#30【親子雑談】作業雑談と銘打てば二人して脊髄でも許されるのでは?【月雪フロル / sper】

『結果的に二日連続で外部の人間と雑談することになってるね』

「なんでああなったんだろ昨日」

『自分の腕前を過小評価したからじゃない?』


 土曜日の昼過ぎ、私はママと喋っていた。

 これは予定通りのことだ。今週末のうちにやらなければいけない作業がいくつかあるから、前後が何であれこの日は作業雑談にするつもりだった。軽い気持ちでママを呼んだら来てくれただけだ。

 画面にはママが絵を描いている様子が映されている。いわゆる私の宣材写真で、そちらは見せても構わない一方で私の作業が表に出せないものだからと「これ映しましょうか」なんて言い出したのは城井マネージャーだ。電脳ファンタジア、やっぱりおかしい。


『そこそこ上手ければ一日でできるゲームで、フロルが止まるわけなかったんだよ』

「ママは私のことなんだと」

『人間卒業試験の受験生』

「ママまで! まあやるんだけど……」


〈やっぱやるんだ〉

〈ツッコミと電ファンを反復横跳びするな〉

〈水波ちゃんにオモチャにされてたし〉

〈九鬼姉妹とテレ暁の娘とゲームおばけとかあの子の幼馴染どうなってるんだ……〉


 昨日の水波ちゃん来襲は私からしても想定外だった。電ファンにどっぷり浸かった先輩や仲間意識もある同期はいいとして、ママはおろか私だけが親しいわけでもない水波ちゃんにまでやられるのにはそこはかとない危機感がある。

 ツッコミ役まではいい、それはやるつもりだ。だけど弄られ役は違うのだ。電ファンにはあんなに叩けばいい音がする人がいっぱいいるのに、私でなんでもない音を鳴らして満足してもらっては困るのだ。


「私弄りはあれです、ドラムを演奏するって言いつつスティック同士で鳴らして満足しているようなものなんですよ」

『あんまりな言い草だね』

「私は電ファンのことを八割芸人だと思ってるから」

『ただの新人がこれ言ったらだいぶ問題発言だけど……』


〈フロルが言うなら間違いない〉

〈つまり公式見解なんだよな〉

〈実際芸人集団でしょ〉

〈フロルもだぞ〉


 それは否定しない。私もだいぶ芸人寄りの役割を果たすつもりでやっているし、アイドルみたいにやりたいなんて望みは最初に0期生と一期生の面子を見た時点で捨てた。……まあ私の場合、そのうちそういう活動もすることにはなりそうだけど。

 そして芸人の中でも、基本的にはイニシアチブを握る側でありたい。負けないようにしないとね。




『そういえば、フロルは今何してるの?』

「ペーパーテスト。昨日予告出てたけど、クイファンの」

『ああ。無双回』

「そのつもりではあるけど、どうなるかは一応」

『負ける気するの?』

「まあしないけど。ママでも来ない限り」


〈フロル頭いいらしいね〉

〈マギアちゃんがガチ尊敬してたの本当だったか〉

〈ママはフロルの学力まで把握してるのか〉

〈ママの方がいいの?〉

〈sperママ秀才説だって!?〉


 そう、sper、つまりことりの方が成績はいい。彼女はちょっと信じられないほどの天才だ。絵の道に進まず本気で受験すれば国立は堅いくらいには。……というか、なんと学年二位である。日本一の大学の滑り止め有力候補になる私学の附属高で。

 だからもしもママが参加してきたら負けかねない。……というわけではないか。


『私がやったとしても負けはしないでしょ。過去回見たけど、フロルなら満点になる内容だったし』

「ママ、しーっ! あれ一応電ファンではコンテンツとして成立してるんだよ!」

『うん……心配になってくるよね』

「ガチトーンやめてよ。十中八九来月から私が司会で捌くんだから」


 とはいえ、そう。当然この場で内容は言えないんだけど、ペーパーテストは義務教育の内容を問うだけの学力試験だ。できれば全問正解してほしいよね、という水準のものである。

 ところがこのテストの正答率はちょっと遠い目になる数値が出る。それ自体がそこから飛び出す珍回答を撮れ高にするための存在なのだ。……まあ、案外そんなものというか……差が激しいというか。ステータス振りが尖った人が多いというか。


『ただ……フロルはそんなこと本当にするまでもないってわかってて聞くんだけど、ペーパーテストってそんな解き方していいの? 調べられたらまずいんじゃ』

「普通はダメだよ、ちゃんと現場入りしてから監視下で解かされる。ただ、私の後ろには今マネさんがいて」

『コンテンツ化に余念がない……』

「サブマネ時代の後輩なんだけど、いいスタッフが育ってるのはほんといいことだよ。私も安心してライバーとしてぶつかれる」

『微妙な立ち位置が出てるね』

「ずっといていい立ち位置じゃないけどねー。今はこういうこと言うのが新鮮で面白く見えそうだから言ってるだけ」

『魂胆全部言っちゃダメだよ』


〈ちゃんと暴走してる〉

〈フロルに当たり障りのない雑談は期待するな〉

〈全部言うじゃん〉

〈2年半サブマネやってたの全部バラせるの強いなあ〉

〈なんか理性的みたいな言い方してるけど〉

〈常識人面した狂人が素面で狂った振りしてるのよ〉


 さっきママのお絵描きを画面にとか言い出していたように、今回は手が空いているようで城井マネは後ろから見てくれている。おかげでPCが配信画面だけの状態で触られてもいないこと、スマホはそもそも閉じて伏せられていることを確認した上でペーパーテストを適正にやっていると見届けてもらえるわけ。

 まあ言い出したのは私だけど、これに関しては二つ返事でOKしてきた城井さんにも問題はあると思うんだ。それに、まだ公開されていないから言わないけど、全部ワサビシュー事件の時点で私は自分がスタッフ側とは決別していることに気づいている。


 …………まあ、正直なところこれはちょっとズルいところがある。そもそも私は大抵のライバーよりもこのテストの内容を習ってから時間が経っていないから。これはマギアちゃんもだけど。

 諸々を含めて、ちょっと特殊な枠なのは間違いなかった。主目的は結局、私にクイファンそのものの空気感を把握させることだ。十中八九なんてぼかしたけど、私は裏でもう来月分から司会と確定事項として聞いているのだから。






「よし、終わり」

『お疲れ様』

「まあこのくらいじゃ疲れないよ。まだやることあるし、っと」


 ミスがないように気をつけた分込みでも、さすがに現役高校生が疲れていい難易度でもなかった。まとめてマネさんに手渡して、そのまま小机で採点を始めるのを見届ける。

 もっとも他にもやることは多い。私はどうしても四期生の中でもいろいろ慣れているとみなされがちで、新人とは思えないほど色々手を出すことになっているから。今だって自分のボイスの台本をこねくり回している。


『明日は同期コラボだっけ』

「うん。まああんなだから、私が引っ張らないと」

『普通そういうのってお互いに思ってたりするものだけど、四期生はそうでもなさそうだよね』

「同期とはいっても、さすがに業界としては二年半も違うからね。頼ってもらってるよ」


 デビューが決まったのは最後どころか追加枠だけど、私が旗振り役なのは疑いようもない。というか、もし私がいなかったらこの子たちどうしていたんだろうと思ってしまう。ハヤテ先輩、エティア先輩、ルフェ先輩とそれぞれ一人はいた話をまとめられる人が、四期生の五人にはいなかったから。

 私がいなければ誰かしら、ゆーこさんか陽くんあたりがツッコミに回っていたのかもしれないけど、今の様子を見ているとそんなもったいないことにならなくてよかったと思うし、突っ込み切れていなかっただろうし。


『同期仲はずいぶん良さそうだけど、先輩たちとはどう?』

「私は全く問題ないというか、むしろ絡みすぎかなってくらい。特にハウス組は向こうから来るから仕方ないんだけど」

『それはそうだろうね。一期生までからすれば最初からの戦友で、二期生と三期生にとっては後輩だけどある意味先輩みたいなところもあるだろうし』

「まだ表立って絡んでない人たちにはそんな感じで、別にいらない遠慮をされちゃってる節はあるかなー。特にマリエル先輩」


〈先輩たちとの仲よくて助かる〉

〈四期生見るからに溶け込むの早いしな〉

〈マリエルお嬢様は……〉

〈小心お嬢様は許してあげて〉


 私より後に入居した先輩は二期生のデュエ兄とエティア先輩、三期生のルフェ先輩とマリエル先輩、それからPROGRESSの心愛先輩の五人だ。このうちマリエル先輩には微妙に身を引かれてしまっている。裏ではちゃんと親しいんだけどね。

 あのひとが慎重さ故にやや受け身気味なのは承知しているし、それこそが周りのあんまりな濃さの中和と清涼剤になっているのは確かなんだけど……そういうことなら私も振り回す側に回りたい。

 なにしろ彼女は面白い。消極的なきらいがあるのに電ファンの厳しい関門をくぐり抜けてデビューしていることには理由がある。


 まあマリエル先輩は追って距離を詰めるとして。


『あと前から気になってたのは……電ファンって何人かスカウト組がいるよね。オーディション組との感覚の差とかは問題になってたりしない?』

「全くないかな。確かにスカウトの方が直結していて手っ取り早いのは確かだけど、それで図に乗るような人はそもそもスカウトしないから」

『なるほどね。フロルみたいにむしろ負い目くらいに感じる子ばっかりか』

「言い方に他意と語弊を感じるけど……電ファンは希望するだけでハウスに住めることもあって、性格審査はよその数倍厳重だから。自分以外の仲間がみんなオーディションを勝ち抜いてきた意味を理解できる子かどうか、正式なスカウト前にそれとなく確かめるの。ルフェ先輩のときはそうだった」


 ママはなんとなく聞いてきた様子だけど、これは私もしたかったし私じゃないといけない話だった。私自身が紆余曲折あったとはいえスカウト出身で、かつハルカ姉さん以外で唯一ナンバリングのライバーをスカウトした人物ということになっているから。……ほんとなんでああなったんだろう、ルフェ先輩が幸せそうだからいいんだけど。

 オーディションをしているのにそれを通していない新人もたまに出てくるということで、たまに言われることはあるのだ。とはいえ、PROGRESSではないスカウト組は私を含めて四人しかいないからほとんど例外のようなものではある。


『それはそうか。……この話、別に何かの役に立ったりはしないだろうけどね』

「私を含めて、買ってもない宝くじを当てたようなものだもん。オーディションに応募した方が絶対可能性あるし、そもそもスカウト組もオーディション受けてれば通ってる判定だから連れてこられてるわけで」


〈間違いない〉

〈そう聞くと無理ゲーすぎる〉

〈スカウトはワンチャン枠じゃないしな〉

〈才能あるのにVの選択肢を持ってなかったもったいないのを引き留める制度よ〉

〈スカウト制度なかったらフロルも一般に埋もれてたと思うと……〉


 そうだね、スカウト組は今のところ全員が話を受けるまでそもそもライバーになるることを考えていなかった。私はVtuberの仕事自体をほぼ知らなかったし、ルフェ先輩はファンイベントに来てはいたけど自分がなんて一切考えていなかったし。

 二期から四期は私も選考を少し手伝ったりはしたから、システムや基準はよくわかっているつもりだ。それでいながら自分が相応しくないと思っていたのは、つい一昨々日のことながら今やちょっと恥ずかしいくらいだけど。……ううん、こう思えるのはハルカ姉さんの洗脳の効果が出ているのかな。

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