#21【月雪フロル】四期生の歌が上手すぎる方【#電ファンスナップショット】

 『ファンボードパーティ』 は会議室スタジオで毎回行われているけど、ハウスにはそれ以外にもスタジオがある。基本的にはCG空間に変換して見せるわけだから、シンプルな作りになっているけど。

 その中の一つがここ、レコーディングスタジオだ。主にナレーションや茶番ショートアニメの収録などを行うところだけど、何よりもひとつ重要な役割がある。


 電脳ファンタジアは現在の業界トップを分け合う『@プロジェクト』とは異なり、基本的には芸に……エンターテイナー気質の事務所だ。とはいえアイドル売りを本当に全くしていないのかというと違って、少なくとも歌かダンスに能力があるライバーはまだ細々ながらしっかり音楽活動を行っている。

 私はその方面でも期待はされていたし、やる気もあった。だからデビュー半月でここへ、歌を収録するために足を踏み入れていた。


「あ、フロルさん来ましたね。じゃあ陽さんと幽子さんも一緒に見てみましょうか。雰囲気だけでも把握しておいたほうがやりやすいですから」

「うす。……フロル、もうやるんだなぁ」

「サブマネやってたとき、音楽系にはなんか明らかに多く回されてね。さも当たり前のように一緒にボイトレすることになってたの」

「筋がよくてよく身についてて、その上でスケジュールに融通が利いてたからお手本にぴったりだったんですよ。正直ぶっつけで録ってもいけるくらい」

「水波ちゃんに言われるとむず痒いな……」

「そうなんだ。ちょっと楽しみ」


 隣のレッスンルームでボイストレーニングをしていた陽くんとゆーこさんと一緒にこちらに来たのは、このハウスに週に二度ほどレッスンに来てくれるトレーナーの天音水波ちゃんだ。今日はディレクションをしてくれることになっているから、ちょうど終わったところなのだろう。

 ……ボイストレーナーとは言ったけど、彼女はアニソンでいよいよ芽が出てきている若手シンガーソングライターである。今年で高校二年生と私より年下で、人気爆発中の女優・九鬼シオンと一緒にラジオ番組をやるほどの親友。ちなみに二人とも高校の後輩である。あの学校どうなってるんだろう。

 普通ならVtuber事務所でトレーナーをしている場合ではないんだけど、彼女は九鬼グループの長の夫人でもある伝説的歌手・久遠美音に幼少期から師事していた縁が巡り巡って、メジャーデビュー前である二年半前からずっとここでトレーナーをしている。

 なんでも「人に教えることで自分にも身につくものが多い」とか、「ここで曲や時を書く方のインスピレーションももらえるから、実利も恩もある」とか。……ただ、半VRホラゲをやらされて絶叫するルフェ先輩をもとに『パフェグラス』なんて曲を書くのはどうかと思う。


 私は今思えば明らかに作為があったサブマネージャーの業務のかたわら、本当に最初期から実質ずっとボイトレを受けていた。最近はこういう事務所ぐるみでの仕込みが多数発覚して何とも言えなくなってきているのだけど、一方で文句も言えなくなりつつある。確かに役には立っているんだよね。




「それで、具体的にはどんな風にやっていくんだ?」

「私もこっちに立つのは初めてだけど……喉は慣らしてきたから、まずはショート用かな」

「何かあったら口出すので、最初は好きに歌っちゃってください。ショートのほうは選曲も知りませんし」


 レコーディングスタジオにもいろいろあるけど、電ファンハウスの場合は汎用的でフレキシブルな作りになっている。基本的には声の録音だから声優が使うような様式だけど、楽器を演奏できるスペースも確保されている。そのうち弾く人も出てくるだろう、という感覚で作られたらしいけど、陽くんがまさに初配信でギターを弾いた人だから大正解だった。

 私は並んだマイクのうちひとつに陣取って、サブマネにそのマイクだけ起動してもらう。そうして録音のオンオフを押すのもマネージャーの、私もやっていた仕事だ。


 私は比較的ちゃんとアイドルやアーティスト的な方面にも手を出すことになっているから、プレビューも兼ねて何本か一分程度のショート動画も録る準備をしてきている。手軽な分見てもらいやすいから、そちらも足がかりにして損はない。

 とりあえず六曲、ワンコーラス分の練習はしてきた。まずは三年ほど前に投稿された曲から。ボカロとしては希少なバラードで、咲いて散る桜が印象的だ。


「…………うっっっっま」

「口から音源ってこういうのを言うんだね……」

「前よりかなりいいかも、相当練習してますね。初めての収録でここまで仕上げるなんて」

「エゴサしたんだけど、ものすごくハードル上がってるから気を抜けなくて。……だけど陽くんはこのくらいできるの知ってるからね」


 二曲目。テレビドラマの主題歌として歴史的なヒットを記録した、死生観に切り込んだ柑橘の名を冠する曲。もう十年ほど前の曲になるけど、今でも色褪せない一方で歌唱難易度は本当に高い。

 これを歌うかどうかは本当に悩んで、結果的にショートで落ち着いた。今は完成品のカバーにまでは仕上げられる気がしなかったのだ。


 さすがに難しかったこともあってリテイクを挟んで、続けて三曲目、ボカロ低迷期を引っ張った有名Pによるすれ違いと躊躇いを歌う中速バンドチューン。一輪のホウセンカが印象的なあの曲だ。


「いい低音使えてますね。止めるところがない」

「ここまでのイケボも出るんだなフロル……」

「……もしかして、植物か花が軸になってる曲で統一してる?」

「あ、ゆーこさん気付いた?」

「じゃあ残りもこういう…………っは、そう来たか!」

「月雪フロルだよ? これはやらないと」

「ちょっとまって、ツボった……っ」


 四曲目。傷つかない人形少女のアニメの、とにかく回るあの曲。自分の名前が月雪フロル、つまるところ雪月花になるとわかったその瞬間から、これは触るつもりでいた。逆に一発芸色が濃くなりすぎる気がしたから、結局ひとまずはショートに回すことにしたけど。

 私を含めて今の高校生はそもそも生まれる前の曲なのに、全員に通じた上にゆーこさんはツボってしまった。これ、ことVtuberにはやたら歌い継がれているんだ。

 収まるまで待ってから仕切り直し……これは私が悪いよ、そうなりうるとわかっていてやった。


「……温度差で風邪引きそうだな」

「オールジャンルだね」


 実際に流れる前に曲名が画面に出るから、二人にはそれで反応してもらっている。リスナーの反応のモデルケースとしてちょっと参考にするつもりで聞いてもらっているところもあるから。

 五曲目は花束を抱えた少女の一枚絵の、原曲は音楽的同位体が歌うピアノサウンド。これはわざと幼めに表現してみた。曲が短めだから、一分の尺に二番の入りからラスサビまで収まる。


「…………フロルさん?」

「恩返ししようかなって」

「これハヤテさんにもやられましたけど、恥ずかしいんですよ……?」


 そして六曲目。『彼岸花が咲くなら』……今年の頭にアニメのエンディングテーマになった曲で、作詞作曲は天音水波だ。本人の前で歌うことはわかっていて選んだ。

 イタズラというわけではない。私よりよほど知名度の高い相手ではあるけど、布教はしておきたいものなのだ。初配信に混ぜなかったのは、そもそも天音水波プッシュは電ファン内の複数のライバーがやっているから。今更新人が一人増えたところでインパクトはないけど、それでも歌いたかった。


「地獄…………」

「ごめんね。でも本気だから」

「それは恋敵に向けて言うセリフなんですよ」






 自分も青春色のする曲を重点的に選ぶと言い出した陽くんを尻目に、思いついたことがあったから追加でスパイの偽装家族のアニメのオープニングになった高速ジャズロックも収録。……選曲理由? タイトルが一応植物だからだよ。

 それでひとまずショートは充分だ。


「で、ここからが本番と」

「別に同日収録にする必要があるわけではないですからね。そこは人によります」

「とはいえ、電ファンもライブやるからね。歌の体力つけておいて損はしないと思うよ」


 一息入れてから、ここからが本番だ。時間的にはそこまで長丁場になっているわけではないけど、けっこう歌ったという感覚はある。一発OKが多かったのが救いだ。


「あー、この曲か」

「速くないから誤魔化しが利かないし、音程のジャンプが多いから技術が出る曲だけど……まあフロルさんなら大丈夫だと思ってます」

「なんか雑になってきてない?」


 Vtuberの歌ってみたでは定番といえるかもしれない。たくさんの花の名前を囁くセリフパートが特徴的なナンバーだ。古今東西ライバルの多い曲だけど、避けては通れない。

 人によって意外と歌い方に個性が出る曲だけど、私はどう歌うかまで決めてあった。まずはAメロ前半まで。


「なにこれ、すごい……!」

「なんというか……あれだな。無感動というか」

「陽さん、これは参考にしなくていいです。飾った花の視点で歌うだなんてこと、できなくて当然なので」

「は……さてはヤバいことやってんな、フロル……」

「ただ……今の『散ってしまった』は、短めのパターンもやってみましょっか。伸びて見てる側の感情が重めに乗っちゃってます」


 さすが水波ちゃん、伝わるものだね。まさにそのイメージだった。誰もに伝わるものではないだろうけど、誰かがコメント欄に考察で言い当てるくらいでちょうどいい。意識はちゃんと、普通に聞いても心地よく聞こえるように。

 当然だけど、難しい。さっきまでと打って変わってリテイクの嵐だ。本格的にディレクションを始めた水波ちゃんの指示のもと、納得いくまで繰り返す。


「……そういえば、他の準備とかも並行してやるんだよな?」

「うん。今回はMIXは自発的に希望してくれた人で当てがついてて」

「そんなことあるんだ……相当期待されてますね」

「ちょっとプレッシャーだけどね。イラストと動画は、ママ経由で紹介してもらった人に頼んである。全体の完成は半月後くらいになりそう」


 恵まれたもので、過去の成果物や経過を見せてもらったところ文句のつけようがなかった。MIX師さんも、過去に先輩の動画を担当したことのある人だから間違いない。過去に事件なんかもあったりしたけど、そこは電ファンがOKした人だ。


「Cメロの音程バッチリすぎるので高い要求しますね。感覚なくて大変ですけど、『咲いた花は』の後のブレスもなるべく消しましょう」

「やってみる」

「まあここは細かく録ってもいいので、できればで」

「……レベルの高いことしてるね」

「ヤバいなフロル……」


 特に難しかったCメロを抜けて、乗ってきたのかラスサビは一発OK。アウトロのセリフを囁けば、全パート完了だ。


「おっけ、最後のニュアンス私的には完璧です。これたぶんバズりますね」

「そうなったらいいな」

「わし育していいかなこれ……」

「伸びたらついったで生産者表示するね」


 まあ、やったところで微々たるものだろうけどね。巷ではもう一皮と言われていても、水波ちゃんは私よりよほどフォロワーも多いし。

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