ先輩が隣の部屋で一人。私はハヤテ先輩のほうに来ていた。

 11月10日土曜日の午前11時半。あと三時間半ほど後から生放送の形で行われるのは、『頭脳チェック! クイズファンタジア』という公式番組だ。月に一度のペースで配信形式でやっているクイズ番組で、MCはハヤテ先輩が務めている。……というよりは、これまでハヤテ先輩くらいしかこの規模を進行できるライバーがいなかった。


 実はハヤテ先輩、比較的近いとはいえさっき言ったうちの地方組にあたる。それでいて別の公式番組も持っているから、ちょっと負担が過多状態にあった。クイファンの司会を来月から私がやるという話はここからも繋がっていた。

 ……まあ、ハヤテ先輩が地方住みのままハウスに越してこないのがただのものぐさだと知っている私としては、必ずしもそれに同情するばかりというわけでもないんだけど。


「向こうに挨拶はした?」

「ううん、終わってからにしようかなって。デビュー前を含めれば結局、面識は全員にあるし」

「そう聞くとほんと、運営から見て便利な存在だよねー」

「もう一人くらいスタッフからデビューすればいいのにとは思ってる」

「わかるけど……フロルちゃんを見てからだと、二番煎じを覆すにはインパクト不足かなぁ。私の知る範囲には、ここまでの逸材はもういないし」


 今回のクイファンは半年前にも三期生で行われた、新人の公式番組お披露目を兼ねた回だ。私や陽くんは別番組でもう出演回を撮ってはいるけど、それらの公開は今日を待ってからと事前に決まっていた。

 だから今も隣の部屋では他の五人が並んで解いているところだろう。マギにゃには一応個室受験もできると言ってみたんだけど、「共演するなかまだから」とのことだった。やっぱり強い子だよ。


 時間的にはそろそろ終わって出てくる頃。先に済ませてあるから現場入りも遅くていいと言われてさっきまではレコーディングスタジオを借りて練習していたけど、このくらいの時間に来たのは終わり際に挨拶するためだった。


「あ、ふろるちゃん!」

「マギにゃ、やっぱり真っ先に終わったんだ」

「うん、しってるのしかなかったから」

「ああ……他のみんなが哀れになるようなことを……」


 最初に出てきたのはマギにゃ。……そう、このテストは全て義務教育の範囲からの出題になっている。そうでないと中身的には御年16であるマギにゃの学習状況が露見しかねなくて危ないところだったんだけど、現実にはどちらかというとその出題範囲で珍回答が続出する電ファンの学力水準が不安になる。

 まあ、わからなくはないんだけどね。学生でなくなってからしばらくすると学校で習った内容は使わないうちに曖昧になっていくこともあるんだろうとは。だけど、マギにゃ自身も自己申告では成績はそこまでいいわけではないらしいし……ちょっと限度というものがあるというか。

 どうしよう、これで私以外で一番点数が高いのがマギにゃだったら。でもありうる話なんだよね、この番組のレギュラーは珍回答枠で埋まっているから。




 それから少ししてから、他の面々も次々に出てきた。ただその顔色は、軒並み芳しくなくて……。


「あーヤバい」

「習わない内容混ざってなかった……?」

「まずいかもしれません……」


 ゆーこさん、ちゃんと習ってるはずだよ。あなたが忘れているだけです。学習指導要領は変わっているだろうけど、そこまでの年代差もないし差異部分も高校では習っているはずだ。

 ちよりんもばっちり顔色が悪いし、陽くんはヤバいbotと化している。私は君たちのことが心配だよ。


「これが義務教育の範囲内だなんてどこの世界線の話だい? あんな内容は知らずとも事件は解決できるのだがね」

「義務教育の内容がわからなくて様子がおかしくなってる探偵もいますと」

「一番頭よさそうな見た目してるのに……」


 アンリさんはちょっと危機感を持った方がいいかもしれない。ステレオタイプな安楽椅子探偵でこれとなると、もはやキャラ崩壊一歩手前だ。

 ただ、そんな四期生たちは実はましな方で。


「随分と自信がなさそうじゃない。そんな様子では優勝など夢のまた夢ね」

「全くじゃ。これは貰ったかのぅ」

「そっちの二人はもう少し実力を自覚して」

「クイファンでレギュラーやらされるというのがどういうことか自覚してもらえないかな?」


 あっちは何回珍回答を出しまくっても態度を変えないレギュラー陣。この番組は珍回答が売りの、いわばおバカ系のクイズ番組だから、そこでレギュラーになっているのは言うまでもなく不名誉なことだ。

 そんな二人のうち片方は、もはやみんなのオモチャ扱いが板についてさえきているみくら先輩。そしてもう片方が、デビューしてからは初めて会う三期生。ローラ・ミラルカ先輩だった。


「あら、フロルじゃない。元気みたいで何よりだわ」

「一ヶ月前にまだデビューしてないのに部屋凸してきたばっかりでしょ。ほら、出会い頭にいきなりあっちこっち揉まないでー」

「はわわわわわ……」

「ほら、こんなにウブでかわいいマギにゃも見てるんだから」

「……フロルさんはこれに慣れているということは、私ももう少し我慢を減らしていいのでは」

「悪い教育にもなるし、男の同期も見てるんだってば。どんどん際どいところに寄せてくるのやめて」


 このローラ先輩は以前から時々その性質を意識してはいたんだけど、彼女はいわば電ファンのセンシティブ担当だ。吸血鬼というキャラクターに乗っかってのことなのか、初配信でいきなりガチレズを暴露するどころか「ライバーを襲いたい」とまで言ってのけている。

 以降もことあるごとにセンシティブ寄りの配信をしているし、心愛先輩の後追いと言っていいのかわからないほど際どいASMRもダウンロード販売しているし、仲間どころか自分のえっちなファンアートすら百合でさえあれば平然と食い尽くす。これで同僚から好かれてはいるのだから凄いバランス感覚だけど、同期女子二人に関してはお泊まりオフコラボの後の反応からして美味しく頂かれてしまったのではとすら言われているから手に負えない。

 ……え? 当時サブマネだった私なら知っているだろうって? …………少なくとも私が見ていた間は、まだ高校生である私が見ても問題ない範囲では収まってたよ。そこまで肌蹴てはいないのに朝になってもいやに艶めかしかった様子を見て恐怖は感じたけど。


 そんな人だし、これまでの半年のこともだいたい知っている私だからだろう。こちらに気付くと当たり前のように後ろに回り込んでから抱きしめてきて、胸元と太腿をまさぐってきた。普通に3D配信ならBANされかねない絵面だけど、なんだろうね。もはやこの人相手の場合、このくらいだとそこまで動じないんだよね。

 ただそれは私やハヤテ先輩やみくら先輩だからであって、他の四期生は軒並み新鮮な反応をしてきた。マギにゃは私から見ても役得と思えるほど見事な初心うぶを見せてくれたし、ゆーこさんは目元を手で隠しながら指の隙間からガン見。元々ローラ先輩と相性がよさそうと目されているちよりんに至っては、これを参考にしてスキンシップを強めようと画策する始末だ。

 一番かわいそうなのは陽くんだ。ここで顔を真っ赤にして体ごと背を向けたりするから純情だとか弄られるのである。参加していないから伝え聞いただけだけど、先日撮影分の電学ファン研では終始そうだったらしいし。隣のアンリさんが何も見えていないのかというほど平然としているのもあって余計に。


「真っ昼間で本番前でみんなの前だよ。その辺にしといて」

「やることのない夜で二人きりならいいのね?」

「……最悪私が壁になってでも、せめてマギにゃだけでも守り抜かないと」

「「(他人事ではなくなった同期二人の鳩に豆鉄砲顔)」」


 そう、こういう人だ。下手をすると本当に部屋まで潜り込んできてR-15展開になりかねない。たぶんこの人は四期生女子のうち誰かは今週中に本気でそうするつもりだ。

 そしてそうなったとき、私の守護が届くのはせいぜい一人だ。これまでも毎回ルフェ先輩とマリエル先輩のどちらかは奪われているのがその証拠である。私は人狼ゲームの騎士か何か?

 となると当然、優先して守るべきはマギにゃになるわけで。悪いけど向こうの二人は自衛してもらうしかないのだ。……できるかは置いておく。


「……フロルちゃん」

「わかってたでしょ? このひとの後輩になることは」

「どうしましょう……怪我をさせない護身術は教わっておりません……」

「仕留めるタイプの護身術ならできるのかえ!?」


 まあ大丈夫だよ二人とも。本気で嫌がったら止めてくれるし、半分くらいはあくまでじゃれ合いだから。

 あと結局みんな翌朝になっても嫌そうじゃないから。

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