#17 ようやく味方を得て同僚に当たりが強い愛兎ハヤテ【電ファン切り抜き】
『あ、そうだ』
「なあに、ママ」
どうやら順番決めレースが決着したようで、元の部屋に一人待機している。そろそろママとの特別編も切り上げというところで、置き土産を寄越してくれた。
『人数が人数だから使う時間があるかわからないけど、会話デッキをひとつプレゼント』
「あ、ありがとう。……改めて日付変わる前に終わるかなこれ」
『頑張れ。……フロル、“ハロウィンで仮装するなら何?”』
「あ、いいかもそれ。描くから言えって副音声が聞こえるけど……」
〈草〉
〈三時間コースですか〉
〈二時間予定のはずでは……〉
〈一人五分インターバルなしでサクサクいっても予定通りには終わらないぞ;500〉
〈今からバイトの閉店作業だけど終わってもまだやってそう〉
今は10月下旬、一週間後にはハロウィンが控える時期だ。イベントごとに敏感でなければならないライバーたちも意識しているし、タイムリーで答えやすい話題になりそう。
ただそれが真っ先に私に向けられているのは、もはや察するなというほうが無理がある。
「そうだなぁ、やっぱり最初は植物のアイデンティティを主張したいかも。ジャック・オー・ランタンを可愛くアレンジしてみたい気持ちはあるかな」
『オレンジのそれっぽい衣装で大きなカボチャの下半分の中に座る感じとか?』
「もはや構図探ってるのを隠さないねママ。でもそれアルラウネっぽいかも」
『よしわかった。今週中に描くね』
「無理しないでね……?」
〈描くんですね〉
〈可愛いやつだ〉
〈助かる;300〉
〈同期に魔女と幽霊いるから……〉
〈困るのはちよりん定期〉
〈あれ、もしかしてsperママ凄い人?〉
〈なんかママから電ファンの気配が……〉
〈今日木曜日ですけど〉
〈ちょっと筆速すぎません?〉
なんかペイントソフトの起動音が聞こえた。ママ、絵の息抜きに絵を描く人だからね。むしろさっきのゲームにも付き合ってくれるらしき発言のほうに内心驚いたくらい。
まあこのあたりで退出することにして、そろそろ本来の舞台に戻ろう。早くしないと終わらないし。
『どこ行ってたの、フロルちゃん!』
「ママが呼んでくれたの。置いてかれて暇ならおいでって」
『…………そっか』
〈草〉
〈キレ芸、秒で終わる〉
〈さすがはクソガキ兎ですね!;120〉
〈一期生の風格出てるわ〉
〈ハヤテが一位なのさすがではある〉
無事に一番手を勝ち取ったのは、大勢の予想通りのひとだった。少なくとも四期生デビュー前の時点では、このひとは電ファン内ゲーム最強の名をほしいままにしていたから。
一期生の
シェアハウス組ではないからこれまではあまり接点がなかったけど、私の出演予定があるという『熱闘! 電ファンゲーム塾』のレギュラーだからいずれは絡むことになる。こう見えて電ファン屈指のまともなひとで、この通り一刺しで黙るくらい後ろめたさを感じてくれていた。たぶん巻き込まれただけなのだろう。
「というわけで、愛兎ハヤテ先輩が来てくれましたー!」
『うわ、左上ほんとに埋まってるー……ざんねん』
「世の中そんなもんです。一人だけ優しくしてくれた人にはころっと落ちるものだよ」
『それ自分で言うことじゃないよね?』
うん、やっぱりハヤテ先輩はツッコミのほうが適性があると思う。だけど今のところ、そういうタイプが少なすぎて収集つかなかったんだよね。私にはその支援も期待されているところがある。ボケていいところではいくらでもボケるつもりだけど。
まあ、それはハヤテ先輩も同じだ。なんだかんだで活動の何割かを個人配信が占めるライバーは、一人で面白くできないと人気が出ない。彼女はリアクションで撮れ高を作るタイプとはいえ、自分から動くこともなんだかんだで多いし。
「クソガキキャラでやってるところ悪いんだけど」
『ちょっと』
「最初にハヤテ先輩が来てくれて助かったよ。まだテンポ掴めてないし」
『あー……まあ、いきなりあんなのとかこんなのとかの相手するのは大変だよね』
〈草〉
〈パワーバランス見えてきたな〉
〈フロル>ハヤテ〉
〈まあ電ファンに関わった期間なら同期だし〉
〈あんなの(ガチレズ)とかこんなの(最終兵器)〉
「とりあえずハヤテ先輩は味方につけないと過労死する未来しか見えないから」
『うん。私してたからね』
「今後は共演もあるし、仲良くしたいなって」
『…………ほんとにいい子だよね。この子電ファンで合ってる?』
〈草〉
〈草;500〉
〈安心しろハヤテ、こいつも電ファンだ〉
〈むしろ新人で一番電ファンまである〉
〈誰よりトんでるのにツッコミ役扱いされてる〉
〈民草視点むしろツッコミできるのか不安だぞ〉
……これまでの配信内容だとそうかもしれない。まだ振り回される側にはあんまり回っていない。
大丈夫だよ。今日は覚悟してきているから。
「というか現在進行形でやられてるところなんだけど」
『暇潰しも兼ねて一人ずつ勝ち抜け方式にし出して、今もレース続いてるからね』
「ほんと何やってるの? 大型コラボでやるべきでしょ」
ママは現実逃避させてくれていたんだね。ありがとう。
『とにかく、改めて10万人おめでとう! 後輩が順調にやれてて嬉しいよ』
「ありがとー! この環境を育てたのは私たちだ、くらい言っていいんだよ?」
『言わないよ。私が言ったら他のみんなまで言えるようになっちゃうし』
「言わせたくないんだ」
〈ハヤテたまに同期に当たり強いよな〉
〈散々振り回されてきたから〉
〈リアクション型だから〉
〈でも誘い受けじゃん〉
〈この発言自体が誘い受けでは〉
〈みんなメリカやってて見てないから〉
なんだか安心感があるね。すごく順当なやり取りだ。当たり前のはずなんだけど、キャッチボールを始めて二球目で豪速球をぶつけてくる人がこの箱には何人もいるから。
ハヤテ先輩が同僚に辛辣な物言いをするのももはや伝統芸能のようなところがあるけど……とはいえ大半は雑談をしようと思えばできる人たちのはずなんだけどね。ハヤテ先輩はみんなから振り回していいと思われているだけで。
「正直、私は最初ハヤテ先輩のことはすごくスタンダードなタイプのライバーだなと思ってたよ」
『うん。私はいつだって正統派のつもりだよ?』
「周りに遊ばれすぎて今は苦労人イメージすごいけど」
『そんなつもりじゃなかったのになー』
まあそうだよね。苦労人になろうとしてなっている人はいない。自然体であろうとして、ナチュラルに濃い周りの餌食になったのだろう。
『それでいうと、フロルちゃんはたぶん私を見てやってるよね?』
「というと?」
『受け身に回ったら電ファンではこうなるって、自分で言うのもなんだけど前例を見てるわけじゃない? それを見て、自分もちゃんと暴れておいた方が立場を保てる、みたいな』
「それじゃ私が無理してキャラ立ててるみたいじゃん」
『違うの?』
「違うよ。私は必要に迫られてちょっとずつやり始めたら引き返せなくなってただけだもん」
『それはそれで大変だね……』
ハヤテ先輩は素直にやっていたら振り回されることになっていた。私はむしろ振り回す必要があったからそう動いていたら、だんだんそれも自然になってきていただけだ。
……この話をし続けても「お互い大変だね」みたいな話にしかならない気がする。
「ともかく、ハヤテ先輩とはこのあたりで一度話しておこうとは思ってたの。たまたま凸待ちがちょうどよくて、来てくれたけど」
『そうだねー。今後は二人でMCやることもありそうだしね。改めてよろしくね』
「うん、頑張ろ。……ほんとに」
『ね』
〈デビュー半月でいずれ公式番組の司会が確定扱いの新人〉
〈人材不足すぎない?〉
〈イカれたメンバーしか加入しないから……〉
〈そら雪ちゃんデビューさせるわ〉
〈今のところフロルも電ファン側だけど〉
話題を変えたのに似た雰囲気になった。もうそういう定めの組み合わせなのかもしれない。
次回の『クイファン』は、既に予告の一枚絵は出ている。その時点ではちゃんと私はカット右側の回答者側にいるんだけど……この時点で大半のファンに「次からは左側だな」みたいな反応をされるの、私としてもどうかと思うんだ。
エティア先輩あたりは最近キャラ変したと言われているけど、今がドSなだけで前も寝落ち魔で天然だ。やはり比較的話が通じる方ではあるけど、MC適性はあんまりない。
『まあ、今年はハロウィン配信ないから楽だよ』
「あー……去年すごいカオスだったもんね」
『ほんと。あのとき収拾つけに出てきた黒子の中にいたもんねフロルちゃん』
「言っていいのかなそれ」
『これからはあの中で一番動いて活躍してた子がいないってことで、スタッフへの戒めというかね』
〈え?〉
〈おったんか〉
〈あの子か……〉
〈一人めっちゃ頑張ってた黒子いたよな〉
〈あれが雪ちゃん……〉
〈想像がつくのが〉
〈黒子からフロルおらんくなったら収拾つかなくならん?〉
〈収拾つけるのは壇上のフロルだぞ〉
電ファンはまだ三年目だから、特に年に一度の行事の周りではどうしても定まっていないものがある。ハロウィンはそのひとつで、去年は公式番組をやったんだけど今年はスルーだ。
口さがないファンには「去年大変すぎたから」と推測されているけど、実際は四期生が出たから。秋にも新人デビューがあったから、少なくとも今年はハロウィンまで手が回らないのだ。
……うん、そうだね。これからは私が司会席からどうにかしないといけない。あれ、もしかしてやること変わってない?
『まあ今年はボイス出るから』
「おっと宣伝。でもハヤテ先輩はやらないよね。もし仮装やるとしたら何とかある?」
『ファンアートのために?』
「ママの差し金。でも欲しくないの?」
『んー……ボーパルバニーかな』
「ハマり役だ……」
『ハリセンの代わりに剣をね』
「血の海になるからやめて」
代わりにハロウィンボイスが出る。一昨年は発足直後で間に合わず、去年は番組だったから初めてだ。その影響もあって、メンバーはパンドラ先輩、ヴァレンス先輩、それからセレーネ先輩とハマり役の二期生までで固められている。
それを踏まえてもしハヤテ先輩がハロウィンやるならという形で切り出したけど……怖いウサギと、これ以上ないほど順当なチョイスだった。
だけどこのひとにツッコミ道具として凶器なんて持たせてはいけない。仮に絶対にボケてはいけない24時なんてやろうものなら、最終的に誰も立ってなさそうだから。電ファンのネタ密度を舐めてはいけない。……あれ、これハロウィンボイスの話だよね?
…………さてと。あと何人だったっけ。地獄のツッコミ千本ノックの始まりだ。
終われるかな今日。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます