#23【カラオケコラボ】千依ちゃんが来たから宴【エティア・アレクサンドレイア/ルフェ・ガトー/月雪フロル/野乃宇千依/電脳ファンタジア】

 そのまま数分場の雰囲気を楽しんでいると。


「りっちゃんもせっかくだから一曲くらい歌っていきな?」

「んー、わかった」


 まあ、せっかくのカラオケだ。先約のほうもカラオケだったとバレた今、歌うのが苦手というのはあまり通用しないだろう。

 一曲だけサービスしていくことにした。曲目と歌い方は一応、フロルと被らないように……


「それならこの最上美崎が、律がこないだ聞いてた曲を勝手に入れてしんぜよう」

「えっちょっと」

「ほんのちょっと音漏れしてたのを聞き耳立てました。私もこれ好き」

「おいノンデリ上」

「こういう子がこういう曲聞いてたらテンション上がっちゃうって!」

「わからなくもないですが、了承は取りましょうね」

「白雲さんこういうの聞くんだ。親近感湧くな」


 なんと美崎、先日フルを録った本命の曲を入れてしまった。ちゃんと表現するために聴き込んだのが仇になったけど……気持ちはわからなくもないから何も言えないし、朱音さんが言ってくれたし。

 まあ、流れてしまったからにはこれにしようか。けっこう独特な歌い方で収録したから、声を変えて普通の表現をすれば逆に分かりづらいだろうし。


「うま……」

「音楽選択じゃないし自信ないのかと思ってたけど」

「感情表現綺麗すぎない?」

「こんなん聴き入るが」

「すごい、すごいよ律」

「…………」


 とにかく素直に感情を入れて、悪いけどいくつか技法を封印して手を抜いて、ただ普通に上手いくらいに合わせた。先生がいいおかげで意識的に歌うことができるようになっているから、思っていたより誤魔化しやすい。

 反応はさまざまだった。驚く人、ただ聴き入る人、テンションが上がる美崎、何かを思い出したような仕草をする朱音、納得顔のことり……。

 ただ、一人妙な反応をする人がいた。橙乃だ。何故かこっちをじっと見つめてきている。少なくとも嫌な感じはないけど、何かを見極められているような……。




 ともかく何事もなく曲が終わって、他の人の歌を聴きながら席へ。うまく擬態できて一安心だ。

 もはや当たり前に配信が流れているけど、これすら平然と流されるばかりか雰囲気として楽しまれているのはちょっと寛容すぎる気はする。

 見てみると…………。


『ハニトーも届きましたー』

『これは……なかなかの存在感ですね』

『ポテトと揚げたこ焼きとイカリングとピザもあるけど、食べ切れるかな?』

『フロルちゃんもくるから大丈夫ですよぉ。実質胃袋容量は今ここにあるのの三割増しですから!』

『そうだね』

『このようなものを見せられては、この曲を出さねば無作法というもの……』


〈女子高生かな?〉

〈やっぱ頼みすぎなんじゃないですかね〉

〈まだ午後5時前ですが〉

〈ここで夕飯済ませるつもりかこいつら〉

〈実質胃袋容量〉

〈そうだねじゃないが〉

〈曲でまで甘いもん食ってるし〉

〈胃もたれしそう〉

〈ツッコミ不在すぎるだろ!〉

〈早く来てフロル〉


「……ひどいことになってる」

「最近エティ楽しそうだけど、後輩に負担押し付けてるだけだなこれ」

「ルフェちゃん、あなたまとめる側じゃ……」

「フロルは来て早々これ見るのか」

「推しよ強く生きてくれ……」


 画面には「フロルちゃんが来るまでボケ倒す」とテロップが入っている。明らかにエティア先輩の仕業だ。

 これもしかして、楽しく歌っている場合ではなかった?


「もう20分か……私そろそろ戻るね」

「あ、いてら。引き止めちゃってごめんね」

「ううん、大丈夫」


 ことりの憐れむような視線を受けながら部屋を出た。……何が一番大変かわかる? 今のを見ていない体でリアクションしなきゃいけないことだよ。

 こっちの部屋にあった料理は、勧められたけどもちろん手をつけなかった。今からでもお昼に食べたパンをひとつ減らしたいくらいなのだ。





  ◆◇◆◇◆





 私を茶化す筋合いがないほどやたら上手かった双葉の歌声を聴き終えたところで退室。逸る気持ちを抑えながら、まずは私たちのほうの部屋がある階のお手洗いに入る。この手の配信をするのに必須条件である確かな防音が恨めしい。

 数分時間を潰して退室時間とずらしてから、意を決して元の部屋へ。店員とその部屋の客が持つカードキーで鍵を開けて、曲の合間を狙っていざ中へ。


「お待たせしましたー」

「あ、フロルちゃん来た」

「ごめんねぇ、用事任せちゃって」

「んん、大丈夫だけど…………え、何事これ」


 今回は席移動が多くなることも見越して顔認証形式での2Dモデルを使っているけど、そのせいで室内の惨状はあまりよくわかっていなかった。

 四人分の不健康な晩ご飯というほど並んだ料理と、お酒は一滴も存在しないし顔も赤くないし呂律も普段通りなのにぶっ壊れているブレーキ。そして自分より小柄なルフェ先輩にべったりのちよりん。


「フロルちゃんを遠ざけている間に遊び倒したら来た後楽しいかなって」

「もうちょっとドS隠してくれない?」

「でも目覚めさせたのフロルちゃんだよ」

「妙な言い方しないでよ。寝起きドッキリかけて反応に勝手に萌えただけでしょうが」

「フロルさん、こちらへ」

「人肌フェチはもう少し待って。まだ目の前に広がる満漢全席に反応できてないから」

「フロルちゃんも来たし、もうちょっとイケると思うなぁ」

「やめといたほうがいいよ。もはや完全に夕飯だけど、配信五時間コースだったりする?」

「それもいいと思います」

「欲望漏らしすぎじゃない?」


〈頑張れフロル〉

〈俺らじゃ突っ込み切れんのよ〉

〈先輩たち容赦なさすぎん?〉

〈俺達はフロルちゃんの味方だからな!〉

〈*sper:頑張れ〉

〈フロル枠とコメントの温度感違いすぎて風邪引きそう〉

〈sperママもいます〉


 千本ノックはこの間やったんだけど。あのときも25人リレーとはいえ一対一だったのに、今回は三人に囲まれてるんだよ。五時間は体力がもつ自信ないんだけど……。

 それと、もうひとつ。さっき画面越しに見たからこそ、こっちに来て思うところがあった。


「ところで、これ3Dにしない? 正直このちよりんを見せないのもったいないと思うんだけど」

「あ、やっぱり?」




 別に私はツッコミだけしに来たわけではない。私だって欲望を満たしたいし、爪痕を残す気くらいあるのだ。

 それに何より、配信をよりよいものにしたい、魅力をしっかり伝えたいとは誰よりも思っているつもり。その視点だと、野乃宇千依のこの動作を表現しきれない2Dモデルは今回はもったいない。私が最初からいたら最初から3Dにしたものを。


 というわけで、画面を更新。


「はい、見えているでしょうか。自分より小さい先輩にべったりのちよりんが」

「えっ、私ですか?」

「自覚ないの?」

「あまえんぼさんめ☆」

「ルフェ先輩の脳とろボイスでそのセリフは死人出るって」


〈たすかる〉

〈マジでたすかる〉

〈ちょうど欲しかったんだ〉

〈地味にちよりん初3D?〉

〈べったべたで神〉

〈かわいい〉

〈恋人の距離感では?〉

〈ルフェの大人の佇まいマジで好き〉

〈親子だ……〉

〈ありがとう……ありがとう……〉

〈やっぱフロルなんだよな〉

〈俺たちの求めてるものをしっかり見せてくれる〉

〈昇天しました〉

〈体ないなった〉


 うん、いい仕事をしたと思う。現在進行形でルフェ先輩の肩に頭を乗せながらも自分のことだと思っていなかったちよりんはもう少し自覚を持ってほしいけど、それを明るみにできただけで我ながら大手柄だ。

 悔しいことに、この事務所にはただ動いているだけで価値があるひとが多すぎるんだ。それこそルフェ先輩だって、これだけのロリ声と小柄な体をしておいて所作は惚れ惚れするほど大人っぽい。このギャップはかなり受けている。


「あー、やっぱり自覚ないんだ」

「何が?」

「フロルちゃんも言われる側だよ。その背伸びしたお姉ちゃん感、見る人によっては殺戮兵器なんだから」

「え? そんなふうに見えてる……?」

「わかるかも。フロルちゃんは、親戚の子にお姉ちゃんぶる末っ子っぽい」

「ちょっと千依ちゃんと並べてみよ。ほらフロルちゃん、こっち」


〈わかる〉

〈3Dフロルマジでいい〉

〈大人っぽくしようとしてる感が最高〉

〈フロルの誰よりも電ファンオタクだけど自分に対してだけ把握が甘いところ好きだぞ〉


 あれ、反撃されてる? いや、反撃というか、エティア先輩に対しては何も言ってないから単純に劣勢だ。

 しかもほとんど満場一致で同意されている。私そんなに子供っぽいかな? 確かに大人ぶっていると言われれば合っているけど、見えないようにしていたつもりなのに。


「……いただきます」

「いただきますって何!?」

「フロルさんはあったかいですね」

「私植物だから体温は低い方のはずだけど……ねえ、この体勢ちょっと恥ずかしい」

「自分から3Dにするって言ったんだから、受け入れて」


〈うおおおおお!!〉

〈いただきました〉

〈食人植物が捕食されてる〉

〈てぇてぇ〉

〈こういうのが見たかったんだよ!〉

〈エティアGJ〉

〈密着に余念がなさすぎるだろ〉

〈そわそわしてるのに大人しくしててあげるあたりだよね〉

〈これはお姉ちゃんぶってる〉

〈*sper:いただきます〉

〈*虎魚鯱:いただきます〉

〈*不如帰もず【電ファンPROGRESS】:いただきました〉

〈FAたすかる〉

〈両ママ揃ったな!〉

〈授業参観かな?〉

〈おい最後の〉

〈もずは娘の方を描けよ〉


 ちよりんの足の間に座らされて、そのまま後ろから抱きつかれてしまった。完全にべったりくっつかれてしまって、そのまま身動きが取れなくなる。……カラオケとしてどうなのこれ。

 そのままスクショタイム、おまけにママ軍団襲来。確かに言い出しっぺは私だから反論できないけど、私だんだんやった分以上にやり返されるキャラになってきてない?

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