#24 見事なほどのツッコミに回った時の弱さを見せつける月雪フロル【電脳ファンタジア切り抜き】

 そのままじっくり堪能し出したから動けず、しばらくはやむなくなされるがまま。電ファンの中でもアイドル売りをしている方に入る先輩二人を見ながら、歌っている間に明らかに頼みすぎた食べ物をぱくついていく。


「ほんっと先輩たち上手い……んだけど、ちよりん? 嗅がないで?」

「フロルさんが落ち着く香りをしているので」

「理由になってないよ? くすぐったいし恥ずかしいし、今カラオケコラボだよー?」

「エティア先輩の古書堂のような静かな香りも、ルフェ先輩の洋菓子そのものの華やかな甘い匂いもよかったのですが、私はフロルさんの淑やかな花の香りが落ち着きますね……」

「ちよりんって匂いフェチも兼ねてたんだ。まあそりゃ私アルラウネだし、私たちそういう匂いはするだろうけど、なんか変態っぽくなってきてるからそろそろ踏みとどまって」


〈ちよりんが壊れていく〉

〈元々なんだよな〉

〈フロルがツッコミしだしたから四期生一の電ファンになってる〉

〈ちよりん匂いフェチ解釈一致〉

〈やっぱフローラルなんだなあ〉

〈香り実況たすかる〉

〈ソムリエ?〉

〈てぇてぇでいいよなこれは〉


 ……後ろから鼻先が近づいてきて落ち着かない。序盤にけっこう食べていたらしいこともあるのか……いや、煩悩を優先したら手が届かなくなったから諦めただけだね。

 ああ、首元に顔を埋めないで。うなじはもっとやめて。これ3D配信だよ、全部公共の電波に流れてるよ。絶対切り抜かれるよ?


「あの尊い空間を守らなきゃ……」

「わたしたちバラードやってるので、それをBGMにあっちの固定カメラをどうぞ」

「なに放棄してるの、助けてよ。思いのほか力が強くて抜け出せないんだよ」

「あんな甘えん坊さんが力で勝ってるのいいな……」

「いい……」

「プロ同士多くを語ってない場合じゃなくて、それとプロってローラ先輩のことでね……あの、私も歌いに来たしちよりんのも聴きたいの。このままだとJKみたく食べまくったままカロリー消費できないーっ」

「この打てば響くようなツッコミ、癖になるんだよね。安心感ある」

「包容力ありますよねえ。フロルちゃんのそういうとこ信頼してますし、全面的にお任せできます」

「お任せしないでもらえますかー?」


 向こうのダブル少女甘声先輩は当てにならないし。せっかくのカラオケ枠なのに主題をおまけ扱いして、新人二人がイチャイチャ……どころか新人が同期を食い物にしているところを嬉々として垂れ流している。おかしいな、この二人ってライバーでは比較的落ち着きのある方のはずなんだけどな。

 それがこの有様だ。完全に私に丸投げしている。特にエティア先輩、つい先月までは今私がやっている役回りだったはずなのに。


「後輩っていいですねぇ。存在そのものがこんなに可愛いって、初めて知りました」

「でしょ? わたしも最初はみくら先輩にやられっぱなしだったけど、三期生が来てから思い知ったよ」

「わたしもぞっこんになりそう。眼福がんぷく、千依ちゃんがいる間にしっかり噛み締めないと……」

「なら片方だけでも引き取って? 目だけじゃなくて五感のうち四つの保養になるよ?」


〈ルフェ、後輩愛に目覚める〉

〈可愛すぎるから仕方ない〉

〈電ファンの伝統だから〉

〈半年後にはフロルもあっち側なんだぞ〉

〈押し付けようとしてて草〉

〈*sper:でも押しやってないから本気で嫌がってはないよ〉

〈sperママ、娘のこと知ってるアピール〉

〈さすがデビュー前からの付き合い〉


 このルフェ・ガトー先輩だけど、基本的にはゆるふわ可愛い担当の三期生だ。お菓子の国からの留学生で、時々ちょっとだけワードセンスが独特なパティシエールの卵。マギアちゃんの先達ともいえる滑舌ふわふわ勢だけど、こっちは滑舌とロリ声以外は案外大人っぽいのが違う点である。

 雪時代の私が事実上スカウトしたような形になったこともあって、私とはかなり仲がいい。今月はあれにこれにと忙しくてあまり関われなかったけど、本当はもっとコラボもしたい相手だ。


 懸念点があるとするなら、元々滑舌とワードセンス以外はかなりちゃんとしている方だったはずなのに最近様子がおかしいこと。彼女が雑談枠で後輩を甘やかす妄想を一人ずつしていたことを私は知っている。私の番になったときに怖くなって閉じたけど。


「そのお題目が本心になったら代わってあげますからぁ」

「…………」

「そこで黙るのは答えだよフロルちゃん」


〈フロルの負け〉

〈この素直さがいいんだよ〉

〈嘘でも本気で嫌だとは言えないフロルてぇてぇ〉

〈ルフェ意外と舌戦強いからな……〉


 まずいな、エティア先輩以外に普通に言い負かされるのはよくない。このままだと口で勝てなくなってしまう。

 だけどさ、こんなに可愛い同期に望んでも得られないくらい懐かれてさ。「歌いたいから」くらいで引き剥がせるかという話なのよ。正直情けないとは思うんだけど、私はそんなことでちよりんに嫌われたら一週間は配信できなくなると思う。

 繰り返すようだけど、私は電ファンという箱と、全ての電ファンライバーが大好きなのだ。つまり基本的にみんなに弱みを握られているということで、これでは時々押し込まれてツッコミに回らされるのも仕方ないというのが実情なのだった。






 とはいえ、さすがに30分も経てばちよりんも満足したようだった。形を変えながらひたすら密着し続けていたところから、ようやく離してもらえる。

 一応ね、ちよりんも自制を試みてはいるから。彼女がハウスに入居しない理由、「住んだら節度がなくなって毎日誰かしらにベタベタするようになるから」だし。……結果的にたまに会うときにここまで暴れるようになっているなら、いっそ普段から好き勝手やってガス抜きした方がいい気もするけどね。


「ほんと上手いよねフロルちゃん」

「すぐにでもユニットに入れてよさそうですよねぇ。これでダンスもいけるの、新人としてはズルです」

「それはスタッフに言ってよ。サブマネとしてついててって言われてライバーより高頻度でレッスンスタジオに入って、ほぼ毎回一緒に教えられてたんだもの。ここまで恵まれちゃったらこのくらいできないと」

「愛されていますね」

「ぼくたちのつくったさいきょうのライバー状態だもんね」


〈うますぎ〉

〈ニュースターが現れてしまったか……〉

〈ショート良かったしな〉

〈バケモンです〉

〈配信うまいツッコミうまい頭いいらしい歌うまいダンスできるらしい、完璧すぎんか〉

〈踊りと頭脳も早く見たいぞ〉


 私は養殖モノだ。当初構想では一期生のつもりだったのだから最初から狙っていたわけではないけど、結果的には私は電脳ファンタジアという事務所がじっくり育て上げたような形になっている。それで才能の塊のような扱いをされるのは少し気が引けるけど、現在地が新人のそれではないことまで否定したら嫌味になるし。

 周りに様々な才能の怪物を見ている身からすればなんだか落ち着かないけど、褒められるのは嬉しかった。箱内ユニットを組んだりして音楽方面でも活躍という青写真は、大手Vtuber事務所に所属した以上は描いていないはずもないのだ。

 Vtuberはできることが多い。多すぎるからこそ、気を抜けば見失いがちだ。持てる目標は持っておいたほうがいいし、欲張った方がいい。ファンの期待に応えるためにも。


「昨日のショート、もしかしてこのため?」

「うん。今日カラオケがあるのを思い出して、一本多く録って出した」

「陽くん言ってましたもんねぇ、やべーの見たって」

「レコーディングガチったからね。これに関してはちゃんと自信あるよ」


 それこそ、これまで一応対外的に明かさずにやってきたボイストレーナーが手柄を主張したがってくれるくらいには。

 そしてそう、一本追加で収録しておいたショートは昨日早々に公開しておいた。今のカラオケ枠への期待を煽り、印象に残しておくため。


「まあそれはいいとして、このへんで盛り上がれるやついこ。デュエットもだけど、普通の歌枠じゃないことやりたい」

「普通の歌枠やったことない子が言ってるけど、そうだね。やろ」

「歌枠は歌みた出してからって言ってたのにカラオケには来てくれたガバガバフロルちゃんの言う通りですね!」

「なんか今日二人とも当たり強くない?」

「フロルちゃんが歌枠やってくれないからだよ」


 いいじゃない、誘われたんだから。こだわりのひとつふたつはあっても、それに他人を巻き込む気はないのだ。

 どうせこの配信は少なくとも机の上が綺麗になるまでは続くし、なっても満足するまで終わらない。ガバガバなのはこういうときの電ファンのタイムキープのほうなのだから、別に細かいことは気にしなくていい。


「あ、そうそう。一つやってほしいことあったんだ」

「なに?」

「まあフロルちゃんは敢えて意識する必要ないかもだけど……二人とも、次の曲でロリ声で歌ってみて」

「えっ?」

「で、できるでしょうか……」


 ……結論からいえば、私はできた。ちよりんは、ちょっと無理してる感が出ちゃったかな。

 ただ、受けた精神的ダメージは似たり寄ったりだった。いつもよりも幼く、なんてそもそもが罰ゲームのようなものなのだ。よくやるよね、ロリ化配信とか。私はエイプリルフールでも遠慮したいよ。

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