#41【歌枠】20万人いったらやるってママに約束させられてて【月雪フロル / 電脳ファンタジア】

「コンロンカー。やることが多すぎて未だに純粋な雑談枠がない、月雪フロルです」


〈コンロンカー!〉

〈ママGJ〉

〈ついに歌枠か!〉

〈待ってた〉

〈もう20万人か、速いな〉

〈記念枠たすかる〉

〈まだ朝枠以外のソロ雑談がない魔物娘〉


 今日は20万人記念の歌枠ということになった。一ヶ月足らずで20万人突破はちょっと予想以上の速度だ。突出というほどにはなっていないけど、またしても四期生では一番乗り。

 いよいよ押し切られてイミアリ加入が確定した中での歌枠はさすがに小っ恥ずかしいんだけど、普段は優しいママが「やるって言ってたよね?」と詰め寄ってきたから逃げられなかった。配信のことをよくわかっているというか。


「まあ、今のところアイドルしぐさも身についていませんし、ひとまずはまったりやっていこうかと」


 一応事務所にあるだけの音源は借りられるようにしてきているけど、売り方からして未定だから今回は特に指向性もつけずに回していこう。イミアリはかなりノンジャンル寄りだから方向性に反したりはないはずだし、前に出したショートもある程度広めにジャンルをばらしてあった。


「ハウスは設備がしっかりしてるので自室でも歌枠はできるんですけど、空いてたのでスタジオです。今日は慣れてるスタッフさんがいないので、調整とかは適当ですけどね」


〈スタジオなんだ〉

〈やっぱり歌に自信あるんじゃねーか!〉

〈わざわざスタジオで歌枠やるの歌うま組だけなんだよな〉

〈ってことは乱入ある!?〉


 養殖だと主張しているだけで、歌の自信自体はあるよ。なかったらもっとちゃんと断っている。

 電ファンは歌については割と緩くて、人並みからボイトレを受けただけというくらいの人も普通にいたりする。全て含めた上で配信能力として評価する方式で、誰もが積極的にマイクを持ってステージに立つわけではない。四期生だと、ゆーこさんあたりはカラオケコラボに来なかったくらいには。


 乱入というのは、電ファンハウス組の歌枠のうちスタジオでやるものでたまに起こる他ライバーの飛び入り参加のこと。部屋はさすがにパーソナルスペースとして気が引けるけど、スタジオならライバーは出入り自由だから、というノリだ。

 今回は記念枠だからと遠慮する人もいるかもしれないけど、私は歓迎。ちゃんと今のうちにそれも言っておこうかな。






「……お聴き頂いたのは、天音水波ちゃんの『聖獣の謳』でした」


〈バラードも良けりゃロックもいい〉

〈うっっっま……〉

〈神様、不公平では?〉

〈このアルラウネ、何ならできないんだ〉


 何曲かやってきたけど、案外順調なものだった。思っていたより見ていた通りのものができているし、コメント欄の感触もいい。よすぎるくらいだ。

 配信での歌はどうしても動画にするほど歌い込んで磨いてはいなくて、メロディと歌詞を覚えたくらいで出すことになる。ここまで育ててくれた水波ちゃんに感謝だね。

 歌ったのはその水波ちゃんが今年の夏、つまり前期のアニメ主題歌として出した青春系疾走感ロックだった。求められてもいたし、純粋にファンでもあるから。


「……じゃあこのあたりで、リクエストタイムといきますか。流れてきた中で歌えるものを拾いますけど、他のみんなの迷惑になるほどの連投は自重してくださいね!」


〈!?〉

〈━━━━(゜∀゜)━━━━!!〉

〈待ってました!!〉

〈リク募集できるのかフロル〉

〈よしきた!〉


 楽曲リクエストは挙げられる曲に歌えるものがないといけないから、ある程度音楽シーンに理解がないと難しい。実際電ファンでもやらない人は多いけど……任せてほしい。自信がなかったなりにライバーの準備を、それも本物をたくさん目の前で見ながら二年半も続けてきたのだ。

 もっとも、こうすればみんなはそれぞれの好きな曲を、ある程度幅広く挙げてくれるものだ。それもそのライバーの好みにも寄せつつ。


 私の場合はノンジャンル気味だからそこまで絞られないけど、それでも例外ではない。多いのはここ二十年ほどのJPOP、アニソン、それからボカロあたり。あとは先輩たちのオリジナル曲あたりもちらほら。

 ショートの7曲と動画にした曲、それから今日の数曲。これだけでもやっぱり肌感覚でわかるものなのかな。私ではどうしても手を出しきれない、私が生まれるよりだいぶ前の曲なんかはあまり流れてこないものだ。


「……思ってたより守備範囲把握されてて迷いますね。でも、よし。じゃあこれにしましょう」


〈これで?〉

〈相当バラバラだが〉

〈フロル守備範囲広くね?〉

〈21世紀の曲くらいしか共通項ないんだよなあ〉

〈今日は植物縛りも消えてるし……〉


 一番多かったのは、私との親和性も高いと見られていそうなとあるソシャゲアニメの曲。だけどごめんね、それは歌ってみた動画でやると決めてあるから今は歌えないんだ。需要と一致していることはむしろ収穫だけど……なおさら早めに出したいね。予定では何本か先だけど……。

 だからそれは避けて、目についた覚えている曲に。こういう時は必ずしも多数派から拾うわけでもないものだ、各々が好きなものを欲しがれるためにも完全に私の感覚なくらいでちょうどいい。




 と、そんな調子でまた何曲かやっていたところで……。


「AmethysTさんの『オラクル』でした。……そしてここで、みなさんお待ちかねの乱入者です」

「冷やかしに来たぞ、フロル」

「マイギター抱えて来といて何が冷やかしなんだか。来てくれてありがと、陽くん」


〈最高〉

〈歌いこなすなぁ〉

〈26年のボカロといえばこの曲よ〉

〈お?〉

〈乱入者きたああああ〉

〈陽くんじゃないか!〉

〈ギター持参!?〉

〈ちゃんとギタリストしてるよな〉


 途中からは誰かしらを待ってもいたくらいだけど、ついに来てくれた。四期生の中では私と並んで……ともすれば私以上に音楽活動に本気なギタリスト、葵陽くんだ。

 もちろんそれぞれスケジュールがあるから、来なかったからどうということはない。とはいえやっぱり来てくれると嬉しいよね。


「陽くんが来たとなると、私は置いていかれないように頑張らないと」

「どの口が言うんだよ。こちとら得意分野で魅せられまくってて焦ってんだぞ」

「私はもしオーディションやってたら陽くんに歌の評価で勝ててると思ってないよ?」

「その減らず口塞いでやろーかこんにゃろ」

「本音なんだけどなー」


 繰り返すようだけど、私は養殖品だ。既にどっぷり水波ちゃんの教えに浸かっている。それに対して陽くんはまだ独学でこれだけの、電ファンの第四回オーディションで全体一位の歌唱力との評価をされている。現時点だとそれ以上は事務所内でも評価が分かれるみたいだけど、伸び代は確実に私以上だと思うんだけどね。

 私はたぶんデビュー前から二人に目をつけられていただけで、陽くんもそのうちメジャーデビューとなるんじゃないかな。配信者適性も珠玉だから電ファンとしては儲けものだけど、少し仕込めば純粋なミュージシャンとしてもプロを狙えると他ならぬ水波ちゃんのお達しだ。


 ともかく、そんな陽くんが来た狙いは。


「乱入するのは初めてなんだが、セッションするんだよな?」

「うん。基本は単にデュエットだけど、持ってきたってことは弾くでしょ? 曲は私が覚えてるものなら」

「わかった。じゃあ……」


〈待ってました!〉

〈このペア見たかったんよ〉

〈青春雪月花マジ助かる〉

〈そのまま二人で歌みた出しちゃいなYO〉


 軽音楽部所属のギタリストという時点でもはや疑うまでもないところだけど、陽くんは電ファンでも屈指の音楽ガチ勢だ。これまでにそういう経験はないから歌ってみたはこれから出すところだけど、その間に弾いてみたは二本出している。さらには私が渋っている間に歌枠も先にやっていた。しっかり弾き語りで。

 複数人での歌動画というのもライバーにとってはよくあることだけど、それは後回しになってしまうかな。陽くんは動画とMIX待ちとはいえ一本目もまだだし、私も二本目がこれからな上にイミアリの件もある。


 とはいえそのうちやることは間違いないし相手は陽くんが最有力か、と考えていたところで、何かに思いついた様子の陽くん。期待に満ちた瞳がこちらを向く。


「そういえばフロル」

「ん、なに?」

「ゲーム全般に強いって言ってたが、ゲーセンも対象内か?」

「そうだね、基本的には」

「じゃあアーケードの音ゲーとかも」


 なるほど、言いたいことがわかった。


「うん。ボタンから鍵盤系、それにドラムやギターの形のやつもひととおり」

「じゃあ本物も試してみないか!?」

「言うと思った。コラボ予定も詰まってるからすぐには難しいけど、スケジュールが空いたらいいよ」


〈お?〉

〈ついに見つかったか〉

〈電ファンバンド計画、マジで実現あるのか……?〉

〈やっぱ四期生積極的なの多くて推せるわ〉

〈フロルってゲームと銘打たれてさえいれば全部強いのか……?〉

〈ちょっと待て、ギタドリとドラドリのボス曲のハイスコアランキングにいたYukiって〉


 銘打たれてというよりは、ゲームの形式で基本のやり方を指南されているとすごくやりやすくなるんだ。それが進んで「ゲーム全般に強い」ということになっているというか。

 陽くんがどうしてこんなことを言い出したのかというと、彼は初配信のときにひとつ野望を挙げていた。それが「ライバーでバンドを作る」だ。夢は持つだけでも大きく、というマインド自体は電ファン全体の理念でもあるけど、私はこれを聞いて少しだけ顧みていた。真似事のゲームではあるけど、一時期やり込んだことはあるな、と。


〈*エティア・アレクサンドレイア / Etia ch. :そういえば一時期ガチってたって言ってたね〉

〈マジなのかよ……〉

〈他ゲーも探したらいたりするのか?〉


 そしてそれをエティア先輩がバラしに来た。確かにやっていたのは彼女のサブマネを担当していたときだ。自己スコアを伸ばしたかっただけでランキングは考えていなかったけど、入っていることは知っていた。

 それ自体はそれきりだったんだけど……以降民草たちの一部は私の痕跡を探そうとさまざまなゲームのランキングを漁りはじめることとなった。実際いくつか見つかることとなったし、他の人まで飛び火して過去の名誉が炙り出されたゲーム実況者は何人か出たらしい。

 これが後に、とある人物の実績を掘り当てることに繋がるんだけど……まあ、それはしばらく、半年近く後の話だ。

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