#22 奇跡的なようで実は主催者が配信予告を見て思いついたとかなんとか

「律、放課後空いてない?」

「みんなでカラオケ行くんだけど……」


 私は基本的に行動範囲が学校とハウスでほぼ完結する。アルバイトは電ファンでやっていたから外で探す必要がなかったし、課外活動もあまり手を出していない。

 しかも進学で上京してきているから、これで教室でまで一人でいたらいよいよ電ファン外での人との接触がなくなってしまうから、けっこうちゃんと交友関係を作っている。難関私大の附属高という環境に置かれたことでよくできた子ばかりになったクラスは過ごしやすくて助かっているんだけど……だからこそ、こういうときはもどかしい。


「ごめん、予定入ってる」

「そっか、わかった。じゃあまた今度誘うね!」

「ありがと。楽しんで」

「残念だったねりっちゃん。今日は朱音さんが来てくれるのに」

「え? それは気になる……けど、外せない用事だから……」


 電ファンは配信は週に二度以上を目安にしているくらいで、けっこうルーズなところもある。とはいえ大半は倍率1000倍のオーディションをくぐり抜けた立場にあぐらをかかないライバーたちで、スカウト組もだいたいハルカ姉さんに心酔して負けないくらい全力になっているから、本当に週二でなあなあに済ませることはほぼない。

 とはいえ遊びに出られないわけではないし、配信は夜が多いから放課後に時間を作ることも普段ならできるんだけど……都合の悪いことに今日の配信は早めの時間だった。


 追い込み真っ最中の数少ない受験組と完全に暇を持て余している内部進学組の間に溝がないのがこのクラスの凄いところ。クラスの大半を占める内部進学組で集まってカラオケという話を持ってきた級友に断りを入れて……クラスのアイドルが参加するという話を聞いて揺らぐも断腸の思いで我慢。

 大人しく見送ることにしたけど……ちょっとつついてみるか。


「でも美崎、大丈夫?」

「え? 何が?」

「今日、夕方からルフェちゃんカラオケ配信だけど」

「も、もがみんが倒れた! 推しとカラオケという究極の二択を選べなくて二律背反がオーバーフローを起こしたんだ!」


 最上美崎は重度の甘党、つまりルフェ・ガトー先輩のファンガールだ。しかしそのルフェ先輩、今日はちょうど早めの時間からカラオケコラボなのだ。

 すっかり失念していたのか、綺麗に崩れ落ちた美崎。散々な言われようだけど、見事にショートしているから言われても仕方ない。これを茶化している方の宇田川双葉も確か、重度のファンファンだったはずだ。


 ……ただ、どうやら向こうを見る限り今日のカラオケは男女混合な上にけっこう大規模らしい。中にはあの顔もあったから……ちょっとだけ悪いことをしよう。


「その配信、一緒にエティア女史も来るみたいだけど」

「ああ、上杉くんが倒れた! 推しと同じ時間に同じことをできる幸福に心が耐えられなかったんだ!」


 こっちはちょっと元ネタに近かった。この間も倒れていた上杉くんだ、エティア先輩の話に弱いことはもう割れている。同じ場面で同じ倒れ方をしたのに理由が真逆なのは面白いね。

 それにしても大丈夫かなこのクラス。ここを見ていると電ファンがよっぽどの国民的アイドルグループに思えてくる。


「それ他には誰がいるって?」

「えっと、その二人だけこの二人のせいで覚えてたけど……あ、千依とフロルだって」

「えっ!? って、ああっ! なんか四人くらい倒れた!」

「このクラス、双葉を含めて民草が三人いるからねー」

「昨日のショートで浄化されてたところに追い討ちだからなぁ」

「てか双葉は倒れなくていいの?」


 …………それ、私はどう受け止めればいいの?


 まあ、そういうことだ。覚えてないわけがないけど、わざとそういうフリをした。画面に目を向けて逸らしておきたくてね。

 私も私でカラオケだ。数奇なこともあるものである。





  ◆◇◆◇◆





 Vtuberが連れ立って出掛けるときというのは、存外気を使うものだ。後から雑談の種にすることも多いから、余計に身バレを気にする必要がある。

 今回は配信をするのだからなおさらだ。とりあえず制服のような危険な代物は脱いで、自然な範囲内で普段の装いから離す。とはいえそれ自体も気休めで、どちらかというと人に印象を持たれないような振る舞いが肝要だ。できれば個室、無理なら人目につかない席……カラオケ配信がたまにあるのは、その点が楽だから。


「じゃ、行こっか」

「そんなに緊張しなくても大丈夫。カラオケならバレないよぉ」


 ただ、先輩たちはけっこう楽観的だった。私はハウスの外での活動が初めてだから警戒していたんだけど、慣れているとそうでもないのかもしれない。

 ただ今回は、そんな気楽そうな先輩二人のほかにもう一人。


「心強いですね」

「そう見えるのは今見ただけだからだと思うよ。四六時中見てると、ただの面白集団にしか見えなくなってくる」

「その面白集団、フロルちゃんも含まれてると思うけどねぇ」


 否定はしない。けどそれはあなたも同じだと思うよ。

 と、一度ハウスで集合となって来ている、ちよりんこと野乃宇千依だ。普段は自宅から配信しているけど、収録環境の都合で明後日までハウスに滞在するらしい。今回はそのついでだ。


「機材持った?」

「うん、大丈夫」

「よし、じゃあ乗って」


 隣駅の近くに防音がしっかりしていて、スタジオ扱いも想定しているのかいろいろ都合のいい店舗がある。マネージャーさんの車で配信機材ごと運んでくれることになっていた。

 …………問題があるとすれば、この隣駅というところ。これ、高校の最寄りなんだよね。先輩たちはこう言うけど、やっぱり気をつけてはおかないと。






「あれ、りっちゃん?」


 とは言ったけど、気をつけようがないこともあるよね。

 入室後、機材のセットアップ中に手が余ったから私はちよりんと一緒にドリンクバーに来ていた。料理は基本的に部屋まで届けてもらえるけど、飲み物はセルフサービスだから。

 嫌な予感は当たったというか、これだけフラグ立てて回収されないわけがないというか。そこでものの見事に出くわしたのだ。私よりも少しだけ低い身長にくりくりした大きな瞳、短めに揃えられた明るめの地毛……ご丁寧に、誘ってくれた片割れの双葉当人だった。私はこの子とも親友と呼んでもいい間柄にある。


「なんか垢抜けたカッコしてるけど、外せない用事って」

「外での付き合いでね。同じところになるとは思わなかったけど」

「なるほどねー。偶然ってあるもんだね!」


 本当にね。平静を装ったけど内心バクバクだからね。

 ただ、隣にいたちよりんは悪癖の発動前なら電ファンではしっかりしている方。助け舟を出してくれた。


「お友達?」

「あ、はい。同級生で」

「それなら、ちょっと顔を出してきてあげたら? こっちは少しくらい抜けても大丈夫だよ」

「そうですか? ありがとうございます」


 私は律の声色のまま敬語に、ちよりんは声も口調も変えての会話。これは私が聞いてもわかる気がしない、完全に別人だ。

 ついでにまだ始まってもいないものに対して「少し抜けても」とずらす徹底ぶり……なんか手馴れてない? 忍者らしいといえばそれまでだけど。


「じゃあちょっとだけ」

「よしきたっ! こっちだよ」


 というわけで、級友たちが待つ大部屋へ。中にはざっと15人ほど、どうやら内部進学組は大半が来ているらしい。


「おかえりーって、律?」

「なんか用事のほうで来てたみたいで、いいらしいからちょっと借りてきた!」

「へー、偶然」

「でも、少し嬉しいですね。律さんの歌は少し聞いてみたいです」

「朱音さんにこう言わせるなんて、羨ましいやつだなー。このこの」

「双葉も大概だぞー」


 一度断っているから当然だけど、そこそこ驚かれた。それもそうだ、私だって偶然には驚いたし。

 配信の方は上手くやっておいてくれるそうだから、任せてしばらくはこっちにいることにしよう。配信も二時間か三時間あるから、長くて30分くらいまでなら。


「お、こっちも始まった」

「マジ?」

「……カラオケ中に配信見て怒られないどころか群がるクラスって」

「それはそれで微笑ましいものですよ」

「上位者視点?」


 先輩たちは配信を始めたようで、ちょうど合間だった級友たちは見事に配信を開いたタブレットに群がった。第二次Vtuberブームの時代を考えても、それにしても特異的なほど市民権を得ている。

 当然ながら画角にフロルはいない。が、三人いるという民草のうち双葉以外はむしろ「余命が伸びた」と胸を撫で下ろしていた。この限界ファンしぐさはもう少し近くから観察しておくべきなのかもしれない。


『フロルちゃんですが、ちょっと急用を任せたので遅れて来ます。たぶん30分以内には到着すると思うので、もう少しだけ待っていてください』

『あの歌を聞かせてきてすぐ主人公ムーブだなんて、食えない子です』

『仕方のない要件とはいえ、お預けは少し苦しいです……』

『千依ちゃん、もう禁断症状出てるねぇ』

『それフロルちゃんにやったことないよね?』


 向こうは私を「まだ着いていない」としてきた。たぶんメッセージで指示は来ているんだろうけど、配信として見たから合わせればいいか。

 それよりも、皆が配信をどんな見方しているのかの方が勉強になる。集まっているからいつもよりオーバーではあるだろうけど。


「律、他の来れなかった人のためにもこれ撮ってるから、後で送るよ」

「そこまでするほど?」

「ついでに記録に残そうって話になってるから」


 ことりが何やら設置されたカメラを教えてくれた。彼女は内部進学ではないものの、実は名門である美術部によって存在する美大からの指定校推薦枠を手にしている。この時期に仕事を受けて加速しているあたりで察して然るべしだけど、こちらも同じく進学はもうほぼ決まっているわけだ。

 ともかく、そういうことなら今はカモフラージュ優先でいいか。ことりが今何を思っているかはわからないけど、正体を知っている身からすればさぞ面白かろう。

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