#42 「これ本当にフロルちゃん?」「さわって確かめてみましょっか」「えっ」

 20万人の記念枠翌日、11月12日の月曜日。この日は配信は休みになっていた。私自身は今のところまだやれそうだけど、余裕を持っておくのは大事だし……体裁というものもある。週に一度は事務所が関わる活動をしない日を取ることになっていた。

 こういう日は人付き合いや話のネタ探し、企画の考案に自主練などをやることにしている。我ながらワーカホリックのようなものだけど、ライバー活動が好きすぎてじっとしていられないんだよね。空き時間はいつも同僚の配信を開いていたりするし。


 クラスは多くが内部進学だけど、より上……つまり国立を目指して受験に挑む人もたまにいる。そんな人たちのことは手の空いている人がいれば手伝ったりするのも私が通う晩生野おくての大附だいふの慣例だった。この日は私も受験組の英語リスニングや、演習のタイムキープに手を出した。……たまにはやらないと秋から急に忙しくなったことがバレるんだ。

 それもあって結局帰宅は6時頃になったんだけど……。


「おかえりなさい、フロルちゃん」

「ただいまー……なんかスタッフさんいないね」

「うん。二号館の会議室で緊急会議してて、そのまま」

「何かあったんすかね……」

「大丈夫だと思うよ。半分くらいは嬉しい悲鳴って表情だったから」

「四期生の話をするときはあの表情が多いよね」

「俺たちっすか?」

「試験的な半年スパンで想定以上にうまくいってるからね」


 共用リビングにいたのはマリエル先輩と心愛先輩、それから陽くんの三人だけ。普段は何人か常駐して仕事をしているスタッフが一人もいない。

 ただ、これには先輩二人は楽観的だった。彼らの嬉しい悲鳴の顔は私も覚えがあるから、そういうことなら問題はないか。四期生にそういう様子が多いというのは嬉しいし、客観的に見れば確かにそうでもおかしくない。


 だけど、緊急会議か。この時期はまだ次のオーディションは水面下の準備くらいだし、ライバーが関わるこれまでにない外部活動とかもないはずだし……PROGRESS候補が見つかった、とかだとしても定例会で話せばいいはず。この時期に緊急で会議をすることはあまり思いつかないけど、どんな話をしているんだろう?

 ……いや、そういえば。


「この時期って確か、10月アンケートの集計が終わったくらいだ」

「あ、それか?」

「わかんないけど、たぶん。アンケートに何か……嬉しいけど素早く対応しないといけない内容が集中した、とかかも」

「というと、グッズとか公式番組あたり?」

「といっても、アンケートでのグッズの話で数日も待てないのは思いつかないなぁ」


 うん、私も。前までは時々会議にも出ていたけど、該当しそうなものは思いつかない。

 去年のこの時期と大きく違うのは、新人のデビューがあったこととハロウィン配信がなかったことだけど……新人グッズは滞りなく出ているし配信がない代わりのハロウィングッズも同じく。深刻そうでないなら転売対応の緊急増産とかでもないだろうし。


 となると公式番組関連の可能性は……こっちの方がいろいろあるな。それも、


「これ私関連じゃない……?」

「そんな気はするな」

「今の四期生の想定外、だいたいフロルちゃんだと思うよ?」


 だよね。自分で言うのもなんだけど、私はどうしても特例的な動きが多い。新人らしくないのは仕方のないことでもある。

 と、身構えたところで……通知がきた。disconectの通話だ。


「……あの、ハルカ姉さん。リビングの監視カメラ撤去してって言わなかった?」

『ないものを外せって言われても。……それより、今は空いてる?』

「外行きの格好のままでよければ」

『じゃあ会議室までお願い』


 無理があるよハルカ姉さん。あまりにもジャストタイミングだったよ。共用リビングを監視されているのは今に始まったことじゃないけど。

 制服をぼかしたのも、この会話が後から使われることが電ファンハウスではままあるからだ。わざわざ言い換えているのは、私たちもそれに積極的に協力していることになるけど。


 ともかく、呼ばれたなら行ってみようか。どの公式番組でどんな話があるのかは、私に関してはちょっと整理しきれないし気になる。

 多少のハードワークは喜んで、なんてつい伝えてしまったくらいだから、それを踏まえた上で呼ばれるなんて何があるのやらだけど……。






 そんなこんなで会議室。場所としては先日『ファンボードパーティ』を撮ったスタジオと同じ部屋だ。もはやどちらが正しい用法なのかは誰にもわからない。

 入室すると、概ねいつも通りのスタッフ陣と……先輩が三人。ハルカ姉さんとエティア先輩、それからルフェ先輩だ。


「ここまで顔ぶれで何の話をされるのかわかることってあるんだ……」

「まあそういうことなんだけどね」


 要は『ImitateAlice』だ。ちょうどこの秋から冠番組を持っている。『イミアリエスプリ体当たり!』、略称を『リリり』である。


「つまり私はこれから、クイファンの他にもう一つ公式番組を持つことになると」

「正確には、新人にどこまで負担をかけていいのかって話をしているところだよ」

「実は先月末のアンケートの時点で、三人体制のイミアリの需要が思ったより早く青天井になっててね……」


 先月末って、そもそもイミアリ加入の話が表に出されたこと自体が31日の朝だけど……いや、だからこそか。たった一日で騒がれるほどの投書があったから。


「だからできれば来週末の収録から出したいと」

「ああ。話が早くて助かるよ」

「それは頑張りますけど、台本はなるべく早くお願いします」

「わかった。といっても、再構成はしなければならないが……」


 これを機敏ととるか行き当たりばったりと取るかは諸説ありそうだけど、私はこうして可能な限り需要に向き合おうとする電ファンのことは大好きだ。頑張る必要はあるけど、やらせてほしい。二週間あれば大丈夫だろうし。

 私からしてもそこそこ付き合いの長い若社長も胸を撫で下ろした様子だった。だけどこのくらいは任せてほしい、二年半も待たせたのは私のほうだし。


 ……だけど、少し嫌な予感がした。本当にこの、私もこれまで一員だった電ファン運営は、それだけのことでわざわざ緊急会議までやるだろうか?


「もしかして、別件があります?」

「ああ。すぐではないのだが……」

「フロルちゃん、電学ファン研の話は聞いてるよね」

「はい」


 まだ先の話でしかも未定だけど、ファンタジア組としては初めてゲストで出るという話だったよね。それは了承済だけど、時期が決まったとかだろうか?


「それ、12月の撮影分に決まったんだけど……そっちも、準レギュラーくらいの立場になりそうなんだ」

「…………なるほど。そりゃ会議に呼び出しますね」

「そっちが先に決まってたから、本当はリリりはしばらく先にする予定だったの。だけど反響が予想以上で」


 しれっと私のイミアリ入りは長期的には上の意向通りでもあることが認められたけど、それはそれとして。

 裏では着々と私を『電脳学園ファンタジー研究会』で準レギュラーにする話が進んでいたけど、そこにイミアリ入りを望むファンから横槍が入った形になるらしい。両方やるとなると私のスケジュールはおよそ新人のそれではなくなるから、そのまま通すか会議していたと。


「それなら、両方やりますよ」

「……できるか?」

「はい。……ただ、これ以上の追加は慎重にやらせてください」

「もちろんだ」


 こういう面では、私は新人扱いしてもらわなくて大丈夫なはずだ。そもそもライバーは自己管理ができる職業だから、厳しいと感じたら配信頻度を減らすことはできる。あんまりやりたくはないけど。

 それにファン研まではまだ三週間ある。調整はある程度できるはず。


「じゃあフロルちゃん、悪いけどお願いね」

「任せて」

「…………」


 しかしここで、参加者のほとんどがハルカ姉さんに怯えるような視線を向けた。


「これ、新人面談の影響ですよね」

「あのフロルさんをここまで変えるなんて……」

「やはりハルカの洗脳は危険だな」

「せ、洗脳なんてしてないよ!?」


 なるほど。この反応は私としても不服だ。不服だけど……ううん、文句は言えないな。私がこれまで三年間にわたってヘタレで意気地無しな態度で自信のなさを露呈していたのは事実だし、それを変えてくれたハルカ姉さんのやり方が洗脳同然だったのはもはや言い訳のしようがない。

 そして今のような正面から引き受けるような態度は、確かに前までの私はやらなかった。今の私は洗脳の産物と言われても、何も言い返せなかった。

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